第7話 めくられた序章
ティナが軍への入隊を決めてから十五回目の朝が来た。この日、遂に王国軍の春季入隊試験が実地される。
場所は王都内にある【ストラスフィア王国軍広報協力本部】。
ここを通過出来なければそもそもの問題として入隊は叶わない為、ティナは本日に備え身なりを整えた他、面接練習もバッチリこなしていた。
「じゃあお父さん、行って来るね」
「おう、頑張って来いよ!」
試験に向かうティナを見届けたカルロスは、家に入り居間に向かうと、置いてある真っ白で少し年季の入ったソファーに腰掛けた。
「ここから先はお前次第だぜ、ティナ」
娘の合格を祈り、カルロスは一人窓から空を眺めた。
ーー試験会場へは一度クロエ、フィリアと合流してから行く事になっている。なので、ティナ達は少し早く家を出た。
ティナが霞の掛かった早朝の中央通りを走っていると、最初に見た王国軍の募集看板の前に二つの小さな人影が見えた。
一人は柔らかな白髪をショートヘアにした穏やかな容姿を持つ少女。
もう一人は、ストレートの黒い長髪を持った黒目の活発な女の子。
「あっ、来た来た! おーいティナー、こっちこっち!」
クロエが看板の前で待ち焦がれた様な表情をしながら手を大きくを振っている。
それを目印にティナが看板の前まで来ると、フィリアがニコッと笑い。
「これで皆揃いましたね」
っと優しい声で呟いた。
「お待たせ、二人とも随分早いのね。っていうより私が遅いだけか」
「いえ、私たちも今着いたばかりなので、気にしないでください」
「そうそう、そんな事より早く行こ! 試験会場までちょっと遠いしさ!」
せっかちなクロエに続いてティナとフィリアも後を追いかけ、看板に書かれた場所へと向かうべく三人は中央通りの石畳を横に並んで歩き始めた。
「そういえば今更なんだけど、二人はもうお父さんやお母さんに試験受けるの許してもらったの?」
ティナの率直な質問には、まずフィリアが答えた。
「私は、元々お父さんから進められていたので、その辺は大丈夫でした」
「私はお母さんから、『なんでもいいから早く家を楽にしてくれ』って言われちゃったよ、頑張らないと」
クロエ家の経済状況はかなり厳しい事が伺える一言だった。
本人は特に気にしてない様だが、聞いている方としてはどう返せばいいかわからない少し重めの内容である。
「そっ、そうだ! 試験の内容おさらいしない? 抜けてる所があったらダメだし!」
重くなった空気を変えるべく、ティナは話の話題を今日の試験内容に移そうと試みた。
「そっ、そうですね! そうしましょう」
フィリアも意図を察したようで、試験内容の紙をティナに渡した。
「ん、おさらいするの? じゃあ読み上げてくれる?」
話題を変える事に成功したティナは、とりあえずフィリアに渡された試験内容の書かれた紙を、口に出して読み始めた。
「えーっと、『面接』や『体力審査』。それから『魔法適性審査』だって」
「魔法かー、私も一度でいいから使ってみたいなー。二人は魔法使えたりする?」
この世界で魔法というのは誰でも使えるという訳では無い。
人はそれぞれ自身に見合った魔力量を持つが、そこから魔法を発動する方法を知らない者が人口大半を占めている。
逆に、魔法を使える人間というのはその発動方法を心得ている者の事を言う。クロエは前者に当たる魔力はあっても使い方を知らない人間だった。
「私もまだ使ったこと無いの、使えたら便利なんだろうなー」
ティナが返事をした瞬間だった。フィリアがその体をビクッと震わせ、まるで何も聞いて無かったかの様なそぶりを見せた。
「ねえフィリア、魔法って使える?」
その様子を見逃さなかったクロエは、明後日の方向を向いているフィリアにもう一度聞いた。
「いっ......いえ、使えない......ですよ?」
それはもう清々しくなる程に下手くそな嘘であった。
ティナとクロエの二人は、フィリアの両脇に立ちニッコリ笑うと......。
同時にくすぐった。
「えっ? 二人共なに!? フフッ、アハハっ! ちょっとくすぐったい! アハハハッ、わかった、わかったからぁ! 私、魔法使えるから! もう嘘着かないからやめてー!」
こうして、脇やお腹を二人掛かりでくすぐられ、フィリアは魔法が使える事を暴露させられた。
その後、くすぐられた時に乱れた服や髪を直しながら「ふえぇ」っと、小動物の様な声を出していた。
「ゴメンゴメン、でも魔法が使えるなんてうらやましい限りだよ。ねえ、どんな魔法使えるの?」
今だ涙目になっているフィリアは、ティナとクロエに両手を差しだし握るよう促した。
「ん? これがどうしたの?」
促されるままに二人がフィリアの手を握ると、涙目のままフィリアが何かを呟いた。
「「痛っ!?」」
その瞬間二人の手に、正確にはフィリアと繋いでいた手に痛みが走った。
それはまるで手の中で何かが爆発した様な。
ティナは慌てて握っていた手を放し傷が無いか確かめたが、特に外傷は無かった。
「今の......魔法?」
ティナが恐る恐る聞くと、フィリアがコクリと頷き。
「はいっ、私は昔からちょっとした爆発系統の魔法を使えるんです。今のは、二人の手の中で傷が出来ないくらい小さな物を形成して、ちょこっと破裂させたんです。あのー......、大丈夫でしたか?」
