他国の勇者と第六話

 空もなく、地もなく、影もない。

 ただただ広く、地平線など存在すらしない。

 広がる空間は真っ白で、そこには一片の穢れも曇りも無かった。

 その空間にまんべんなく広がる空気は、一切の菌も邪も許さぬ、ひたすらに清らかで透き通ったものであるが、来たる者に不思議と夢のような感覚を覚えさせる。

 無音であるが、無音でない。

 音という概念すら超えた、人智外の波動が乱反射し、その鼓膜に空虚感を与えさせない。


 そんな、まさに完成された空間であり、始原の空間でありながら、ただ一点に場違いにもほどがある地点があった。

 太陽もないのに地面に固定され天を覆うパラソルの下には、白く塗装されたベンチとそこに寝転がる女性の姿があった。

 絹のごとき白い肌は、水をはじいてしまうと思うほど艶やかであった。その容貌は美しすぎて人形のよう──否、もはや人如きの手には再現不可能なほど完成された美貌である。

 彼女は霧のような、羽のような純白の衣を身に纏う。その布の合間から覗く乳房は大きく主張をしながら、その存在を鬱陶しく思わせない。その薄桃色の影を生み出す谷間は、幾千の男を魅了するであろう。

 その輝く髪を横に流し、人目を気にしない寛ぎの時間ながら、その光景は一枚の絵の様である。無論、その美しさを、神々しさを筆と板を以て表せるかと言うことは甚だ疑問ではある。


 ふと、何かを思い出したような仕草をとる女性──『転魂の女神』は、長椅子から立ち上がり、一息つく。

 そのリラックス空間はひとりでに光に包まれ、次の瞬間には何かあったのか思い出せぬほど、跡形もなく消え去った。


『ふぅ、ひさびさの召喚ね。……といっても通常通りのペースか。あの子の時があまりにも異常事態だっただけで……』


 あの子──高富士 祈里が召喚された時の少し前の騒動を思い出す。


『さて、次は……また日本人ね。あの国は呪われてるんじゃないかしら。召喚され過ぎよ……』


 そう、異世界召喚、転生、転移の数は、圧倒的に日本が一番多い。実は、ある世界で召喚を行う場合、特定の世界の特定の場所からの召喚が起こりやすいと言うこともあり、さらに日本と親和性のある世界では、良く召喚や転生が起こるというのが原因でもある。ちなみに祈里は完全に例外である。

 祈里の騒動は前代未聞であった。大量に召喚が行われたことよりも、7度の「空間越えの嵐」を難なく耐えた、その人間にしては相応しくない魂の強度が、神々の上層部の間で話題となったのだ。


『召喚先は……あら、あの子の世界じゃない。あの世界の召喚は低レベルで、そこそこの魂を持っていないとこの「転魂の間」には来れないのよね』


 一通り情報を確認した後、女神は召喚陣が現れるはずの場所に向かう。

 あとは、簡単な事情説明をするだけだ。ギフトは女神の意志では選ばれず、ほぼアトランダムである。というか、そういう設定である。

 表向きは、転魂の女神が権力を持ちすぎないため、というのがあるが、実際は最上神が「ランダムの方が面白くね?」という動機で設定しただけであったりもする。

 転魂の女神は、召喚者、転生者に説明を施すだけではなく、世界同士のバランスをとるために、死んだ魂に協力を申し出て、直接的に転生させる役割も請け負っており、相当な上位神にあたる。


 白い床面に、突如紫色の光を爛々と放つ魔法陣が現れ、その光に包まれるようにして、一人の人間が召喚された。


「うわっ、なんだこれなんだこれ!」


 イケメンではあるが軽そうな、金髪の男である。といっても、ハーフなどではなく、染髪によるものだが。


『落ち着きなさい。私は、あなたが女神と呼ぶ存在、そしてここは世界の狭間とも言うべきところです』


 女神が魅惑的な、それでいて透き通るような声で話しかけると、女神の存在に気づいた男は、頬を赤く染めて惚けた。


 女神はアルカイックスマイルを浮かべながら、内心で嘆息する。彼女を前にした男の反応は、いつもこれだ。

 彼女に男を惚けさせ、誑かすことに快感を覚える性癖は無いので、少々鬱陶しいと感じている。


(むしろあの子イノリの、粘っこく視姦するようでいて、どことなく冷徹な視線はゾクゾクしたんだけど……)


