騎士団長と第五話
「私は勇者様方のお願いで、お風呂を用意したんですよ? それなのに何故あなたが入ろうとするのです?」
さあこれから二週間ぶりの入浴だ! と言うところで、生意気お嬢様こと第一王女に止められた。
「第一王女様……彼も私達と同郷であり、湯船とお風呂が恋しいのです。同じ異世界から来た者として、同じように扱ってはもらえませんか?」
「なりませんわ、龍斗様。勇者様方と彼の立場には、大きな差がありますことよ? 同列に扱うなど、もってのほかでございますわ。この城に置いてあげていることすら、私達の寛大な心故ですのよ? 感謝なさい」
龍斗が第一王女を説得するが、生意気お嬢様は聞く耳を持たない。
「その上、今夜は視察に出ていた宰相殿がお帰りになりましてよ? 旅の疲れを癒やすのが我々の仕事。必然的に、宰相殿もご入浴されますわ。あなたのような者が入っている時間は無くてよ?」
宰相か。確かに見てなかったな。一週間以上視察に行っていたってことは、かなり遠いところまで行っていたのか。
「いえ、時間ならば……」
「いや、いいよ、龍斗。俺はいつも通り、体を拭くだけにするから」
「そう? だけど……」
「ふん。それでいいのです。己の立場を理解なさい、そして私に感謝なさい」
いやこの流れでどう感謝しろと。だんだん無理矢理になっているぞ。
龍斗は俺を引き留めようとするが、俺はさっさと部屋に帰った。
いや、正直助かった。
どうやって風呂に入らないでおくか、言い訳を考えていた所だったんだ。ナイスタイミングだぜ。
なんで楽しみにしていた風呂をわざわざ蹴ったかって? 実は、さっき風呂場を透視で観察してみたんだが、内装が銭湯みたいだったんだ。
俺たちの世界の銭湯に似ているって事は、十中八九、前の勇者の仕業だろう。異世界生活をさんざん楽しんだようだ。
で、銭湯を忠実に再現したために、ある物が大量に設置されていたんだ。
脱衣所にも、男湯にも女湯にも、必ず日本ならあるあれ。
「鏡」だ。
この世界では鏡はかなり高級品で、財政危機にあるこの城にはほとんどない。しかし、銭湯を忠実に再現した風呂場には、大量にあったのだ。どこに気合い入れてんだよ。
吸血鬼だから、鏡に姿が写らない可能性がある。これまでは鏡の前を通るのを避けてきたのだが、あの風呂場は回避できない。
鏡に姿が写っていないのがバレたら、吸血鬼とはバレなくても、おそれられたり怪しまれたりはするはずだ。現段階でそれは困る。
ということで、さっきの第一王女の発言は、俺にとっては渡りに船だったわけだ。
入浴できないのは落胆ものだが、しょうがない。我慢しよう。
部屋に帰る道すがら、二人の護衛を連れた先生と遭遇した。
「魔物に関する情報が載っている本、ですか?」
「ええ、できれば、魔族に関しても載っている本があれば、貸して欲しいのですが」
先生は微笑みを崩さずに考え、答えた。
「たしか、書庫にそういう図鑑があったはずです。図が精密で分かりやすく、魔族も有名なものなら載っていました。それで良いですか?」
「はい」
「では探してきますね」
え、使いに探させるんじゃないのか。本当に不遇な立場だな。
「場所さえ教えてもらえれば、俺が探してきますが」
「その書庫は、王族か管理人しか入れないのです」
そいつは仕方ないな。
「では、付いていってもいいですか?」
「部屋にははいれませんよ」
「大丈夫です」
「分かりました。では行きましょう」
先導する先生についていき、古びた書庫の入り口についた。
薄汚れていて、かび臭い。少し埃も積もっている。
ここ王城の中だよな? なんでこんなに汚いんだ? 掃除がここまで間に合わないのか?
