下準備の第八話

──某日、「ベルーゼ」、ハイゲン王国王城。


「おっす、ゆかり~~」

「あ、さっちゃん」


 ゆかり、と呼ばれた少女、茂原もばら 由佳里ゆかりは親友、五川いつかわ 皐月さつきの声に振り返る。

 さつきは片手を軽くあげて、小走りで駆け寄ってきた。


「この、この~~でかい胸しやがって~~」

「や、やめてよさっちゃん!」


 ──ご想像にお任せします──


「で、ゆかりはもう決めたの?」

「何が?」

「何って、残留か帰還か、よ。約束の一ヶ月まで、あと三日よ?」


 彼女らのクラスは突然異世界ベルーゼに召喚された。クラスメートは全員の意志で、一ヶ月後に元の世界に帰還するか、この世界に残るかを決めると約束したのだ。


「んー、さっちゃんは残るんだよね」

「ん、まぁなんだかんだ言って強いチート貰っちゃったからねぇ」


 さつきは満更でも無さそうな顔で、ため息をついた。


「選抜組の紅一点だからね。さっちゃんは」

「でもゆかりだって、戦闘力は無いけど回復能力がずば抜けてるでしょ? おかげで聖女なんて呼ばれてるし」

「さっちゃんは姫騎士って呼ばれてるじゃん」

「言わないで恥ずかしい……柄じゃないんだよ……」


 軽く赤面するさつきの横で、ゆかりは空を見て少しばかり考え、決意したように大きく頷いた。


「ん、やっぱり残ろうと思う」

「大丈夫なの?」

「私を必要としてくれてる人がいるし、それに何かあっても、さっちゃんがいるでしょ?」


 ゆかりの大きな瞳に見つめられたさつきは、ちょっと面食らった後に照れたように頭を掻いた。


「私以外の先頭組も残留だってさ」

「妥当だね……そういえば、先頭組ってどんな雰囲気?」

「んー、一言で言えば、慎重。とにかく慎重」


 さつきは先日に行った実践演習の、初級ダンジョンの出来事を回想していた。


「『初級ダンジョンだからといって甘く見るな! 落とし穴や転移の罠には気をつけろ! 絶対に調子に乗るな!』って強く忠告してたなぁ」

「そうだね。騎士団長さんも、ちょっと呆れ顔だったし」

「彼、なんだかんだ言ってオタクでねぇ。成績優秀、品行方正、運動神経抜群と死亡フラグ満載なのに、オタクの一言で全粉砕するし。なんだかんだ私とウマがあう」

「噂になってるよ、委員長と姫騎士の間柄」


 ゆかりの発言に、さつきは再び驚く。


「えー、マジでー? 私と彼はそんなじゃないし、そもそも好みでも……」

「どうしたの?」

「……ありかも。意外と。ふむ、ちょっとアプローチしてみるか」

「うわさっちゃんアクティブ」


 ゆかりは突然真面目な顔になったさつきに少々引き気味である。


「委員長といえば、最近、高富士、だっけ? あいつの事を気にしてて。あの転移した人ね」

「……へ」

「『絶対飛ばされた先で強くなってるパターンだ』っていつフラグ回収されるか気が気じゃないんだって」

「た、大変だね……」

「まあ、いじめられた奴だったら、復讐とかもあったかもしれないけど。寝てばっかりで特に関わりも無い奴だしなぁ。そんな危険視しなくてもいいと思うんだけど。私もあいつのこと良く知らないし……」

