第2章 お迎え

 あれから2日が経った。

 今日はゴールデンウィークキラーの平日、2日目。

 慎吾は当然、学校に行っている。

 彼曰く、ゴールデンウィークなのに学校なんてありえないんだけど、とか言っていた。――オイオイ、平日に学校あるのは当たり前だろ。サボる事ばっかり考えて……ったく……今年受験ってわかってるのかな。


 で、私は、と言うと……2日前に頼んだウサギ用具が届くのを今かと待ち構えていた。午前着指定だから、もうすぐか? 時計に目をやると、10時を過ぎていた。いつもの人なら9時ごろにはインターホンが鳴る。ちょっと小柄な、帽子を取ると輝かしいヘッドがお目見えするオジサン。でも、今日は配達の人が違うらしい。

 カチ、カチ……パソコンでインターネットを見る……つまらない……ポチッ……テレビをつける……やっぱり、つまらない……。

「――何やってるの」

 暇を持て余した私が、リビングにある回転式の椅子で、ぐるぐる回っているのを見た絵里があきれていた。

「そんなに暇なら、洗濯物干すの手伝って」

 そう言いながら彼女は洗濯かごを抱えてベランダに向かった。

「いや、これから忙しくなるんだよね。ほら、ケージを組み立てたりしなくちゃいけないし……」

「ふーん…………で……?」

 ……最後の一言が異様に冷たかったんだが……目、コワいっすよ……。

 強烈な悪寒を感じた私は、積まれた洗濯物をテキパキ干していく。

 まったく、人の事言えないよ。サボる事しか考えてない。似た者同士とはこのことだな。

 洗濯物を干しながら、空を見上げた。

 太陽がまぶしい。

 うん、今日もいい天気だ。


 ……ピンポーン……。


 ――来た!

 ハーイとインターホンに出た絵里は印鑑をもって、玄関へ向かって行った。

 待ちに待った荷物が来た!

 洗濯物を干し終えて、二人でコーヒーをすすりながら、待つ事30分。

 すでに時計は11時を回っていた。

 宅配の人が帰ったあと、ヨイショと言う声が聞こえたので、慌てて玄関に向う。

 さすがに重い荷物を持たせるわけにはいかない。

 玄関口には中くらいのダンボールと少し平たい大きなダンボールの2つが届いていた。

「けっこう重いの?」

「そうでもないよ」

 どれ?平たいほうのダンボールを抱えてみる。

 あ、ほんとだ。そんなに重くない。

 でも大きさは結構かさばる。たぶんこっちがケージだな。


 リビングに持ってきたダンボールを、二人して開けてみる。中くらいのダンボールには寝床や餌入れ、牧草、こまごまとした用具が。そして、平たい大きなダンボールにはケージが入っていた。それぞれの中身を確認したところで、早速ケージの組立にかかる。

