第25話 アクエリアス争乱

 建物が密集し、その間を縫うようにして作られた小さな裏通り。だが、それは表に比べればの話であり、実際は馬車が列をなしても十分通れる程の道幅が確保されている。


 裏通りの巡回を行っていた第三遊撃小隊のルノ、クロエ、フィリアは、その道の上で慌ただしく鳴る通信機テスラから現状況の把握を急いでいた。


「ダメだ、隊長やミーシャとも連絡が取れない......。とにかく合流を急ごう! 情報だと敵対生物がすぐ傍まで来ている可能性が高い。走るよ」


 ルノが青いポニーテールを振り、後ろで立つクロエとフィリアにその旨を伝える。ルノがこの時点で考えられる可能性はいくつかあった。


 一つは回線の混雑。複数の部隊がほぼ同時に通信を行い、繋がりにくくなっている可能性。

 もう一つは、ティナ達が通信を行えないような状況に立たされているかもしれない事だった。


 どちらにせよ、早急に合流することが望まれる中、ルノとフィリアがメインストリート目指して駆け出した時だった。


「きゃっ!?」

「えッ!?」


 クロエが二人の腕をいきなりわしづかみ、そのまま後ろ手に投げたのだ。

 彼女の行動にフィリアはもちろん、ルノも意味がわからなかったが、その答えはすぐに真上から降り注いだ"魔法弾"によって示された。


 二人が立っていた場所を中心に複数回耳をつんざく様な爆発が起き、さらに言えばクロエがそれに巻き込まれたのだ。


「クロエさんっ!!」


「っ! まさか!?」


 白色の石畳が黒煙にまみれる中、いち早く体勢を立て直したルノが空を仰ぎ見た。

 建物にして五階分だろうか。頂点に近づいた太陽の明るさとは反対に、漆黒で染まったボロボロのローブ、それに身を包み、カシャカシャと笑う様な仕種を見せる白骨がザッと十体。腐った木の杖片手に宙を浮かんでいたのだ。


「あいつらは......王国危険指定ランク【D】のスケルトンメイジ! また厄介なものを......クロエ二士! 大丈夫!?」


 ルノが問い掛けるも沈黙は続き、少しづつ煙が晴れかけ、確認でもしようとしたのか一体のスケルトンメイジが高度を落とした瞬間だった。


「だあああああああああッ!!」


 黒煙を突き破り、『騎士スキル』の恩恵から来る圧倒的な跳躍力で飛び上がったクロエが、高度を下げたスケルトンメイジの顔面を、顎下から硬い半長靴のつま先で貫いた。


 その体には若干の煤とかすり傷があったものの、戦闘続行は十分可能な軽傷と言えた。『戦闘服三型』の防御力に驚きつつも、クロエは残りのスケルトンメイジに目をやるが、そこまでだった。