「……」

「ゆ、ゆかり? どうしたの?」


 突然顔を仄かに青くさせ、黙ってしまったゆかりに、さつきは、狼狽する。


「あ、そういえば中学同じだっけ……知ってるの? あいつのこと……」

「……うん」

「酷い目にあわされた?」

「ううん。全然違うし、多分高富士君は私のこと覚えてないと思う」

「中学時代、どんな感じだったの? 彼」


 ゆかりは俯きながら、ぽつぽつと話し始める。


「別に、性格は今と変わらないって言うか、ずっと寝てて友達はいなかったと思う」

「今と全く同じね」

「私も当時は、変な人だなって思うだけで気にしてなかっんだけど……一回だけ、彼が体育館裏で、複数の先輩に袋叩きにされていたのを見たの」

「え!? あいつ虐められてたの!?」


 仄かに香り始めた復讐フラグにさつきは大声を上げてしまうが、ゆかりはすぐに首を振って否定した。


「ううん。あれは一回きりだったみたいで、高富士君も殴り返していたし、喧嘩みたいなものだったみたいだけど……」


 ゆかりは少し肩を震わせ始める。


「……笑ってた、あの人……。殴られて、ボロボロにされて、嬉しそうに……」

「えーっと、ドエムデスカ?」

「……恍惚って雰囲気じゃなかったよ」

「じゃああれよ、戦闘狂バトルジャンキー的な」


 さつきが冗談めかして言うが、ゆかりは口に手をあてて、言った。


「違う。あの目は、違う……戦闘狂とか、そんなんじゃなくて…………もっと恐ろしい、別の『何か』」










──ライジングサン王国王都近郊、灰狼の秘森。


『グラアァァアァァァァァッ!!』


 両目をくり貫かれたフェンリルが、悲鳴とも憤怒ともとれる絶叫を上げる。

 俺はすぐに森の縁にジャンプした。


 フェンリルに投げた手裏剣は、いわばフェイクだ。あれを使って、大木に召喚魔法陣を刻むつもりだった。こいつに感づかれて阻止されたらたまらなかったので、とりあえずフェンリルにまとわりつかせていたのだ。


 フェンリルは咆哮しながら準備が整っていた遠距離攻撃を発射する。しかし視界が回復していないからか、混乱しているかは定かではないが、それは乱射というべき物で、距離をとっていた俺には当たらなかった。


