第3章 邪竜人マリグナント

 マリグナントが、この「世界」へやって来たのは、ほんの気まぐれからだった。

 マリグナントの種族──邪竜人じゃりゅうどは異界でも上位の存在である。身の丈は、この「世界」のワーの平均的な身長よりも優に頭三つか四つ分は高い。流れる溶岩のような緋色に輝く肌は金剛石よりも硬く、あらゆる熱気や冷気に耐えられるだけの強さを誇っている。手には五本、足には三本の指を持ち、その各々に鋭く長い爪を生やしている邪竜人たちは、たくましい骨格と筋肉から生み出される腕力と、背中に持った二対の羽根の恩恵を享けた瞬発力と機動力とを駆使することにけており、異界ではほぼ無敵の存在なのだ。

 むろん、物理的な力ばかりではなく、呪力も強い。

 ダークレギオンの魔法陣に現われた夜魔も強力な存在ではあったが、さして強い呪力の持ち主ではなかった。ダークレギオンの生命いのちを絶つのに彼の「血」という「媒体」を必要としたことや、急ごしらえの魔法陣を振り切れなかったことが、その証拠だ。

 だが、邪竜人たちがその気になれば、指を動かすだけで「世界」に属するあらゆる存在の生命を簡単に消し去れるだろうし、魔法陣などなくとも自由自在に「世界」と「異界」とを行き来できるだろう。

 彼らは、それほどに強力な存在なのだ。

 そんな邪竜人の一人であるマリグナントがこの「世界」へやって来たのには、気まぐれのほかに幾分かのちゃんとした理由もあった。最近、「世界」の存在のうちにも、異界の存在を召喚したり使役したりできるだけの魔力の持ち主が増えてきたと聞いて興味を持ったのである。

『なぁに』とマリグナントは仲間に向かってうそぶいたものだ。『どんな神々に祝福されていたか知らんが、「世界」の連中が持つ魔力など、たかが知れていよう。どうだ? 俺様がちょいと見物してきて、多少なりとも歯ごたえのある奴がいれば皆で出向いて、からかってやる、というのは?』

 マリグナントたちの間で「からかう」と云えば、それは「虐殺する」という意味だ。邪竜人一族は今まで、そうしたゲームのような感覚で他種族と闘い、常に勝利をおさめてきたのである。

 ゲームの相手は欲しいものの、わざわざ「世界」へ出向いてまで相手を物色しようなどという酔狂な者は仲間うちにいなかったので、マリグナントの提案は歓迎された。

『なんなら、おまえ一人で遊んできても構わねぇぜ』仲間の一人は言った。『「世界」の連中がどれほどの魔力の持ち主かは知らねぇが、俺様たちが皆して出向いて楽しめるほど強い奴がいるとも思えねぇ』

『まぁな』マリグナントは紅い舌を伸ばして、鋭い爪をちろりと舐めた。『だが、もしかして、ということもある。そのときには皆で楽しむさ』

 そして、マリグナントはこの「世界」へとやって来たのだ。


「──あれ?」

 息を切らして駆け帰ってきたポムス=シャドウファングは、屋敷の勝手口に人影を認めて、目をぱちくりさせた。どうやら、ダークレギオンが誰かと話をしているらしい。

 ──珍しいこともあるもんだなぁ。

 シャドウファングは、ちょっと感心した。自分が留守にしている間に、ダークレギオン自らが客の応対に出ることなど、滅多にないからだ。

「お帰りなさい、シャドウファングさん」

「うわぁっ!」

 いきなり声をかけられたシャドウファングは文字どおり飛び上がり、その弾みで、ぺたりと尻餅をついた。

「ご、ごめんなさいっ!」

 声をかけてきた人物は、慌てて手をさし出した。

「え? あ……あれ? リザお嬢さんじゃないですか。こんばんは」

 シャドウファングは、さし出された手の主を見あげて間の抜けた挨拶をする。

「本当にごめんなさいね、シャドウファングさん」リザはすまなさそうに、もう一度あやまった。「そんなに驚くとは思わなくて」

「いいんです、いいんです」リザの手を借りて立ち上がったシャドウファングは、ぷるぷると首を振って笑った。「ぼくがいけないんです。ぼーっとしてたから、お嬢さんがそこにいらしたことに気づかなくて」