 転魂の女神はMではない。女神にそんな性癖があってはいけないのだ。


 いつまでも固まっている男を放っておいても仕方ないし、時間の無駄であるので、女神はテンションを同じくしたまま男に再び話しかける。


『簡単にあなたの状況を説明します。あなたは……』

「けっ……!」

『けっ……?』


 突然唾を吐かれたのかと女神は思ったが、違うようである。

 真っ赤な顔をしたまま言葉を詰まらせた男は、意を決して言葉を放った。


「結婚して下さい!!」

『お断りします』


 秒速で一刀両断である。容赦ない、というか、女神自身戸惑っていたが、条件反射的に出てきた言葉だった。それにしてはきっぱりとした発音ではあったが気にしてはいけない。


(新しいアプローチね……プロポーズまでされたことは無かったわ……)


 しかしゆっくり考えて、とっさの言葉が最適解であったことを女神は確信する。

 対して、無慈悲の咆哮を受けた男は、ぐっ、とうめきながら、心臓を抑えてうずくまる。

 その顔色は青く、今にも干からびそうであり、このまま心臓を突き破って、毒を放ちながら爆発し、爆煙で薔薇を咲かせそうである。そして蟻の王に「貴様は……詰んでいたのだ……初めから」とか言わせそうである。


「だ、だめっすか……わかってたっすけど……」


 男は苦しそうに言葉をつなぐ。


「あなたの神々しいまでの美しさには、到底俺は釣り合わない……それはまるで、夜空に爛々と輝く太陽と、路傍の石ころ……そんな事はわかってたっすけど! せめて、せめて理由くらいは……!」


(うわなんかこの子語り始めた……)


 突然の饒舌な演説に、女神は内心ドン引きである。


『理由……理由ねぇ……』

「やっぱり意中の男とかいるんすか!?」

『うー……ん』


 女神は心の中で合掌しながら言った。


『そうですね、いますよ。あなたと同じように召喚された、高富士 祈里って子です。彼もこの空間に来たのですが、その時に一目惚れしてしまいまして……』


 女神は祈里を売った。


「な、なんですと……!」

『でも、あなたが彼よりも強くなったら、考えてもいいですよ?』

「ま、まじっすか! じゃあ俺、女神様に相応しい男になるために、そいつよりも強くなるっす!」

『あなたの魂が彼を上回ることを待っています。彼は、あなたが召喚される世界の、ライジングサン王国に居るはずです』


(ま、どうあがいても無理でしょうけどね……)


 女神は内心苦笑する。

 いくら転魂の間に来たと言っても、人にしては魂が強い程度。人外の祈里に、魂の強さで勝てるはずはない。


「大丈夫っす! 俺、腕っ節には自信があるっすから!」


(魂の強さってそういうことじゃないんだけどねぇ)


 次の瞬間、男の足元に、紫色に光る魔法陣が現れた。


『あ、時間! 状況を説明します! 勇者として異世界召喚、チートもあげます以上!』

「簡潔な説明あざっす!……」


 その言葉を最後に、男は召喚された。

 女神は慌ただしい仕事を終えて、ため息ともに言葉を吐き出す。


『正義感とか、仁義とか、そういうものは強くありそうだけど、魂の強さってそういう事じゃないのよねぇ』


 女神は仕事前と同じ様な、パラソルにベンチというリラックス空間を瞬時に作り出し、椅子に深く座る。


『……魂が強いって言うのは、傲慢って事。強欲って事。どの世界の誰よりも自分勝手で、狂ったように利己的で、排他的。世界中の人間を敵にしても、飄々と滅ぼすような、正義の真反対と言えるイノリが、これからどうなるのか……気になるわね』