 俺は右手のナイフにまとわりついたフェンリルの血を舐めとる。

 この酸味は……うん、ふむぅ、血液型はA型のRh-かな? まろみがちがうよ、まろみが。ホレ、のどごしが違うよ。それになA型の血はこう、なんというか……

 うん。通じそうにないネタは止めておこう。ていうか死亡フラグだしなこれ。

 まあ血液型はわからないが、旨いことはわかる。格段に美味しい。ケッチョーとは比べものにならん。

 強い魔物ほど血はうまいのだろうか。人間はどうなんだろう。吸ったこと無いからわからないな。


 と、モノローグ内でのグルメ評論はおいておいて、フェンリルに意識を向ける。

 先ほど激昂していた様はなりを潜め、静かに顔をこちらに向けている。目はないのだが、やはり鼻が効いているのだろう。狼だし。

 だが、その身から発せられる殺気は、今までとは比べものにならない。

 その抜き身のような殺意の切っ先は、そのまま俺の身を突かんとするような剣呑な気配を持っている。

 あれだ、手負いの獣は怖いという奴だ。


 目をつぶしたからといって、俺に戦況が傾いた訳じゃない。むしろ俺に決定打が無い状況だと悪化しているかもしれん。

 奴は、今まで俺を駆除対象としか見ていたかったのだろう。だが、俺が目玉に穴を開けてから、俺を敵と認識したのだ。


 俺を敵としたのだ・・・・・・


 夜の放熱された冷たい風が、いまだに戦闘の熱を失っていない肌を撫でる。

 風に舞った木の葉が、俺の頬を掠めた。痛みとも痒みともつか無い若干の違和感が頬に残る。

 『闇目』の効果なのか、地面につもる樹木の葉、その樹皮に深く刻まれた木目、夜に瞬く星が、くっきりと見える。

 いや、今ならば、辺りに充満する空気の分子、或いはフェンリルの体毛の一本一本まで、くっきり数えられるかもしれない。

 くっきりとした外界がフェンリルが、俺の体表と俺とせめぎ合っている。

 そして俺もくっきりしていく。

 伸縮を繰り返す筋繊維、毛細血管を捻り通る赤血球、脈動する心臓に、呼応するようにゆれる身体。


 きっと俺は、ほのかに笑みを浮かべているのかもしれない。


 奴と、俺が、敵対しているのだ。まさに、同じく違って。



 だが、このまま続けても勝ち目は無い。

 目以外に、俺の攻撃が通りそうな部分はフェンリルには無い。

 よって、逃げの一択だ。俺はとりあえず上空に視点を合わせ、《陣の魔眼》で転移する。

 念のため『幻滅』を使いつつ、『千里眼』と『遠見』で王城の位置を確認する。

 かなり上空にいるはずなのに、飛び上がって噛みつかんとするフェンリルを横目で見ながら、俺は王城の自室に転移した。







 王宮の食堂──客人を迎え、食事を出す場で、四人の若者が昼食をとっていた。その四人とは、このライジングサン王国によって召喚された三人、龍斗、葵、珠希と、巻き込まれて召喚された祈里である。

 この世界に来てから三週間あまり、テーブルマナーを教え込まれた龍斗は、貴族顔負けの気品を放ちながら、他の三人に話しかける。


「やっぱりさ、第一王女様と第二王女様って、仲がこじれてると思うんだよね」


 その言葉にあまり関心を示さない振りをしつつ、実際は興味津々な珠希が、そっけなく質問する。


「そう? こじれているって言うか、第二王女様が無愛想すぎるんじゃない?」

「んー、まあそれもあるけど……」

「それに、ずーっと同じ表情でさ、感情とかがわからないし。気味が悪いって言うか……」

「感情がわからないっていったら、葵もじゃないかな」

「ん」


 それまで無言で食事に集中していた葵は、自分が無愛想で有ることを自覚し、そこにコンプレックスを感じないため、素直に返事をする。


「葵は長くつきあっていれば、ビミョーな表情の変化がわかるでしょ」

「まあ。……じゃあ、今の葵の感情は?」


 珠希はじっと葵を見つめる。葵は少しばかり、その視線に食べる手を止め、また目の前の食事を黙々と口に運んだ。


「……食欲。ただ、目の前の食べ物のことを考えてる」

「奇遇だね。同意見だ」

「はぁ、いったいそんなに摂取したカロリーは、どこに向かっているのよ」


 珠希は呆れたような視線を葵にむけ、やがて葵の体の一点に視点を止める。


「胸か! 胸なのかこのやろー!」

「んむ!?」


 食事中にも関わらず、珠希は葵の後ろから抱きつく。


「このー! いっそもげてしまえ!」

「ちょ、やめ……!」


──ご想像にお任せ(以下略)──


「あー、ゴホン!」


 さすがに目前の光景に耐えかねた龍斗が、赤面しつつわざとらしく咳払いをする。

 その間に珠希の手は葵に外され、珠希はムスッとしながら自分の席に戻った。


「で、話は戻るけど、どうも第一王女様って、第二王女様を本気で嫌っている訳じゃないみたいなんだよね」

「なんで龍斗にそんなことがわかるのよ」


 疑いの目を向ける珠希に、龍斗は苦笑いを浮かべる。


「その、残念ながら……僕には『鈍感スキル』が無くてね……」

「は?」

「その上『ハーレムスキル』と『フラグ建築スキル』はあるんだよ……」

「……つまり?」

「そのスキルを使えば、王女様を勇者が篭絡することぐらい可能なわけで……」


 自身の主人公体質を自覚した人間は怖い事がわかる。


「え? 何あんた、ロリコンなの?」

「いや多分明確な恋愛まではいってないから大丈夫。で、まあお悩み相談的に聞き出したわけだよ」


 龍斗は元々篭絡することまでは考えておらず、王女と仲良くなって後ろ盾にしよう、程度の気持ちであった。しかしそこに龍斗の主人公体質が重なり、恋慕一歩手前の状態まで来てしまったのである。


