現実5-3

 予告どおり、松田晴美は夜になると部屋に来た。昨日と同じでイチゴ模様のパジャマに身を包んだ彼女は、手に枕を持っている。どうやら今夜もここで寝ていくようだ。彼女は私の左に並んでベッドに座る。ぎゅっと抱きしめている枕が、彼女のつぶれそうな決意を頑なにつなぎとめているように見える。うつむきながら、彼女が話し始める。

「あーみがいた病院の先生に、聞いたんだ。あーみが眠らなければならなかった理由。先生にも、どうして長い眠りがなのかわからなかったけど、は分かっていた」

 再び彼女は押し黙る。

「先生って、安藤さやか先生?」

 私は彼女と同じようにうつむいたまま聞く。できれば、自分で思い出したほうがいいのだろうけれど、今の彼女の決意をくじくことは私にはできない。

「ううん。その前の先生。名前は知らない。それに彼女は先生じゃないよ」

「横浜に行ったっていう?」

「それは知らないけど」

 しばらく黙っていた彼女は、立ち上がると部屋の電気を消す。それからもう一度私の隣に座る。ごめんねと、光がなくなったせいで、彼女の声は一層澄んで聞こえる。ごめんね、ごめんね、と何度も彼女は謝る。

「いいよ、謝らなくて」

 私は理由も分からず、隣で彼女をなだめることしかできない。彼女の謝罪が終わると、部屋は恐ろしいほど静まりかえる。私は動けない。そのまま、どれくらいのときが流れただろう。ほんの数分かもしれないし、一時間くらい待ったかもしれない。

「私も、信じたく、なかった。だから、昨日ね、確かめたの」

 一言一言を確認するように、非常にゆっくりとした調子で、彼女が言葉を発する。私は相槌を打ち、ただ聞く。

「驚かないでね」

 うん。

「あーみ、ね」

 うん。

「処女じゃないの」

 ……?

「相手は、父……」

 私の耳はそれ以上働かなかった。

 どうして見舞いに来てくれないのだろう。

 白い部屋の中で真っ赤な造花が、胎内から流れ出る血のように、穢れを感じる。

 空が朱に染まってゆく。

 目まぐるしく世界が回る。

 私の意識は、途絶えた。

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