第15話 アルテマ山行軍訓練
二十を超える騎士候補生が、連日続いた晴天で乾燥した土を半長靴で踏む度、ザクザクと独特な音が暗がりに満ちた山に響き渡る。
彼らが一歩、また一歩と進めば、その都度汗が額から滑り落ちて、消えるように足元の土へと吸い込まれ消えていく。
腰に王国軍正式採用のショートソードと、ランタンをぶら下げた騎士候補生は前列に男性、後列に女性といった編成で開けた山道を僅かな光で進んでいた。
しばらくすると、先導していた年配の男性騎士が足を止め、少し見にくそうに地図を開いた。
「よし、ここが第3チェックポイントだな。Cチームはここで一旦大休止を取る、用意した食材を各班で習った通りに調理して食べるよう!」
男性騎士の張った声が木々の間をこだました。
騎士候補生達は次の出発時刻を伝えられた後荷物と一緒に座り込むと、言われた通り中からあらかじめ教官達が用意した食材を取り出す。
「うへ~ヌルヌルじゃん......、二人共見てよこの"蛇"。おかげで私の荷物全部グチャグチャになっちゃったよ」
クロエがこれ見よがしにリュックから取り出した食材は、この大陸に数多く生息している『
五百年以上前に起きた、夜空の月が数ヶ月間に渡って赤く染まる熱月と呼ばれる時期に発見され、目の色が当時の赤い月の様だった事からこの名を付けたと言われている。
そんなテルヘビは、調理もしやすく山では貴重とされるタンパク質を豊富に含んでいることから、行軍訓練に昔からよく取り入れられている。
だがこのテルヘビ、臭いは無いものの粘液を多量に分泌するので毛嫌いされる傾向がある。
そのせいか、一般の家庭や料理店ではほとんどお目にかかれず、王国軍がこうして行軍訓練に用いる以外は使用されていないのが常であった。
「ちょっとクロエ! もう少し丁寧に扱いなさい、こっちまでいっぱい飛んで来てるわよ。テルヘビ切るのは私がやっとくからあんたは火をお願い」
ヌルヌルの皮に苦戦してところ構わず粘液を振り撒くクロエに代わり、ティナがリュックから出した火打ち石と交換でテルヘビを受けとる。
クロエも火打ち石は持っていたのだが、テルヘビと同じスペースへ入れていた為に粘液で湿って使い物にならなくなっていた。
「ティナさん、こっちも道具の準備あと少しで終わります」
「ありがとフィリア、疲れの方は大丈夫?」
何時間も暗い山を歩き続けて疲労が蓄積する中、ティナは体力の余り無いフィリアを班長らしく気遣った。
彼女も息遣いから疲れが垣間見えるが、表には出さず黙々と調理の準備を進めていた。
「はいっ、私はまだ大丈夫です。それよりティナさん、まな板と焚火の用意ができましたので早速調理しましょう」
テルヘビの皮を剥きやすくする為、まず縦に切り筋を入れる作業から取り掛かった。
少し離れたところでは、クロエがガツガツと火打ち石と打ち金ぶつけて火を起こそうとしているが、如何せん手こずっているようだった。
「もーっ、! こういう時魔法で火が出せたら便利なのに......ねえフィリア、爆発魔法で火とか着けれたりしない?」
「ふえっ!? そんなのできませんよ!」
急に飛んで来たクロエの無茶ぶりに、フィリアからは妙にマヌケな声が出た。
「楽しようとしないで自分で頑張りなさい、こっち切り終わっちゃうわよ」
テルヘビの皮に包丁を入れるティナが、すぐ近道をしようとする班員に火付けを急ぐよう促す。
注意を受けたクロエが、少し不満そうに頬を膨らましながら先程よりも力を入れて火打ち金をぶつけた時だった。
「あ......、付いた」
火打ち石の表面に小さな火が灯り、手に優しい熱が伝わるのを感じたクロエは急いで元となる火を付け木に移し、持参した動物の抜け毛や紙を使って大きくしていく。
ここまで来れば、後は長めの枝にテルヘビを巻き付けてから焚火の上でしっかりと焼くだけである。
周りの班も火を付け終わったようで、騎士候補生Cチーム休憩する天然の広場は食材を焼く調理火に明るく照らされた。
