第5話 告白
「ゴメン! ほんっとにゴメンねお父さん!! 朝ごはん今すぐ作るから!」
もうほとんど正午という時間帯で家に帰宅したティナは、まず最初に掃除道具を横に机で突っ伏す父親に謝り倒していた。
「おう、お帰りティナ......どうした? えらく遅かったが......」
朝ごはんを買いに行った筈の娘が、何故昼近くに帰って来たのかを不思議に思いティナに質問した。
ティナはこれまでの経緯諸々をドギマギしながらも説明した。
父親は軽く頷きながら彼女の話を聞き続け、クロエとフィリアの事に関しても、ウンウンと相槌を打った。
だが、ティナは自分が王国軍に入りたいと思ったとは言えなかった。
「ほー色々あったんだな、でも良かったじゃないか! 気の合う友達に出会えてよ」
突っ伏していた父親が席を立ち、ほがらかな笑顔でティナの頭を撫でた。
小一時間は怒られると覚悟していたティナだったが、そこには長い間友達が出来なかった娘に気の合う友達が出来た事を知り、喜ぶ父親の姿があった。
朝食ではなく昼食になってしまった事をもう一度謝り、ティナは父親と一緒に買って来た材料を使って料理をし、それをようやく食卓に並べた。
メニューは、目玉焼きを乗せたトーストとサラダ、そしてミルクという至ってシンプルなもので、育ち盛りのティナには少々物足りない量であるが。
「よっし、そんじゃあ食うか!」
「うん!」
いざ食べ始めると朝ごはんを食べなかった分、腹を空かせた父親の食べるペースはいつもより早かった。ティナも朝から走ったのでお腹を空かしていたが、急いで食べると体に悪いので、少しづつゆっくり食べている。
やがて、父が食事を終え新聞を読みながらコーヒーを飲み始めた時。ティナはそんな父親を見つつ、パンをカリカリとかじりながらある事を考えていた。
ーーどう言ったら騎士になるのを許してもらえるだろう......。
ティナは、あの手この手を考えている内にパンの最後の一切れを食べ切ってしまっていた。
一方の父親はそんな事など露知らず、二杯目のコーヒーを口に運んでいる。
「......ねえお父さん」
このままでは始まらないと感じたティナは、思い切って目の前でコーヒーを飲んでいる父親に話かけた。緊張で心臓の鼓動が早くなり、言葉を詰まらせながらも喋りかける。
「ねえ、お父さんって昔は騎士だったんでしょ? どんな感じだったの?」
さすがに直接聞く勇気は無いので、最初は遠回しの質問から始める事にした。
「うーん、昔自分がどんな風だったかはあんまり覚えてないなー。ただ、隊舎に居た時に食費諸々が掛からなかったのは助かったな、その分働かにゃならんが......」
「やっぱり仕事は大変?」
「そうだな、大変じゃないと言えば嘘になる。でも、やり甲斐はあったぞ! 給料も悪くなかったし、任務をきっかけに無二の友人が出来たりもした」
無二の友人とは一体誰の事なのか、ティナは少しばかり気になったが今は置いておくことにした。
「お父さん結構充実してたんだね」
少し笑いながらそう言うと、父もニヤッと笑い、まるでティナの心中を知っているかの様な返事が帰って来た。
「そうだな、かなり充実してた。なんだ、お前も入ってみたらどうだ? "王国軍"に」
ティナの背中に冷たい汗が吹き出した。これまで冷静を装っていたが、図星の一言で思わず体が固まってしまった。
それは、元騎士でありながらも、普段から父親が王国軍を就職で奨める事は今までほとんど無かったからだ。
「あっはっは、冗談だよ冗談。言ってみただけだ」
強張った表情で全身汗だくになったティナを見て冗談だと言い笑う父は、明らかに自分の言いたい事を分かっているようだった。
ティナは一度深く息を吸い込み気持ちを落ち着かせると、改まった顔で父の目を見た。