 頭を掻きながら屋敷のほうを見たシャドウファングは、ようやくダークレギオンが話している相手の顔を確認することができた。

 まじない師のベリスだ。

「そうなんです」シャドウファングの視線に気づいたリザが、真面目な表情になってうなずいた。「ベリス師が、自分一人の手には負えそうにないからとおっしゃって、ダークレギオンさまにご相談を」

「何かあったんですか?」

 シャドウファングが尋ねる。

「南の村の村長から父のところに手紙が届いたんです──伝書鳩で」

 リザの父親はこの村の村長だ。広大な地域に幾つもの村が点在しているこの一帯では、村長どうしが常に緊密な連絡を取って不測の事態に対処するようにしている。伝書鳩はそのための連絡手段の一つで、重要で急を要する用件のときに使われることになっていた。

 だが、リザの父親にしろ、そのまた父親にしろ、伝書鳩による連絡など、今までに受け取ったことがない。それは、このあたり一帯が平和な土地である証拠でもあった。

 ──南の村……異界の存在が住みついたって云う南の岩山の向こう側だ。

 シャドウファングは眉をひそめた。

「何を知らせてきたんですか?」

「それが雲をつかむような話で──」

 リザが説明しかけたとき、ダークレギオンが二人に気がついた。

「シャドウファング! 帰ったのか?」

 よく透る声で呼びかけられ、

「はいっ!」

 と応えたシャドウファングの背筋が反射的にビシッと伸びた。リザが、くすっと小さな笑いを漏らす。

「早く来い。俺とベリスに茶を淹れろ」

 言うや、ダークレギオンは先に立って屋敷に入っていった。

「へぇ……」シャドウファングは目をぱちくりさせた。「よほど興味深い話なんですね」

「どうしてですか?」

 今度はリザが目をぱちくりさせる。

「そりゃあ、もう」シャドウファングは答えた。「ご主人さまが自分から誰かを屋敷に招き入れて、あまつさえ『お茶を出せ』って言うんだから、よほどのことですよ」

 シャドウファングは、うんうんと自分で自分にうなずいた。

「早くしろ!」

 屋敷の内からダークレギオンが呼ぶ。

「それじゃ、あたしは帰りますね」

 リザはそう言うと、軽く会釈をして身をひるがえした。

「あれ? お嬢さん、ご一緒されないんですか?」

「ええ」シャドウファングの問いに、リザはちょっと残念そうに答えた。「父から、ベリス師とダークレギオンさまのお話の邪魔をしないように、と言われているんです。母からも夕食前に戻るように言われているし」

「……そうですか」

 シャドウファングは落胆の表情を隠さなかった。リザのダークレギオンへの想いを応援したいと考えているからだ。それには、同席する機会を作るのが一番てっとりばやい。

「お台所に、今日とれた卵と菠薐草ほうれんそうを置いておきましたから使ってください。山羊のチーズも作りたてですから」

 いつもながら、リザの心配りがシャドウファングにはありがたかった。とくに、作りたてのチーズが嬉しい。卵や菠薐草は、この屋敷でも調達できるが、チーズやバターの類は、そうもいかないからだ。

「いつもすみません。ありがたくいただきます」シャドウファングは丁寧に礼を言った。「その代わりってわけじゃないですけど、ベリス師の夕食は、こちらでさし上げておきます。こんな時刻ですから、ご主人さまもお茶だけじゃ済まないと思いますし」

「そうですか? それじゃ、お願いします」

 悪びれずに申し出を受けたリザが足早に帰っていくのを見送ってから、シャドウファングは家に入った。

 台所のかまどの脇に、リザが持ってきたらしい大きな籠が置いてある。その横の壷に山羊のチーズが入っているようだ。

「今日は、卵と菠薐草の焼皿グラタンにしようかな。せっかくの新鮮なチーズだし」

 手にしていたバスケットや、村の雑貨屋で仕入れてきたパンや蜂蜜の入った袋を床に置いたシャドウファングは、食堂のほうを覗いた。大きな食卓に、ダークレギオンとベリスが向かい合って着いている。

「シャドウファング!」彼の視線に気づいたダークレギオンが鋭い声を投げてきた。「いつまで待たせるつもりだ? さっさと茶を淹れろ!」

「はい、すみません」

 シャドウファングは、かまどのところへ取って返すと、大きな鉄瓶で湯を沸かしにかかった。湯が沸く間に、棚に並べてある壷から何種類かのハーブを選びだして調合する。たぬきの鋭敏な鼻が役に立つのか、彼が調合するハーブティーは、人間たちが作るものよりも数段良い香りを放つのだ。