「では、イノリ様はここでお待ち下さい」
俺にそう告げて、先生は薄暗い部屋の中に入っていった。
いや、ここ王女様が入って良いような所じゃないだろ。護衛も止めないし。
うわ、ドレスが汚れてる。
先生が本を探している間、俺は千里眼と透視と顕微と映像記憶を複合し、棚にある本の中身を記憶していく。
だが、一ページずつの透視は難しい。かなり集中しなければ出来ないので、記憶は一瞬でも読むのが遅くなる。
「あ、ありました」
先生は、この書庫の中では比較的新しい本を取り出した。
くそ、まだ書庫の十分の一くらいしか記憶していない。
だが、ここに留まるのも不自然だ。
「ありがとうございます」
形式的な礼だけ言い、先生と別れて部屋に戻った。
さて、何でわざわざ魔物図鑑なんて手に入れたかっていうと、この世界の吸血鬼ってのは何ぞや、ということを知りたかったのだ。
それ次第で俺の行動の幅も変わるのだ。多少ながら。
他にも、《鑑定》は便利なんだが、対象が物だとその詳細を教えてくれるのに、対象が生物だとステータスしか表示されない謎仕様なのだ。
ゆえに、ケッチョーがどんな強さなのかは分かるが、どのような生物的特徴があるかは分からないのだ。死体になった瞬間、その素材で何が出来るかは鑑定できるんだが。ホント謎仕様だな。
というわけで、魔物について深く知ろう、とも思ったわけだ。今のところケッチョー以外にまともに魔物を見ていないしな。
体を拭き終わり、夜となったため俺の時間かと思いきや、そんなことはない。
日が沈んだばかりでは、眠りについていない者の方が多いのだ。
そのため、スキル育成とかレベルアップとかのお楽しみは、深夜になってからなのである。
俺は深夜までのこの覚醒してるけど暇な時間を、現状とこれからの方針の考察を行っている。
では脳内会議開始だ。
議題は「この世界の吸血鬼とは」と「追放されそうだけどどうしよう」である。
まず一つ目の議題からだ。
まあ答は決まっている。
この魔物図鑑を読まねば始まらない。映像記憶と絶対動体視力を併用した速読で、パラパラマンガののように読み進める。
この魔物図鑑、魔物の図がかいてあるのだが(写真では流石になかった)、かなり正確に描かれている。
さっきチラッと見たケッチョーがそっくりだったことからその正確さが伺えるな。
さて、開くは吸血鬼のページである。これでとりあえず吸血鬼の特性を知ることが出来る。ガセネタの可能性もあるがな。
『吸血鬼、魔族の一種。怪力で血を吸う鬼である。……………』
吸血鬼がどんな存在かってのは、俺の認識と大差ないようだな。
やはり問題は吸血鬼の弱点だ。
『吸血鬼は鏡に映らない』
確認したことはなかったが、やはり鏡には映らないのか。
『昼間は力が弱まり、直射日光を受けると灰となる。ニンニクを苦手とする。心臓を破壊しなければ死なない。光芒星を見ると力が弱まり、またミスリルの武器に弱い。火属性、水属性、光属性の魔法が有効』
昼間は力が弱まっても、直射日光で即死は無いなぁ。これもスキルのお陰かね。
そしてニンニクからは逃げられないようだ。食べられるから毒ではないみたいだけど。
心臓を破壊されなければ死なないってのは、それ以外なら再生するってことなのか?
光芒星ってのは、光、火、水、風、土、闇の六属性を表す六芒星から、闇の角を取り除いたマークだ。信仰のシンボルとかで知られているのだが、これが十字架の代わりなのか?
この世界に来てから十字架を見たことがない。キリストが存在しない世界だから当たり前か?
そしてまさかのミスリルである。かの、銀の輝きを持ち鋼の硬さを持つと言われるファンタジー金属の代表格である。
この世界のミスリルは、さらに魔力との親和性が高く、軽い。
色は緑がかっていることもなく、純粋な銀色だ。
吸血鬼の弱点が銀ではなくミスリルだとは。しかし、この世界ではミスリルは「聖なる金属」という別名もあるため、納得である。
光属性に弱いってのはアンデッドの特徴だな。
火は吸血鬼に有効だという話もあるから、火属性魔法に弱いのも納得である。
水属性に弱いってのは、聖水とかそういう意味合いなのだろうか。
こう羅列してみると、吸血鬼には弱点が多いな。
とりあえず、鏡の前を歩かないように気をつければ問題ないだろう。
鋭い八重歯は俺の意志で、自然な程度まで縮めることが出来る。今のところ、少し八重歯が目立つかなって程度だ。
意識すると羽も出せるみたいだな。出したことはないが。
とりあえず魔物図鑑は全部記憶して目を軽く通したので、次の議題に移ろう。
先生に言われた、追放されそうだという状況だ。
俺にやる気を出させるための先生の嘘って可能性も無くはないが、今みたくサボってばっかだと、追放されてもおかしくはない。いつかなり得る状況なら、想定しても損はない。
まず、大人しく追放されるか否かだが、正直追放は避けたいと思っている。
今の昼のステータスだと魔物に勝てそうにないし、なによりこの状況が惜しい。
王城に居れるというのは、なかなかレアな状況だ。そして王城では王城ならではの情報が得られる。
この世界では本は高価だ。恐らく全てが手書きなので、高価なのは当然だ。
前の勇者は活版印刷を伝えなかったのだろうか。知識がなかったのか?