キッチンが静まり返る中、父親の目をじっと見続ける。鼓動の速さが頂点に達し体中に汗をかきながらも、意を決して口を開いた。
「お父さん、実は私......今日王国軍の募集看板を見たんだ」
ティナはそのまま続ける。
「国を守るってとても大変だと思うけど、考えてみたら今王国はモンスターと戦ってて、たくさんの人が苦しんでると思う。ひょっとしたら今は安全なココも戦場になるかもしれない......、それは嫌だ」
「ーーなら、お前はどうしたいんだ? ティナ」
父親の目をしっかりと見たティナは、最後に自らの意思を強く示した。
「お父さん、私......王国軍に入って騎士になりたい!」
そうハッキリと告げた。
クロエとフィリアには恥ずかしさから嘘をついてしまったが、父親に対してだけは正直に想いを伝えたかったのだ。
今、ティナにはやると決めた強い意思と、幼い頃から元軍人の父親と訓練して身につけた護身術と根性がある。それは軍に入っても十分役に立つだろう。
父は、一度も自分から目を逸らさなかった娘に最初から分かっていたと言わん表情で。
「お前は昔からこうと決めたら聞かないからな、今ここで俺が止めた所で無駄なのは分かってる。なら、俺に出来るのは人生でも大切な選択を一つ行ったかわいい娘をどう支えてやるか、だ」
言って、にこりと優しい笑みを浮かべた。
それまでの緊張が溶けて無くなり、無意識に入っていた力も一気に抜ける。まだ小刻みに震える体を落ち着かせると、もう一度父親の方を見て。
「......ありがとう、お父さん」
覚悟を決めた幼い少女は、父親に感謝の気持ちを声と表情に乗せて伝えた。
「よーし! そうと決まればやる事は山ほど出て来るぞ! まずは試験日の確認といる物の用意だ」
目的が決まった時の父親の行動はとても早く、すぐに情報等が無いか探し始めた。
「あのー、これ......」
ティナは、買い物バッグに隠し入れていた紙を数枚父親に渡した。
「これ......、王国軍の広報用紙か。貰ったのか?」
「うっ、うん。看板の傍に立ってた騎士の人がくれたの」
「相変わらず広報熱心だな。まっ、どうせその後冒険者と一発やり合ったんだろうが...」
「たっ、確かにちょっと言い争ってたけど...、なんで知ってるの?」
今度はティナが驚いた顔をして聞き返した。
「俺がまだ騎士だった頃にもしょっちゅうだったからな、いつもの事だよ。お前も軍に入ったらすぐに分かる」
そう言って、父親は用紙の採用条件を読み始めた。
「えーっ、なになに? 一、志願者はストラスフィア王国の国籍を有する十三歳以上二十七歳未満の人間とする」
「二、男性身長百三十五cm以上、女性身長百三十cm以上」
「三、健康な体を持っていることーー」
父が採用条件を一字一句読み上げていく中、ティナはそれを満たしているかを考えては、大丈夫とホッとしていた。
次の言葉を聞くまでは。
「最後に......女性の場合教育期間中は邪魔になる為、髪は肩の高さまで切ること」
「えっ!?」
ティナは思わず自分の髪の長さを確認しようと後ろを向いた。金色に輝く柔らかな髪は、ティナの腰の位置まで伸びていた。
「まっ、まあそう悲観すんな......数ヶ月もすりゃ元の長さに戻るだろうし、教育期間終われば多少は自由っぽいぞ」
「ほっ、本当?」
少し落ち込み気味の娘に父が安心させるべく、昔部下だった女性騎士の髪型がストレートだったと教えた。
「そうだったんだ。でもなんで?」
何故教育期間中だけなのか、それが気になったティナは再び質問した。
「なんでも、国民に明るい印象を持って欲しいからだそうだ、教育を終えた後の女性騎士。特に、広報官とかは髪の長い人が多かったぞ。もちろん限度はあるが」
