水上都市アクエリアス編

第21話 水上都市アクエリアス


 ガタゴトと心地のいい揺れと音をゆりかごに、ティナは列車の中三人程が座れる客席の端っこで静かに眠っていた。

 しかし、突然吹いた潮風に、可愛らしく整った顔と自慢の金髪を少し強めに撫でられ彼女は目を覚ました。

 閉じていたまぶたを開き、ガラスの様に透き通った碧眼で前を見ると、クロエがサラっとした黒髪を風になびかせながら車窓を上に上げて外の空気を入れていた。


 その横、通路側に面する席に座っていたフィリアがティナに気づき、ふんわりとした笑顔で「おはようございます、もう後少しで着きますよ」と柔らかい声で、肩口に届くぐらいの白髪を触りながら話しかけてきた。

 ティナもまぶたをこすりながら「おはよう」っと、返事を返す。


 そんなクロエとフィリアの着ている服は、深い青と白が基調のブレザーにも似た軍服に、同じ青色のスカートとそこから伸びる細い足をフィリアはタイツ、クロエはソックスでカバーしているというものだった。

 そして、自分も同様の服装にニーハイソックスという格好をしていることを寝ぼけた頭で思い出す。


 『王国軍戦闘服三型』と呼ばれるこれは、最近配備され始めたばかりの装備で動きやすさを最重視した作りとなっており、一見普通の軍服なのだが、一着一着に魔導師が防御魔法を付与(エンチャント)することで、並の鎧以上の防御力を実現した女性騎士用の最新装備である。

 っとはいえ、大抵の斬撃や刺突には耐えるものの、鎧と同じく衝撃までは防ぎきれないので極力攻撃は回避しなければならないが。


「ふわあぁっ......列車って初めて乗ったんだけど、すっごく気持ちいいのね。うっかり寝ちゃってた」


「慣れない書類作業や装具の点検を遅くまでしていましたし、"隊長"も疲れが溜まってたんじゃないですか?」


 フィリアの隊長という言葉で、ティナはまた一つ自らのしっくりこない立場を思い出した。


 当初は一小隊を構成する一騎士として配属されるものと思っていたティナは、数日前師団長に呼び出され、「不測の事態への対処能力や教導隊における成績、これらを考慮して君には五個ある遊撃小隊の内一個をを率いてもらう」と言われたのだ。突然の事にティナは慌てに慌てまくったが、相手が相手。首を縦に振る以外の選択肢は無かった。


 もちろん主任務が支援である事に変わりは無いが、一隊を率いるとなるとやはり相当なプレッシャーが肩に掛かる。おかげで、ティナはその日から今日に至るまでストレスでお腹を下し続けている程だ。


「あっ、ティ......おはよう隊長。よく眠れた?」


 景色にくぎ付けとなっていたクロエが振り返り、ティナを隊長と不慣れな様子で呼ぶ。


「おはよう、ちょっとやる事多くて寝れてなかったから助かったかな、やっぱり階級が上がると色々と大変ね......」


 現在ティナの持つ階級は"騎士長"という、二等騎士の次である一等騎士を飛び越えた、クロエとフィリアより二つ上の階級となっている。

 しかし、本来小隊とは少尉クラスの騎士が率いるのが普通であり、騎士長という下から三番目の、軍内においてはかなり下層に位置する階級の者が、一応名目上の司令がいるからといって指揮するのはかなり異例と言えよう。


「すごい景色ですね、なんだか旅をしてる気分です」


 窓の外には晴天の下、キラキラと光る広大な海が水平線まで広がっており、かなり多くの船舶が浮かんでいるのが見える。

 そして、気持ち良く爆睡していたティナはこの列車の走っている線路の違和感に気付いた。


「ねっ......ねえ、そういえばなんでこの列車こんな高いところを走ってるの? 確かに景色は綺麗なんだけど......しかもこれ,海の上よね!?」


「隊長知らなかったんですか? 【水上都市アクエリアス】まで行くには、この水上列車か船舶しか移動手段が無いんですよ」


 もちろん水上といっても海の上を直接走っている訳ではなく、比較的浅い水域の上に建てた橋脚で支えられた線路の上を、橋のように高所に通しているというものだ。


「ティナ隊長~もしかして高い所苦手? なら、私がお母さんから教わったとっておきのおまじないがあるよ」


「べっ別に高い所は平気よ、ちょっと驚いただけ。それよりもうそろそろって言ってたけど、もしかしてあれが......アクエリアス?」


 ティナが指差した方向を見たクロエとフィリアは、海上に大きくそびえる巨大な島と、それを飲み込む様にして建てられた白が基調の大規模な都市がクッキリと視認出来た。


「ひゃあ~大きいー! これ王都と同じくらいデカイんじゃね!? 周りの船がちっちゃく見えるよ!」


「雰囲気もかなり違いますね、もしこれが"任務"じゃなかったら色々と観光したいところです」


「私も同意見。それにしても、まさか初任務が『コロシアム開催中の街の警備』だなんて思わなかったわ。でも、あの内容が確かなら危険なのに変わりは無いか」


 ティナ達第三遊撃小隊の記念すべき初任務。それは、なんら特別でもない巡回等の治安維持であった。

 しかし、通常であればこれは当該地域を担当する駐屯地が基本的に警備を行うものであり、別駐屯地の、それも遊撃を名乗る部隊が派遣されるというのはかなり珍しい事だ。

 それも人間対人間で行われる通常のコロシアムでは無かったのが原因だろう。


「敵対生物を戦わせるだなんて......。警備は厳重でしょうが、もし一体でも逃げ出したりしたらどうなるか......考えるだけでも恐ろしいです」


 コロシアムの主催者である数人の貴族は、敵対生物群が現れた『大侵攻』の日以来二年間莫大な収入を誇る祭事を開けずにいた。

 主だった収入の多くを止められ、懐に入るよりも遥かに多い消費額に焦った彼らは、本来敵であるモンスターをビジネスの材料として見てしまったのだ。

 貴族である自分が僅かでも生活水準を下げ節約に勤しみざるを得なかったという怒りもあったのだろうが、当然ながら王国軍はこれをかなり危険視していた。


 っというのも、防衛対象である街の中にむざむざ敵を入れてしまえば、城壁や水上艦隊による水際阻止は当然不可能となり、どうあがいても後手に回らざるを得ないからだ。


「何事も無ければいいんだけど......、今は祈るしか無いわね。......さっ二人共! 降車用意、装備の確認と片付け始め。0900(マルキュウマルマル)までに現地で待機中の部隊員と合流後、アクエリアス治安維持任務を開始する!」


「「了解!」」


 心のスイッチを騎士しごとに切り替え一切の飾り気を捨てたティナの号令に、部下である二人の騎士も最小限の返事で行動に移った。


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