六話 迷いごと
サテンさんにもらったメモ。それを見て歩く。
ある程度この地のことを知っていれば「ここはここで・・・ここはここか!」みたいに手探りながらも歩いていけるんだけど。どうにもここは見た目じゃ何屋かがわからないところばかりで、地図に書いてある文字はとてもだけど参考にならない。
『ここは迷路みたいなところだ。適当に歩いてると迷うぞ』
迷がそう行っていたことを思い出した。あの言葉の真意をやっと今わかった気がする。
道が入り組んでいて、観光地にはとてもじゃないけど向かない。宿泊場所に辿り着けなくなるのがオチだ。でも迷は観光客が多いと言っていた。そういう趣味の人が多いのかもしれない、勝手にそう解釈した。
「ん〜〜・・・ここは、ん?あぁ。え・・・?」
さっきからずっとこれを続けているけど、なんとか勘で進めるようにはなってきた。その勘があっているかは正直わからない。あっていない可能性の方が高い。でも最終的には迷の顔の広さでなんとか帰れると思う。その時点で全く目的に達成できていないけど。
忘れてはいけない。大事なのは他の迷い者に会うこと。
そのことはきっと、私の迷いを探す上で参考になることだと思うから。
「お、行けそう」
地図通り進めている気がして早足になる。
他の迷い者に会うことは、ドキドキすることで、ワクワクもあり、怖さもある。
自分の記憶がない状態で自分のことを知る行為がこんなにも怖いものだったとは。今まで知らなかった。当然だ、記憶がないのだから。
「えっと、こんにちはー」
あまり堂々としていない、控えめな店構えの建物の暖簾をくぐる。
人違い、ではない。場所違いだったらどうしようか。何か頼んで行かないといけないのだろうか。多分地図をちゃんと見れていたのならここは甘味処。
外に控えめに長椅子が置かれていて、テラス席らしきものがあった。
覗いてみると、中にもお客さんはいなかった。
・・・いや、奥にも席があるかもしれない!たまたま、目に入るところにお客さんがいないだけで、少し進めばいるのかもしれない!暖簾がかかっているということは営業中だということだし、そうだ。きっとそうだ。
「なんで焦ってるの、私」
自分の目的を再確認し落ち着く。もう一度呼んでみる。
「すいませーん。誰かいませんかーーー」
大きい声を出すのは嫌いじゃない。スッキリする。でも、自分の声が消えずにこだましてくるのは苦手だ。きっと静かな空間が得意じゃないのだと思う。
「・・・えー」
まさかの誰もいないってやつだろうか。それは問題だ、営業中なのに。
あ、もしかすると、材料がなくなって近所に買いに行ったのかもしれない!それで少し立ち話が長引いているのかもしれない!
「・・・だから焦るなって」
さっきから独り言が多くて虚しい。でも誰かが喋らないと間が持たない。つまり今ここには私しかいないのだから、私が何か話さないといけないのだ。
「んー・・・」
視界の端で何かが動いた。いや怖い。誰だ一体。
「・・・誰」
目があって、数秒おいて尋ねられた。
「いやそれこっちが・・・」聞きたいと言おうとして直前で止める。
状況を考えると、相手は腰に巻くタイプのエプロンをしていて、対してこっちはここに来た時のままのセーラー服。
相手はここの従業員の可能性が高い。つまりはここに一応お客として来た私の方が部外者だ。名乗らなきゃいけないのはこっちか。そう思ったけど、実際私が客だったら名乗る必要などないことに気づいた。
「あの、ここに住んでいる、
開き直って本題に入ると、気だるげな店員(仮)が反応した。
「そいつに何の用」
「ご存知ですか!」
「何の用なんだってば」
「あ!すいません・・・」
相手は冷静に返してくる。怒った様子はなく安心する。
質問に返す前に、この場所が間違っていなかったことへの喜びが先にきてしまった。いけない、慎重に話さねば。
「迷に、言われたんです。迷いを探す手がかりになるかもって」
店員さんは私のことをじろっと睨みつけた・・・ように見えただけで実際はただ見ただけなのかもしれない。
時間をおいて目をこすると、奥の暖簾をくぐっていなくなってしまった。
何も言ってくれなかったため、出ていけということなのか待ってろということなのかわからない。勝手に動いて怒られるのも嫌なので一番近くにあった椅子に座ることにした。
