第3章 ヤンチャな奴
ゴールデンウィーク後半戦の初日。
今日は、家族で少し離れたアウトレットモールへ行くことになっている。絵里からの提案で、たまには離れた場所に出かけようと言う事だった。そこでアウトレットモールに決まったわけだが、何かいいように誘導された気もする。
朝から上機嫌な絵里は、朝食を食べ終えると、バタバタと出かける準備に取り掛かり始めた。私と慎吾は食器を片づけて、歯を磨けば準備完了。出発まで、まだ時間がかかりそうなので、私はマロの様子を見に行った。
マロが来て、2日目。気温はそこまで暑くならないようなので、とりあえず、バスタオルは掛けたままにしておいた。マロ自身は、相変わらず草やペレットをもぐもぐと食べている。食欲旺盛なことはいいことだ。そっとしておけば、もう寝るだろう。私たちが買い物から帰ってくる頃には、丁度起きるくらいかな。ゆっくり休むんだぞ。
そうこうしているうちに、絵里も支度が終わったようで、マロのうたたねを確認すると、私たちはアウトレットモールへと出発した。
いつもは1時間程度走ると着くのだが、流石にゴールデンウィーク。その恩恵を余すとこなく受け、渋滞に捕まる。これでも裏路使ったはずなんだが。
ようやく、駐車場について、ほっと一息。時間は丁度10時の鐘が鳴っていた。それと同時にモールの中に人が溢れだして、ここでもあの恩恵を受けることになる。今日の買い物のメインは慎吾の洋服と靴。それと、絵里も少々。私は……、まぁ気にいったものがあれば、と言ったところだ。
慎吾はこの場所が今回初めてだったのだが、所詮、買い物にあまり興味のない男子ということもあり、物珍しさはあれど、テンションは普段とあまり変わっていない。
目的の物を買いあさりながら、ぶらぶらとウィンドウショッピングを開始する。それにしても、人が多い。これでは、どこかのテーマパークと同じだな。
ジリジリと照りつける太陽。たまに雲の間に隠れると涼しさが戻ってくる。人混みの中だからなのか、少し歩いただけで汗ばむ。気温はそんなに暑くないはずだが。マロは大丈夫だろうか……。
絵里に主導権を渡すと、ゆっくりと店をまわり、休憩することがあまりない。そのため、歩きっぱなしになり、流石に足が疲れてくる。ついでにお腹も空いてくる。いささかウィンドウショッピングに飽きた私と慎吾は、『お腹が空いた』の合唱を奏で始め、ささやかな抵抗に出てみる。それを見た絵里は苦笑いしながら、ようやっとお昼にするべくフードコートに足を向けることになった。
が、そこはみんな同じ考え。空席なんてあるはずもない。時間は12時をかなり過ぎて1時に近い。普段なら、少し待てば席も空くが今日はゴールデンウィークの真っただ中。一向に席が空く気配もなく、待っていても埒があかない。私は早々に戦線離脱して、フードコートの外で待つことにした。絵里と慎吾は、広いフードコード内をバードウォッチならぬヒューマンウォッチと言わんばかりの観察眼で、帰りそうな人の気配を探っている。
――そのうち双眼鏡とか出しそうだな。
しかし、そんな健闘も虚しく、20分経っても状況は変わらなかった。席は空いたが、距離が遠く他の人に取られてしまった、とか、狙っていた席が空くかと思えば結構居座っていたり、とか。タイミングが悪いのだ。それを見ていた私は体力の限界もあり、業を煮やして、昼食は帰り道ファミレスに寄ればいいだろう、という半ば強引な説得をしてしまった。絵里には申し訳ないが、正直、この人混みから早く出たいと思っていたこともある。なにせ、人混み攻撃はオジサンという生き物に効果抜群なのだ。周りを見てみろ。オジサンだけが弱っているではないか。ベンチに腰をかけて、うなだれているオジサン。魂が抜けて店の前でボォーとしているオジサン。挙句の果てには、テーブルに顔を伏せて動かないオジサン。そのうち、私もああなるのか、という恐怖に駆られる。
ようやっとアウトレットモールを後にして、途中の昼食を経て、家に着くと3時半を回っていた。着いた途端、早々に居間の椅子に腰をかける。マロはまだ、かまくらの中で就寝中。そっとしておいてあげよう。慎吾と絵里は買ってきた洋服を整理、私は疲れを癒すため、そのまま椅子の背もたれに身を預け、目をつむる。ふぅ。やっぱり我が家が一番だ。
――マロ、こっちにおいで……。
絵里と慎吾がケージの前で楽しそうに話している声が聞こえる。どうやら、いつの間にか寝ていたようだ。椅子に座りながら軽く伸びをした私も、マロの様子を見ようとケージに近寄っていった。絵里はケージの扉を開けて、入口近くにいるマルを撫でていた。
