五話 迷わされる

「あり、がと」

「うん。またね」

お母さんの陰に隠れたアコは小さな声で「うん」と言った。

小さな手を小さく振り、小さく笑った。

胸の奥がふわりと温かくなって、周りを気にせずに大きく手を振った。

「あ」と、隣だけが気になってしまってぎこちなく見ると、バカなやつでも見るような目で私を見た迷が、足早に家の中に入っていった。




あの後、迷の言った通りアコのお母さんがきて「すいませんでしたっ」と言いながら娘を抱きかかえた。

外に出るまでにアコが目を覚まして、手を繋いで帰って行った。

どうも家は遠くないみたいで、「遊びにくるね」とアコが耳打ちをして来た。

私としても知り合いができたことは嬉しい。喜んで頷いた。


どうしてアコがここにいることがわかったんだろう。

疑問が残ってなんだかスッキリしない。

電話をした様子はないし、というかここに電話などというものは存在していないし・・・。

「迷」

「なんだ」

彼女は振り返るのも面倒らしい。背中越しに返事をした。

「質問してもいい?」

一応確認すると「さっさとしろ」と怒られた。

「どうしてわかったの?アコのお母さんがここにくるって」

急かされるがままに聞くと、呆れた顔をして振り向いた彼女。私は何か変な質問でもしただろうか。

彼女にとっては当たり前なことも、私にとっては初耳だってこと、そろそろわかってくれてもいいと思うのだけど。

「ここは迷い者案内所だけやってるわけじゃないってことだ」

たまたま頭にうかんだ言葉を無責任に口にしたくらいの適当さで軽く言った彼女に、質問の答えになっていない気がしてもう一度質問を繰り返そうかとも思ったけど、さらに怒られるのは怖いのでなんとか無理やり理解する。

無理やり理解したものなんてわかってないも同然だけど。

今はわからないけどこれから理解していこう。

私のここでの生活は始まったばかりなのだから。




「はぁ・・・」

「なんだそのため息は」と口には出さないものの視線で訴えてくる迷。そうですか、聞くのも面倒ですか・・・。

今はとてもネガティブになっていて、誰に何を言われたところで悪い方向にしか考えられなさそうだ。

アコが帰ってから数時間。未だにモヤモヤしている自分がいる。

モヤモヤというか苛々。でもモヤモヤでもあながち間違っていない。そんな微妙な気持ちで、きっとうまく言葉にできない。

「私、全然何もできなかった」

「そのことか」

聞き飽きた、とでもいうように頭を振った迷。実際この悩みを口に出したのはこれで1回目だから、聞き飽きたのだとしたら私の頭の中の悩みが伝わってしまったということだろう。