まあ、鑑定の結果でも、本は結構な値段らしいので、この王城を出てしまうと中々お目にかかるのは難しいだろう。王城に保管された、閲覧制限のある本なんかは特に。
まだ知識が足りない状況で、この王城は出たくないのだ。
もう一つ懸念がある。
魔動具の存在だ。
レベルの概念がないこの世界で、如何にして人間があの強力な魔物と戦えるのか。その答えは魔動具の存在だと思う。
だが、未だに詳しいことは先生からも団長さんからも教わっていない。なぜだろうか。
その魔動具について、詳しい情報を得てからこの王城を出たいと思っている。今のタイミングで追放されるのは頂けない。
以上の理由から、なるべく追放は避けたいな、というのが結論だ。
では追放されないためにはどうするか。
訓練を真面目にやる、ってのは、確実だが難しい。山のように積もるチリのように、こつこつと積み上げていかなければ信用はつかない。
今欲しいのは、遅効性の「信用」ではなく、即効性のある「価値」だ。それも、今の段階である「無害」という評価が付いてくるのとが前提だ。
チートの情報解放はもちろん却下。
戦闘技能を急速にレベルアップするのも不自然だな。今のステータスの上がり方も不自然っちゃ不自然だが、勇者らの高ステータスで雲隠れしている。俺は体力的にも才能的にも凡人だと思われているのだ。
すると、やはり《探知》の価値を示す必要があるかな。
最もいい方法は、俺に勇者三人を含めた4人パーティで、ダンジョンでも何でも実戦訓練に行き、そこで斥候としての《探知》の有用性を示すことだ。
だが、これは却下せざるを得ないだろう。
いや、別にフラグを恐れている訳ではないぞ?
実戦訓練でダンジョンとかフラグだろ、とかそういう事ではない。
なぜか実戦訓練がかなり先まで行われない予定なのだ。
まあ魔動具が無い状態で魔物に立ち向かうとか、恐らく無謀にもほどがあるから、魔動具の扱い方を知るまでは実戦訓練は無いはずだ。
レベルアップも無いから、勇者三人が大切なら、ある程度育ってからで実戦は良いって言う保守的な考え方にも納得できる。
少なくとも、宗主国の報酬にありつくためには、勇者の存在が必要なだけだろうからな。練度は求められていないわけだ。
話がそれたな。
それがだめなら、先生か団長さんを通して直談判。先生は理解してくれるかもしれないが、団長さんは微妙だな。寝ているところを叩かれてばかりだし。
しかし、第二王女と騎士団長という立場なら、少なくとも俺や勇者よりは発言力があるだろう。
勇者は発言権が有りそうで無いことはさっきの会話で分かった。
俺の入浴権利を奪い返せない時点で、俺の追放を勇者の意見で阻止するのは無理だろう。
第三の方法。いっそのこと使用人になる。
人員不足らしいし、現代知識があるからある程度執務的な仕事も出来るだろう。
問題は、給料に全く期待できないことと、ここで身を固めてしまう事だな。
やっぱ財政危機の国側につくとかあり得んな。メリットが少なすぎる。それだったら追放された方がましだな。
なかなか良い案が出ないな。
いわゆる主人公的な、「ま、まさかそんな手が……!」っていう方法がない。
それは物語の話だと割り切ろう。一晩考えたところで良い案など出ないさ。
っと、考えている間に、皆が寝静まる時間になった。もうややこしい考えは捨てて、修行タイムだぜ。
スキル習得の際は、スキル以外のことを考えると集中力が低下し、効率が悪くなるのだ。故にスキルと同時に他のことを考える訳には行かない。
ちょうど気分転換になる。
さあいつものように草原に転移して……
剣術スキルレベルアップキターーー!