 ──恋慕……と言えるのだろうか。興味と言った方が近いか──

 女神は絶対的存在であり、恋を知らない、感情を知らない。彼女にはその気持ちをどちらに判別するか、検討もつかなかった。




 その男、伊達だて 正義まさよしは、ライジングサン王国の隣国に召喚された。





「隣国の勇者が訪問?」

「ええ。明日に来るらしいですよ」


 先生こと第二王女に明日の訓練予定を聞いたら、そう答えられた。

 なんでも隣国の勇者の歓迎会をする予定で、先生もその歓迎会に出席せねばならないらしい。よって明日の訓練は休みなんだと。


「ていうか初耳なんですけど」

「イノリ様には出席してもらう予定はありませんでしたから、知らされなかったのでは?」


 まさかのハブられである。勇者訪問とかパーティーとか、結構重要な話なのに全く伝えられてないとか。

 最近ナーラさんに毎日の予定を聞いてなかったのがまずかったな。なんせ毎日同じ予定なんだもの。

 しかし隣国の勇者ねぇ。

 今まで俺が見てきた勇者(クラスメートと龍斗)は、割と性格に問題がなく、頭が良くて現実を見れていたが、次はどうだろう。

 正義だ何だと咬まし、そのくせ女に目がなくて逆恨みしやすく、勘違いが過ぎて鈍感で頭が悪い、テンプレかませ役勇者はやめて欲しい。あれ現実にいたらまじでめんどくさいぞ。

 お願いだから、まともな神経であってくれ。……もしかしてこれってフラグかな?






 この世界に来てから三週間である。

 俺はこの7日間、かなり苦労していた。何故かって言うと、三日に一回団長さんの指導を受けているからだ。

 今までにこの特訓は三回あり、最近の二回は罠解除スキルを特訓し、団長さんの目を誤魔化そうとしていた。上級者が初心者を演じるのは難しいが、武術でなく罠解除なら誤魔化せるだろうという目論見もあった。

 だが、団長さんの視線が「うむ。結構優秀だな」から「こいつはもしや天才じゃないか……?」って感じになり始めて、ちょっと焦ってる。

 ついでにレベルもあげているぞ? といっても、最近はレベルアップの頻度が激減しているわけだが。まあそりゃそうだよな。

 で、今のステータスがこんな感じ。





高富士 祈理

魔族 吸血鬼(男爵級)

Lv.8

HP 2325/2325(+300+674)

MP 15070/15070(+3000+3)

STR 2487(+300+680)

VIT 2233(+300+476)

DEX 1961(+300+258)

AGI 2711(+300+786)

INT 3968(+600+12)


固有スキル

《成長度向上》《獲得経験値5倍》《必要経験値半減》《視の魔眼》《陣の魔眼》《太陽神の嫌悪》《吸血》《男爵級権限》《スキル強奪》《闇魔法・真》《武器錬成》《探知》《レベルアップ》《スキル習得》


一般スキル

《剣術 Lv.5》《隠密術 Lv.5》《投擲術 Lv.5》《短剣術Lv.4》《飛び蹴り Lv.10》《詐術 Lv.1》《罠解除 Lv.3》


称号

魂強者 巻き込まれた者 大根役者




 何となくわかると思うが、ここ一週間ずっとケッチョーばっか倒してきた。まあしょうがない。ほとんど奴らしか居ないんだから。

 おかげで最近ケッチョーの数が少なくなった気がする。確かケッチョーって特産品だったよな。雛だけど。もしも俺が狩り尽くしてしまったら、食いっぱぐれる奴とか居るんだろうか。

 密漁禁止とかだったら申し訳ないな。禁止されていなかったら知ったこっちゃ無いが。

 禁止してない方が悪い。……うん。正論だな。


 改めて見ると、《吸血》の恩恵がデカすぎるな。普通にレベルアップの量越えてるし。もうレベルアップしなくても、血だけ吸ってれば良いんじゃないだろうか。

 ケッチョーではあがらないはずのMPとINTが上がっているが、これは途中でゴブリンの小さな巣を見つけて、壊滅したからである。

 30匹くらいいたはずなんだが、それでもこの上がり幅って一体……

 やはりゴブリンはこの世界でも雑魚のようだ。それでもステータスは常人の二倍くらいなんだぜ? 人弱すぎるだろ。


 で、まさかの《飛び蹴り Lv.10》である。これ以上あがる様子がないので、スキルのレベルは10が最高のようだ。

 望んではいないが、俺は飛び蹴りを極めてしまったらしい。もしかしてこれが強力な武器になったりしないかな?


