第24話 市内警備


「はぁ~......」


 白色で彩られた活気のあるメインストリート。その脇で、ミーシャ・センチュリオン一等騎士は、亜麻色の髪で覆われた頭をポリポリと掻いていた。

 それは痒さから取る行動では無く、これどうしようという精神的に困惑した状態によるものであった。


「ミャー」


 自分の横に立つほぼ同い年の少女。厳密に言えば自身の上官であり隊長なのだが、その少女の足元には困惑の元凶たる一匹の白い子猫が、頬をスリスリと半長靴に寄せている。


「クロムウェル隊長......、その猫どうするつもりなんですか? 駐屯地ではペットの飼育が全面的に禁止なんですよ」


「そうだけど......、でもあのままほっといたら、きっとこの子死んじゃってたかもしれないじゃない。それに、私を連れて来た男の子達は私達を騎士だと知ってあそこに連れて行ったわけだし、断わっちゃってたらそれはそれで問題になってたかもしれないわ」


 ティナの言うことにも一理あった。子猫が衰弱していたのは事実であり、今でこそ『医療用ポーション』と栄養満点のミルクを飲んで回復したが、人通りの少ない路地裏では救いの手もあまり期待出来なかっただろう。


 それに、少年達の目の前で信じた騎士が子猫を見捨てては、軍全体としてもイメージが悪くなりかねない。ひょっとしたら、その子達が未来の王国軍騎士なのかもしれないのだから。


 ミーシャもそれをわかっているのでこれ以上は言わないが、やはりどうするかは気になるのだ。


「掛かるお金は私が負担するとして、駐屯地にいる間のお世話はお父さんに頼むしか無いか......。こないだ帰った時一人で寂しいって言ってたし」


 教導隊時代から一月毎に貰っていた十二万スフィアをティナは大切に使っており、現在貯金は三ヶ月で三十万スフィアを超えていた。


 これは、隊舎に住む事で食費を含めたあらゆる生活費を節約出来たためで、ティナだけではなく、隊舎暮らしの騎士は大きく使わない限り必然貯金が貯まる。そこから抽出すれば世話代は十分賄えるだろう。


「あっこら『ミニミ』、靴の紐解いちゃダメ。これ結構手間掛かるんだから」


「ミニミ......?」


 ミーシャはミルクを買った時、ティナが子猫に名前を付けていたのを思い出す。一体どこから来たのか分からないが、そのネーミングセンスも含めてやはり不安しか覚えないミーシャだった。


 一方、ミニミと名付けられた子猫に解かれた半長靴の紐を再び結び直していたティナへ、第三遊撃小隊の副隊長ルノから定時報告の通信が入る。


『02より01。現在S《シエラ》区画裏通りを巡回中、異常は見当たりません。オーバー』


「01了解、二班は引き続き1200まで巡回を継続されたし。オーバー」


『02了解、アウト』


 現在、第三遊撃小隊は部隊を二個に分け、裏通りにルノを筆頭としてクロエ、フィリア。大通りでの警備はティナとミーシャで行っていた


 捨て猫の件もさることながら、戦力配置図を見る限り裏にはほとんど部隊が展開していなかったので、万が一の為にティナが指示していたのだ。


「しかしまあ......、こうして大通りに立ちっぱなしだと暇ですね。今頃コロシアムの方は大盛り上がりでしょうが」


 もしこれがよくある物語だったならば、勇者達一行がコロシアムに参加し激闘の末、優勝を決めるという展開だっただろう。

 しかし、今の自分達は王国軍の一騎士として街中の警備。そんな勇者や英雄とは掛け離れた職業だった。


「そう? 私は案外こういうのも好きだけど。そういえばミーシャって入隊前はどこに住んでたの? アクエリアス?」


 それは、新しい仕事仲間に対して行うごくごく普通のスキンシップだった。故郷の話から入隊理由と繋げ、ミーシャのことを知ろうと思ったのだ。

 彼女の最も思い出したくない記憶だとは知らず......。


「私の住んでた町は......、二年前に壊滅しました。生き残ったのは私を含めてごく少数、後は皆殺されました」


「二年前って...もしかして『大侵攻』? 王国軍は駐屯してなかったの!?」


「町は治安も良く、長年平和が続いていた事もあって軍の駐屯には否定的な人が多かったんです。それが間違いだと気付いたのは......、見慣れた町が跡形も無く消えた後でした」


