現実2

現実2-1

目が覚めたとき、もう太陽は昇っていた。窓を通してなんとも眩しい光が部屋の中に飛び込んできていて、私の寝ているベッドにまでそれは達していた。私が寝ている間にカーテンが開けられていて、それだけでこの部屋を数倍明るくしていた。

 私は眩しさに右手の甲で目を覆った。それからもう一度目をつぶり、寝転んだまま伸びをする。体の先まで目覚めが伝わり、足先からも鼓動が聞こえてくる感じがした。そして目を開け、あらためて太陽の光を感じる。

 ゆっくりと体を起こすと、再び目眩が襲ってくる。私は両手で体を支えると、顎を上げて天井を向き、しっかりと両目を閉じた。その暗闇の中で、それでも透き通ってくる太陽の光を感じながら、目眩が治まるのをただじっと待つ。

 昨日に比べ目眩が続く時間は短い。その分だけ私の呼吸も乱れることなく、すぐに再び目を開けることができた。

 白い天井。所々にひびが走り、この建物の古さを物語っている。それでもよく手入れが行き届いているのか、ほこりは感じない。再び大きく伸びをする。体が朝の空気を敏感に感じ取っているようで、清清しさに包まれる。私はそのまま後ろに下がると、ベッドにすえられた棚にもたれかかった。ふと視線を棚の上に向けると、蛍光灯の光が消えている。そのことを造花よりも先に私の目がとらえる。それは、どうしようもない不安を私に与える。

 何もない暗い部屋の中。光もなく、動くものもない。そんな中で自分ひとりが眠っていたなんて、とても考えられない。額から汗が噴きだすのを感じ、私はとっさに窓を見る。

 先ほどは光しか気が付かなかったが、窓からは外の風景も覗うことができる。太く大きな幹がすぐ先にある。私でもそれが桜なのだと分かる。存分に花開いていて、その暖かい風景に次第に落ち着き、私はゆっくりと前を向きなおした。考えてみれば、安藤さやかがこの部屋に来たのは明らかなことだ。カーテンが開けられていたし、そのときついでに電気も消したのだろう。私はもう眠ってしまっていたし、そうであれば、明かりがついていようといまいと関係がないではないか。

 ぐぅと、自分のお腹が鳴る。別に誰もそばにいないのだから恥ずかしがる必要もなかったのだが、無性に頬に熱を感じる。私は振り返ると、棚の上に置かれていたボタンを押した。それからお腹を押さえて座りなおすと、深呼吸をする。

「どうしたの!」

 すぐに安藤さやかが駆け込んでくる。眉間にしわを寄せ私に近づいてきた彼女は、そのまま膝で立つとおでこに手を当てる。

「ちょっと熱があるみたい」

 私は恥ずかしさが増し、一層熱くなる。それを彼女は勘違いし、急いで彼女は立ち上がろうとする。

「だ、大丈夫ですから、行かないで」

 彼女を抑えようと、私は彼女の腕をつかむ。実際弱っている私の力では彼女を抑えることなどできないだろうが、彼女は無下に払うことなく、私の手の上に彼女の手を添える。

「熱があるんじゃないんです」

 私が言いよどんでいると、一層彼女は心配そうな表情をして覗き込んでくる。ほのかに香水が香る。それに呼応するように、私のお腹がなった。恥ずかしさが一気に噴きだし、私は彼女を抑える手を離すと小さくなり俯く。あらら、と彼女は立ち上がると膝を折った。

「ちょっと待ってね。ちょうど作ってるところだったから」

 それから私の頭をぽんと叩くと、部屋から出てゆく。また部屋を出る間際に何か言われるかな、と期待したけれど、彼女は何も言わなかった。もしかしたら緊急の事態でもないのに呼び出したことに腹を立てたのかもしれない。そう思うとまたどうしようもなく恥ずかしくなってきた。頭を左右に振り、気分を紛らわそうとして、私は窓側に足を下ろした。春の暖かな光が窓を通して私に注がれている。それは私の中の何かを浄化してくれているようで、それ自体神聖な雰囲気をかもし出していた。窓の外を小鳥が囀りながら横切る。桜の木の向こうには青い空が見えている。所々に白い雲があり、まるでキャンパスに描かれた絵のようだ。

 そう、窓という枠の中に描かれた、非現実の世界。

 この場所から隔絶された、透明な世界。風景を見ていれば見ているほど、今の自分が惨めに思えてくる。それが神聖なものだとしたら、ここにいる私は一体何なのだろう。それでも、窓の外を見ないではいられなかった。

 かなり長い時間そうやって外の風景を眺めていたのだと思う。ふと我に返ると、おいしそうな香りが私の鼻をかすめた。

「気が付いた?」

 振り向くと、安藤さやかがトレーを棚に置いたところだ。私は体勢を彼女の方に向けるためにぐるっと回転した。

「さっきは、ごめんなさい」

「いいよ、別に。仕事だし、ちょっと、驚いただけ」

 微笑んで顔を小さくすると、彼女は私の口に朝食を運び出した。今日のメニューはコーンスープとパン。あと野菜のサラダ。コーンスープにパンを浸けて柔らかくしたものを食べさせてくれた。お腹はすいていたけれど、思っていたほどたくさん食べられなかった。半分くらい食べたところで、もうお腹が受け付けてくれない。もういいの、と残念そうに顔を傾けながら言われたが、食べられないものはどうしようもない。手に持っていた残りのパンをトレーに戻すと、そのトレーを持って彼女は立ち上がった。

「そうだ。何かしたいこと、ある?」

 唐突な質問に私は困ってしまった。何かをするといっても、こんな状態ではできることなんて高が知れている。彼女は私が考えている間、ずっとそのまま待っていてくれた。ふと閃き、彼女の目を見る。

「お風呂、入りたい」

「うーん。ちょっと、難しいかも」

「だめ?」

「いいよ、分かった。その代わり、この部屋、掃除しちゃってからね」

 なぜか嬉しそうに微笑むと、彼女はこの部屋から出て行こうとした。

「それまで、じーとしてるのよ」

 扉から顔を覗かせて、彼女はそう言った。なんだかそれがとても私の心に響いていた。

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