はい、というわけで修行中です。
どこでって決まってるだろ?
王城の外の石畳だよ……
ここはいつもの草原ではなく、王城の城壁の中の広場っぽい石畳である。
なぜいつもの草原ではないのか。それは、なぜか村人が町人かわからないが、キャンプファイヤーを中心に踊ってたり酒盛りしてたりなんか祭りをやってたからだ。
裸踊りとかやってたよ。男だけだけど。
まあそんな付近で修行なんて出来るはずもなく、探知で人が少なく、警戒の魔導具とかもなさそうな広場を探して、素振りをしているわけだ。
投擲術は音がなる可能性もあるので剣術、短剣術、隠密術に絞っている。
それより剣術レベルアップはうれしいな。最近はめっきり上がらなくなっていたからな。《飛び蹴り》に抜かされないかとヒヤヒヤしていたぞ。
さてお次は、全く練習していない短剣術である。
《武器錬成》で黒木刀を黒脇差しに変更。
団長さんの素振りを映像記憶出で思い出しつつ、千里眼で第三者目線から観察。
うーん、今までそこそこ高いスキルを練習していたから、今自分がやっていることが幼稚に見えてくる。
さっさとレベルアップしてしまおう。
必殺、千里眼にさらに顕微を追加。より細かいレベルで団長さんの素振りを再現! これで効率もあがるはずだ。
ブンッ
ブンッ
ブンッ
ヒュン
お、来たな。
よし! 短剣術レベルアップ
ビーーーーーーーーーーー!!
「は!?」
突然頭の中に、ブザーのような警告音が鳴り響いた。
しかもかなりの大音量で。
なんだ!? スキルに何かあったのか?
それとも…………
俺は突如、《探知》の「警報」という能力を思い出す。まさか、これが?
すぐさま顕微と映像記憶を中止し、千里眼で周囲を観察しつつ《探知》を最大範囲まで展開する。
遠くで外にでている人間の気配を察知した。そこへ千里眼を向ける。
視界に映ったのは、金髪で女性にしては背が高い、騎士服に身を包んだ美人。
団長さんだった。
「む、イノリか? こんな時間に何をしている」
やべえやべえ。
もう警告音は鳴ってないけどやべえやべえ。
なんて言い訳すればいいんだこれ。
《陣の魔眼》で催眠してしまえばいい話だが、残念なことに今は転移モードだ。催眠モードにするためには、ポケットの中にある紙を取り出して上書きしなければならない。
そんな怪しい行動をとったら、なにされるかわからん。問答無用で切りかかられたり、他者に連絡をとられたりしたらジ・エンドだ。
そもそも催眠が成功するかもわからない。実験例が人間だとナーラさん一人だからな。万が一失敗したら、言い逃れはできなくなる。
「うぅ、はずかしながら、修行です……」
しかし俺の演技スキルをなめるでない。
ここで「だ、団長さんこそこんな時間に何を?」って言ってはいけない。人に見つかりたくない何かをしているのがバレバレだからだ。
今重要なのは、純粋ぶって、ちゃんと質問に答えることだ。
「修行? こんな時間にか? まさか抜け出したりしていないだろうな?」
「その、メイドさんに許可を貰いまして……こっそり……」
秘技、「小さな嘘で大きな嘘を隠す」と「大きな嘘ほどバレない」の合体技!