 武術スキルは《剣術》以外は少しずつ上がっている。そして《罠解除 Lv.3》だ。これからも有用そうなスキルなので、育てていきたい。が、団長さんに目を付けられたくないので、特訓の日以外は手をつけていない。つけようもないが。

 もどかしいね全く。


 で、俺が今何してるかって言うと、自室のベッドに寝ころんでいるのだ。

 何でって、昨日先生に教えてもらった「歓迎会パーティー」のせいとしか言いようがない。

 勇者でもない俺はお呼びでないんだと。まったくこの不遇はムカつくな。「リア充爆発しろ!」って叫びながらパーティー会場ぶっ壊そうかな。

 と、冗談はさておこうか。

 俺をパーティーに呼ばない理由は何となくわかる。俺をパーティーに出席させると、俺がここにいる経緯を話さなければならない。つまり、勇者召喚に巻き込まれたということ。そして俺が無能に近いということ。そんな異常事態、勇者の存在だけが欲しかったライジングサン王国にとって、公表するのはどのような事態を引き起こすかわからない。

 またさらに大きな理由は、俺の《探知》を利用するにあたって、俺の存在を秘匿しておいた方が都合が良いからだろう。女王や第一王女は俺の《探知》の価値に気づいていないから、パーティーへの参加を禁止したのは国王か団長さんだろうな。

「あんな無能にパーティーに参加する権利などありませんわ!」とか第一王女が言った可能性も無くはないが。


 パーティーの間、窓は閉じられているが、会場の扉は開け放たれている。仮にも他国の重鎮が居る会場を閉め切るということは、完全に拘束するのと同じだ。そのため、扉に警備は居るものの、閉められることはない。気分転換に外にでたい人も居るだろうしな。

 会場の扉が開いているため、この部屋の扉を開けてしまえば会場と何の障害もなく繋がっている。つまり千里眼で会場内を見ることができるのだ。

 会話は聞き取れないが、集中すれば《視の魔眼》の「顕微」で読唇術まがいのことができる。とは言っても、複数人を同時に見ることもできないから、得られる情報はすくないが。


 窓が閉まられているのは、暗殺やテロ対策だろうか。この世界には魔法や魔動具があるから、中世の文明レベルでもスナイパーもどきの遠距離攻撃が出来る。魔法の防御に窓は心許ないが、僅かに魔力を感じるから、魔動具なんだろう。鑑定してみるか。




魔屈の窓(作者 勇者の魔法使い)

品質 S+  値段 7800000デル

勇者パーティーの魔法使いが作成した魔動具。一定以下の威力の魔法を反射し、一定以上の威力の魔法の軌道を上方にズラす。魔力供給源は王城の宝玉。







 ……予想以上にとんでもない代物だったな。これあればあの会場は遠距離攻撃に関しては安全だと言っていい。つか値段やべえな。


 パーティーはいつも以上に豪勢な食事と多くの侍女で、華々しく催されている。

 さっきの魔動具と言い、このパーティーの絢爛さと言い、魔力アンド経済危機じゃねえのかよ、と言いたくなるが、ナーラさん(催眠状態)に聞いたところ、むしろパーティーがあるから経済危機になっているのだとか。

 どうも女王の方針で、他国に対して見栄を張るところはとことん張るようで、国王が言っても聞かないらしい。

 こういう場面でひたすらに金と魔力を使い、さらにそのために金と魔力を貯めているから、経済危機におちいっているんだと。

 まさに本末転倒。外交として見栄は重要だが、それで国民を傷つけたら元も子もない。

 まあ国を統べる立場で、国民を一々気にしてられないというのも分からなくもない。人間が、己の体を構成している細胞一つ一つに気をつけろと言われても土台無理な話だ。働きづめだったり、ゲームで徹夜したりして体を壊す人達は、悪政を敷く王を責められないと個人的には思う。視点を変えれば、本質的には同じなのだ。


 さて、それでは噂の隣国の勇者達を見に行ってみよう。

 千里眼の視点を天井付近にまで上昇させて、見回してみると、明らかに囲まれている連中がいた。

 龍斗達、我らライジングサン王国勇者三人と、また別の三人が中心になっている。

 十中八九隣国の勇者だな。あっちも三人いるのか。


 龍斗はタキシードのような服を、珠希と葵はドレスを着ている。

 こうやって着飾ってみると、三人は本当に美男美女だ。


 そして向かいの三人。男二人と女一人か。

 女は小柄で、黒のツインテール。日本にも実在するのかその髪型。無い胸を張って、自信満々な顔をしている。なんか第一王女と同じ香りがするぞ?

