第23話 空しき抗議


 ーーティナ、クロエ、フィリアの三人がアクエリアスに到着する数時間前の事である。

 コロシアムの主催者であるゴウンという貴族の屋敷へ、ミーシャとルノは他五名程の男性騎士を共なって抗議に来ていた。


 その一室、マホガニー材を贅沢に使用したテーブルの奥で、自分達王国軍騎士をジットリとしたいらつきを伴わせた目つきで睨むゴウンに対し、ミーシャは三度目になる警告を紅目に乗せて力強く発していた。


「何度でも申します、我々王国軍としては、100パーセント安全が確保出来ない以上『モンスターコロシアム』は中止すべきです! ゴウン殿の私兵だけでは信頼に欠ける上、敵対生物は獰猛極まりとても人間の手でコントロール出来るものではありません」


 ミーシャのまだ幼くも強く張った声が、豪勢な家具に囲まれた部屋に響き渡った。

 前に座る貴族の暴挙とも言えるこの行動は、周囲の男性騎士達のみならず、まだこの世に生を受けて十四のミーシャとルノでさえ危険と分かっていたのだ。


 100パーセントの安全なんてものは不可能に近い、それを理解した上で三度も口にしている言葉だった。

 が、ゴウンはやはりというか三度目になる的外れな返答で押し問答を加速させる。


「何度も言っているがね、王国軍はこんなガキのざれ言を鵜呑みにするほど腐ったのか? 私の私兵は優秀の一言に尽きる。現にこの日の為に五十体以上ものモンスターを数年掛けて捕獲せしめたのだ」


「ごじゅ......!」


 事前の調査で偵察隊から三十は超えると報告されていたが、予想を上回る数にミーシャはもちろんルノや男性騎士達も思わずどよめいた。


 ミーシャの脳裏に見たことのある、もう二度と見たくない光景が過ぎると同時、この貴族に殺意の様な感情が湧き出るも深呼吸で一旦気持ちを落ち着け、会話が通じると思っていた事がそもそもの間違いだったとミーシャは悟った。


「信頼しておいでですね。ですが、彼らが裏切る...という可能性も否定できません」


 男性騎士の一言に。


「バカを言うな、ヤツらには十分な報酬を支払っておる。貴様ら王国軍の一兵卒よりも遥かに信頼できるわ。ったく税金を浪費するだけの穀潰しはさっさと消え失せろ! これ以上は時間の無駄だ」


 一時は抑えつけた怒りが再び溢れだし、歯ぎしりしながら拳を握っている自分を落ち着け落ち着けと必死でなだめる。


 ミーシャが苦虫を噛んだような顔で隣に立つルノを見ると、自分程ではないにしろ相当不快なのだろう表情が少し歪んでいた。それでも彼女はミーシャに対し「手を出しちゃダメ」とかしらを僅かに横へ振って伝えてきた。