「あんた、端から見たら最低の男よ?」

「自覚してます……」


 ちなみにこの会話は小声で行われており、少し遠くで控えている侍女たちも龍斗達の雑談を全て聞くつもりもないため、聞かれていない。


「で? 第一王女様の気持ちはどうなのよ」

「曰わく、立場上とか、周りとかのせいで関わりづらくなったんだって。特に第一王女となってからが顕著だとか。多分本人の性格も相まって、今更仲直りするのも難しいってのが僕の見解」

「いやどんだけ王女様あんたに心許してんのよ」


 龍斗は一通り食べ終わり、手に持った食器を机の上に置き、小さくため息をついた。


「ほんとは『お姉さま』って呼びたいんだと」

「それはまあ、こじれてるわね」

「で、なんとかしようと思うんだ。仲直りすれば余計な政権争いも無くなる可能性が出てくるでしょ?」

「内政に関係ない私達が強引に解決しちゃえって? お人好しね」

「……駄目かな?」

「良いんじゃない? 好きにすれば。どうしてもというなら手伝ってやらないことも……」

「ありがとう! 頼むよ珠希!」

「う、うん」


 満面の笑顔の龍斗、頬を染めてうろたえる珠希、そして発動した主人公スキル。

 平静を取り戻した珠希が軽く咳払いし、龍斗に質問した。


「第一王女様の方はあなたが何とかするんでしょうけど、第二王女様の方はどうすんのよ。私達面識無いでしょ?」

「うん。だから、第二王女様に教えてもらっている祈里にも協力して欲しいんだ。……協力してくれるかい? 祈里」

「……」

「……」

「……」

「……zzz」


 祈里は食卓に突っ伏して、爆睡していた。


「い、祈里! 起きてよ! 話聞いてた?」

「………ん? あーー……」


 龍斗が体を揺さぶると、目をこすりながら祈里が重い瞼の隙間からぼんやりした視線を送る。

 そして親指をたて、龍斗に向けた。


「なんかよくわからんが……がんばれ……zzz」


そしてまたもや突っ伏して寝てしまった。ちなみに食器は避けられている。決して料理の皿に頭をつっんこんでいる訳ではない。


「がんばれじゃないよ! 話聞いてた!? おきてくれよイノリーー!」


 より深く夢の世界へ沈んだ祈里の安眠を、妨げられる者など、その場にはいなかった。









 いやはや、眠い眠い。お陰で昼飯の時間に寝てしまったよ。そして授業も安定の寝落ちです。だがそれでも眠い。

 そして隠密使って忍び入りましたるは「第五武器庫」。いやどこやねん。


 昨日の戦闘を経て、やはり鉄は素材として欲しいな、と思ったので、かっぱらいに来ました。

 探知で誰もいないのは分かっているが、そっと扉を開ける。

 部屋から流出してきたのは、埃っぽい空気と、微かに感じる鉄の匂い。

 この第五武器庫は他の武器庫と違い、訓練用の武器のみが保管されている。故に管理が甘い。

 保管されている物は例えば、木刀とか、鏃なしの弓矢とか、刃引きの両手剣とかだ。

 俺のお目当てはその、刃引きされた訓練用の剣である。一本丸々無くなってもバレない気がするが、念のため百数本の剣から少しずつ鉄を貰っていく。

 言うなれば、「みんな、オラに元気を分けてくれ」方針である。

 一本の剣から回収するのはせいぜい数十グラム。刀身も多分数ミリ位しか減ってない。多少使用中に違和感を感じるかもしれないが、訓練用の剣だから気にされることもあるまい。