 男の片方は、目にかかる長いの黒髪だ。少々陰気くさい。美男美女に囲まれて浮いている。うむ、彼とは良い友達になれそうだ。

 そしてもう一人の男は……金髪である。まごうことなき金髪である。ヤンキーだったのかな? ハーフっぽくはないから、多分染髪だと思うが。そして溢れる「俺正義」感。もうお前のこと正義って呼んで良いか?


 ちゃちゃっと鑑定してみる。

 名前は……女は合田あいだ ひかる、目立たない男は田中たなか 裕一ゆういち。田中か……ド平凡な名前だな。

 そしてもう一人の金髪の男はっと……、やべ、間違えて、彼らの周りを囲んでるひとりの豚貴族を鑑定してしまった。シュテルク・グレースか……どうでもいい。

 気を取り直してもう一度、


『伊達正義』


なんだ? ネタか!? この世界では名が正確に体をあらわすっていうのか!?

 いやルビは「だて まさよし」なんだろうが、どうみても「だてせいぎ」である。

 なんだこの名前から漂う偽善臭……。

 これあれだな、絡んだらめんどくさいことになりそうだ。まあ俺との接点は無いだろうし、そんな事態は起こり得ないだろう。

 え? フラグ? ナニソレ美味しいの?

 ステータスは龍斗達に一歩及ばないくらいか? 隣国の勇者達は召喚されて一週間で、俺達とは二週間の差があるから、そのせいかもな。

 加護は、合田 光が『光魔法』、田中 裕一郎が『ノート』、伊達正義が『剣術』だ。ノート……めっちゃ気になるな。そして伊達正義の剣術は、単純そうで強そうだ。


 我らライジングサン王国勇者三人組の紹介が終わった(らしい)所で、突然金髪が辺りをキョロキョロ見回し始める。

 その不自然な行動に、周りの人間は首を傾げる。

 突然金髪は龍斗に詰め寄った。それを見てさらにざわつく野次馬。慌てて止めにはいる国王。

 なんかカオスになってきたな。あれか? もう伊達正義を発揮しているのか?

 金髪は未だに喚いている。さすがに気になってきたので顕微で何言っているのか予想してやろう。

 なになに……「タカフジイノリを出せ?」






「おまえに決闘を申し込む!!」


 なんというテンプレ台詞! この台詞を聞くのはもう少し後だと思っていたぞ。

 はい、なんやかんやあって、伊達正義の前に呼び出された俺です。

 あの後伊達正義が止まらなくて、しょうがなくパーティーの後に会わせることになったらしい。

 で、会ってみたらこれだ。もうめんどくさいルート確定である。


「えー……と、突然のことで戸惑っているんですが、なんで決闘なんです?」

「女神様にお前など相応しくないことを証明するんだ!」


 女神様? 俺が知っている女神様とは、召喚されまくったときの白い空間の女神だが……


「全く話が見えてこないのですが……女神様とは誰です? どなたの事を言っているんですか?」

「しらばっくれるな、お前もあの白い空間に行ったのだろう? 彼女はおまえに一目惚れしたと言っていた。そして、俺が勝てば考え直してくれるともな……」


 相変わらず何言っているのかわからないが、とりあえず状況は何となくわかった気がする。

 要約すれば、あの女神は面倒事を俺に押しつけたという事だろう。

 よろしい、次あったら殴ってやる。


 そして案の定、周りの奴らは全くなんにも分かっていないな。まあ当然だろう。とつぜん女神だ何だと言われて、話の内容を理解できるはずがない。

 あっちの伊達正義以外の勇者と、こっちの勇者三人組も話しを掴めていないようだ。

 つまり、この五人はあの白い空間に行かなかったという事だろう。

 そんな状況で、俺と伊達正義が女神と会ったと知られたら? この世界にも女神の存在は信じられている。俺たちがその存在と会合を果たしたと知られたら?

