第6話 ナイトテーブル
白い月が夜空を飾り、本来なら静寂が訪れる時間帯にも関わらず王都がその賑わいを収める事は無い。街明かりに照らされた中央通りを人々は昼夜関係無く行き交っている。
そんな活気溢れる商区からは少し離れた小道に、住宅の中に紛れ込む様に佇むバーが存在した。
一見他の家と見た目が似ている上に、たいした明かりも付けないのだから、そこがバーだとは言われなければ誰も気付かないだろう。
だが、その店のドアノブに一人の男が手をかけ、勢いよく回すと同時に、ドアを壊れんばかりの勢いで開けた。
「おう! 悪い悪い、待たせたな」
入って来たのは一人の中年の男。がっしりとした体の持ち主だが、髪はボサボサなので少々だらし無い。
「十五分の遅刻だカルロス。相変わらず時間に疎いなお前は」
そう言ったのは、入って来た男とは反対にスラッとした体格を持ち、黒い髪を左右に分け、ヒゲはあるもののそれをキッチリと整えたスーツ姿の男だった。
「ローズ。お前は相変わらず時間に厳しいな、もう少しゆとりを持ったらどうだ? 俺みたいに」
「お前はゆとりを持ちすぎなんだよ! まあいい、座れ」
ローズと呼んだ目の前のカウンターに座る男から、説教らしくもない説教を喰らった後、隣の席にカルロスは腰を掛けた。
店内の様子はとても落ち着いた雰囲気で、客も他には居ない。店員の姿は見当たらないが、一応コップに入った水が用意されていた。
「カルロス、お前のとこの娘の名前はたしか......"ティナ"だったっけ? 例の件はうまくいったのか?」
周りに人が居ないのを確認したローズは、早速何かの話を始めた。
「おう、予想以上に決断が早かったが、クロエっていうヤツとお前ん所の娘のフィリアが居たからだろうな。なんで、当然だが少し甘く見てる節があるな」
カルロスは言い終わると、目の前に置いてあった冷水を一気に飲み干し空にした。
それを聞いたローズも水を一口飲むと、隣に座るカルロスの方を向き言った。
「安心しろ、そういった志願者一同を叩き直す為に『教導隊』が存在してるんだ。お前だって知ってるだろう?」
「ああ、もちろんだ。でもやる気になってくれて良かったぜ、これでティナも......」
中年の男二人が何も頼まずカウンターで話をしていると、店の奥からバラの様に朱い髪と、どこか厳格さを伴った若い女性が黒と白のバーテンダー服に身を包んで出て来た。
「いらっしゃいませ、ローズ大尉。......そちらの男性は?」
その女性は常連以外が来たら何かマズイのか、初めて見る隣に座る大柄な男についてローズに尋ねた。
「安心してくれ、こいつは俺の友人であり元騎士だ。名前はカルロス」
ローズが紹介すると、女性は直後に姿勢を正しカルロスに向かって謝意を示した。
「失礼しましたカルロスさん。元騎士、更にローズ大尉のご友人であれば何も問題はありません。どうぞゆっくりして行って下さい」
女性は頭を下げると、空になったコップに水を注ぎ始めた。
その仕草や喋り方からして、明らかに軍の関係者なのは間違いないが、カルロスは念のため確認してみる事にした。
「はじめまして、カルロス・クロムウェルだ。早速だが君は王国軍の関係者かな? それともう一つ、この店はとても普通の客を歓迎しているようには見えないんだが」
自己紹介と共に投げられた質問に、女性は二人のコップへ水を注ぎながら流れるように返事をした。
「はいっ、私は王国軍第一師団所属、現在は女性騎士教導隊の教官を勤めていますルミナスと申します、階級は一等騎曹です」
「わかった、それじゃ俺はルミナスさんと呼ばせて貰おう。そんな君が何故バーの店員をやってるんだい?」
カルロス自身はこの店に来る事自体初めてなので、騎士がバーの経営をしているのを不思議に思っていた。
「ここは元々私の母が経営している店でして、名前は【ナイトテーブル】と言います。軍を退役した母は現役の騎士や元騎士を対象とした、安らげる時間と空間を提供したいと言ってこの店を開きました。先程カルロスさんが言っていたオープンな雰囲気では無いというのは、軍関係者だけが集う隠れ家的な店を心掛けているからだと思います。今は母が留守にしているので休暇中の私が母の代わりをしています」