 ちなみに鉄は針(暗器)の形で影空間に放りなげている。

 ちりも積もれば山となるとはよく言ったもので、一時間後には全部で十キログラム位の鉄が回収できた。


「とりあえずこんなもんか…………おっ?」


 全く気にかけていなかった魔法使い用の練習杖の棚に、一つ目立つものがあった。そのほとんどが木製だったから気にしていなかったが、その杖は銀色の金属で作られていたのだ。

 基本的に魔法使いの使う杖は木製、あるいは魔物から取れた素材を使う。これは魔力の伝導率が関係しており、ただの金属は魔力を霧散させてしまうのだ。まあこれは、魔動具を除いた話なのだが。

 鑑定してみると、なるほど、この杖はミスリル製であったようだ。ファンタジー金属との会合はこれが初めてかな?

 まあ杖ならば多少かっぱらってもバレないだろう。レアメタルだからといって躊躇しません。問答無用で盗みます。罪悪感のかけらもない。バレなきゃ犯罪じゃないんですよ。









 バレないようにコソコソ隠れ、ようやく自室に到着。とりあえず日は沈んでいる。

 では昨日の戦闘の反省会といこう。

 とりあえず、俺の最大の課題は「火力不足」だということがわかった。いや武器不足というべきか。まあ闇魔法を付加しているとは言え、木刀と木製ナイフと銀ナイフだしな。まともな装備じゃない。もともと戦闘は視野に入れていなかったし。

 まあこれの解決は何とかなるだろう。ある程度の鉄は確保したので、これに闇魔法を付加すれば武器らしい武器になるはずだ。それでもあのフェンリルに致命傷を負わせられるかは微妙なラインだが。


 ああ、俺は次の夜あたりに、あのフェンリルにリベンジしようと思っている。いや別に、悔しいとかいう主人公的気持ちや、「オラつええ奴と戦いてえ」なんていう某戦闘民族的思想ではない。

 まず、フェンリルの目の傷が俺にとって重要なアドバンテージとなることだ。五感の一つを奪った事は大きい。まあ狼だから、聴覚とか嗅覚の方が敏感なのかもしれないが。

 昨日は打つ手が無くなったから帰ってきたが、「相手の目が見えない」という前提の元で作戦を組んだなら話は別だ。勝機は充分にある。

 せっかくの良い機会だ。治る前に倒してしまいましょう。

 ちなみに目の傷が治っていたら、速攻逃げ去る所存である。目を潰せたのはまぐれだし、まともにやって勝てる気しない。


 次に、激昂状態であったフェンリルが、何をするか予測不能であることがあげられる。怒り狂ったまま王都へ降りたりしたら面倒である。住人が死ぬのは、まあしょうがないだろうが、討伐の使命が騎士団に課されるわけで、そこに勇者たちや俺が巻き込まれる可能性もあるわけで、そこで俺の能力や種族がバレたら困る、という。なんか風が吹いたら桶屋的な発想だが、こと種族に関しては慎重になりすぎても困ることはない。