 ちなみに、シャドウファングは、このハーブティーを村の雑貨屋に卸してもいる。自給自足できるように畑仕事に精を出している彼だが、一銭も金を使わずには生きていけないので、そんな手段で金銭を稼いでいるのだ。ダークレギオン宅の財布は、母・アンナからたまに届く仕送り、気まぐれな主人の薬師くすしの真似事、それに、シャドウファングの内職によって支えられているのだった。

 これだけでは、シャドウファングの給料などまったく出ないのだが、彼はそれを不満に思ったことなど一度もない。グレイヴワード家に仕え、ダークレギオンのために働くのは、シャドウファングにとって生き甲斐に等しく、金銭に換算できる行為ではないからだ。

 やがて、鉄瓶がごとごと云いだし、シャドウファングは手早くティーセットを調えた。雑貨屋で仕入れてきたジンジャークッキーを「お茶請け」として木鉢に盛る。これでつないでおいて、その間に焼皿の準備をするつもりだった。

 ハイビスカスを中心に調合したハーブティーの華やかな香りを漂わせながら、シャドウファングは盆を運んでいった。

 食卓に着いたダークレギオンは黙って腕を組んでいる。ベリスはその向かい側に座を占め、難しい表情を浮かべていた。二人の間には、南の村の鳩が運んできたらしい小さな通信筒が置かれ、そこに入っていたと思しき手紙が広げられていた。

「あの、ご主人さま、お茶を──」

「ああ」ダークレギオンはうなずくと、手紙を取りあげた。「おまえも読んでみろ、シャドウファング」

「え? いいんですか?」

 問いはベリスに向けられたものだ。壮年の呪い師は「どうぞ」と微笑んだ。

「シャドウファングさんは、もう一つの姿をお持ちなのでしょう? 私たちには判らないことが判るかもしれない。どうか、それを読んで思うところを聞かせてください」

「はい……じゃ、拝見します」

 ベリスが自分のことを過大評価しているようで、シャドウファングは背中がこそばゆくなった。と同時に、自分のような者にまで意見を聞こうとしているのだから事態は容易ならざるものなのだろう、ということも想像できた。

 シャドウファングは二人にハーブティーを出し、クッキーを勧めた。それから、ダークレギオンのさし出す手紙を受けとる。

 薄い紙に、びっしりと文字が並んでいた。


『クライス村村長 カディム・クリスタル殿

 こんな形で知らせを送る日が来たことを不運に思う。だが、事態はかなり深刻で、我が村だけで片がつきそうにないので、そちらにも知らせを送ることにした。


 最初に異変に気づいたのは、何匹もの猫とともに暮らしている老女だった。

 彼女は村長たる私のところへやってきて、

「うちの子たちが、だんだん減ってるような気がするの。村の誰かがさらっていっているに違いないわ。調べてちょうだい」

 と言った。

 彼女が飼っている猫たちが、隣近所にあまり評判が良くないことは私も耳にしていた。猫たちは所かまわず用を足し、新芽が出たばかりの畑で遊びまわり、挙句は台所に忍びこんで食べ物をあさるものまでいるので、彼女の近所に住んでいて、猫たちの被害を受けていない者などいなかったからだ。

 だが、それと同時に、近所の人々が猫たちに対して寛大であることも、私はよく承知していた。老女が、頼りにしていた息子夫婦を事故で失ってからというもの、猫たちだけを生きる慰めとしていることは、村に住む者なら誰もが知っている。

 である以上、彼女から猫を奪うような者が村のうちにいるとは、私には信じがたかった。

 首をひねりながらも私は、下男に事情を調べてくるよう命じた。

 結果、猫は確かに減っていっていることが判った。しかし、それは老女が疑っていたような、近所の者の陰湿な仕業ではなかった。

 猫たちが姿を消した現場を見ていた下男は、おそろしげに身を震わせながら報告してきた。

 いわく──じゃれ合っていた数匹の猫たちは、いきなりの竜巻に巻き込まれて一瞬のうちに姿を消した。天空高い場所から現われたその竜巻は、毒々しい緋色に輝いていた、と。

 私は、そんな馬鹿な、と下男の言葉を一蹴した。ほかに竜巻の被害が出たという報告は届いていなかったからだ。狭く小さな村なのだから、本当に竜巻が起きたとしたら猫が吹き飛ばされるぐらいの被害で済むはずがない──そう思ったのだ。

