第12話 一日を終えて


「はう~、疲れた~......」


 ティナは湯船に肩まで浸かると、今日一日で溜まった疲れを声に乗せて湯気立ち込める大浴場に響かせた。

 午後の訓練と晩御飯を終わらせたティナ達騎士候補生は、日々の厳しい訓練の中で一番の楽しみと言っても過言ではないお風呂の時間を満喫していた。


 女性騎士候補生全員が入れる程の広さを持つこの大浴場は、備え付けのシャワー数が二十を超え、三十人前後が入っても余りある面積を持つ巨大な湯船によって作られており、多少人数が多くても足を伸ばしてくつろぐには十分なスペースが確保されていた。


「いやー、魔導師ってホントに魔法使うんだねー。私本物の魔法なんて初めて見たよ」


 ティナの隣では湯船の淵にもたれながら足を伸ばした幸せそうな顔をするクロエが、これまたティナと同じく肩までお湯に浸かりながら話し掛けて来た。

 それに対し、ティナも返事を返す。


「そうね、私も本格的な魔法を見たのは初めてだわ。今まではそんなのに全く縁がなかったから不思議な感じ......。でも、魔法を使うってどんな感覚なのかしら、やっぱり私には魔力とか無いのかな」


 ティナが自分の手を見ながら魔法について考え込んでいると、水音と共に声が掛かった


「いえ、魔力は人それぞれ量は違えど必ず宿っているものです。ただ、皆さん使い方が思い出せないだけなんですよ」


 二人より少し遅めに体を洗い終わったフィリアが湯船へと入って来た。


「あっ、フィリアも体洗い終わったんだ。っていうか、それだと魔力って私とかティナにもあるものなの?」


 二人とは違い元から魔法が使えるフィリアは、この中では最も魔導師に近い存在と言ってもいいだろう。

 フィリアは胸の辺りまでお湯に浸かると、ホッとした表情と共に口を開いた。


「はい、もちろんクロエさんやティナさんにも魔力はありますよ。先程言った通り使い方を思い出せないだけで、二人だって使おうと思えば魔法を使うことは出来るんです」


「それってつまり、今使えなくてももし何かキッカケがあれば使えるようになったりするってこと?」


 期待がたっぷり込められたティナの目を見たフィリアは、少し申し訳なさそうな顔になると。


「そうですね、キッカケといっても様々な上に抽象的ですが、魔法やスキルというのは強い想いと感情が関係していると言われています。例えば治癒魔法なんかは目の前に傷付いた人や動物がいて、"助けたい"と強く願って使えるようになった人もいれば、海で溺れて死にかけた人に水属性魔法が発現したという例もあります」


 フィリアの説明を聞き、とりあえず半端な想いや努力ではキッカケにすらならないと知ったティナはその場でヘコんでしまった。

 しかし、どうやらクロエはまだ諦めていないようで。


「フッフーン、そういうことなら......」


 それだけ言うと、クロエは息を吸い込んでお湯の中に潜ってしまった。

 さっきの話を聞き、限界までお湯に潜れば自分も水属性魔法が使えるようになると思っての行動なのか、いずれにせよ無駄な足掻きに違いはなかった。


「ねえ......、一つ気になってたんだけど。」


「はい、どうしましたか?」


 二人が話している間も、隣からは水泡がぼこぼこと昇っている。


「今日の対魔法訓練の時、クロエが投げた石で魔法陣をアッサリ砕いちゃったけど、あれって石がぶつかったくらいであんな簡単に割れちゃう物なの?」


「えっ!? それは......あの」


 フィリアのリアクションにティナは何かマズイ事を聞いたかと疑ったが、ただの質問に変な内容が含まれているとも到底思えなかった。


「いえ、魔法陣が砕けるところなんて私も初めて見ましたし......、そもそも本来干渉なんて出来る筈が......」


 フィリアが回答に困っていると、しばらく潜りっぱなしだったクロエが息の限界に達したのか、水面に勢いよく顔を出した。


「プハーッ、もうダメ限界!! ねえ二人共、これで私も水魔法使えるかな?」


 自信満々で聞いてくるクロエに、ティナはため息を吐き、フィリアは反応に困っているのか苦笑いしていた。


「そんなので使えるようになったら、この国の人達皆が魔法使いになれてると思うわよ」


 ティナの放った夢の無い言葉に、クロエは少し悔しげな顔をすると手をグーにして。


「う~っ、やっぱり私じゃああいうドカーンとしたカッコイイ技は使え...あっ」


 クロエは悔しさも込めて両手を水面から思い切り引き出していた。

 しかし、そんな事をすれば少なからずお湯が飛び散るのは当たり前で、まして、ここは大勢の女性騎士候補生が一緒に入っている大風呂なのだからそれが誰かに掛かるのは必然だった。