 あるいはフェンリルが逃げても困る。せっかくのレベリングの機会が失われてしまう。

 俺に復讐しようと、さらに強くなられても困る。倒すのが面倒だ。

 ということで、面倒の芽はさっさと摘んじまおうって魂胆。


 最後は、アバウトな理由だが、こう、もったいないかな、と思うのだ。

 レベリングの良い機会とか、いい暇つぶしとか、そういう意味合いもあるのだが。なによりも、せっかくフェンリルが俺を敵としてくれている中で、敵対しないのは勿体ない。

 まあ完全に俺の気持ちの問題だな。


 では対策を講じようとしよう。


 昨日の戦闘で、俺の体の謎再生能力が判明した。骨折、切り傷、部位欠損などのあらゆるダメージが一瞬で回復する。だがHPは減るみたいだ。

 その減り方も異様だった。例え急所に攻撃を食らっても殆どHPが減らなかったり、逆にそれほど問題なさそうな部位に攻撃を受けても、想像以上にHPが減った場合もある。

 思い返してみたところ、単純に失った肉体の「体積」に比例するんじゃ無かろうか。重量といっても良いか。

 例えば、腕一本でだいたい80くらいHPが減る。多分腕二本で160減るだろう。逆に肘から先だけ失ったなら40くらいで収まる可能性が高い。

 そして、フェンリルの結晶の遠距離攻撃は、体のどこで受けてもだいたい5のダメージしかない。腹にくらっても、首にくらっても、腕にくらっても、一律で5ダメージなのだ。

 打撲、骨折、内出血、切り傷は殆どダメージがない。これは肉体の体積自体は減らないからだろう。

 大体計算してみると、半身失って400ダメージ、全身失って800ダメージって所だろうか。それでもまだ1600くらい残っているんですがそれは。

 どうやら三回全身を消失しないと死なない仕様らしい。なにそのラスボス。HPバーは三本で、部位欠損じゃないとダメージを与えられないとかどんなキャラだよ。

 しかしなんで800位なんだろう。800と言えば、この世界に来た当初のHPは800位だったが、何か関係があるんだろうか。

 しかしまあ、無敵とはいえないだろう。吸血鬼の急所は心臓だ。心臓を破壊されたら、すぐに死んでしまうのかもしれない。油断禁物だな。なるべく攻撃は避けたい物だ。

 再生はまるで血が肉体になるみたいに起こる。欠損が起こると、傷口から血が溢れて来て形取り、完全に肉体の一部になるのだ。吸血鬼の血が関係しているんだろうか。血に再生能力がある、みたいな?


 そして、フェンリルの戦闘とはあまり関係がないが、少し気になったことがある。

 以前、銀のナイフをろうそく立てから《武器錬成》で作ったあと、自分の指を切って切れ味を確認したんだが。

 ……そのとき、再生していなかったよな?

 もう一回確かめてみよう。念のため「闇銀のダガーナイフ」から「蝋燭立ての仕込みナイフ」にしていたのを《武器錬成》で「銀のダガーナイフ」にする。まるで鏡のように美しく、俺の姿も良く写っている。ほんとうに装飾品としては良い品何だけどな。

 そして刃を自分の左手首に当て、前回よりも深く切ってみる。 皮膚は以前よりもVITが上がったからか、切りにくかったが、五センチ程度の切り傷を作り出した。

 切り傷から血が流れる。しかしその血が動き出すことはない。

 十秒程待ってみたが、やはり再生はしない。……どういうことでしょう。

 試しにさっき集めた鉄で軽くナイフを作り、同じように切り傷を作ってみると、すぐに傷口から溢れた血が傷をふさぎ、次の瞬間には跡もない綺麗な肌になっていた。

 吸血鬼の弱点は銀、だからなのだろうか。しかし、この世界では、吸血鬼の弱点は銀ではなくミスリルだったはずだ。

 ではミスリルで試してみよう。

 また先程かっぱらったミスリルでナイフを作る。取ってこれたのが少量だったので、一本の小さなナイフしか作れなかった。銀色が美しい。先ほどの銀のナイフと見た目は変わらないが、神々しさは勝っている。さすが聖なる金属である。

 ミスリルのナイフで、さっきまでと同じように切り傷を作る、が、吸血鬼の弱点であるはずだ。小さな切り傷で死ぬことは無いと思うが、結構怖い。まあ覚悟を決めよう。さあ結果はいかに。

 ……再生した。鉄のナイフと同じように再生した。HPを見ても、なんら変わりない。状態以上も、力が抜かれた感覚もない。

 ミスリルは吸血鬼の弱点なんだよな? しかしそうとは思えない。むしろ銀の方が効果がありそうだ。銀のナイフで切った切り傷はまだ再生していないし。

 もしかしてあの本が間違っていたのか。だが、王城に保管されていた図鑑だぞ? 王城の書類が間違っているなら、この国の情報は全て間違っていると思った方がいい。

 この世界の吸血鬼の弱点がミスリルで、俺の弱点が銀。何故だ?