「大丈夫大丈夫! でも一本取られたよ。フィリアやるねー」
っと、フィリアの肩にもたれながら嬉しそうに言った。
「でも、それって生活面で便利という訳でもなさそうね。爆発系統の魔法って、戦闘とかになると強力そうなイメージなんだけど......」
「そうですね、今日までこの魔法を日常で使う事はほとんどありませんでした」
フィリアの言う通り、爆発系の魔法は安全な街中に居る限りは無用の長物であり、使用する機会はほとんど無いと言ってもいい。
「いたずらにでも使えそうじゃない?」
クロエが悪戯っ子に似た笑みを浮かべながら言うと。
「もう! クロエさんは昔からそればっかり、そう言うと思って今まで使えないフリしてたんですよ。第一、そんな事したら怒られるなんてものじゃ済まないじゃないですか」
「ちぇっ、そういえばそうだった、残念」
いたずらには使えないと知り、ガックリと落ち込むクロエの肩をティナがポンポンと叩いた。
「ん、何? もしかして......魔法の面白い使い方とか思いついたの!?」
クロエが喜々として尋ねるが、ティナの答えはもっと別のものだった。
「いやっ、そうじゃなくて......。あなた達って、もしかして幼なじみ?」
ティナの質問にクロエはしばらく考えると、フィリアの方を見ながら。
「フィリアと仲良くなってもう何年経つかなー......、十年くらい?」
「正確には八年と一ヶ月です、ティナさんにはまだこの事を言ってませんでしたね」
二人が幼なじみだという事実を知ったティナは、今まで周りに親しい人間がいなかったのを思い出し、心情的に複雑な気持ちを抱いた。
「いいなー、うらやましい。私は幼なじみどころか友達すらいなかったのに...」
少し寂しげな声に乗せられたその言葉には、ティナの内心が全面的に表に出ていた。
今までずっと仲の良い友達なんておらず、やっと出来た二人の友人は自分が出会うもっと前から互いを知っている。
二人は出会ったばかりの自分を受け入れてくれるだろうかという、そんな不安にも似た気持ちがティナの心にはこびりついていた。
だがその杞憂とも言える想いは、クロエとフィリアの放った一言で一蹴された。
「思い出なんてこれからいっぱい作っていけばいいじゃん! それこそ、今までのが全部霞んじゃうくらいにさ!」
「そうですよ! 私の好きな小説にも『過去の十年、これからの五年に及ばず』っていう未来思考な言葉が書いてありますし」
小説の言葉の意味はよくわからなかったティナだが、二人の伝えたい想いは良く理解出来ていた。
体の奥から今にも溢れ出しそうな嬉しさを押さえつつ、後ろばかり振り返っていた自分の思考を過去から未来へとシフトさせた。
「二人共ありがとう。後......、これからよろしくね」
少し照れながらも込み上げる気持ちを一言でまとめ、二人に向かって優しく微笑んだ。
クロエとフィリアもティナの顔を見て微笑み返すと、三人は視線を一ヶ所に向けた。
それは、王都ではよく見る一般的な木組みの建物。
名札の所には『ストラスフィア王国軍王都広報協力本部』と書かれており、間違いは無かった。
広報所と思われる建物には、既に他の志願者達がちらほらと集まっており、皆どこか緊張した面持ちで中へと入って行く。
ティナも後に続いて扉を開けようとするが、ドアノブに触れようとした途端、感じた事もない緊張感に苛まれてしまいドアの前で思わず固まってしまった。
生まれて初めての試験、それが軍という巨大組織の採用試験なのだから、まだ幼い彼女に緊張するなというのは無理な話であった。
体が震え扉を開けようとする手が途中で固まる中、呼吸を荒くしたティナの肩にポンッと手が置かれた。
「大丈夫だよティナ、私達も一緒だからさ」
置かれた手の方を見ると、そこには優しい笑顔を見せるクロエがいた。すると、もう片方の肩にも優しく手が置かれた。
「そうですよ、私達三人。同じ試験を受けるんですから」
振り向けばクロエと同様、少し作ったような笑顔のフィリアがいた。よく見れば二人共額から汗を流し、肩に置かれた手には力が入っている。
この場でティナだけが緊張しているわけではない、クロエもフィリアも隠しきれない程に緊張していた。
だが、扉を前に固まってしまったティナを見て自分は平静を装わなければ、っと無理をして隠そうとしているのだ。
しかしその大きな緊張はとても隠しきれておらず、傍から見てもやせ我慢だと一目で分かる。
でも不思議だった。それがやせ我慢だと分かっていても二人の言葉を聞いた途端、それまで感じていた緊張が和らぎ、ティナは手前で止まってしまっていた手を前に出して広報所のドアノブを握れていた。
自分には一緒に挑戦する仲間がいる。それだけでさっきまでの緊張もどこかへ消えてしまった。
「二人共。行くよ」
呼吸を落ち着かせたティナは、クロエとフィリアに最後の確認を行った。それは、ここを開ければもう引き返す事は出来ないという意味だった。
「はいっ! 大丈夫です」
「私も大丈夫だよ、ティナ!」
二人の返事を受けてコクリと頷くと、ティナは思い切って広報所の扉を開けた。
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