「うわっ!?」


 お湯を被ったのは、クロエの前にいた一人の女性騎士候補生だった。

 彼女は一体何が起きたのか分からず、慌てた様子で周りをキョロキョロしていた。


「ごっ、ごめん!! 前にいるのに気がつかなくてつい......」


 急いで謝りお湯を被った女性騎士候補生へと近付こうとすると、クロエが近寄るよりも先に相手が振り向いた。


「だっ、大丈夫......。ちょっとビックリしただけ」


 濃い目の茶髪から水滴を垂らしたその少女は、クロエの顔を怯えた表情で見ており、心なしか声も震えている。


「あのーゴメンね、ウチの班員が迷惑掛けちゃって......。ほら、クロエももう一回謝りなさい」


「ごっ、ごめんなさい!」


 悲がこちらにある上に、班長であるティナから言われたのであれば頭を下げない訳にはいかない。

 クロエは謝罪の言葉と共にもう一度お湯を掛けてしまった少女に謝った。


「いやっ、別にそこまで気にしては...。ん? あなた達ってもしかして第一班の方達ですか?」


 お湯を被った少女に突然所属を問われ「あっ、うん...そうだけど」と、ティナは返事を言うと同時に下げていた顔を上げた。

 すると、目の前にいる騎士候補生はキラキラと眩しい程の眼差しで、これでもかという程ティナ達を見つめている。


「ねえティナ! なんか私達すっごい見られてるけど、これってもしかしてお湯を掛けられたささやかな仕返しに、私のあって無いような胸を見下している!? いくら私の胸がペッタンコだからって......いたいっ!?」


 湯船に浸かりすぎてのぼせたのか妙なテンションで話を飛躍させるクロエに、ティナは本日三度目となるチョップを脳天に落とすと、目を輝かせる少女に再び話しかける。


「ねえ、女の子同士だから身体を見るのは構わないんだけど、せめて自己紹介ぐらいお願い出来ないかしら?」


 ティナに言われてから初めて気づいたのか、少女はハッとした後に姿勢を正して。


「これは失礼しました。私、王国軍女性騎士候補生第四班。セリカ・スチュアートと申します! 実は私、今日行われた対魔法訓練において優秀な成績を修めたあなた達第一班の方々に、すっごく尊敬したんっすよ!」


 セリカと名乗った少女は興奮した様子で淡々と語ったが、当の第一班達はどうも実感が湧かないようで。


「優秀な......?」

「尊......敬?」

「私達そんな大それた事しましたっけ?」


 こんな調子である。頭の上にそれぞれハテナを浮かべる三人に、セリカは驚いたような表情を浮かべた。


「なっ、なに言ってるんですか! あなた達はあの魔導師相手にほぼ無傷で勝利したじゃないっすか! 教導隊内じゃちょっとした話題になってるんっすよ」


 確かにティナ達は教導隊の中で唯一魔導師小隊を相手に演習で勝利を収めた。それも、ティナが前衛でファイアボールを数発くらっただけで後の被弾はゼロである。

 このような成績を出せば、話題に上らない方がおかしいくらいだった。


「私なんてトータルで三十発は貰ったのに、自分にももっと火力と速度があれば...」


 セリカは右手をグッとにぎりしめ悔しそうに呟いた。


「三十発......。そんなに受けて大丈夫だったの?」


 ティナも数発とはいえ被弾している。ファイアボールの威力は確かに最小限だったが、速度が早く当たればそれなりに痛かったのだ。

 それを三十発ともなると、ティナだったら軽いトラウマになっていたかもしれない。


「いやー別にそこまでですね、こう見えて私結構タフなんっすよ。これもあって最初は『戦闘科』に行こうと思っていたんですが、今は他の部隊を目指してるんっす」


 昼間、魔導師のバーネットも言っていた『戦闘科』とは、王国軍の大多数を締める戦闘を主とした騎士で構成されており、ティナ達が入るであろう科もそこである。


「戦闘科以外の他の部隊? それって大砲を撃つ『砲兵科』とか怪我を治す『衛生科』だったり?」


 クロエはとりあえず前線に携わりそうな部隊を列挙するが、どうやらまだ戦闘を行う部隊があるようで、セリカは首を横に振ると生き生きとした表情でしゃべり始めた。


「いえ、実は最近新設された『機甲科』という部隊がありまして、私は是非そこで働きたいんっす。何でも、特殊な製法で溶かした『マナクリスタル』を入れて動かす大砲を運用するらしいっすよ!」