店内をぐるりと見回すと、飾りなどから和の雰囲気を感じ取った。ここは喫茶店的な場所なのかもしれない。どう見てもファミレスではなさそうだ。
内容は聞き取れないけど、何やらさっきの店員さんと誰か知らない人が話しているような声が聞こえてきた。その声はだんだんとこちらに近づいている。喧嘩ではなさそうだ。至って穏やか。どちらもテンションが低いようで、明るい雰囲気ではないけれど。
「待たせた。ほら、あの人」
先に顔が見えたのはさっきの店員さんで、何も言わずに消えたのは無意識だったらしく、全く気に留めていなかった。私に少し手を挙げ、すぐに後ろを向いた。
「え・・・あ、」
はんば無理矢理に連れてこられたようなその人は、服装が現代感バッチリで親近感を感じた。よかった、怖そうな人じゃない。ただ無愛想ではある。
「あ、突然すいません!迷い者案内所の迷の紹介できました。私は羊といいます!」
ガタガタっと音を立ててしまった椅子を気遣いつつ、相手へ自己紹介をする。とりあえずしっかりとした紹介の元の訪問で怪しい人ではないってことを相手に知ってもらわなくてはいけないから。
「葵。ここにきて大体2年になる」
「2年・・・」
もうここには慣れているようで、店員さんと小突き合いをしている。
なるほど。2年経っても迷いを探し続けている人はいるってことか。そんな簡単なことじゃないんだな、迷い探しは。
ただふと思ったのは、改めて見る葵さんはインドア派って感じで、自分から外に探し物をしには行かなさそうだ。つまり、ただ探そうとしてないだけって可能性もある。もしそうじゃなかったら失礼すぎる発言だと自分でも思う。
「お前もなんか言え。今のままじゃただ仕事サボってた適当なやつだぞ」
葵さんが店員さんの頭を叩いた。まるで兄弟のようだ。おかしくて笑ってしまった。
「今更遅いだろ・・・自分はサカエって言います。ここのバイトです。まぁほとんど客こないんで給料さらいになりかけてます」
「あ、羊です。よろしくお願いします!」
名前に加えて余計な情報まで話してくれたサカエさんは「うぃーす」と手を挙げて、また寝に行った。果たしてこれは仕事として成り立っているのか。雇い主はここの現状をわかっているのか。謎だ・・・。
「で?」
葵さんが私をじーっと見ていた。私も見つめ返す。綺麗な顔立ちをしている。この人の悩みは自分が美しいことについてなんじゃないだろうかと勝手に想像する。
嫌だなぁ。この人が「俺ってば美しすぎて・・・」とか平気で口にするような人だったら。速攻逃げ出したい。
「用はなんなの」
相手が少し不機嫌になったのが窺えた。急いで返事をする。
「はい!えっと・・・迷いについてまだよくわからなくて、迷に聞いても適当な言葉しか返ってこないんです。だから、迷い者としての先輩になら、何か参考になることを教えてもらえるんじゃないかと思いまして・・・」
視線をあちらこちらに散らかしながらも、とりあえず自分の言いたいことを全部言葉にしてみた。ただ、断片的にずらずらと連ねただけなので、果たして相手に意味が伝わっているかはわからない。
葵さんを見ると、疲れたのか壁に寄りかかっていた。
さすがニーt・・・その先は言えなかった。そうじゃなかった時の罪悪感たるやとんでもないものだと思うから。
「迷い、ねぇ・・・」
葵さんは考え込むように視線を伏せた。その様子でさえ絵になる。さすが美男子!・・・そうじゃなくて。
やっぱりこの答えは迷にしかわからないのかもしれない。
迷が迷い者に詳しいから案内所をやっているのか、迷い者案内所を開くから迷い者に詳しくなったのか。それはわからない。どちらとも、ありえないことじゃない。
私にそれがわからないのは、この町のことを理解できていないからか、誰にもわからないことなのか・・・。考え始めると迷の存在がとても謎に思えてきて、頭から消した。
「詮索するな」、あの言葉に私は頷いてしまった。彼女もきっと意地悪で言っているわけじゃない。迷なりに、私のことを考えてくれているのだと思う。
「俺もよくわかってないのと同じだ。迷いなんて知らない」
葵さんの口から衝撃の言葉が聞こえた気がした。
本人を見ると、何かを言い終えて満足したような、そんな表情をしているからきっと本当に彼が言ったのだと思う。まさかそんな答えが返ってくるとは思わなかった。
「でも、2年間ここにいるんですよね?」
