現実4-3

 ベッドに座ると私は頭を拭く。私は松田晴美が以前着ていたパジャマを身に着けている。もともと彼女より私の方が背が高いのだけど、それでもパジャマのサイズは私よりさらに一回り大きい。赤色のパジャマで、前に柔らかい素材のボタンが五つ付いている。左胸に小さなポケットがあり、長袖の袖口にはリボンが二つずつ揺れている。下もお揃いで、大き目のパンツは私のくるぶしまで覆っている。全体に小さな黄色の水玉が溢れていて、私はひと目で気に入ってしまった。それから、もちろん下着も穿いたけれど、これは彼女が新しく用意してくれたものだ。横着だった子供のころ、髪が短いと、洗ってもすぐに乾いて寝ることが出来るから好きだった。寝癖はひどくなかったので、私はいつもお風呂の後すぐにベッドにもぐりこんでいた。そんなことを思い出す。

 私は頭を拭きながら、部屋を見渡し、本棚をあらためて見る。「恋愛心理学」から「幸せになるための100の法則」「行動心理学」「非登校時代」「カウンセラーとして」「精神医学」「明日のために読む本」「心理学読本」「マインドコントロール」「部下を思い通り動かすために」など。たくさんあるが、こうしてみると前田春樹が勉強のために買ったものと、松田晴美のために買った本が多いように思える。あまり面白そうなものは置いていないようだったけれど、私はその本棚に小説がないかと探す。もともと本なんてあまり読んでいた記憶はないけれど、それでも夜布団にもぐって読む小説だけは別だった。「放課後キスミント」というタイトルに気が付き、私はその本を手に取る。そのままベッドに倒れると、中をぺらぺらとめくる。挿絵が所々にあって、懐かしい。最初からめくりなおすと、三ページ目に登場人物が絵と一緒に紹介されている。

「主人公は皐月佳苗。私立W大学付属中学に通う元気いっぱいの女の子。ちょっとおっちょこちょいだけど、ところせましと動き回るの。周りには彼女のことが苦手な子もいるようだけど、本人はそんなことに全然気づいてないの。そんな彼女にもついに!」

 それだけで内容が想像できてしまうような人物紹介だが、それ以上に私の目を惹いたのは主人公が中学生だということだ。私は本を閉じる。この小説を読んでも虚しくなるだけだ。私に欠けてしまった中学時代の話などなんの意味もない。結局私には体験し得ないものだし、追体験もできない。それでいって、最後は大団円で終わるなんて、そんなのは悲しすぎる。私は本を脇に置くともう一度体を持ち上げる。

 すると、締めたはずの扉が開いているのに気が付く。そこに枕を持った晴美が立っていた。彼女はそのまま私のすぐ近くまで寄ってくる。彼女はやはり大きめなピンク色をしたパジャマを着ている。前にあるボタンはすべてピンク色のリボンの飾りがついていたし、全体にイチゴの模様が入っていて、彼女に似合ってとても可愛い。彼女は潤んだ瞳を私に向け、いい、と聞く。顔は赤く、けれど真剣な表情だ。

「いいよ」

 私は両腕を開いて彼女を招き入れる。そこに倒れるように抱きついてきた彼女の体は普段よりもずっと熱い。しばらく彼女を抱擁してから、私は彼女の体を離す。

「どうしたの?」

 私が聞いても、ただ彼女は小さく、うんと答えるだけだ。私は彼女の腕に握られている枕を取ると、ベッドの私の枕の隣に置く。それから座ったまま一歩下がると、彼女は私のベッドに入ってくる。彼女は横を向いてしまい、私から顔を隠す。私はなんと声をかければいいのか分からず、ただずっと彼女の次の動きを待つ。それでも、わたしの鼓動は激しく脈打つ。だいぶ時間が経ってから、彼女がもう一度、うんと呟く。そして、彼女は部屋の明かりを消すために、電灯から伸びていた紐を引っ張る。三度動くと、部屋から明かりがすべて消えた。

 次の瞬間、彼女は私を強く抱きしめ、そのままベッドに倒れこむ。今まで出一番強く、彼女は私にしがみつく。そのあまりの激しさに私の体が悲鳴を上げる。

「痛いよ、晴美」

「ごめんね」

 彼女の声は私の口元から聞こえる。息遣いが目の前にある。熱くて、熱くて。私は目眩に襲われる。それでも、彼女の力が衰えることはない。

「あーみは、私が絶対助けてあげるから。全部受け止めてあげるから」

 私が驚いた声を発するより早く、彼女唇が私に重ねられた。

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