 ガシャ……カチャ、カチャ……ガシャン……。ん? これはどうなってるんだ……? ガシャ、ガシャ……。あぁ、こうか……。

「ねぇ、こっちが上じゃない?」

「ん? そうかなぁ……あ、ほんとだ。逆さまになってた……」

 格闘する事、15分。ようやく完成。写真で見るより大きい気がする……。

「けっこう大きいね」

「確かに……どこに置こうか……」

 絵里はとりあえず、といった感じで近くの食器棚の下を片づけて、置き場所を作ってくれた。

 コロコロ……。キャスターがついているので、転がしてその場所に置いてみる。

 いいじゃないか。


 次はケージの中のレイアウト。

 絵里はホームセンターに置いてあったケージの中を思い出しながら、用具を置いていった。

「確か、こんな感じだったよね?」

「そうだね……寝床は端っこだった気がする……で、藁のマットは餌置きの下だったかな……?」

 私も遠い記憶を呼び起こして、再現してみる――って、2日前の事だったんだが。

 ……思い出せない。

「まぁ、今日お迎えに行ったら、ケージの中を見ればいいんじゃない?」

「あ、そうだね。そうしよう」

 彼女も納得してれたみたいだ。ふと時計を見ると、そろそろ昼になる時間。あらかたレイアウトが出来たところで、私たちはお迎えに行く準備をし始めた。

 待っていてね。白モコちゃん。


 キュルルル……ブォーン……。


 車に乗り込み、いざホームセンターへ――っと思ったが、もうお昼だ。たぶん、白モコちゃんを迎えに行ったらバタバタして、夕方までご飯にありつけないかもしれない。

 で、結局、近くのファミレスでご飯を食べてから向かう事になった。今日は平日だからランチメニューが食べられる。ちょっと得した気分だ。

 ホームセンターについた私たちは早速、白もこちゃんを迎えに行った。

 ――ん? 初めてじゃないか? 絵里が一直線で目的地まで向かったのって。

 まぁ、それはさておき。

 小動物コーナーに向かった私たちは、あの子を探した。

 ――いた!

 おおっ?! なんと寝床の上に乗ってる……。

 この寝床、草で編まれたドーム型――かまくらみたいな形なんだが、この子の体から見たら結構高さがある。……どうやって上に乗ったんだろう。この間はおとなしく草を食べてたけど、もしかして、こいつはヤンチャ坊主か? そんな元気な姿を見て、ちょっとうれしくなってしまった。


 早速、白モコちゃんを受け取ろうと店員を探したが、どこにも見当たらない。絵里は小鳥コーナーの部屋に入って行き――そこには、カーテンが掛けられたコーナーがあり、いつも店員はそこに居る事が多いのだ――カーテン越しに声をかけると、少し背の高い20代半ばの優しそうなお兄さんが出てきた。予約したウサギを引き取りに来た事を伝え、ついでに今まで住んでいたケージにある草も少し分けてもらうように交渉している。全てが新しいものだと、あの子も落ち着かないかもしれない。自分の匂いが少しでもあれば安心するんじゃないか、と言っていた。その辺の心遣いは流石だと感心する。


 お兄さんと絵里が話している間、私は端っこにあるケージや棚の餌、用具などを物色していた。一通りは揃えたつもりだが、おやつだの、かじり棒だのいろいろある。見ていて飽きない。大きくなったら、これもいいな、あれも買ってあげようかな。なんてね。

 ――これじゃ初孫が出来たおじいちゃんだよ。

 でも、そんな気持ちなんだろう。わくわくしてしまう。


 ぐるりと小動物コーナーを見て回り、絵里のところに戻ると、小さいダンボールを抱えて小鳥コーナーの入口で待っていた。

「白モコちゃんは?」

「ここ……」

 私は彼女が手にしているダンボールが、まさかだと気付かず、あたりをキョロキョロしていた。

「まだ、準備中? 今、お持ち帰り用のケースか何かに入れてるのかな」

「いや……だから……、このダンボールだって!」

「――――ッ! これ?」

「うん」

「マジかっ!」

「うん」

「えっ? ……穴とか開いてないの? 大丈夫なの?」

「大丈夫みたいだよ?」

 どうやら、短時間ならこの小さなダンボールでも大丈夫のようだ。中でもそもそ動いている感じがした。

「持ってみる?」

 絵里がそう言って、ダンボールを渡してきた。

 ――――軽っ! 持った瞬間、中身が空なんじゃないかと思うほど。

 次の瞬間、箱の中の重心が変わった。

「おわっ!」 

 危なくダンボールを落としそうになってしまった。中で白モコちゃんが移動したみたいだ。

「大丈夫?」

「うん、大丈夫」

 ふぅ。危なかった……。

 さっきの事もあり、ただのダンボールがとてもか弱いものに見えて、すぐさま絵里に渡してしまった。落としたら大変だ。

 店を出ると、まぶしい日差しが出迎えてくれた。


 バムッ……キュルルル……ブォン……。

 ――――暑い。

 今って、5月だよな。なんかここ最近、夏みたいな日が多い。そんなことを思いながら、急いで車の窓を開けて、空気を入れ替える。ただでさえ狭いダンボールの中なのに、さらに暑いと白モコちゃんがバテてしまう。助手席では、膝の上に置いたダンボールを少し開けて、中をそっと覗く絵里がいた。