香ばしい焼き物の香りがあちこちから上り、今まで押さえられていた食欲がお腹の底から溢れ出し始めた。
そんな中、焼き上がったであろう頃合いでクロエが蛇を巻き付けた三本の枝を持った。
「ジャジャーン! 王国軍特製、テルヘビの丸焼き完成!! 一人一本早い者勝ちだよ!」
早い者勝ちと言いながら、一人一本は確実にあるので単に雰囲気で言っているのだろう。軍に入る以前なら進んで蛇を食べるなんてありえない話だったが、何時間も歩きっぱなしで空腹もいいところまで来た彼女達に贅沢言う余裕は残されていなかった。
焚火を前に三人は手頃な丸太に腰掛けると、クロエからテルヘビの巻き付けた枝を貰って、そのままこんがり焼けたテルヘビの肉に真ん中からかぶりついた。
肉は独特の固さがあるもののアッサリしていて、例えるなら鳥に近い味だった。
「はむっ、もぐもぐ......。はむっ」
ティナはまさか蛇をおいしいと感じる日が来るとは考えもしなかった。そう思う程に、目の前の蛇肉はうまかったのだ。
横ではフィリアも相当お腹を空かしていたのか、幸せそうな顔で頬張っている。
しばらくして夢中でがっついていたティナは、テルヘビに手は付けず両手を合わせているクロエに気がついた。
「ねえクロエ......、駐屯地でもやってたけどそれ何かのお祈り? 私よく知らないんだけど」
ティナが不思議そうに話し掛けると、クロエは顔を上げて説明を始めた。
「これは私のお母さんが生まれた遠い東の国の習慣でね、目の前にある食事とそれを用意してくれた人達。そして何よりも、自分の命の一部になってくれる食材に感謝を込める為にするんだって」
「へぇー、そんな習慣があるんだ。じゃあクロエのお母さんってストラスフィア王国とは違う国の出身なの?」
クロエはコクりと頷いた。
実のところティナも薄々は感じていた、この国で髪と目が両方共通で黒い人間はそう多くないからだ。
すると、フィリアが何か思い付いたのか横で手をパンと叩いた。
「その習慣とても素敵だと思います、ねえティナさん、私達もやってみませんか?」
既に調理され死んでいる食べ物に感謝を込めるというのも慣れない行為だが、悪い事では無いのでフィリアの提案を受け入れ、クロエの動きに合わせながら両手を合わせる。
「いただきます!」
「「いっ、いただきます!」」
クロエのハキハキとした声に続いて若干棒読みだが、ティナとフィリアも後に続いた。
「こっ、これでいいの? 間違ってないかな......」
「うん、ティナもフィリアもバッチリ出来てるから大丈夫! じゃあ食べよっか」
二人は改めて感謝の気持ちを込めたテルヘビをパクパクと食べ進め、空腹も相まってか三人はあっという間に平らげてしまった。
「ごちそうさまでした!」
「「ごっ、ごちそうさまでした!」」
感謝に始まり感謝に終わる。このような習慣が根付いた国とは一体どんなところなのだろうと想像しつつ、ティナ達は大休止が終了する前の片付けに入った。
食事を終えた騎士候補生Cチームは再び暗い山の中を歩き始める。
深夜に突入し強烈な睡魔が襲って来る中、何度も閉じかけたまぶたを開けて閉めてを繰り返す。
この夜を徹した山中行軍が終われば、教導隊の主な過程は全て終了する。あと少し、あと少しと心の中で念じながらティナ達は前に進んでいた。
「第4チェックポイントを通過。このまま何も無ければ山頂の第5チェックポイントに着きそうだ......、ん?」
予定以上のペースに先導を担当する教官が安堵の呟きを漏らした時、大きめの岩陰から"それ"は突然現れた。
苔色の巨体を重そうに動かし、太い巨腕の先には岩にも似た頑強な手が付いており、巨木ですら簡単にへし折ってしまいそうなイメージをその場の全員に抱かせた。
「グオオオオォォォォォォッ!!!!」
ティナ達騎士候補生の前に現れたそれは、人に仇なす異形の怪物、王国が敵対する畏怖の象徴にしてオーガと呼ばれる敵対生物だった。
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