二話 迷い者
「遅いぞ」
私が遅いのではなく、あなたが早すぎるのです。
そう簡単に言ってしまえたならどんなに楽なのだろうとは思うけれど。
あいにく今の私にそんな体力はないようで、歩けば歩くほど疲労が蓄積されていくのがわかる。
さっきまでずっと走っていたのだ。無理も無いだろうと思う。
もう少し自分の体を大事にしないと老後に来る・・・
「おー、丁度いいところにいたな」
ついに追いつけなくなって、随分離れてしまった相手との距離。
下がっていた視線を上げると、相手が立ち止まっていることに気づいた。なんとか追いつくと、相手が斜め下を向いていることに気づいた。
その先を見ると、可愛らしい少女が立っていた。
可愛いなかに謎めいた雰囲気があって、ただ見たまま思った年齢とは釣り合わないような表情をする子だ。
おそらく10歳くらい。
どこかの和風カフェの制服にありそうな服装をしていて、フリルのついている箇所があるからか、余計に幼いイメージを浮かべさせる。
「こいつがなぁ」
いきなり背中をドンと押されて前に出る。
なんと馴れ馴れしい・・・私はこの人とそんなに仲良くなったつもりはない。
「迷える子羊ってところか」
「まぁそんなとこだ」
二人の間だけで話が進んでいく。内容の理解は難しそうだ。
どうやら知り合いらしく、とても気さくに話している。
だいぶ年齢差のある二人の会話に敬語がないところを見ると、私がおじさんにタメ口で話すのと同じことなのだろうか、とわけのわからない例えをだす。
「今連れて行こうとしてたんだ。まさかそっちから来てくれるとはなぁ」
この少女が私の疑問を解決する鍵になるのだろうか。
いやむしろ少女に頼ってしまうくらい、この人にはこの場所に対する知識がないということなのか。
「たまたま出かけてただけだ。偶然だよ、偶然」
「またまたー」
しつこい絡みに飽きたのか、少女が私の方を見た。
その容姿に惹かれてずっと見つめていたから、意図せずに目があってしまった。
突然のことで逸らせなかったし、少女の方は初めて見た私を観察しているのか、しばらくこのままらしいことはわかった。
「で・・・」
思わず話しかけられて固まった。
元々フレンドリーなわけではない私は、知らない人に話しかけられると、固まってしまう癖がある。
コミュニケーション障害ってやつなのだろうか。
「ここがどこかわかんねーって言うんでな。間違いはないと思うが」
「そうか」
「あ、あのー」
見透かしたような瞳をした少女にじっと見つめられて、硬直が解けてすぐに視線を外した。
「ついてこい」
まさかこの人もか・・・
このセリフは本日だけで2回目。案内されてまた案内される。終わりはあるんだろうけど、振り回されている感が半端じゃない。
とりあえず大人しくついていことに決めた。
さっきまでただ突っ立っていただけの男の人もついていってしまったし、ここまで来たのに迷子にはなりたくない。切実に。
暫く歩いて目的地に着いたらしい少女が立ち止まった。
女の子なだけあってさっきの男の人よりはスピードが遅かった。まぁ、それでも私の通常より早いことには変わりなかったけど。
少女は、レンガ建手の建物が多い中、その間に挟まれるように建っている木造の家の扉に手をかけた。
そう言えば「ついてこい」以降、何も聞かされていない。
「あ、あの!」
「なんだ」
手を止めて振り返った少女の表情はそこそこに険しかった。そんなに機嫌を損ねるようなことしただろうか。
覚えはない。ここまでただついて来ただけだし。
「ここって・・・」
そこまで私が言ったところでポンと手を叩いた。
「あぁ。言ってなかったなそういえば、すまん」
なかなかにマイペースだ・・・
ここに来てからこの二人としか会話していないけれど、ここに住んでいる人全員がこんな性格なのだろうかと思うと、外に出る気をなくした。
「ようこそ、迷い者が集う町へ。子羊さん」
「迷い者・・・?」
「あんたのことだよ」
それだけ言って家の中へ入ってしまった。
慌てて背中を追いかけると、入り口に看板が掛けてあることに気づいた。一歩下がってみると、二階建ての真ん中くらいにも大きく文字が書いてあった。
「迷い者・・・案内、じょ?」
ドアを支えていた手が辛くなって、勢いで飛び込んだ。
室内の様子で特に変わったところはない。
ところどころアンティーク調のものが置かれていて可愛らしい雰囲気だ。室内にあまり陽の光が入らないらしく、薄暗い。異世界に迷い込んだようで落ち着かなくて、でも懐かしく感じる。
「ここは迷い者案内所、私は店主の迷(めい)だ。他に聞きたいことは?」
「えっと、」
聞きたいことはたくさんある。
あなたが一人でこの店を?とか、お父さんとお母さんは?とか、くだらないことまで色々。
でも今聞かなきゃいけないのは。
「迷い者案内所って何?」
当たり前のように言われたから少し口に出すのにためらいがあった。
ここではよくある場所なのかもしれない。私が他所から来たからわからないだけなのかもしれない、そうも思った。
「ここはな、簡単にいえば・・・あんたみたいなのが集まってくる場所だよ」
「私みたいな・・・?」
さっきから「あんた」と呼ばれていることにも疑問はあったけど、今は突っ込んでいる場合じゃない。今の状況を整理するのが先だ。
「あんたは今迷ってる。だからここに来たんだ」
「何に迷ってるんですか?」
「知るか。それを教えるためにここにいるんじゃないからな」
私が迷っていることは知らなかったし、少女・・・迷が意外にも口が悪いことに驚いている。
でも、そうか。
ここがもし私がいた世界とは別の場所だったなら。来た時の記憶が欠けていることにも納得がいく。
異世界的なところに来てしまったことに関しては全く飲み込めていないけど。
「あくまでもこの店の役割は、ここに迷い込んだ奴らにここのことを教えること。たまに手助けもするが、大体は自分で迷っている理由を見つけ出して帰っていくよ。
本来自分がいるべき場所にな」
ただ淡々と話しているだけ。それなのに、冷たさを感じるのは何故なのだろうか。
私は迷のことを何も知らない。知るはずがない。名前くらいしか。
でも、知らなきゃいけない気がした。
彼女の心の中に潜んでいる何かを。
それを私が知ったところでできることなんてないのかもしれない、
でも、私は今ここにいて、彼女に出会った。
それだけでも彼女のことを知る理由くらいにはなってくれる気がした。
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