第20話 安息と目論み

 春季騎士候補生を送り届けしばしの休暇を得たローズは、夜になり一つの封を手にある店の前へと来ていた。

 そこは一見して見た目は普通の家なのだが、ドアに吊された板には【ナイトテーブル】と自筆で店名と開店中である旨を示す文字が書かれていた。


 ローズがそのドアを押して中に入ると、カウンターの奥から「いらっしゃいませ」という落ち着いた、そしてこの数ヶ月ですっかり聞き慣れた声が掛けられた。


「休暇に入ってすぐ店の手伝いか。精が出るなルミナス一等騎曹」


「今のところ他にやることもありませんので、ローズ大尉こそお忙しいようですね」


 白と黒のバーテンダー服を着たルミナスは、朱い髪を後ろにまとめ、コップを磨きながら入って来たローズを迎え入れた。

 店内は相変わらず落ち着いた雰囲気を醸し出しており、やはりというか客は他に見当たらなかった。正直採算が取れているのか心配になるレベルではあったが、まだ潰れていない辺り一応客はいるのだろうと勝手に考える。


 すると、ローズが入店して一分と経たずして静寂が破られ、騒々しい声と共に勢いよくドアが開けられた。


「久しぶりだなローズ! っと......ルミナスさんだったっけな。進捗はどうだ?」


 入って来た男はローズの友人であり、娘の友人の父親であるカルロス・クロムウェルだった。カルロスは最初にこの店に来た時と同様ローズの横に腰を下ろすと、目の前に置かれた冷水を一気に飲み干した。


「ったく相変わらず騒々しいやつだ...。春季騎士候補生は無事に過程を終了し、お前の娘のティナも含めて全員が『騎士スキル』を習得した。だが......少し予想してた展開とは違う結果になった」


「っというと?」


 カルロスの問いにローズは表情を変えず続けた。


「即応機動部隊構想。先の王都近辺にオーガが現れた際、初動が遅れて被害が出た反省を踏まえてようやっと運用が決まった部隊だ。浸透してきた小~中規模の敵対生物掃討を目的とし、今までこの国には無かった遊撃部隊の運用を主としている。それにうちのフィリアと班員のクロエ、お前んところのティナが選ばれた」


「三人共たしかまだ歳は十三だろ? ありえるのか?」


 カルロスがコップ片手に呟く。


「ストラスフィア王国は建国以来能力至上主義です。必要とされる能力を満たしていれば、その者の性別や年齢は関係ありません。カルロスさんも元騎士なら多少なりともご存知だと思います」


 ルミナスの放った言葉はここまでに到る大体を表していた。

 そもそも年齢や性別を本気で気にしていた場合、まず十三歳という低い年齢で募集など行うはずも無く、女性が騎士になれたとしても後方支援が関の山だろう。


 今のティナ達を見れば、王国は能力至上主義以外の何物でも無いのは誰の目にも明らかであり、志願制を貫いているだけまだ良いと言えよう。


「遊撃部隊か......。なるほどな、まあティナが『騎士スキル』を習得出来たのならそれだけで御の字だ。少なくとも、自分の身は自分で守れるようになっただろうしよ」


「確かにそうですが......、どうもあの子は自分よりも周りの人間を真っ先に守ろうとする傾向があり、先の遭遇戦においても動けなくなった班員を守ろうとして突進するオーガに正面から立ちはだかったそうです」


「アッハッハッハ! あいつらしいな、だがまあティナのあれはもう本能のようなもんだからな、口で言っても痛い目見ても変わらないさ」


 この笑いが娘への自信か、それともただの過信なのか。

 ルミナスは心の奥底でカルロスに対し沸き上がるものがあったが、今は堪えた。


「それより、魔法も固有スキルも持っていないティナがどうしたって遊撃小隊なんかに? 俺はてっきり通常の連隊配属になると思っていたんだが」


 ローズは「それなんだが......」と、返事をしながら持っていた封から数枚の紙を取り出し、深みのある色合いと木目が付いたカウンターの上に、ただただ情報のみを記した飾り気の無い紙を置いて見せた。


 内容はこの場の人間なら一目で分かるもので、それはティナの教導隊修了直後のステータスを書き写したものだった。

身体能力の欄には最高を示す【S】が付き、体力、魔法能力と続いていた。


 元々身体能力が高い事は知っていたカルロスだったが、これには驚かざるを得なかった。


「ハハッ、こりゃすげえな。魔法の欄には目をつむるとして、身体能力がここまで上がるとは! 流石は俺の娘だ」


 カルロスは思わず天を仰ぎ、喜びに打ち震えた。

 彼自身、やはり重度の親バカなのだろう。


「これに加え、魔導科のソルト大尉と教導隊のロッド少尉が彼女を上に推薦したらしい」


「どっちも初耳だな、おまけに両者とも割と階級が高い。いったいどこで知り合ったんだ?」


 十年近く前に軍を退役したカルロスにとっては当たり前だが現役の騎士で知る者は少ない。

 彼にとっては、ローズとルミナスが内部からの重要な情報源なのだ。


「魔導師のソルト大尉は、ローズ大尉を通じて行われた対魔法訓練で、ハンデはありましたが唯一ティナ二等騎士率いる教導隊第一班に部下を敗られています。その晩彼女達に興味を持ち、情報を得ようと『ドーラン』で姿を消して隊舎に現れた程でした。ロッド少尉は、行軍訓練時に彼女のいたCチームの担当をしており、その際彼女の判断に救われたと聞いています」