「大丈夫みたいだよ」

「そっか。まぁ、なるべく揺れないように運転するから」

 そう言いながら家路を急いだ。


「だたいまー」

 鍵を開けて、中に入っても当然、誰もいないし、返事もない。

 でも言ってしまう。

 二人して、ただいま、おかえりを繰り返し言い合う。ついでに居間にいる金魚にも、ただいまの挨拶。彼らも私たちに向かって、頭を左右に振って挨拶してくれる。ひとまず、白モコちゃんと荷物を置いて、手洗い、うがいをして、少し落ち着いたら、いよいよあの子をケージの中へ。

「窮屈だったでしょ。さぁ、中にどうぞぉ」

 絵里は優しい声で話しかけながら、手に包まれた白モコちゃんをケージの中にそっと置いた。一瞬、その場で周り確認していたが、すぐに色々な所を嗅ぎ始める。

 ……クンクンクン……ピョン、ピョン……。

 相変わらず片耳は垂れて、もう片耳が立ったままの状態で、ちょこまかと動き回る姿が、もう、耐えられない。

 かわいすぎる。

 ウサギに限らず、愛玩動物が初めて家に連れてこられた時というのは、おっかなびっくりな感じで、寝床とかに隠れて出てこないのかなと思ったが、どうやら、この子は違うようだ。

「そう言えば、ウサギっていつ活動するのかなぁ?」

 絵里が何気なく聞いてきた。

 確かに、そうだ。昼間に活動する?夜行性?ウサギという生態を実は何も知らないでいた。

 ここは、インターネットで検索。

 なになに……。

 ウサギは薄明薄暮性という、夕方から明け方にかけて活発に活動する習性、つまり、昼間はお休みの時間で、夕方ごろになると目が冴えてきて活発に活動する、という事らしい。夜行性と違うのは夕方から活動し出すからなんだとか。気温にも気を使わなければならない。暑さに弱く、夏はクーラーなどで温度調節をしないといけないらしい。さらに、ロップイヤーは甘えん坊が多く、抱っこされて撫でられるのも大好きだとか。

 そうか、そうか。これからいっぱい撫で撫でしてあげるからな。顔がニヤついてしまう。おっと、絵里をほっぽらかしにしていた。

「ウサギは、薄明薄暮性っていう……」

 先ほど調べた事を伝えると、なるほどねぇ、と白モコちゃんに向かって頷いていた。

 今は午後3時過ぎ。まだ夕方というには早すぎる時間。でも、この子は……ケージの中で走り回っている……。うーん、今は寝てる時間じゃないのか? 

