第10話 対魔導師訓練


「おはよう新米騎士諸君、君達と会うのは入隊式の日以来だったかな。なんで、もう一度自己紹介しておく。俺の名前はローズ、これから君達に『騎士スキル』を教える者の一人だ」


 隊舎から少し離れた場所にある演習場内で、ティナ達教導隊の面々は二人の教官を前に整列していた。

 一人はルミナス教官。もう一人はローズと名乗った中年の男性教官。

 そのローズ教官が出て来てからというものの、クロエは先程から何を気にしてかティナの隣で教官の横をじっと見つめていた。


「クロエ、どうかした?」


 少し気になりティナが話しかけるが。


「いや......何でもない」


 と、素っ気ない返事しか返って来なかったので、別に大丈夫かとティナは教官の話を引き続き聞く姿勢を取った。


「騎士の親を持っている者なら知っているかもしれないが、『騎士スキル』というのは騎士から教えて貰って初めて習得出来るスキルだ。恩恵としては、武器の扱いが上達し、身体能力が一気に向上するという所だ」


 この説明に元騎士の父親を持つティナは特にこれといった反応を起こさなかったが、『騎士スキル』というものを初めて知った同期の女性騎士候補生達は、皆自分が今まで『スキル』に無縁だった事もあり気分を高揚させた。


 全く新しい力をこれから手に入れられる、そう考えるだけでこれからの訓練の意欲も湧いて出て来るというものだ。

 次の言葉を聞くまでは。


「さて、ではそろそろ訓練を始める、午前中は対魔法訓練だ。君達にとっては初めての実戦に近い訓練だが、近年攻撃魔法によって発生した被害が大きくなっている現状を踏まえ、我々王国軍の騎士は魔法などに対する耐性を少しでも上げなければならないという事で実地される訓練だ」


 先程まで目を輝かしていた女性騎士候補生達はキョトンとした表情へと変わった。

 魔法に対する耐性を上げると言われても、そもそも誰が教えるのかも分からず訓練内容の想像がつかなかったからだ。


「ーー時間です、ではそろそろお願いします」


 ローズが話し終わると同時、ルミナスが時計を見る仕草をしたかと思えば、いきなり誰もいない空間へと話しかけたのだ。

 一瞬教官がボケたのかと思ったが、教官の横には誰もいないと勝手に思い込んでいただけという事を、直後に彼女達は思い知った。


 突然目の前の景色が歪むと、どこからやって来たのかそこには黒いローブを纏った六人の男がいつの間にか立っていたのだ。


「......えっ?」


 あまりに常識外れの光景に、目の前の現実と自分の中の常識が混じり合いティナは半ば混乱状態に陥ったが、これから魔法に対する訓練を行うと聞いていた以上正体はすぐに分かった。


「こちらが今回の訓練に置いて敵役を勤める『魔導師』達です。では隊長、自己紹介をお願いします」


 現れた六人の魔導師達は、フードを外し隠れていた顔を出すと、まず隊長格だと思われる者がとても丁寧な口調で自己紹介を始めた。


「皆さん初めまして、私は王国軍第一師団第四魔導師中隊所属のソルト・クラウンと申します。本日はローズ教官の頼みで騎士候補生の対魔法訓練に赴かせていただきました、皆さんよろしくお願いします」


 年齢にして三十代前半であろうその魔導師は、ティナ達女性騎士候補生に向かってとても丁寧な自己紹介を見せた。

 しかし、何も無い場所からパッと現れた者に挨拶されてしまったティナ達教導隊は、返事を返すどころかその場で固まってしまっていた。


「あっはっはっ、いやいや驚かせてしまってすまない。これは僕たち魔導師の悪い癖でね、ついいつも格好つけちゃうんだよ」


 そう言って前に出て来たのは、先程挨拶をした魔導師の部下であろう二十代の男。

 彼は少し周りを見渡すと、高めのテンションで話を続けた。


「やはり、魔法を直接見るのは初めての人が多い様だね。さっきのは『ドーラン』っていう、見た通り光を屈折させて姿を見えなくする透明化魔法だ。もしこの中に魔導師希望の人がいたら、そこの優しい隊長さんに色々教えて貰えるから今度声をかけてみるといい」