 思わず顔を引き攣らせた。

 そして、敵対生物の恐ろしさと、わざわざ貴族の屋敷にまで行って今回のコロシアムに抗議した訳が理解できた。


「その......、ごめん」


「別に構いませんよ、私が軍に入った理由も大体それがきっかけです。ああ、それと隊長。これ」


 苦すぎる記憶を鼻息と共にどこかへ吹き飛ばしたミーシャは、ティナに数本のポーションを見せた。


「これはさっきお店で買ったポーション? っていうか何これ......、こんなの買ったっけ?」


 見れば、何本かある緑色の『回復ポーション』の中に、明らかヤバそうな赤色のポーションが混じっていたのだ。


「ああこれ、あまりにもあの貴族に腹が立っちゃったもんで。あの貴族に送ってやろうかなーって思って買った『空気に触れると爆発するポーション』です。その......どうやって処理しましょう......?」


 まさかの王国危険指定ポーション。所持しているだけでも留置所に入れられかねないレベルの激物であり、こんなものを売っていた店と購入したミーシャに、怒りを超えてティナは呆れを覚えた。


「警務隊にバレないよう、どこか岩肌にでも投げ付けるしか思い付かないわよ......。気持ちはわかるけど、ここはゴウンっていう貴族の私兵に任せるしかないと思うの」


「あいつの私兵なんか信用できません、ゴウンは十分な報酬を与えているから大丈夫って言ってたけど、金でしか動かないヤツは......、もっとおいしい話で簡単に裏切る」


 その時、どこか遠くの......正確にはコロシアムの方角から爆発音が、まるで口裏を合わせたかの様なタイミングで轟いた。それは、彼女達に最悪の事態を予想させ、冷や汗をかかせるに十分だった。

 さらにほぼ同時に、オープン回線で一気に通信が入り乱れた。


『こちら南側ゲート! 敵対生物です!! 敵対生物群が入場用ゲートから溢れ出て来ます!!! 数は不明! 多すぎる!』


『潜入分隊よりCP、コロシアム内の客に依然変化無し。パニックを避ける為、運営に対し安全が確保できるまで引き続きの進行を指示します』


『CP、こちら40。現在敵対生物群が北、西、南の各ゲートより侵攻中、このままでは突破され、人口密集地への浸透もありえる。武器使用の許可を願う』


『CPよりアクエリアス市内警備中の全王国軍部隊へ通達。全武器、全魔法の使用を許可する、目標を捉え次第即刻排除せよ、繰り返す、危害攻撃を許可、即刻排除せよ!』


 最も恐れていた事だった。これに至った理由はなんにせよ、敵対生物の大群を市内に入れてしまったのだ。

 隣ではミーシャがギリギリと歯ぎしりし、「くそっ!!」っと石畳を砕かんばかりの力で思い切り踏み付けた。そのいきどおる様子にミニミが酷く怯えている。


「ミーシャ、住民の避難誘導! この大通りも有事の際は避難指示対象よ。急いで東の軍施設に避難させないとマズイ。ーーマーキュリー、こちらドラケン01、現在状況送レ」


 憤怒ふんどにわななくミーシャを命令で動かすと同時、ティナは第一師団即応連隊隷下の直轄CPであるマーキュリーに彼我ひがの情報を求めた。


 情報を整理していたのか、一瞬遅れた返答が通信機越しに届く。しかし、いつもの淡々とした飾り気の無い声とは違い、喋り方に動揺を纏わせていた。


『ドラケン01、こちらマーキュリー。コロシアム周辺での完全包囲は失敗、現在包囲中隊が交戦中......まて! エリアQ《ケベック》が突破された! 繰り返す、エリアQ《ケベック》突破!!』


 エリアQ《ケベック》はティナ達第三人遊撃小隊が担当するエリアS《シエラ》の目と鼻の先である。そこが突破されたというのは、敵群がすぐそこまで迫って来ている証拠だった。


 裏通りに向かわせた三人を至急呼び戻し、可及的速やかな避難誘導をティナが思考した瞬間。大通り沿いに建てられた石造りの建物が重い音を立てて崩れた。

 モウモウとした白煙が立ち上り、通りを歩いていた民間人、ティナとミーシャも道のど真ん中に現れた存在に気付いた。


 目が痛くなる程の赤色に覆われた、建物二階分はあろう大きな筋肉質の体。太い腕から伸びる手には人間よりずっと大きな木製のこんぼうが握られており、黄土色の目からは明らかな殺意が放たれていた。


「あれは......王国危険指定ランク【C】のレッドオーク! あのバカ貴族こんなヤツを持ち込んでたの!? 隊長!! すぐに民間人の避難を!」


「ミーシャは住民の誘導をお願い! その間、私がコイツを引き付けるわ!!」


「隊長!?」


 無茶極まり無かった。相手はオーガを超えるランク【C】の敵対生物であり、しかも武器を装備している。

 通常なら戦力差を考え撤退すべきだが、庇護対象である民間人が真後ろにいる以上、退路は断たれたも同然だった。


「皆には指一本触れさせない、それが私の仕事だ!!」


 ガードに攻撃意思を示すドラゴンの紋章が刻まれたショートソードが、ティナの腰に下げた鞘から勢いよく抜剣された。

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