「元気だね。もしかすると、家に来て、ちょっと興奮しているのかも。しばらく放っておいたら、落ち着くんじゃないかなぁ」

 絵里がそんなことを言ってきた。

 なるほど。確かに、狭いダンボールに入れられたかと思ったら、見たこともない場所にいるわけだし。びっくりして興奮しないほうがおかしい。

「じゃ、少し、そっとしておこうか」

「うん。あ、ちょっと暗い方が良いかもしれないから、バスタオルかけておくね」

 流石は我が妻、気の利いた事を言ってくれる。頭が上がらない。


「そう言えば、この子の名前なんだけどね」

 絵里が楽しそうに話しかけてきた。

「慎吾と話したんだけど、見た目がモコモコで白くて、まん丸でマシュマロみたいだから、マシュマロのマシュとか、どうかなって言ってたんだ。どう思う?」

 白モコちゃんは雄で、生まれて1ヶ月半くらい経ったロップイヤーの子。いくら姿が可愛いからと言っても、名前は男の子風がいいかな、と私は思っていた。

「マシュかぁ。どうかなー」

「じゃぁ……、マロ?」

「まろ!」

 その時、想像したのは、歴史の教科書で良く出てくるような公家の人の眉毛。で、『まろ』とか話す、あれだ。それを、あの白モコちゃんに写し合わせてみる。

「――プッ!」

 思わず吹き出してしまった。

「何? どうしたの?」

 絵里がびっくりした顔でこっちを見ていた。

「いや、別に大したことじゃないよ。そうだなぁ……『まろ』がいいかな」

「えー、マロぉ?」

「うん、『まろ』がいい」

「じゃぁ、マロにするか……」

 絵里は根負けした感じで、でも嫌な感じはしていないみたいだった。まさか、私が公家の『まろ』を想像して、名前を決めたなんて思ってもみなかっただろうな。もちろん、呼び方は『まろ』ではなくて、マロって呼ぶが。

 名前が決まったところで早速と、二人してバスタオルが掛かったケージの中を覗くと、かまくら型の寝床の中でウトウトしているマロがいた。本当は名前を呼びたかったけど、二人とも考えている事は同じだったみたいだ。お互いにっこり笑って、静かにその場を離れていった。

 そして、心の中で呟いた。

 ――はじめまして。マロ。ようこそ我が家へ。これから、よろしくな。


 ……ガタン……ガタガタ……ダダン……。


 日も傾き、辺りが暗くなり始めた頃、ケージから激しい音が聞こえてきた。何かと思って、二人して覗いてみると、マロがかまくらの上から飛び降りて――いや、これは落ちていると言ったほうが良いか――とにかく、先ほど見た感じとは違ったヤンチャぶりを発揮していた。

 後で分かった事だが、かまくらに飛び乗るのは、どうやら簡単らしい。ひょい、と飛び乗り、だが、降り方まで考えていないらしく、前のめりになりながら、最後は落ちるように地面へ飛び下りていた。地面に着地すれば、まだ良いのだが、私たちが見に行った時は、かまくらとケージの間に逆さまになって、頭から挟まった状態だった。その状態で、ジタバタもがいているものだから、びっくりした半面、半ば、ちょっと呆れてマロを救出した。

 それでも、懲りずに同じことをするので、さすがにケージとかまくらの間に隙間を作り、頭が刺さらないようにしておく。遊んでやっているのだろうけど、こっちは気が気でない。骨折とかされたら大変だし、ましてや、頭でも打ったらと思うと、過保護気味になってしまう。どうすれば安全か、レイアウトを考えていると、インターホンが鳴った。

 どうやら、慎吾が学校から帰ってきたようだ。

 うがいと手洗いを済ませて、居間に来ると、早速、マロを覗きにやって来ていた。

 絵里も夕飯の支度が終わって、マロの様子を見ようとした時だったので、二人してケージの前でワイワイやっている。慎吾にしてみれば、これが初対面。興奮しないわけがない。触っていいか聞いてきたが、さすがに初日ということもあり、今日はやめておきなさい、と言っておいた。元気な姿だが、まだ落ち着いていないかもしれないし。今日だけは、ね。

 私も二人の間から少し覗いて見たら、壁に固定してある草入れに頭を突っ込んで食べていたり、餌入れのペレットをかじっていたり、食欲旺盛な姿を見せてくれた。

 

 その日の夕食は、マロの話で持ちきりだった。

 これから、いろいろなところに連れて行こう、とか、大きくなったら散歩もいいかもね、とか。話は尽きない。みんながマロの姿で癒されて、盛り上がって、家族の雰囲気が、さらに明るくなった感じだ。私にとって、それは最高の時間だった。とても居心地が良く、自然と笑みが出てしまう。

 何処かに出かけなくても、ゴールデンウィークがこんなに楽しいと思えたのは、きっとマロのおかげなのだろう。

 

 この時間がいつまでも続く、その時はそう思っていた。

 だが、私の想いとは裏腹に、それは誰にも気づかれず、確実に忍び寄っていたのだ。

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