ルミナスは一通りの説明を終えると、少し目つきを変えて逆に二人に質問した。
「部外者の私が聞くのはとても失礼だとは思いますが、先程は何の話をされていたのですか?」
ローズとカルロスは同時に水を吹き出した。
「きっ、聞いちゃった?」
カルロスの問いに無言で頷くと、次はローズの方を見つめた。
「いや、俺を見られても......どうすんだ? カルロス......」
二人の視線がまたカルロスに移り、それを聞いたカルロスは一言。
「俺はルミナスさんの事全然知らないからな......、お前に任せるよ」
全てを自分に丸投げされたローズは、少しの間悩むと一転その表情を変えて。
「君のお母さんはもう既に知ってる事だし、さっき君は教導隊教官だと言ってたな。なら、知っておいて貰った方が良いだろう」
ローズは、自分達が抱いている目論みやその経緯等をルミナスに聞かせた。
彼女はあっさり話を聞けた事に少し驚いたが、内容を聞くと納得した。
「大体わかりました。要は、あなた方二人は自分の娘さんに騎士になってもらいたいという事ですね」
「大まかに言えばそんな所だ、根回しも大変だった。まずどうやって考えてもらうかも悩んだな」
「まっ、それはルミナス一等騎曹のお母さんが提案した『バッタリお買い物作戦』で成功したが」
そう、カルロスが酔い潰れてティナに買い物を忘れたと言ったのもこの作戦に従って着いた嘘だった。
ルミナスの方は、それを母が提案したと聞き驚きを隠せない様子だった。
「母が? いや、先程も協力していると言っていましたね」
彼女は自問自答で解決すると、目の前で水を飲む男二人に疑問を直接聞いた。
「あのー、何故そこまでして娘さんに騎士になって欲しいのですか?」
カルロスは空になった自分のコップの氷を見ながら。
「ちょっとした事情でな......根回しは俺らがしているが、最終的に決めるのは彼女達だ。あの子が嫌と言ったらそこで諦めたさ」
これ以上踏み込むのは流石に失礼だと感じたルミナスは、「そうですか」っと一言言い、カルロスの空になったコップに三杯目の水を注ぎ始めた。
すると、隣で聞いていたローズがふと何かを思い出したのか口を開いた。
「そうだ、ルミナス一等騎曹。君には手伝って貰いたい事がある」
いきなりの言葉に動揺したのか、ルミナスはコップに注いでいた水をこぼしてしまった。
「あっ!? すみません! すぐに拭きます」
「大丈夫大丈夫どうせすぐに乾くよ。ローズ、話の続きを頼む」
カルロスは動揺しているルミナスを落ち着かせると、ローズに話の続きを促した。
「ああ、ルミナス一等騎曹。君にはこれから志願してくるであろう騎士の卵達を、俺と一緒に鍛えてもらいたい」
ローズは既に前線を退き、後方での基地勤務を主としていた。
そんな人間が教育教官のルミナスと一緒にというと、話を聞いた瞬間から考えられる可能性は一つだった。
「それは、つまり......ローズ大尉も教導隊教官になられるという事ですか? そして、私はその大尉の下で補佐を担当して欲しいと......」
「そういう事だ」
予想が当たりどうするべきか一瞬悩んだが、自分の立場を考慮すれば答えは一つしか無かった。
「わかりましたローズ大尉。私も教官である以上断る理由はありません、よろしくお願いします」
ルミナスは姿勢を正し、右手でローズに対し敬礼を行う。
それを見て、ローズも席から立ち右手で答礼を返した。
「おー、この雰囲気懐かしいな」
カルロスは騎士だった頃を思い出したのか、現役だった時代の思い出に浸っていた。
やがて、ローズが右手を下ろすとそれに合わせてルミナスの方も右手を下ろした。
「決まったな、こっから先はしばらく二人に任せる事になる。頼んだぜ」
カルロスはそう言って水を飲み干すと、顔をニヤつかせた。
「はい、それが仕事ですので」
ルミナスが言いながら四杯目の水をカルロスのコップに注ごうとすると。
「あのー......」
「はい、どうしましたか?」
ルミナスが満面の笑みで答えるが、カルロスの顔は引き攣っていた。
「そろそろ水以外が飲みたいんだが...」
カルロスの腹は、既に水でタプタプになっていた。
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