「役に立てればよかったのに。迷みたいに」

待っていることしかできない。それはとても歯がゆいものだ。

「あいつにとってあの時頼れたのはお前だけだった。来たばっかのお前にしては正しい判断だったんじゃないか」

耳を疑ってバッと振り向いて迷を見る。

「間違ってなかったよ」

「ありがと・・・」

私を認めるような言葉が彼女から出て来たことに驚きつつ、感謝する。

反応が彼女の思っていたものとは違ったようで苦い顔をされた。

「褒めてない」

そっぽを向いて言った彼女が可愛くて、後ろから抱きつこうかとも思ったけど、反応はだいたい予想できているのでおとなしく座る。

一歩か半歩かはわからないけど、少しだけ近づけた気がする。

彼女がそう言ってくれたわけではないけど、私がそう感じた。

これが自己満足というやつなのだろうか・・・なんとも悲しいものだ。



「他の迷い者に会ってみたらどうだ」

ふと、迷が聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で呟いた。

果たして私に向かって言ったのだろうか。そうじゃなかったら完全に独り言だ。そうか、私に言ったのか。

それを理解してから迷に質問する。

「他のって・・・会えるの?」

「会えるだろ。あいつらは自分の迷いを探すために街を歩ってる。今までにも会っていたかもな」

「迷いを探す・・・」

そういえば、と自分の目的を思い出した。

「今何人くらいいるの?その、迷い者?」

最初にここへ来た時、宿屋は観光客でいっぱいだと言っていた。つまりそんなにいないってことなのだろうか。いたとしても住める場所がないわけだから。

「3人だ。そのぐらいなら泊められる。でもまぁ、今いる奴はしばらくここに残ってるような奴らだ。癖のある奴らだ」

「ふーん・・・」

ずっとここにいるってことは、迷いがいつまでも見つからないってことか。私もずっと見つからなかったらここにいられるのかな?

馬鹿な考えをした自分を追い払おうと頭を振る。

私がいたくても、面倒になった迷が追い出してしまう可能性もある。どっちにしろあまり時間はかけられない。

会って話を聞けば色々と手がかりがつかめるかもしれない。この街についても、迷についても。

「余計な詮索はするなよ」

外に出ようとしたところで釘を刺され、縮こまった。まぁ、バレないようにやればなんとかなる。

勇気付けるように何度も頷き、奥にいる迷に聞こえるように言った。


「行ってきます!」





「あら、迷ちゃんとこの。えーと」

「羊です。こんにちは」

そういえば名前を言っていなかった、と改めて挨拶をする。

そうか、こっちの方面はサテンさんの店だった。前に来た時は少し暗くて、今はお昼だから風景が違って見える。

緊張しながら歩いていたけど、見知った顔を見つけて安心した。まだ大丈夫だ。

「羊ちゃんか。今日はどうしたの」

気軽に名前を呼んでもらえて嬉しくなる。

「迷に、他の迷い者に会うように言われて。何か手がかりを掴めるんじゃないかって」

迷の言葉を思い出しながらカタコトに説明する。そういえばそれ以外何も聞いていない。どこにいるのかとか、見分け方とか。

「なるほど。確かに同じような経験をしたんだろうからねぇ。参考になることは色々あるだろうね」

「私も、そう思います・・・あのー迷い者に特徴とかってありますか?」

見た目とかではわからないと思う。同じ人間だし、言語が違って聞こえるわけでもない。

つまり紛れもなくここは私のいた世界と同じで、ただ異空間というか、何が違うかと言われるとうまく言えない。

「まさか何も言わなかったのかい、迷ちゃんは」

サテンさんは驚いたように目を見開いた。さすがにそこまでは予想していなかったらしい。

「まったくあの子は・・・」

まるでお母さんみたいだ。

二人が私を通して関わっているところしか見たことがないから、直接会ったところに遭遇して見たいと思った。きっと温かいんだろうな、空気感が。今本人がこの場にいない状況ですらそれを感じられる。

サテンさんがエプロンのポケットから付箋のようなものを取り出した。

じーっと観察していると何かをメモしていることがわかった。途中で視線をずらした。ずっと見られているのはきっと気分が悪い。


「はいこれ」

書き終わったメモをくれた。そこにはわかりやすい地図や名前などが書かれていて、迷の話なんかより数百倍は理解できるものだった。

最初からサテンさんに聞きに来ていればあんなに意味もなく迷うことはなかったんだろうなぁ、と後悔まじりにため息をつく。

「ありがとうございます。助かりました」

命の恩人のように感じつつ深々と礼をする。感謝感激だ。

「いいんだよ。むしろもっと頼りなさい!

わからないところがあったり悩んだりしたらここに来て。いつでもいるからね」

「はい!」

最近で一番くらいの大きな声を出して手を振った。

途中で振り向くと、まだサテンさんは私を見ていてくれた。


サテンさんみたいな人がお母さんだったらなぁ・・・

そう呑気に考えていると不意に胸が痛くなった。何かで刺されたような感覚。

気にしなければすぐに治った。

こっちに来て初めて味わった痛み。なんでもなければいいけど。



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