「なるほど、少し見えて来た。だが階級はどうなるんだ? 昨日今日で教導隊を終えた"二等騎士"をいきなりそんなところに配属しても大丈夫なのか?」


 通常、こういった臨機応変な対応が求められる部隊は経験豊富なベテランが請け負うもので、出来たてほやほやの騎士には荷が重いというものだ。


「確かにそうだ。かといって経験も実績も無しに階級が上がるなんて事はありえない、ある程度イレギュラーな状態にはなるだろうが、階級はほとんどそのまま、任務も恐らく戦闘ではなく後方支援になるんじゃないかと俺は予想している」


 ローズの考えは、本格的な戦闘はベテラン騎士に任せ、彼女達の役割はあくまでその支援に留められるというものだ。

 とりあえずの運用予想を立てたローズとカルロスは、コップを手に取り二人して乾いた喉を潤した。


「そういえば話は変わりますが、近々【水上都市アクエリアス】にて延期されていたコロシアムが開かれるみたいですね。私はまあ手伝いがあるので見に行けませんが」


「あそこは周りを海に囲まれてるから被害も特に無かったと聞く。しかも、泳いで近付こうとしたモンスターは王国海軍に片っ端から海の藻屑にされたらしいな。おかげで、今じゃ陸続きの王都より安全なんじゃないかって言われるくらいだ。安全が続いてそろそろ目処が立ったんだろう」


 ローズはまだカウンターに置きっぱなしだった紙を封にしまうと、封ごとカルロスに渡して腰を上げた。

 それは同時に、もう今日は用を済ませたからという意味合いを含んでいた。


「約束は果たした。それが希望の物で間違いないな? 後、決して表には出すなよ?」


「ああ、助かった。礼を言う」


 軍人らしい必要な情報以外を全て削った飾り気の無い会話を交わし、ローズが店を出ようとした時だった。


「ローズ大尉......? そういえば何故ティナ・クロムウェル二等騎士の"ステータスの写し"がここに? 計る時間など設けてはいなかったはずですが」


「っ!? ......いや、まあ......それはだな~」


 どぎまぎした返答の裏、振り返ったローズの顔が「しくじった!」という心の声を代弁していた。

 ついでにカルロスも席を立ち、ドアへと向かおうとするが。


「カルロスさん、あなたもです。ローズ大尉に何を頼んでいたのですか?」


 ビンッっと固まったカルロスは、汗だくでルミナスへと振り返った。

 彼女の顔は、昔聞いたどこか遠い国にいるらしい鬼という化け物にそっくりな面持ちで二人を睨みつけていた。


「ばっ、バレなきゃ大丈夫だ! 問題ない。それに、俺は元々これが目的で一時的に教導隊の教官に移った訳だし」


 なんて言ってはいるが、ローズのこれは完全なる軍規違反でありいわば情報漏洩である。もしバレれば軍法会議は避けられないだろう。

 

 だが、ルミナスにはローズの教導隊入りの理由の方がずっと気になった。大尉ともなれば経験も豊富で、騎士の卵を育てる課程において有意義かつ効果的な訓練を実地出来るだろう。


 実際、対魔法訓練も魔導科にツテのあるローズがいたからこそ実現した訓練だった。そのローズがたった数枚の紙の、いや、たった一人の少女の為にわざわざ教導隊に来たというのは信じ難い話だったのだ。


「目的......? なんですか? まさかとは思いますが、国家転覆罪級の犯罪を計画してなんていませんよね?」


「まっ、待ってくれ。話せば分かる! そもそもはだな......」


 その後も話は続き、ローズは説得訴えの末、なんとかルミナスにそこそこの理解を得た。


「つまりは、ローズ大尉は昔からカルロスさんに借りがあり、その借りを返す代わりとして今回ティナ二等騎士のステータスデータを頼まれたと。で、カルロスさんの目的は?」


「こいつは言うなら超が付く親バカだからだな、単純に娘のステータスが気になったらしい」


 秘密にしたいなら余所で渡せば良いのにと思ったが、彼女もソルトに対魔法訓練後、彼にあっさり第一班のステータスを見せていたことを思い出す。

 あれも一歩間違えれば情報漏洩に繋がる恐れがあったと気づいたルミナスは、コホンと咳を一つ払い、メニュー表をカウンターに広げた。


「では今後一切の軍規を犯さない事、そして、入店したならお冷やだけじゃなく何か頼んで下さい。これを条件に、今回の件を私は一生忘れると約束しましょう」


「誓おう、それとビールをジョッキで」

「誓います、あと俺もビールをお願いできるかな?」


 手を挙げて条件を呑んだ二人に、ルミナスは接客業のそれで最も大切と言える笑顔で。


「かしこまりました」


 と、注文を受け取った。

 もちろんルミナス自身約束を破るつもりは無いが、"ただの親バカ"。これだけが理由ではないだろうと警戒を続けつつ、目の前に座る中年の男二人のジョッキに店で一番高いビールを注いだ。


 二人の教官と一人の元騎士は、それぞれの仕事を一旦終え、しばしの休息へと突入した。

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