ストラスフィア王国軍は、人材争いでもよく冒険者ギルドと対立している。そのため、広報面では少しでも緩くて親しみやすい様工夫しているのだという。
「なんか、もうちょっとギルドの人達とも仲良くなれたら良いね」
「あっちもそう思ってるだろうさ。実際、ちょっとしたいざこざならしょっちゅうだが、直接殴り合ったりとかは今まで一度も無いしな」
だが、真面目な会話をしている時間というのはすぐに過ぎてしまうものである。この時、時刻は既に夕方へ入ろうとしていた。
「いけない! もうこんな時間!?」
父親との話に夢中になっていたティナは、すっかり時間を忘れてしまっていた。
「どうした? そんなに慌てて」
父は、急に席を立ちパタパタと大急ぎで玄関へ向かおうとするティナを追いかけながら聞いた。
「朝、別れた時に二人と昼過ぎにまた会う約束してて、二人は用紙貰ってなかったみたいだし色々教えとかないと」
ティナは言いながら、せっせと靴を履き玄関の扉に手をかけた。
「今日は随分と忙しい日だな」
「うん、なんだかずっと動いてる気がするけど。でも...暇よりはずっとマシかな」
そう言って外に出た瞬間だった。
「ティナ!」
後ろ、正確には玄関に立っている父親から声が掛かった。ティナがそれに振り返ると。
「第一回試験は十五日後だ、ホントにいいんだな?」
それは、父親からの最後の確認だった。だが既に決意を固めたティナに迷いは無かった。
「うん! 大丈夫。だから心配しないで」
父は聞きたかった言葉を聞くと安心し。
「そうか」
っと、一言呟き娘の後ろ姿を見送った。
◇
日が沈み、辺りを照らす光が太陽から街の明かりに変わる頃、ティナは自宅の扉を開けようやく家に帰宅した。
「ただいまー、遅くなったから晩御飯ついでに買って来たんだけ......ど......」
家の中に父親の姿は無く、机の上には置き書きが一枚残されていた。
『ティナへ、友人に誘われたんで飲みに行って来るわ。遅くなるから晩御飯は先に食べててくれ。後、お風呂沸かしといたから』
っという物だった。
「晩御飯二人分買っちゃったんですけど......、まあいいや、先食べてお風呂入ろっと」
正直、今日だけでどれだけ汗をかいたかわからないティナとしては、早くお風呂に入ってサッパリしたい所だった。
早々に食事を済ませ、ティナはそのままお風呂場に向かうと着ていた服を脱ぎ、そのまま洗濯カゴにほうり込み、お風呂場に入って行った。
湯沸かし用魔道具で焚かれたお湯からは、湯気が立ち込め、入る者全てを包み隠している。
そんな白い湯気に包まれたお風呂場では、綺麗に体を洗い汗を落としたティナがまだ幼い体を湯船に浸からせ、今日一日の疲れを癒していた。
「は~っ、気持ちい~。やっぱりお風呂は浸かるものよね~、温まるし~、健康にもいいし~、気持ちいいし~」
絶妙な温度で保たれたお湯は、浸かった者の心と体の疲れを癒し、あっという間にその虜にする。
ティナもこの気持ち良さを知ってからは、いつしか湯船無しではお風呂とは呼べない人間になっていた。
「なんか今日は色々あったなー、クロエやフィリアと友達になったり、王国軍に入るって決めたり。人生って全然わかんないなー」
ティナは湯船に浸かっていると、気持ち良くてついつい独り言が出てしまうタイプの人間だった。ましてや、それを誰にも聞かれないんだからお構いなんてしない。
「そういえば、今日お父さんの言ってた無二の友人って誰なんだろう...。よく一緒にお酒飲んでる人なのかな、まだ私会った事無いけど......」
ティナはふと、お風呂場の少し上に付いた窓をチラッと見た。
外はもうすっかり暗く、僅かに街の明かりが差し込んで来る程度だった。
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