「何年いたって同じだ。結局気づこうとして気づけることじゃないってことだ。せめて前にいた迷い者が何か手がかりになるようなもの・・・例を出せば日記とか、そんなのを置いてってくれればな」
「手がかり・・・」
衝撃を受けてすぐの言葉だったからかうまく内容が入ってこなかった。
でも確かにそうだ。迷いのことについて分かればとっくに元の場所に帰れてる。それができないからここにいるのだ。
ここから帰れた人間にしかわからないこと。それはきっとあるはずで、でももういない人にそれを確認することはできないのだ。
「絶望的じゃないですか・・・」
「・・・」
私がショックを受けて頭を抱えると、葵さんはため息をついた。
「力になってやりたい。そうは思うが、自分の迷いでさえ気づけてないのに、人の迷いを探してやれる自信はない」
葵さんも葵さんなりに私を元気づけようとしてくれてる。そのことは十分に伝わってくる。最初あんなに無愛想だったのに今は言葉を紡いでくれている。それだけで、私はここでしばらくやっていけそうだ、そんな気がした。
その後葵さんにしばらく話を聞いたけれど、参考になりそうな話はなかった。
もしかすると葵さんは迷い者でもダメな例なのかもしれない。
葵さんはここにきてからしばらくは他の迷い者と一緒に迷の経営する宿屋にいたらしい。でも、一年ほど経った頃突然の観光ブームで宿屋がいっぱいになったため追い出された。私も観光者が理由で宿屋には入れなかった。そういうブームがくる周期があるらしい。
そのあと迷いは一向に見つかりそうにもないし、住む場所に困っていた葵さんをうちに来ないかと誘ったのがこの店の店主、らしい。
運が良かったんだと思う、と葵さんは話していた。確かにそうだ。例え部屋が空いていたからといってそこをお金のない迷い者に貸す人など珍しい。でもそうか。ハンナさんといいサテンさんといい、この町には優しい人が多いのだ。ここでは案外普通のことなのかもしれない。
それ以降はほぼ雑談。二人が出会った時とか、ここでの生活とか、葵さんはあまりそういうことを話すのが苦手らしく、大体はサカエさんが話してくれた。
さっきとその後とで随分寝たから飽きたらしい。気まぐれでまるで猫みたいな人だった。
そして葵さんのここでの生活といえば基本引きこもり。滅多に外には出ないらしい。人と接することが苦手らしく、その綺麗な容姿から想像できるけれど、色々な人に狙われたらしい。
ここにきて初めの方は同じバイト生としてサカエさんと働いていたけど、あまりにも葵さん目当てのおばさま方が増えてしまったらしく、余計引きこもりになったようだ。私はそんな体験したことがないからむしろ羨ましいなぁと感じるけど、実際そうなったらと考えると胃が痛くなる。
「悪いな、参考にならなくて」
外も暗くなってきたので話を途中で切り上げて帰ることにした。
「いえ!楽しかったです、色々な話を聞けて」
申し訳なさそうにのそっと立ち上がった葵さんは眉を下げていた。
むしろ感謝だ。今の私を前向きにしてくれたし、これからここでしばらく暮らすことに不安は大きかったけど、少しだけ気持ちが軽くなった。
「では、ありがとうございました」
「また遊びに来てね〜」
サカエさんがひらひらと手を振った。笑顔で振り返すと葵さんも照れながら手を挙げてくれた。
また、その響きがとても心地よく、今の自分はきっとものすごい笑顔だという確信がある。
今日のことで勉強になった。
迷い者は、迷いに気づけないからここにいて、気付く方法がわからないから迷いを探すことができないってこと。
だからと言って、葵さんと会ったことで得るものがなかったわけじゃない。
葵さんは自分が詳しくわからないことを申し訳なさそうにしていたけど、私からすれば葵さんのような人がいることはここで暮らす上でとても助かるし、優しい言葉をかけてもらえてホッと安心した。
最初は他の迷い者に会うことを不安に思っていた。
でも葵さんに会って、他の迷い者のことも訪ねてみようと思えた。
望んでいたものがなかったとしても、損はない。今の私にあるのは不安より期待。楽しむしかないのだ、この状況を。
住めば都、とはこの時のためにあったのかもしれない。
とりあえず一旦帰ろう。今日はもう暗い。
気付くと外は、中から見えたよりも暗くて、なるべく早足で歩いた。
また迷わないように。
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