 うん。一つ仮説を思いついた。

 俺は、三度目に召喚された世界で、吸血鬼となったんだ。もしかすると、三度目のあの世界と、この世界の吸血鬼は別物なのかもしれない。

 つまり、この世界の吸血鬼と俺は違うということだ。新種の吸血鬼と言っても良い。

 女神はこの世界に合うように、俺のスキル、ギフトを調整したと言っていた。しかし、もしかしたら「この世界の法則に則った能力に調整した」のではなく、あくまでも「この世界でも使えるように能力を調整した」のかもしれない。

 もともと、レベルアップもスキルも無い世界でレベルアップしてスキルを獲得、強奪しているのだ。そして《陣の魔眼》はこの世界の魔法陣を読み取れず、魔力測定器は俺の魔力を正確に計ることができないし、俺もこの世界の魔法は全くといって良いほど使えない。

 つまり、俺のスキルは世界法則を無視して施行される。あるいは、俺自体・・・が世界法則を無視した存在なのかもしれない。


 ちょっと思考が脱線してたか。フェンリル対策に戻ろう。

 とりあえず、自分がどれくらいで死ぬのかはわかった。

 あとは、どうやってフェンリルを殺すか、だ。


 俺は影空間から一房の白い獣毛を取り出す。これはフェンリルの遠距離攻撃に使われていた結晶(?)だったものだ。時間がたって、元の柔らかい体毛に戻ったようだ。

 昨日戦闘が終わった後、これを色々と弄って見たのだが、面白い性質がわかった。

 どうやらこの体毛、魔力に感応して、「結晶化」「硬化」「縮小」の三つの特性を示すらしい。

 この世界の魔法は使えないが、《闇魔法・真》の効果である程度魔力の使い方はわかっていたから、魔力を込めるという感覚はわかる。

 どうやらこの体毛は、魔力の込めかたによって、三つの性質を使い分けられるようだ。


 これを武器に利用してみようと思う。体に受けたのを片っ端から回収したので、結構量は確保しているのだ。

 どうやら闇魔法の「支配」は有効なようで、闇の魔力を込めつつ《武器錬成》を行う。ついでに鉄のナイフも闇魔法を付加し 《武器錬成》してみた。

 結果がこちら。



闇鉄のダガーナイフ(作者 高富士 祈里)

品質 A  値段 80000デル 能力 闇硬化

闇鉄製のナイフ。アダマンタイト並の硬さと鋭さを持つ。黒の光沢が美しく、武器としての性能は極めて高い。




グレイプニル(作者 高富士 祈里)

品質 A+  値段 5000000デル  能力 闇硬化 結晶化 硬化 縮小 

絹糸に闇魔力を付与した糸に、白狼の体毛を結い合わせている。非常に丈夫で、どんな力でも引きちぎれない。また、高い斬撃耐性を持つ。絹糸が邪魔をして、結晶化の効果は半減している。





 おい二つ目。神話級の武器になってんぞ。

 てかグレイプニルって、縄か鎖のイメージだったんだが。これはどう見ても糸である。ミシン用の糸にさえ見える。

 というか、白狼の毛の性質は、《武器錬成》の付与に出来たらしい。アレコレ実験した成果だろうか。

 あと値段おかしい。


 鉄は闇鉄となった。ようやくまともな武器が手に入った気がする。アダマンタイトってあるんだな。それ使って武器作りたい。そして闇魔法を付加してみたい。いったいどうなるんだろうか。


 ついでにグローブかなんかを作っておこう。籠手として。



漆黒のグローブ(作者 高富士 祈里)

品質 A  値段 1000000デル  能力 闇硬化 硬化 縮小 結晶化

黒糸にグレイプニルを編んで作られた漆黒グローブ。魔力に感応して硬くなる。非常に丈夫で、破かれることも切り裂かれることも無い。衝撃吸収能力はない。手の甲に魔法陣が白で刻まれている。