 ざっくりとした魔法の説明に上官に対しても軽い態度を見せたこの男は、杖も持たずローブ以外ティナ達の想像する魔導師とは大分掛け離れていた。


「まあイメージ崩されただろうが、そいつら五人が今日お前達の相手をする事になっている。初めての対人訓練だが、皆落ち着いて取り組んで欲しい」


 ローズの言葉で、ティナ達騎士候補生は混乱していた思考がようやくまとまった。

 改めて全員が背筋を伸ばし、魔導師達の顔を見ながら。


「「「「「よろしくお願いします!」」」」」


 おそらく今までで一番息の揃った挨拶だっただろう、これも直接的に力を見せつけられたせいだろうか。


 ローズの指示で、魔導師達は少し離れた場所で五人小隊からなる一列横隊を組んでいた。

 先程の騎士長階級を名乗った魔導師ソルト・クラウンは、ローズの横で見物に徹する様だ。


 今回はもっとも使われる頻度の多い、火炎系魔法を用いる魔導師を想定した模擬戦闘が行われる。


 王国軍に所属している五人の魔導師小隊の繰り出す低威力の『ファイアボール』を班の者と協力しながらいなしつつ接近、無力化するというものだ。


「では第一班。ティナ・クロムウェル、クロエ・フィアレス・フィリア・クリスタルハート。剣を受け取り彼らの正面へと展開して下さい」


 ティナ達は魔法をかわしたりはもちろん、支給されたショートソードを使って魔法を切り落としたりガードしたりという行動も認められた。


 また、当然ながら威力が押さえられているとはいえそれが攻撃用魔法である事に変わりは無い。

 当たれば痛いし何より怖いので、ティナ達三人は剣を片手に幅を取りつつ魔導師達の魔法に備えた。


 横隊を組む魔導師の数は五人、その内の二人が詠唱を終えると同時に、大きく広がった魔法陣から火炎系魔法『ファイアボール』が放たれた。


「えっ! ちょっ!?」


 放たれたファイアボールは、初速から矢にも等しい速度でいきなりティナの眼前にまで迫って来たのだ。

 ティナは咄嗟に体を横に逸らし一発目を避けた後、二発目のファイアボールに対し、避けた時の体勢から体を捻り右手に持つ剣で横殴りにして弾き飛ばした。


 しかし、次の防御動作に移る前に第二波のファイアボール三発が、立て続けにティナ目掛けて突っ込んで来た。

 どうやら彼らが手加減するのは魔法の威力だけの様だ。


 第一波は反射的な対応だっただけに防ぎ切れないと判断したティナは、その場で三発中一発を剣で受け止めたが、残りの二発を腕と腹に食らってしまった。


「いっ......つっ!!」


 威力こそ押さえられていたが、体感的には焼け付いたボールが速度にものを言わせて突っ込んで来るのだから痛くない訳が無い。


「ティナ!!」


 クロエは思わず名前を叫び呼んだが、ティナは立て続けに飛んで来るファイアボールの対処に全神経を使っているのか返事は返って来ない。

 今はティナが前衛で壁役を担っているが、これでは後数分と持たないだろう。


「なんとか......しなくちゃ」


 クロエは自分の立っている演習場の地面に目を這らせると、土色一色の中に黒ずんだ大きめの石ころが見えた。

 急いでそれを掘り返すと、剣を地面に置いた代わりに石ころをつかみ取った。


 いまだに猛攻を耐え続けるティナの背後に回り込み、さっきよりもさらに大きい声で指示を飛ばした。


「ティナ! 伏せて!!」


「えっ!?」


 後ろから聞こえてきた特大の声に一瞬驚いたティナだったが、言われた通りすぐにその場でしゃがみ込んだ。

 姿勢を低くしたせいで射線から外れたファイアボールが上を流れていく中、後ろに振り返ったティナは我が目を疑った。


「ハアァッ!!」


 大きく振りかぶったクロエは、右手に持った石をティナ目掛けて思い切り投げたのだ。

 しかし、それは空気を切るような音と共にティナのすぐ頭上を通過、もししゃがんでいなければ脳天に直撃していただろうコースで駆け抜ける。


 気のせいか、ティナからはクロエの黒かった目が紫色に強く輝いていたようにも見えたが、次の瞬間にはもう元の黒色に戻っている。


 そして、これに至極驚いたのは魔導師達の方だ。