 王国軍騎士だって人間である。理不尽に振る舞われれば腹も立つし一言ぐらいキツく言ってやりたいが、身を包む軍服はそれを許さない。こういう人間すら庇護対象だからだ。


「別に良いではないか、どのみち敵対生物同士殺し合わせれば数は減るだろう」


「コロシアムは蟲毒(こどく)の坪ではありません! こちらとしては安全が確保されない以上......」


「もうよいねっ、さっさと出て行け! 貴様らは私に説教垂れる前にそこの生意気なガキを教育し直してから一昨日来たまえ!」


 その一方的な会話を最後に、半ば無理矢理話は切られ、ミーシャら王国軍は屋敷の外へと追い出されてしまった。

 あまりの非常識ぶりに、中尉階級の騎士は頭を抑え、他の下士官もかなり腹が立っているようだった。中でもゴウンに最もドギツく当たられたミーシャは......。


「ミッ、ミーシャ......? そっちは屋敷の方って、ちょっと!? ストップ! ストッープ!!」


 説得法を会話くちから対話こぶしへとシフトしていた。





「っという事がありまして、あれからミーシャはずーっとこの調子でね。押さえるのが大変だったよ」


 青髪を振ったルノ・センティヴィア一等騎士の大まかな説明を受けたティナ達は、各々少しドン引いた顔で、


「なるほど......、そういうことだったのね。どうしたってあんなに怒ってたのかも納得だわ」


「ゴウン・クリスタルスワンプさんは、一応貴族の中では中程と聞いてますが、怒らせるととても厄介な相手には違いありません」


「そんな権力とか小難しいのは置いといてさ、一発やっちゃえばいいじゃん。こうドカーンって......いたっ!?」


 ミーシャの肩にもたれながら恐ろしい事を言い放つクロエに、ティナは久々となるチョップを頭に落とした。

 そして、やはりこの隊員は要注意すべきと改めて頭にインプットする。


「あんなヤツ、騎士になる前ならとっくにぶっ飛ばしてたわ。っていうか......、勝手に人の肩もたれないでよ馴れ馴れしいわね」


 そう言うと、ミーシャはクロエからサッと離れた。


「コミュニケーションって結構大事じゃん、そんな遠慮しないで」


「距離があるでしょ! 距離が! しかもあんた、階級が私より一つ下の二等騎士でしょ、マズイとは思わないの!?」


「クロエさん、昔からそういうところはあまり気にしないタイプでして......」


 幼なじみであるフィリアが、今までにも何度かあったのだろう。苦笑いしつつ言った。

 互いの緊張も少しほぐれた具合で、ティナの通信機(テスラ)から淡々とした男の声が聞こえて来た。


『ドラケン01、こちらマーキュリー。感度確認されたし』

「マーキュリー、こちらドラケン01。感度良好、問題無し」


 マーキュリーとは、ティナ達第三遊撃小隊の属する『即応機動部隊』の指揮指令を行うCPのコールサインである。ドラケンは、この第三遊撃小隊に与えられたコールサインであり、隊長であるティナは頭の《01》を名乗り、他の部隊員が《02》《03》と順に割り振られている。


『マーキュリー、ドラケン01。S(シエラ)ポイントにて現地騎士との合流は完了しました、予定通り我が小隊は0930(マルキュウサンマル)をもって当該区域の警備へと移行します。オーバー』


『CP了解、問題が発生した場合は、規定のROEに従って対処せよ、オーバー』


『ドラケン01了解、アウト』


 一連の交信を終えたティナは、「ふうっ」っと一つ大きな息を吐いた。


「隊長ってのも楽じゃなさそうだね~、覚えること多そうだし」


「うん、おかげで最近寝れてないの......。それから副隊長はルノ・センティヴィア一等騎士とのことだから、私と連絡が取れない場合や別行動の時は彼女に指示を仰ぐよう」


「「「了解」」」


 寝不足に加えて胃腸の不良が重なり、自身の身体に掛かるストレスの恐ろしさをティナは初めて身に染みて味わっていた。

 そもそも三遊の年齢層自体が非常に低いので、法的には問題無くとも本人達に掛かる負担は大きい。


ーーまぁ、その為の後方配置なんだろうけど......。


 地図上に浮かぶコロシアムから最も離れた第三遊撃小隊を示す符号は、上官の多少なりとも配慮した姿勢が表れていた。


「よし、全員揃ったので、現時刻をもってアクエリアス警備任務を開始します。私達はコロシアムからは離れてるけど、各員気を引き締めて勤めるよう!」


 第三遊撃小隊の構成員は、隊長のティナを含めて計五人からなる超少数小隊だ。これも、精鋭主義に乗っ取りながら即応性を追求した結果なのだろう。


 っとは言っても、今回は何事も無ければ平和な街中を警備という名の下、歩いたり立っているだけの戦いとは無縁の任務であり、コロシアムの包囲も他中隊が行っているらしいのでひとまず安心であった。


 が、そんな第三遊撃小隊の下へ数人の少年グループが走り寄って来た。年齢は十未満程の彼らは、息を荒くし、何かに困っているようだった。


「その格好......ねえ、お姉ちゃん達王国軍の騎士なんでしょ? ちょっと来てよ! 助けて欲しい子がいるんだ」


「えっ? わかったわ、場所を教えてくれる......って! ちょちょちょ引っ張らないでー!」


 澄んだ青が基調の袖を引っ張られたティナが、少年グループに連れ去られ持ち場を離れてしまう中、追いかけようとした三人を副隊長のルノが静止する。


「クロエさんとフィリアさんは私とここに残って下さい、ミーシャは隊長に付いて行って。何かあったら連絡をよこすように」


「了解、ったくホントに大丈夫なのかしらあの隊長......。幸先不安だわ」


 呆れ混じりの受け答えをしたミーシャは、大通りから少し外れた路地裏へとティナを追いかけて入った。

 表に比べれば差はあるが、馬車が通っても余裕がありそうな道の先、脇道にしゃがんだティナを発見する。


「もう隊長、あまり離れると任務に差し支えが出ま......」


「ミィ~」


 彼女の声を遮ったのは、目の前の小さな箱に入った白い子猫のくすぐる様な鳴き声だった。おそらく捨て猫だろう。親らしき猫の姿も見えず箱の中で縮こまるその姿は、子猫の状況を把握するのに十分と言えた。


 その猫が弱々しく見上げる視線の先には、表情を思い切り緩ませ、薄緑色の碧眼を輝かせるティナがいた。


「隊長......、その猫は? まさか拾うなんて言いませんよね」


 軍服を纏った少女が衰弱した子猫を抱き抱え、優しくよしよしと撫でる妙な光景に、ミーシャはその場で聞かずにいられなかった。

 彼女の答えを予想していながら。


「こんなに可愛い子、たとえドラゴンだって逆らえないわよ。大丈夫、私があなたを守ってあげるからね」


 王国軍騎士は常に弱き者の味方であれ。そう聞かされ続けていた教導隊時代を懐かしみ、同時に憂いた。

 こうしてミーシャは、テスラの送信スイッチを押し込み持ち場で待っている副隊長ルノに、ミルクを買ってから戻ると哀愁漂う連絡を飛ばしたのであった。

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