 何が起こるか詳しくはわからないが、とりあえず面倒な事になるのは確定だろう。

 今ならまだごまかせるから、今のうちに話を切ろうか。


「わかりました。その決闘、受けましょう」

「ふん。それくらいの甲斐性はあるか」

「お、お待ち下さい勇者様!」

「ま、待ってくれ祈里!」


 決闘を約束したところで、隣国側のお偉いサンか何かと龍斗が止めに入った。


「そんなことで、もし怪我をされては……! お考え直し下さい勇者様!」

「うるさい。もう決まったことだ。それとも、俺に逆らうって言うのか? おれは勇者だぞ!?」

「う……」


 出た、謎理屈。勇者だから何なんだよ。

 なんか龍斗達よりもあっちの方が、勇者の立場が上な気がするな。何でだろう。

 そんな疑問を頭に浮かべている間に、龍斗も俺に詰め寄ってきた。


「相手は強力な加護持ちの勇者だよ。場合によっては大けがするよ! 考え直してくれ、祈里」

「うるさい。もう決まったことだ。それとも、俺に逆らうって言うのか? 俺は凡人だぞ!?」

「何言っているんだ君は……」


 この扱いの差よ……。龍斗、呆れ顔でこっちを見るな。珠希、俺をジト目で見るな。


「よし、では早速行おう。訓練所はどこだ? 案内しろ」

「すみません、ひとつお願いしたいのですが」

「なんだ?」

「俺の加護は、戦う能力ではありません。それに、特別な体を持っているわけでもない……」

「それがどうした!?」

「タイマンでは、明らかに不利だと言っているのです」

「ふざけるな!」


 まあ、そう言うよな。


「決闘と言って、自分が有利な状況から、相手を一方的になぶりたいというならば何も言いませんが……」

「何!?」


 うん。単純な奴って好きだよ。楽で。


「そのため、別の対戦の形を提案します。確か、この王都の近くに、ダンジョンがあったはず。訓練用のダンジョンです。そこの第一階層のボスを先に倒した方が勝ち、というのはどうでしょうか」


 この訓練用ダンジョンの存在は、団長さんから教えてもらった。


「ふん。自分の能力に有利な場所を選ぶか。姑息な手段だな」

「では、また変更しますか?」

「いや、いい。俺の剣術の前では、ダンジョンなど敵にもならない」

「では決定で。あと、特別な道具の使用も禁止しましょう」

「ズルはなしって事か。いいだろう」

「勇者様……」


 あっちのお偉いサンがまだ渋っているな。


「あと、それぞれの護衛から一人、付き添いをつけましょう。これなら、タイマンよりも怪我をする可能性が低くなります。あと、これがバレたら双方大問題ですから、こっそりやりましょう」


 ここの訓練用ダンジョンは、一階層なら伊達正義でも十分クリアできる難易度だ。加護持ち同士で戦わせるより、自分の監視下でダンジョン攻略してもらったほうが安心できるだろう。

