第18話 王国軍騎士


「全員注目! アルテマ駐屯地教導隊区長、スミス・トレニング少佐より騎士候補生過程修了者へ向けて訓示!!」


 大理石で出来た硬い床をいくつもの半長靴はんちょうかが同時に叩く音が響くと、騎士候補生だった彼らは目の前の壇上に立つ教導隊のトップ騎士、スミス・トレニングに対し整然と揃った敬礼を行った。

 よく訓練されたその姿に、スミス少佐も満足気な顔で答礼を返す。


 王国軍駐屯地には基本的に実用第一を主願に置いた軍用施設しか存在しないが、その中でも一つだけ異色を放つ建物がある。それは一般的な教会にかなり似た作りをした、王国軍騎士候補生過程修了者が宣誓と共に『騎士スキル』を習得する場として建てられた【誓いの間】と呼ばれる専用の施設だ。

 全体的に銀色が基調となった建物は内部がかなり広く、巨大な列柱に支えられた天井はあちこちに様々な装飾が施され、上層に張られたステンドグラスからは光が差し込んで来る。


 今、ティナ達騎士候補生過程修了者は、その中央に位置する広場でズラリと整列し、目の前の教導隊区長から訓示を聞こうとしていた。

 オーガとの遭遇戦から数日が経ち、騎士候補生過程を終えたティナ達はいよいよ正規の王国軍騎士へとなろうとしていたのだ。

 しばらくして、答礼を終えたスミス少佐が自慢なのであろう顎髭を触ると重々しい声を出す。


「アルテマ駐屯地教導隊区長のスミス・トレニング少佐だ。諸君、まずは修了おめでとう。君達が国民の新たな盾、そして剣として、この三ヶ月で積んだ訓練や経験を存分に発揮してくれることを私は心より願う」


 スミスは続ける。


「ここにいる者達は勇気と覚悟を持って王国軍に志願した。与えられた個々の役割をキッチリと果たし、誠心誠意国民の為に職務を全うするよう心掛けたまえ。...以上だ」


 訓示を終えたスミスは、早々に壇上を下りそのまま柱の傍に立つローズの元へと向かった。


「長話が苦手なのは相変わらずのようですね、スミス少佐」


「聞くのも苦手だが話すのはさらに苦手でね、それに彼らを直接育てたのは私ではない。君達現場の教官達だ、私からはこれぐらいの話がちょうどいい」


 お固そうな顔を一瞬緩めたスミスは、髭を触りながら続けた。

 

「もう残りは宣誓と『騎士スキル』の習得のみだ。では後を頼んだぞ」


 それだけ言うと、スミスは逃げる様に進行をローズへと任せ、将校らしくも無く建物の隅へと移動してしまった。


「昔から見た目によらずシャイな人だ...」


 スミスを見送ったローズは彼が先程まで立っていた壇上に登ると、三ヶ月前まで戦う術を持っていなかった教え子へ向かい、最後の仕事を行う。


「第四女性騎士教導隊教官のローズ・クリスタルハート大尉だ、皆三ヶ月間の騎士候補生過程ご苦労だった、君達はこれから待ちわびたであろう『騎士スキル』を習得する。全員姿勢を正し、入隊時に行った宣誓をもう一度行ってもらう。第一班から順に宣誓文を読み上げろ」


 ここまで来ればもう引き返す事が出来ないのは全身で理解していたが、いざするとなると、やはり緊張は避けて通れぬ道であった。乱れかけた息を整え、真っすぐ瞳を据える。

 ローズの指名を受け、第一班の班長であるティナは姿勢を正しめいいっぱい息を吸い込むと、騎士候補生過程を思い返しながら広い【誓いの間】に覇気のある声を強く響かせた。


「私、ティナ・クロムウェルは、我が国の平和と独立を守る王国軍の使命を自覚し、ストラスフィア王国法令並びに憲法を遵守し、部隊員及び他部隊との一致団結、騎士の厳正な規律を保持し、常に徳操を養い、他の人格を尊重し、心身を鍛え、技能を磨き、強い責任感をもって専心職務の遂行に勤め、騎士として王国国民の負託に答えることをここに誓います!」


 三ヶ月前にはただ言い終わるだけだったこの宣誓は、今、彼女達新たな王国軍騎士達に宣誓をより確実に履行する為の『力』を与えた。

 頭の隅々、体の最奥まで冷たい水に浸かる様な感覚を覚えたティナだが、逆に言えば感覚はそれだけだった。


「あれ...? 特に変わり無い。力がみなぎるとかそんなのも無い」


「いいや変わったさ。ティナ・クロムウェル二等騎士、君は今この瞬間をもって守られる人間から守る側の人間に変わった。これからの活躍を期待する」


 直後、ローズはどこに隠し持っていたのか五百スフィア金貨を三枚袖口から出すと、それをティナ目掛けて一直線に投げ飛ばした。

 "一般人"なら捉えようも無い速度で向かって来る金貨を刹那、ティナは反射的に二枚を右手で掻っ攫うように空中で掴み取ると、残りの一枚を半長靴のつま先を使い、切り裂くような蹴りで真上に弾き飛ばした。


 周囲の人間が唖然とした表情で見つめる中、まるでコイントスの様にティナは落ちて来た金貨をしっかり右手でキャッチすると、ローズが一言呟いた。


「見事だ。元々素質はあると思っていたが流石は"あいつ"の娘だな、もう俺から言う事は何も無い。修了おめでとう」


「ーーはっ、はい! 今までありがとうございました」


 不思議な感覚だった。ほんの数ヶ月前までただの一民間人であった自分が、友人と一緒に訓練を積み、座学に励み、規律に溢れ日々教官の怒声が鳴り止まぬ隊舎で毎日を重ね、今こうして騎士となったという事実に、ティナはまだ現実味を得られていなかった。


「では次、クロエ・フィアレス」


 ローズが宣誓をクロエに促すと同時、もう既に袖口から金貨を手の中に落とすのが見えた。


「えっ!? ちょっとローズ大尉! まさかそれ全員にやるつもりなんじゃ...ですか?」


 クロエがうっかり出たタメ口を訂正しながら尋ねると、ローズが口元をニヤつかせながら。


「もちろん、これは俺からの修了祝いだからな。全員しっかり受け取ってくれよ!」


「ちょっ、ちょっとタンマーーーー!!」


 クロエの声が【誓いの間】にこだますと同時、鈍い音が辺りに響いた。

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