「抱っこしてみれば?」
「大丈夫かなぁ?」
「大丈夫でしょ。今の状態なら、完全に絵里に懐いてるよ」
撫でられて、つぶれたように伸びたマロがいる。とても気持ちよさそうにしている姿をみると、抱きかかえても平気に思えてしまった。
「じゃ、やってみようか……マロー……抱っこするよー」
ヒョイっと、マロを抱えて、正座している膝の上に乗せて、また撫でる。それでもマロは動じず、気持ちよさそうに膝の上で伸びていた。そんなマロを見ていると、この家に来てまだ2日目しか経っていない事が信じられなかった。この姿を見ると、ずっと前から我が家にいるような感じだ。まぁ、警戒しないで懐いてくれるのはうれしいのだが。
その後、私も慎吾もマロを抱っこをして撫でてみたが、絵里と全く同じで警戒もせず気持ちよさそうに伸びていた。あまり、触りすぎると疲れてしまうかもしれないと言う事で、30分ほどでふれあいタイムは終了した。名残惜しさを残しつつも、ケージを離れる私たち。もはや、みんなマロの虜になってしまっている。フッと、マロを見ると、ケージの扉付近でこっちを見ている。どこか寂しそうな感じで、もっと触ってほしいようにも見えた。気のせいだろうけど。
夕飯を食べ、風呂に入り、私たちはのんびりくつろいでいた。慎吾は自分の部屋で音楽を聴いきながら、好きな事をしているようだ。暫くして、私と絵里でマロの様子を見に行ってみた。すると、どうだろう。待ってました、と言わんばかりにマロが入口で私たちを見上げているではないか。
絵里もその姿を見て、嬉しそうにケージを開けて、マロを撫で始めた。
「マロー、さびしかったー?」
撫でられたマロは、ぺちゃんこになりながら、伸びていた。
そんな姿をみて、私もあやかりたくなり、自然とマロに手を伸ばしていた。
「ほら、おいで」
私は、入口の前で両手を差し出して、手の平の上に来るようマロを誘ってみた。
正直、まだ早いかな、と思ったのだが、あっさりその思惑は裏切られる。何のためらいもなく、手の平に飛び乗り、クンクンと匂いを嗅いで私の顔を仰いでいた。
それならば、今度はケージの外を歩かせてもいいんじゃないか? という気持ちになる。
そぉっと、マロを床に置いて暫く様子をみる。
初めは恐る恐るなんだろうな……流石に外は未知の世界だもんな……。
――タッタッタッ――
駆け足で部屋の隅まで行ってしまった。しかも、速い。ウサギって、こんなに俊敏に動くんだ。でも……なんで? まったく臆することなく、駆け回っている。まったく…………私の考えは、さっきから見事に裏切られている。
――タッタッタッ――――タッタッタッ――
あ、そっちに行ったら大変。ヤバイ、ヤバイ。そう言って、私はマロより先に回り込み、本棚の裏へ続く細い隙間を滑り込みながら手で塞いだ。次の瞬間、マロは方向転換し、別の場所へ……。
フェイントをかけられた私は、立ち上がって振り返ろうとした瞬間、近くにあったパソコン台に右足の小指を強打。
――――ハゥッ!!
人間ごときが、台のかたーい脚に喧嘩を売っちゃいけない。負けるにきまってるでしょ。そのまま、うずくまる私を余所に、マロはそそくさと絵里の方に向かって行った。
クソォ……マロにいいように弄ばれている気がする。
その一部始終を絵里と慎吾は笑って見ていた。
慎吾、いつの間にお前も来ているんだよ。ってか、いるならマロが変なとこ入らないようにバリケードでも作ってくれよ。
その後も、マロに翻弄されながらも、みんなで一緒に遊んだ。
マロ。君はほんとに、我が家に来て2日目なのか? 何でそんなに、この家に馴染んでいるんだ? また、そんな気持ちになってしまう。気付けば、マロの事が話題になり、楽しそうに話している。マロはすっかり私たちの一員になっていた。たった2日間でも、こんなに仲良くなれるもんなのだな。
1時間ほど一緒に遊んだら、マロをケージに戻す。やはり、来たばっかりで興奮しているかもしれないから、あまり遊ばせるのも良くないだろう、という絵里の意見だった。それには賛成の私もケージの外で、マロの様子を見ていた。入口から離れようとしないマロは、私を寂しそうな目で見つめている。もっと外に出て、遊びたい。もっといっぱい撫でてほしい。そんな声が聞こえてきそうな気がした。
今思えば、もっと遊んであげれば良かった。もっとたくさん撫でてあげれば良かった。そんな想いがよぎってしまう。
なぜ、あんな事になってしまったのか。なぜ……あんな事に……。
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