 周りの人間が、あからさまに安堵した空気を作る。

 まあ、怪我させたら大問題だからな。


「いいのか? 祈里……。いくら能力が斥候向きだからといって、ダンジョンボスを倒せるわけが……」

「大丈夫だって。考えているさ」


 俺は心配性な龍斗を安心させるように笑った。

 全く、そこまで心配してくれるのはありがたいが、もう少し俺を信じてくれても……


 なんかこの流れ、龍斗がヒロインっぽくないか……


 明日決闘することを約束し、そこで伊達正義とわかれた。







 二日後、俺は女王陛下の謁見の間に呼び出されていた。

 目の前には、すごく高慢そうで厚化粧したおばさんが座っている。彼女がライジングサン王国女王陛下らしい。

 まるで汚物を見るような目で俺をみている。

 この場には、国王陛下、団長さん、第一王女に先生、そして勇者三人も同席している。


 皆さん、お気づきだろうか。二日後である。

 二日後、だ。


 そう、もう伊達正義との決闘は昨日に終わっている。どうやら今日は、その件で呼び出されたらしい。


「お前が、イノリとやらか」

「はっ」



 非常にババくさい声ではなしかけてくる。


「貴様……昨日の失態は、どういうことだ。自分から決闘の場をダンジョンに変更しただけでなく、大差をつけられて敗れただと? その話に偽りはないか?」

「は、全く、弁解の余地もございません」


 楽なことに、陛下と直に話してはならないとかの理不尽制度は無いらしい。質問されたら答えていいのだ。


 女王陛下の言うとおり、俺は昨日の決闘で、完膚なきまでに負けた。

 いやだって、あいつ強すぎるんだもん。何あの剣術。団長さん並みだぞ? それはそれは迫り来る雑魚をバッタバッタと切り倒し、罠にひっかかってもダメージを受けず、一階層のボスも一刀のもとに斬り伏せたとか。

 安定のチートですね。ありがとうございます。

 対して俺は、奴がボスを倒してから二時間という時間制限を超えても、ボスを倒すどころか、ボスの間にすらたどり着かなかった。

 つまり、火を見るよりも明らかな大敗である。


「今まで、貴様の怠惰、無能、それを見逃してきた。わが夫と信頼する我が国の騎士団長が、貴様に潜在能力が、価値があると言うから見逃してきた。だがついに貴様は、わが国に損害をもたらした。無能者を養う意味はない。イノリ、お前をライジングサン王国王城から追放する。異論は無いか?」


 女王が怒りを顕わにして、俺に問いかける。疑問形ではあるが、有無を言わさぬ断定的な口調である。

 国王陛下を見てみるが、もう覆せないようで、悲しい目を俺に向けている。


「異論はあります。女王陛下」


 まぁ、反論するが。


「何!?」


 周りの貴族がざわめき、国王陛下が目を見開いたが関係ない。


「まず、損害とおっしゃいましたが……陛下のライジングサン王国における損害とは、一体何でしょうか?」

「な、決闘に負けたのだろう?」

「そう、決闘に負けた。ただそれだけです。此度の決闘に何がかけられていたか、女王陛下はご存知ないでしょうか?」

「む、確かに、聞いていないが……」


 再び周りがざわめき出す。

 さっきまで、悔しさに拳を震わせていた龍斗達勇者三人も、見当がつかないようで、話し合っている。


「今回の決闘でかけたものは、『甲斐性』です」

「………………は?」


 女王陛下が、先ほどの怒りの形相の面影がまったくない、呆けた顔で、呆けた声を出した。


「今回、決闘で勝った者は、『相応しい男』になる。という条件です」

「ま、まてまてまて…………それだけか?」

「ええ」


 決闘は昔からあるしきたりで、強力な拘束力を持ち、事前にかけた内容ならばどんなものでも絶対権力をもつ。そのかけ事の内容は、対象の保有する可能な限りの物にとどまるが、今回俺は王国が保護者のようなものなので、決闘における俺の負けは、国の負けとなる。


 しかし、かけ事は今回の決闘をするにあたって明確でなかった。唯一関係するのは、その前の伊達正義の発言だけだ。それから何も言及されなかったのだから、かけ事は『どちらが女神様に相応しいか』となる。

 そもそも、相応しく無いからと言って、その女性と結ばれる権利が無いわけではないので、今回のかけ事に一切の拘束力はない。ま、女神様と結ばれるつもりはないが。


「また、今回の決闘は、関係者以外に情報を知らせないことも条件でしたし、そもそも私は勇者ではなく、王国の一般人です。体裁においても、ライジングサン王国、また女王陛下方には、一切の不名誉が無いことを明言させていただきます」