 この国のあらゆる魔道具、さらには列車や軍艦の動力にもなっている魔力の塊たるマナクリスタルは、ストラスフィア王国で最も使用されている鉱石だ。

 だが、それで大砲を動かし運用するなんて話は聞いた事が無く、ティナ達は今まで考えた事すら無かった。


「大砲を人や馬以外の方法で動かすなんて......、どんな形をしているんでしょう」


 フィリアも信じられないといった様子でセリカの話を聞いていた。


「私もまだ詳しくは知らないっすけど、その兵器は列車みたいにレールを敷かなくても自由自在に悪路を走破し、攻撃魔法を弾き返す程の堅固な装甲と、大型モンスターを一撃で倒す程の威力を持った砲を搭載しているとか」


 なんだか夢のような話に、ティナは追い付けないと言わんばかりに湯船のお湯を自分の顔にバシャバシャと掛けた。


「つまり、その機甲科っていう所に入って、あなたは今言った動く大砲に乗りたいのね?」


 率直かつ簡潔にまとめられたティナの問いにセリカはコクりと頷くと。


「はい、単純に私の趣味もあるんすけど......。『大侵攻』の日以来、王国は敵対生物群と交戦状態にあるわけじゃないっすか、それを考えるとなんだかいてもたっても居られなくて。それで自分も王国軍に入隊して国を守るって決めたんです! 大変な道のりなのは分かっています、それでも私はその兵器を扱いこなして少しでも力になりたいんです!」


 ティナから見たセリカの目は、正真正銘本気の目だった。

 逸らさず真っすぐと据えられた瞳には、どこにも嘘偽りが含まれていない事が良く見て取れたのだ。

 それは、フィリアとクロエも良く感じ取っており。


「先程セリカさんが私達の事を尊敬してると言ってくれましたが、その志しはすごく立派だと思います。尊敬しなきゃいけないのは、むしろ私達の方かもしれませんね」


 フィリアはそう言うと、クロエの方をちらりと横見た。


「ウッ......、悪かったね生活費目当てで。どうせ私はそんな崇高な精神なんて持ってませんよ」


 少し拗ねたクロエがお湯を掛からない程度でパシャパシャと蹴った。

 セリカは拗ねるクロエに、さっきの自分の言葉が恥ずかしくなったのか「そんなこと無いっすよ」と赤面しながら励ましている。


「そうだ、クロムウェルさんは何が目的で軍に入ったんすか? 良ければ是非教えて下さい!」


 前回クロエとフィリアに聞かれ、思わずごまかしてしまった質問だった。自分もセリカと同じだと言うべきか、それともまたごまかすか。

 一瞬の時間考えたティナだったが、ここはやはりちゃんと言うべきだと判断した。したのだが......。


「ティナさんのお父さんは昔騎士だったらしくて、その勇敢な姿に憧れたらしいですよ」


「そうだったんですか! どうりで訓練中、身のこなしがあざやかだと思ってたんですよ。納得しました」


 あの時ついた嘘が若干の真実味を纏って邪魔をした。


 確かにティナは、昔からよく父親と訓練まがいの事はしてきたが、志願動機については違う! そうじゃないと心の中で必死に叫んでいた。

 もちろん彼女達に聞こえるはずもなく話は続いていくのだが、のぼせて顔を赤く染めたクロエを見たティナは、おもむろに立ち上がった。


「ねっ、ねえ皆、もうちょっとで二十分経つしそろそろ上がらないかしら? 遅れるとルミナス教官に怒られちゃうだろうし......」


 教導隊の大浴場における入浴時間は二十分と決まっている。

 この少し長めに取られた時間は、訓練を終えた騎士候補生達にしっかりとした休息を取らせる為だとか。

 だがそれもあり、この言葉は案外効果があった。


「ホントだ、もうこんな時間。さすが第一班の班長! 時間管理も完璧っすね!!」


 浴場から出る口実の為に時計を見ただけであって、本当のところ時間に疎い性格のティナは、もう一個追加でセリカに勘違いをされてしまった。

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