「なんでこっそりとやっているんだ?」
「だって……恥ずかしいじゃないですか! こんな所で隠れて修行だなんて……」
「む……」
大人は思春期の発言には判断が鈍る! デリケートな問題だからな。
「しかし、そのメイドはペナルティーだな。どんな理由であろうと、客人の無断外出を許すとは」
「な、ナーラさんは悪くないんです! 俺の話を聞いて同情してくれて……厚意で」
さりげなく実名を出して、ナーラさんを売る。
「まあ、なんでここで特訓してたのかはわかった。だが、なぜわざわざこんな夜中にこっそりやっているのかは理解できない。べつに昼間の空き時間でも良いではないか」
「そのことなんですけど……」
嘘付くついでに、いつも寝ている言い訳をしてやろう。
「俺、実は昼夜逆転の睡眠障害なんですよ……」
「昼夜逆転……? なんだそれは」
「俺たちの元の世界は、ここよりも文明が進んでいるのは知っていますよね? だから、一晩起きて過ごせるような娯楽もあるんですよ。ゲームって言うんですけど。で、俺は元の世界でその娯楽にはまってて、毎晩夜を明かしてたら……昼に寝て夜起きる生活のリズムが身についてしまったんです。だから昼はどうしても眠くて修行にならなくて、それでこの時間に……」
相手の知り得ない範囲でうんちくを垂れる。納得したかどうかに関わらず、話を進めざるを得なくなる。
「む、その、なんだ、昼夜逆転というもの? は治せないのか?」
「長い時間を掛ければ何とかなるかもしれませんが……すぐにはちょっと……」
「はぁ、それならばもっと早く教えてくれればよかったものを」
「すいません……恥ずかしくて……」
「む、……そうか」
大人は思春期の発言に判断が鈍るパート2!
なんか勢いで誤魔化した感はあるが、とっさの行動にしてはよくやったぞ俺。
「わかった……メイドは別として、お前が夜中に訓練していた事は不問にしよう」
「え……」
「お咎め無しって事だ。勇者三人にも伝えないでおく」
「あ、ありがとうございます……」
ここまですんなり信用させたのも、今までの無害アピールのお陰だな。
「……よし、夜に訓練するというならば着いてこい」
「へ?」
突然後ろを振り向き歩き始める団長さんに、俺はとぼけた声を出した。
「いいから来いと言っている」
そういって団長さんは問答無用で俺の腕をつかみ、ズルズルと引きずっていった。
石畳の上を引きずられながら、俺は警戒しながら思考をめぐらしていた。
なぜ団長さんはこんな時間に彷徨いていたのか。
さっきそれとなく聞いたら、「夜の見回りだ」と言われたが、騎士団長ともあろう方が一人で夜中の城内を見回ることが有るだろうか。普通は部下の仕事だろう。
それに、《探知》の警報が発動したのも忘れてはならない。これは命の危険が迫ったときに鳴るものだ。つまり、少なくともその瞬間は、俺の命の危機だった、ということだ。
逆に言えば、団長さんはあの瞬間俺に殺意を持っていたということだろう。見回りの警戒と言ってしまえばそれだけだが。
そういえば、俺は何故団長さんの接近に気づかなかったのだろうか。団長さんはあの時は、俺の《探知》の範囲内に居たはずだ。
考えられるのは二つ。団長さんの隠密の技術が高すぎて《探知》に引っかからなかった可能性。そして俺が《探知》を怠っていた可能性。
一つ目は無いと思う。気配が無いくらいで、俺の《探知》に引っかからないことは無いと、今までの経験からわかっている。そして団長さんは隠密系の加護は持っていなかったはずだ。加護なんてものにただの技術が適う気がしない。
可能性があるのは二つ目だ。実際、危機感知の警報が鳴ってから、団長さんを《探知》で補足できたのだから。
すると、なぜおろそかになっていたのか。俺の油断もあるかもしれないが、あの時は確か、千里眼に顕微、映像記憶とオンパレードだった。人間は内と外の片側にしか意識を向けられないと聞いたことがある。スリやマジシャンはそれを利用したりするわけだが、これが俺のスキルにも言えるのかもしれない。
千里眼などに集中しすぎていると、《探知》がおろそかになるのだろう。
今回のはいい教訓だな。今一度気を引き締めるか。
さて、気を引き締めると言った手前、今の団長さんを疑わざるを得ないわけで。
なんか問答無用で引きずられているが、このまま謎の組織のアジトに直行とか、告げ口されて監獄にぶち込まれるとか、可能性は無くもない。彼女の称号も気になるしな。