 うわなんか中二アイテムっぽい。漆黒ってなんだ漆黒って。

 糸を使う上で、その糸で自分の手を切り裂いたり締め付けたら意味ないだろうと言うことで、作成。ちなみに手の甲に書いた魔法陣は、左右で「召喚魔法陣」と「精神干渉魔法陣」である。これでカンペが無くなっても大丈夫だ。



 さて、次はちょっとした実験をば。

 影空間から、何やら赤いグチャグチャしたものをとりだす。これは、元昼食である。ニンニクが入っているものを食べるわけには行かず、上手くだまして影空間に放り込んでいたのだ。

 皿ごと影空間に収納するわけにも行かなかったので、適当に放り込んでいたため、残飯かき集めみたいになっている。いやまさしくそうなんだけど。

 うわニンニクの匂いがプンプン漂って来やがる。

 これを闇魔法で「支配」してみよう。料理を「支配」するのは初めてだ。

 しばらくして、料理は完全に真っ黒になった。グロい。

 あれだ、飯マズの真っ黒ゲテモノ料理って奴だ。大抵毒性があるアレ。まだニンニクの匂いが漂ってきているので、味自体は変わらないのかもしれない。毒も無いのかもな。全く食べる気は起きないが。

 これを、匂いを抑えるように念じてみる。すると、さっきまで漂ってきたニンニクの匂いが、パタリとやんだ。

 予想通りだな。

 匂いってのは結局、空中に離散した分子レベルの物体な訳だ。その元を支配した以上、匂いの拡散を押さえられるのではないかと思ったわけだ。

 予想は的中。吸血鬼が大嫌いなニンニクの匂いがしない以上、匂いは完全に抑えられていると考えて良いだろう。

 どうやら離散した分子は操れないみたいで、匂い自体を操ることは難しそうだが、匂いを抑えられることはわかった。


 これであのフェンリルに勝つる!


 いやまあ、勝てる方法が見つかっただけで、あとは現場次第な訳だけど。散々言っているが、油断は禁物である。





 皆が寝静まるにはまだ早いな。

 しかし一通り実験は終わってしまった。どうしよう。

 影空間を漁っていると、血まみれでボロボロになったワイシャツを見つけた。俺の数少ない、地球からの持ち物である。

 なんだかんだいってワイシャツは好きだったんだがなぁ。とくにファッションに気をつけなくても、それなりに見えるっていうものぐさな理由だが。

 しかしもはや無残な感じになっている。片袖なくてワイルドになってるし、前面が大きく裂けているし。

 とりあえずナーラさんには無くしたってことで誤魔化したのだが、正直直したい。愛着ってほどでもないが、棄てるのも惜しいのだ。

 裁縫スキルなんて無いわけだが、闇魔法を付加しつつ《武器錬成》で「鎧」とすれば直せないこともないかもしれない。

 よし、さっそくやってみよう。素材が足りなければ黒糸で補えばいいさ。




黒血のワイシャツ(作者 高富士 祈里)

品質 A+  値段 1000000デル  能力 闇硬化 再生

闇魔法が付加されたワイシャツ。軽量、柔軟性はそのままで、鉄の鎧並みの強度をもつ。吸血鬼の血液が染み込んでおり、自己修復能力がある。血を吸うと、修復効率が上がる。

現在修復率 80%





 ……ウェーイ。

 直すだけのつもりが、えらい一品を作り出してしまった。

 吸血鬼の血って、《武器錬成》で能力付与できるんだな。まじかよ。

 しかも自己修復なんて便利能力である。素材は俺なので、潤沢。これから全ての武器に血を染み込ませたいくらいだ。



 うん。意図せず防御力も上がったし、いい時間になってきたので、リベンジに向かいましょう。

 俺は窓から外を見て、森へと転移した。


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