 そう、結局この決闘は茶番でしか無かったのだ。どっちが勝っても負けても、どちらにも実質的な損得はない。

 それを聞いた女王陛下は、顎に手を当ててうなる。


「また、私は隣国の勇者が勝ちを決めてからの二時間、何もしていなかったわけではありません」


 そういって、団長さんに目配せする。

 団長さんは俺の今回の事情を知っている。というか、ダンジョン内についてきたのが団長さんだったのだ。

 なぜ団長がわざわざついてきたのは知らない。


 アイコンタクトを受けた団長さんは、部下に言って、いくつかの袋を女王陛下の前に置いた。


「どうぞ、お開けになって下さい」


 女王陛下は怪訝な顔をしながら、側近に開けるように言った。

 そして、女王陛下の表情が変わる。


「これは……!」

「せめて勝てないならば、手土産をと思いまして」


 袋に入っていたのは、金銀財宝、そしてアイテムの数々である。一階層だったから、それほど価値の無い物ばかりだ。

 しかし、やはり女王と第一王女は金に目がない。ギラギラした目で袋の中をのぞき込む。


「ダンジョンの一階層で得た宝です。私の加護、《探知》をもってすれば、宝箱から宝を集めるなど、朝飯前でございます」


 まあ、負けてからってわけじゃなく、最初から宝探ししかしてないがな。

 計算外だったのが、ダンジョン内に昼という概念が無かったこと。お陰で制限無しチート状態で、宝を集めることができた。

 多分本気を出せば、伊達正義よりも速くボスを倒せただろうが、もともとあいつに興味はない。

 今回の決闘は、俺の価値を女王や第一王女に知らしめるために利用したに過ぎない。

 彼女らにとっては、俺の能力がいかに有用がつらつらと述べるよりも、実際に金を稼いだ方がわかりやすいだろう。


 俺は女王陛下から引き続き王城での滞在許可をもらい、訓練に励むよう言われた。ギラギラした目で。

 ほんとに金に目がないなこのお二方は。

 隣で国王がため息をついているのがかわいそうだった。









 さて、追放問題も片付いた所で、俺は夜の森にレベルアップに来ている。

 さすがにケッチョーばっかで飽き飽きだ。

 俺は黒木のナイフを取り出し、遠隔操作しつつケッチョーに投擲する。

 ナイフはケッチョーの細長い首を、断絶はせずとも深く斬りつけ、ケッチョーは断末の悲鳴もあげずに息絶えた。

 最近は網からの吸血ではなく、余裕があるときこうやって直接攻撃して殺している。

 大分投擲術と《闇魔法・真》のコンビが板に付いてきた。

 ケッチョーくらいなら瞬殺できるから、そのほかの雑魚にもひけはとらないだろう。

 とりあえず、夜の間の戦力はある程度できたから、あとは昼間をどうするかだな。

 魔動具を使えるんだったら、それで戦力補強できればいいが、如何せん俺には魔法の才能とやらが皆無である。あまり期待できないな。

 ダンジョン内が常に夜判定なら、常にダンジョンにこもっているってのも手だが……


「……む?」


 いつものように山を探索していると、微妙に違和感がある地点があった。

 《探知》では何もないのだが、なにか引っかかるものがある。


 こう言うときはあれだ、幻覚とか、幻とかそういう奴だ。

 機会が無かったから使ってこなかったが、試しにやってみよう。

──『幻滅』


 《視の魔眼》の一つの能力を発動したと同時に、目の前の何の変哲もない森だった空間が歪み、岩と大木の混じったジャングルのような空間が広がった。

 どうやら幻術かなにかで隠されていたようだ。


「さて、どうしよう」


 安全策をとるなら、何も見なかったことにして去るべきだが、さっきから《探知》で探っても何も危険はない。

 中にいる魔物の反応も、ケッチョーよりも少し強いくらいだ。

 蔦や木や岩が混在し、所々壁のようになっているため、千里眼は使いにくい。透視もあまり遠くまでは見通せないため、こっから先に何があるのかを予め知ることは出来ないが、今は夜だ。

 つまり、俺のチート能力がすべて解放された状態だと言うこと。最悪逃げることも出来るので、あまり警戒しすぎない方がいいかもしれない。

 虎穴に入らずんば虎児を得ずってな。

 ちょうどケッチョーのレベルアップも滞って来たところだ。もう少し強い魔物がいるのは好都合。網もあるから、より強敵が出ても対処できる。


 よし、行こうか。


 俺はその幻想的な空間に、一歩足を踏み入れた。

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