 高度を保っていた者には到底届かず、「チッ!」と舌打ちしたクロエはそのまま地面から引っ張られる様に着地した。もっと言えば、魔法弾のおまけ付きで。


 急いでその場から飛び退き、ルノ、フィリアと共に爆発から遠ざかる為走り出す。


「クロエさん! ケガは大丈夫ですか?」


「平気! でもあいつらもう降りる気無いよ、弓なんか今持って無いし......」


 紫色の魔光を放った魔法陣から矢継ぎ早に撃ち出される爆発魔法は、上空という有利な位置から彼女達を一方的に狙い撃ってきた。

 堅固な石造りの家屋をえぐり、舗装された道が次々と吹き飛ぶ。


「うっ、うわああああ! あいつら卑怯だよ! あんな高いところから狙い撃ってー!! せめて地上で戦えー」


 クロエの懇願空しく、スケルトンメイジ群は暗いローブの奥で目を赤く光らせ、魔法の照準を向けるだけであった。


「連中には何言っても無駄だよ! それよりこのままだとジリ貧だし、何より民間人に死傷者が出かねない!」


「でもあの高さじゃ!」


 その瞬間、ルノが靴底を擦りながら足を止め、スケルトンメイジと対峙した。


「もし地上に落とす事で有利性が確保できるのなら、そこまでは私が引き受けよう! 両二士、近接戦闘準備!」


 広げた両手にルノが蒼白の魔法陣を展開すると同時、黒く焦げ付いた煙を巻き込みながら猛烈な強風が入り乱れた。

 そしてそれはルノを中心に吹き荒れ、回転している様子から彼女の力を二人は潜在的に感じ取った。


「「風属性魔法っ!?」」


「副隊長を拝命した日に、部下を守るどころか庇ってもらったんだ。チャラとはいかないけど、少しだけ返そう!!」


 集まった風はルノの傍を離れ、大空へと昇り広がると、スケルトンメイジ群目掛けて急降下した。


「『プレスダウンバースト』!!」


 天井が落下したかのごとき爆風で、スケルトンメイジは空中できりもみしながら一体残らず地面に落とされ、数体が大地との激突に耐えられずバラバラに砕け散った。


 それでも何とか着地に成功した者は杖を構えるが、上空という最大の優勢位置を失ったスケルトンメイジを迎えたのは、クロエの凄烈(せいれつ)な拳だった。

 拳だけでは無い。後続には上段回し蹴りも含めた連続攻撃が叩き込まれ、瞬く間に三体のスケルトンメイジが粉々になった。


 残るスケルトンメイジは三体。既に七体程が倒れた中、彼らはターゲットをクロエからより近いフィリアに切り替え、大杖を叩き付けようと振りかぶる。


 ーーしかしそれが届くことは無かった、魔導師の様な白髪の騎士は、背中に背負っていた杖で白骨の化け物を逆に叩き殴ったのだ。


 フィリアの装備していた武器は《七五式突撃魔法杖》と呼ばれ、耐久性の高い杖上部に高純度マナクリスタルを飾り、先端には必要に応じて短剣を取り付け可能な、軍の魔導師用最新装備が一つだ。


 おまけに、フィリアはこれに爆発魔法を纏わせる事で近接戦闘における瞬間的な火力を高めていたのだ。

 魔法能力重視の者は、白兵戦において極めて脆弱(ぜいじゃく)と言われるが、彼女は魔導師では無く騎士だった。そこが、スケルトンメイジとの大きな違いだったのだろう。


「『ブレイヴブラスト』!!」


 打撃の力に加え、爆発のエネルギーを直に喰らったスケルトンメイジがはじける様な爆発と共に木っ端みじんとなった。

 残りの二体も同様、身体能力で上回るフィリアに攻撃をかわされては打撃、先端部の短剣を用いた刺突と爆発魔法のコンボで、戦闘は一方的に進み、最後の一体が地面に倒れ伏した。


「ハアッハアッ、何とか......勝てましたね」


 あちこちにスケルトンメイジの残骸が散らばる中、フィリアが呼吸を乱しながらも、安堵の声を出す。


「うん、とりあえずはこれで全部かな? まさかフィリア二士が爆発魔法を使えたとはね」


「いえ、私もルノさんが風属性魔法を使えるなんて思いませんでした」


 散乱する粉砕された骸(むくろ)と杖。これが"まとも"な生き物相手であれば勝利を確信しても問題無かっただろう。このような臓器も無しに動く化け物でなければ......。


 バラバラになった内の一体だった。まるで時間を巻き戻すように、周囲一面転がっていた他の白骨も組み合わせながら即座に組み上がり、亀裂の入った杖がフィリアに向けられたのだ。


「え......?」


 元々の外見も合わさり、この微弱な魔力を用いた"死んだフリ"は、完全な奇襲効果をもたらしていた。ただ一人を除いて......。


「させるッッかあっ!!!」


 咄嗟にしては早過ぎる行動、もはやわかっていたと言う方が納得できるレベルのタイミングで、クロエが横合いから"魔法陣ごと"スケルトンメイジを蹴り砕いた。


 頭蓋が跡形も無く消え去ったスケルトンメイジに、ルノがとどめの一撃を加える。


「『ウインドフレシェット』!」


 斉射された風の矢弾は、まだ原型を留める骨の胴体を一挙に貫き、今度こそスケルトンメイジを粉砕しきった。


「助かったよクロエさん、これは貸しにしとく......よ」


 そこまで言ったルノは、立ち尽くすクロエを見て絶句した後、言い直した。


「どうも部隊内の情報共有が色々と滞っていたみたいだね、争乱が落ち着いたらもう一度自己紹介し合おう。クロエ・フィアレス二等騎士の"それ"も含めてね」


 困窮したような表情でそらしたクロエの"紫色に輝く瞳"を見たルノが、再度の情報共有を決定した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る