第11話 初勝利


 魔導師小隊の敗北。

 この結果を受け、周囲の女性騎士候補生からは驚きと感嘆の声が上がり、敵役を勤めた魔導師は皆唖然としていた。

 特に、剣を突き付けられていた魔導師に関しては「あっ......あはは」と、妙な笑いが込み上げている程だ。


「すごいですよ! ティナさんクロエさん、私達あの魔導師さん相手に勝ちましたよ!!」

 

 しばらくして開始位置にいたフィリアが、かなり興奮気味な様子でティナ達の元へ走って来た。

 そんなフィリアを迎えたティナ、クロエの二人は剣を地面に置き、その場でへたりと座り込んでいた。


「え!? あの、二人共大丈夫ですか!?」


「お疲れフィリア、これはなんというかその......、今うまく立てなくて」


 初めての対人訓練による極度の緊張と興奮から解放されたティナの体は、その反動で全身の力が抜けて足先までガクガクと震えていた。

 それはクロエも同様で、彼女も今だ立てずにいた。


「あはは、体にうまく力が入らないや。でも勝てたのはフィリアの魔法のおかげだよ、ありがとう!」


「いえそんな、私なんかほとんどなにも...、最後のところなんてティナさんとクロエさんに任せ切りでしたし......」


 満面の笑みで言い渡されたクロエのお礼に対しフィリアが謙虚な受け答えをしていると、ふと後ろから拍手と共に声が掛かった。


「いやいや、実に面白い攻め方だったよ。魔法陣の破壊から爆発魔法、最後には肉薄して二対一に持ち込んで人質を取る。かわいい顔して随分面白い事するもんだ」


 そう言って座り込む二人に手を差しのべたのは、訓練開始前ティナ達の持つ魔法使いのイメージを破壊した、あのおどけた魔導師だった。


 差し出された手はとても力強く、おかげで二人は簡単に立ち上がる事が出来た。


「すみません、助かりました......」


 お礼を言われた魔導師は、自分よりずっと背が小さい目の前に立つ三人の女性騎士候補生に対し微笑むと、優しげな口調で話し掛けた。


「お礼なんていいさ。後輩を助けるのは先輩の勤めだしね。それと白い髪のお嬢ちゃん、せっかく爆発魔法が使えるんだ。『戦闘科』の騎士ではなく魔導師部隊に来るつもりはないかい?」


 突然のスカウトにフィリアはもちろん、ティナとクロエも驚きを隠せなかった。

 ここで彼女が頷けば、フィリアは本格的に魔導師の道を歩む事になり、向かう場所の違う自分達とは離れ離れになりかねないのだ。


「フィ、フィリア......!」


 ティナとクロエが慌てて止めようとしたが、既にフィリアは相手に返事を返していた。


「お誘いありがとうございます。でも、私は魔導師ではなく騎士を目指して入隊した身ですので、せっかくですがお断りさせていただきます。それに......」


 丁寧な言葉の後に、フィリアは自分が出すであろうもう一つの選択肢を止めようとした二人の友人の方を見て。


「大事なお友達と離れたくありませんので......、ごめんなさい」


 それだけ言ってフィリアは頭を下げた。

 フィリアの返答を受け取った魔導師はそれが聞きたかったのかにこりと笑うと。


「なるほど、君にちゃんとした意思があるのなら俺も今日のところは引き下がるとしよう。まあ金髪ちゃんや黒髪ちゃんもその歳にしてはしっかりしてるようだし、距離を詰められたなら二人に助けて貰えばいいさ」


「髪の色じゃなくてちゃんと名前で呼んでよ! っていうか私とティナの扱い雑すぎじゃん」


 ツッコミ所満載の会話にクロエが横槍を入れて抗議するが、タメ口になっている事に途中で気づき、彼女は慌てて自らの口を手で抑えた。


「あっはっは! ゴメンゴメン。なら君は......」


 おどけた魔導師はクロエにもアドバイスを言おうとしたが、さすがに時間を掛けすぎたようで。


「バーネットさん、まだ他の班が控えていますのでそろそろ配置に戻ってください」


 訓練スケジュールの遅れを感じたルミナスから、戻るよう指示されてしまった。


「うーん......悪い! っつー訳で黒髪ちゃんの評価はまた今度で頼むわ。それじゃ訓練頑張れよ! 未来の王国軍騎士諸君!」


 申し訳なさそうに両手を合わせそれだけ言い残すと、バーネットと呼ばれた魔導師は元の位置へと走り去ってしまった。


「えーっ! ちょっと待ってー。これじゃあ聞くまで気になって夜眠れないよー」


「あんた前教官に怒られた日も同じ事言ってたけど、夜になったら気持ち良さそうに寝息立てながら寝てたわよね?」


 ティナの放った一言で思い出したのか、クロエは思わず「ウッ......」と声を上げ、顔を横に逸らした。


 その後も魔導師との模擬戦闘はお昼まで続き、結局この日の対魔法訓練で魔導師小隊を無力化出来たのは、最初に挑んだティナ達第一班のみであった。


 全ての班が模擬戦闘を終えると、整列した女性騎士候補生達の前に訓練の相手を勤めてくれた魔導師達が立ち並んだ。


 彼らは一人ずつ一歩前に出て感想を述べて行き、得た経験等を語っていった。

 その中には先程話をした魔導師バーネットの姿もあり、先程とは正反対のいかにも真面目そうな態度で今日学んだ事等を喋っていた。


 そして、ティナが見ていた限り最後までローズの横で見物に徹していたバーネット達の上司であろう魔導師の男、ソルト・クラウンが締めの感想を述べ始める。


「本日は騎士候補生一同、そして私の部下達にとっても大変有意義な訓練が出来たと確信しています。君達には今回の訓練が騎士になってからも役に立つものになると信じていますが、女性騎士候補生諸君は、これを糧に慢心すること無く精進を続けていってもらいたいと思っています。以上です」

 

 最後に軽くお辞儀をすると、ソルトは部下に対し手で何か合図をした。


 再び景色が歪んだかと思うと、ステルス魔法を使ったのか、女性騎士候補生の目の前にいた魔道士達は一瞬にして姿を消してしまった。

 最初にバーネットが言っていた通り、魔導師という生き物はどうも格好をつける傾向が強いようだ。


 そして、呆然とする女性騎士候補生達にローズが声を掛けた。


「では午前の訓練はここまでだ。各自、靴に付いた土を取りしだい食堂へと向かうように」


 ふと見上げれば、太陽は既にティナ達を真上から照らしつけており時計を見ずともお昼だという事が良く分かる。

 

 時刻は1200(ヒトニイマルマル)時。駐屯地には午前の課業を終えた騎士達を労う食事の香りが包み込んだ。

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