最悪監禁されても、《陣の魔眼》の転移があるから逃げ出すのは簡単だ。追放が早まっただけだと思おう。
「着いたぞ」
団長さんが立ち止まり、手を放す。
ひとまず拘束が外れたことに安堵しつつ、周りを見渡してみる。それは、真っ暗でありつつもよく見た光景だった。
「訓練所……ですか? なんでまたここに……」
「ちょっと待っていてくれ」
そう言って団長さんは、何かの無骨な部屋に入る。そして何かを操作しているようだ。
「いくぞ」
団長さんがつぶやいた瞬間、それまで完全に真っ暗だった訓練所が、一気に明るくなった。
《視の魔眼》を持っていなかったら、まともに目を開けられなかったかもしれない。
「これは……照明……ですか?」
「ああ。魔力で動く仕組みになっている」
魔動具って事か。それにしては規模が大きすぎるが。
「夜中の訓練用にな。最近はめっきり使われて来なかったんだが……」
そりゃそうでしょう。こんな大規模な魔力、魔力危機なこの国で常時補える訳がない。
「魔力で動くんですよね……? じゃあこの魔力はどこから……」
「私が貯めておいた」
「え?」
団長さんの魔力だろうってのはわかっていたが、今注いだんじゃなく、貯めてたのか。
「そんな、悪いですよ」
「貯めていたと言っても3日分位だ。それでも今日一晩分しかないが」
団長さんの魔力3日分で一晩とは何とも効率が悪い。まあ団長さんの魔力を全てここにつぎ込んでいたと言うわけでもないだろうが。
「これからはここで特訓してもらうぞ。さすがに真夜中にお前一人を放っておくわけにはいかないからな。ここを使えるのは、照明の関係で3日に一度だが、その日は私が見ててやる」
つまり、三日に一度、特訓を見てもらえるというわけである。
「なんで……そこまでしてくれるんですか……?」
これは純粋な問いではなく、警戒だ。筋トレ、訓練と付きっきりで見てもらった上に、夜にまで付き合うという団長さんを信用できない。あまりにも不自然だ。
「……最初は同情心だったな。後は、わざわざ夜に特訓するほど負けず嫌いで、まじめだという事もわかった。それにお前の加護はとても役に立つものだ。持て余すには惜しい」
まあ、整合性はあるし、納得できない理由ではない。
団長さんは「そうだ」と呟いてこちらを見た。
「イノリ、騎士団に入らないか?」
「騎士団に……ですか?」
「ああ。お前の能力は実戦でこそ役に立つ。それならば勇者の付属品ではなく、一人の兵士として国のために働き、自分の足で歩くのだ」
ふむ。騎士団に入れば追放されることもなくなる。だが、団長さんは完全に信用できないし、騎士団に入ることは拘束されることを意味する。早計だな。
「今は……決められません」
「そうか、ならば、どこにも寄るところが無くなったら、私の元に来い」
「そんなことがあるんですか」
「……あるかもしれんだろう。お前は自分の未来をもう少し真剣に考えた方がいい」
なんか含みのある言い方だな。まるで、俺が追放されることを知っているような……。まさか団長さんが、俺の能力を欲しいがために、女王陛下に進言したとか? 肩入れしたり、ここに俺を連れてきたのは、騎士団に俺を引き入れるためか?
まあ、信用できるか否かは置いておくと、保険としては悪くない話である。戦闘技術を学びつつ、保護を受けられるのだ。追放された場合の最終手段にしておこう。
「じゃあ、そのときはお願いします」
「うむ。さあ、話が一段落ついたところで、特訓開始だ」
「はい」
…………正直特訓は、ありがた迷惑な話であった。
夜であるためスキル全開で、突然そんな技術を見せたら不自然だろう。
かといって手を抜くと団長さんにバレる。だから、もっともスキルレベルが低い《短剣術》を特訓することになったのだが、それでも昼と比べものにならない技術であり、さらに一夜にしてレベルが上がってしまったので、団長さんを唸らせる結果となってしまった。
その後にやった罠解除では、罠を設置するのに時間がかかるため、良い時間稼ぎとなった。
次回を断るのは会話の流れ的に無理な話なので、次回も罠解除で時間を稼ごう。
しかも今晩のレベルアップはお預けになってしまい、俺にとっては二重に頭を悩ませる結果となった。
余談だが、部屋に帰ってからステータスを確認してみると、一般スキルに《詐術 Lv.1》が、称号に「大根役者」が追加されていた。
うるせえよステータス。
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