 彼らの位置ではクロエの指示内容があまり聞き取れず、ティナがただ攻撃でダウンしたように見えてしまい、一瞬とはいえ弾幕を止めてしまっていた。

 真っすぐ向かって来る投擲物は、自分達の立っている演習場と同じ土色をしている事からすぐに分かった。


「なっ!! 石ッ!?」


 こちらに対する投石などまったく予想していなかった魔導師達は、これをろくに迎撃する事が出来ず、構築した魔法陣への直撃を許してしまう。

 クロエの投げた石は淡い紫色の光を放ちながらメリメリと音を立てて食い込んで行き、ヒビだらけになった魔法陣を真ん中から打ち砕いた。


「バカなっ!? 魔法陣が!!」


 自分達の魔法陣がありえない形で破壊されたことに、魔導師部隊はひどく動揺した。

 これを見逃さなかったティナは、すぐさまフィリアに指示を出す。


「フィリア! お願い!!」


 この時、彼女達が近接戦闘しか展開出来ないと思っていた魔導師達には、その光景が信じられなかった。

 自分達に向かって予想外の投石を行った少女の横、柔らかく白い髪と蒼い瞳を持った少女が、足元に魔法陣を走らせながら詠唱を行っていたのだ。


 小さな体を中心に次々と魔法が具現化されて行き、やがて三つの若葉色をした球体が少女の周りに浮かんだ。

 形そのものは『ファイアボール』と酷似していたが、それが全く別の物だという事は、魔法に精通している魔導師なら一目で分かった。


「爆発魔法......!?」


 訓練が始まるまではおどけていた魔導師の放ったその一言に動揺が走る、だが彼らはまず自らが取るべき行動を起こした。

 魔法陣の再構築。

 投石では本来破壊される筈の無かったこれを早急に直すべく、再び五人で一つの魔法陣を構築していく。

 だが、とてもじゃないが間に合わないのは明白だった。


 現に、彼らが再構築を済ませるよりも早くフィリアの魔法陣は既に完成を迎えていた。

 フィリアは照準を定めると、自身にとっても初めてとなる攻撃用魔法を行使した。


「『レイドブラスト』!!」


 フィリアの声と共に、具現化された三つの爆発魔法が一直線に魔導師達へと迫る。

 彼女の放った魔法は魔導師部隊の手前にある地面へと着弾し、その爆発で周囲には目を見開くのも困難な程に大量の土煙が舞い上がった。


「くっ......! 横隊を円陣に切り替え、どこから来ても対処できるよう構えろ! ファイアボール弾幕、正面にバラまけ!!」


 視界を潰されれば狙いをつける事はできない。彼女達はこの隙に、こちらのアドバンテージである距離を潰しに来るだろうと魔導師は判断。

 最後に視認した方向目掛けて一人がファイアボールを矢継ぎ早に撃ち込み続ける。


 しかし、自分達の予想を超えてはいるが相手はやはり幼い少女。得意では無いにしろ一対一の近接戦闘では負けないと確信していた。

 そう、一対一なら


 砂塵の中から左側面の魔導師に突っ込んできたのは、金色の髪を持った幼い少女。目が合った魔導師はすぐさまCQC(近接格闘)へと移行し対処を試みたが、真後ろの魔導師から「うおおっ!?」っと声が聞こえた瞬間、背中に何かがしがみついたような、いや、誰かがしがみついて来たのだ。


「うごあっ!?」


 突然襲われた背後からの衝撃に、その魔導師は驚きも合わさって思わず声を上げた。


「捕まえた」


 未発達な声帯から出る囁きと共に、冷たい剣筋が首を撫でる感覚を覚えた魔導師は、計り知れぬ恐怖を肌で感じた。

 これを聞いた他の魔導師達も彼女らの存在を感知したが、振り向いた彼らはティナとクロエを見て金縛りにあったかのように動けなくなってしまった。


 広範囲に広がっていた土煙も時間が経てば次第に収まりはじめ、周りで見ていた者達もその状況を把握する事となる。


 見学していた女性騎士候補生、ローズやルミナス、魔導師のソルトは、ティナとクロエに剣を突きつけられまるで人質のように両手を上げた魔導師と、それを見て動けずにいる他の魔導師達という予想外の光景を見せ付けられる事となった。


 一瞬の沈黙の後、分析を終えたルミナスが勝敗の審判を下した。


「魔導師小隊の無力化を確認、よって、騎士候補生第一班の勝利とみなします!」

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