 結局、私は老女に、

「猫が故意に連れ去られている様子はない」

 と告げ、猫は寿命が来ると姿を隠すと云うから……と言い添えた。

 老女は納得した様子ではなかったが、下男がずっと猫たちを見張っていたのを知っていたからか、それ以上の追求はしてこなかった。

 これでこの問題は片づいた、と思った私のところに、今度は、犬が次々にいなくなる、という報告が届けられてきた。一匹だけではない、村のあちらこちらで犬がいなくなっているというのだ。しかも、例の老女の猫と同様、緋色の竜巻に巻きこまれたかと思うと姿を消していた、という。

 さすがの私も、今度はその話を信用せざるを得なかった。一度のことなら下男の見間違いと一笑に付すこともできるが、何人もの村人がそれぞれに、竜巻と、それに巻きこまれる犬とを見ているのだ。

 犬たちがいなくなった話を聞いて、村のまじない師も眉をひそめた。竜巻を使って人や動物を連れ去るのは「異界の存在」の常套手段だ、と彼は言った。そして、村のなかの見回りなどを始めたのだが、それ以来、事件はぱったりと止んでしまった。

 呪い師が、少しも姿を見せない竜巻に苛立ちを隠せなくなったころ、ついに村人たちの死活に関わる騒ぎが起きた。

 村から少し離れた場所にある牧場へ牛たちを連れていった牧童が、泣きながら村へ帰ってきたのだ。

「牛が、みーんな連れてかれちゃったんだ。真っ赤な竜巻が岩山のほうから来て……北の岩山のほうからだよ。それで、その竜巻に巻かれて……牛が……みーんな……」

 泣きじゃくる牧童をなだめすかして、それだけの事情を聞きだした大人たちは、みな暗然たる思いにとらわれた。牛は生活に欠かせないものだ。それが、こうも簡単に奪われてしまっては話にならない。

 我々はようやく事態の重大さに気がついた。

「緋色の竜巻」が北の岩山のほうから来た、という牧童の話をもとに、呪い師と数名の屈強な男たちが岩山へと赴いた。呪い師はまだ若いが、すでに幾度か「異界の存在」を祓ったことがある実績の持ち主で、誰もが彼の勝利を信じて疑わなかった。

 しかし、この一行は誰一人として戻ってこなかった。

 二日経ち、三日経っても誰ひとり戻らないことを案じて、何人かの村人が岩山の麓まで探しに出た。そこで彼らが見つけたのは、変わり果てた姿となった呪い師一行だった。

 ある者は、身体に傷ひとつないにもかかわらず、恐怖に歪んだ表情で息絶えていた。

 また、ある者は、首や手足など、あらゆる関節が在らざる方向に捩じ曲げられていた。

 そして、呪い師本人は体中の皮膚を切り裂かれ、血まみれのボロ布のようになって転がっていたが、それでもまだ息は残っていた。

「山に近づくな。鋭い爪と二対の翼を持ったあかい魔物がいる」

 それが彼が言い遺した最期の言葉だった。

 以来、我が村は恐怖に怯えている。

 魔物は、村から次々に動物たちを連れ去ってゆく。牛や馬、羊や鶏が徐々に減っている。おそらく、奴はじきに人間を狙うようになるだろう。今はきっと、我々が恐怖に怯える様子を楽しんでいるのに違いない。恐怖や孤独といった感情を自らに吸収して魔力に変える魔物がいる、と聞いたことがある。呪い師でさえも簡単にひねりつぶしてしまった魔物が無力な村人たちを襲ってこないのは、そうした感情を吸収するためなのではないか、と私は思うのだ。

 このままでは埒があかない。

 傭兵や魔道士を雇って魔物を退治することも考えたが、そのためには大きな町なり都市なりへ出向かなければならない。そして、四方を険しい山に囲まれている我が村から一番ちかい都市は、北の岩山を越え、クライス村を経て行くアリエスバーグなのだ。

 だが、我々には岩山を越える勇気がない。

 カディム殿、クライス村にはまだ被害が出ていないか。無事であることを切に願う。

 そして、もし、そちらの呪い師・ベリス殿が息災であるならば、何とか岩山の魔物を退治してほしい。ただし、まずアリエスバーグに赴き、助っ人を得られてからにされたい。ベリス殿の腕前を疑うわけではないが、魔物はあまりに強力だ。

 どうか我々の村を救ってほしい。

 クライス村と、その村人たちが無事であることを願って。

  ダルフ村村長 モリアス・ベリエント』


 手紙を読み終えたシャドウファングは、ごくりと唾を呑んで食卓の二人を見た。

 ダークレギオンは澄ました顔でハーブティーのカップを弄んでいる。カップが空になっているのに、お代わりを要求しなかったところを見ると、手紙を読んでいたシャドウファングに気を遣ったらしい。めずらしいこともあるものだ。

 ベリスのほうはハーブティーには手もつけす、じっとシャドウファングの様子を見守っていた。

「どうでしょう? シャドウファングさん」彼が手紙を読み終えたと知ってか、ベリスが口を開いた。「その手紙に書いてあるような魔物の類に心当たりはありますか?」

「えーと……」シャドウファングは自分の知識を総ざらえしながら唸った。「聞いたことがあると思います。でも、ちょっと待っていただけますか。ぼく、夕食の仕度をしますから。ベリス師も召し上がるでしょう?」

「え? あ、いや、しかし──」

 事態はそんな暢気なものではないと言いたげなベリスに向かい、ダークレギオンが、ちっちっと指を振った。

「あせるな、ベリス。そいつが魔物のことをおもいだすまで、ぼーっとさせておくよりは飯の仕度をさせたほうが効率的だ」

「そういうことなんです」シャドウファングは照れくさそうに笑った。「ちょっと待っていてください」

「は、はぁ……」

 ベリスは仕方なく、すっかり冷めてしまったハーブティーに手を伸ばした。

 その間にシャドウファングは急いで台所に駆けこんだ。

 天火に火を入れ、手早く菠薐草を洗ってさっと火を通す。卵を割って泡立てる。堅めのパンを小さく切ったものをバターを塗った皿に敷きつめ、卵を流し、菠薐草を置いてトマトソースをかける。その上から山羊のチーズをたっぷりと盛る。

「菠薐草は新鮮だし、チーズは美味しそうだし……うまく仕上がるといいなぁ」シャドウファングは皿を天板に並べ、温めておいた天火に入れながら呟いた。「焼き上がるまでにサラダも作っちゃえ」

 ありあわせの野菜を水洗いして刻み、酢とオリーブオイルを混ぜてサラダ用のソースを作る。

 その間にも、シャドウファングは頭の中の引き出しを次々に調べていた。

「夜魔じゃない。邪鬼、でもないよな。あいつら、翼なんてないから。呪い師の人が正体を知らなかったんだから、こっちの『世界』へあまり出てこない奴だろうな、きっと」

 ぶつぶつ言いながらも手は止まらない。鉢を出して野菜を盛りつけ、ソースを掛け回してから、アーモンドと堅く揚げたパンを砕いて散らす。その間に天火の様子を見て、チーズを足したりもした。

「翼がある奴って魔物のなかでも少ないよなぁ。『異界』には鷲人や鷹人もいるって話だけど、敵意を持った存在だなんて聞いたこともないし……それに第一、緋くはないよね、きっと」

 焼皿グラタンのチーズが、ふつふつと滾りはじめる。うっすらと焦げ目もついてきて良い感じだ。

 シャドウファングは、籠に薄く切ったライ麦パンを盛った。大きな木鉢には何種類かの果物を盛り合わせる。

「緋い魔物って云うと火龍の仲間かなぁ……でも、龍族は他の種族には手を出さないはずだし、まして『異界』から出るなんてこと、しないだろうし。竜族ならばいざ知らず……って、あれ?」

 シャドウファングの手が止まった。目だけが忙しく左右に動くが、何かを見ているわけではない。つかみかけた記憶の尻尾を逃すまいとしているのだ。

「父さんに聞いたことがある。竜族の中には好戦的な連中がいるって……たしか緋い肌と長い爪を持ってるって……憶いだした!」

 シャドウファングは、ほっと息をついた。

 パメラが教えてくれた「異界の存在」と、ダルフ村の人たちを怯えさせている魔物は、同じ奴に違いない。シャドウファング自身がその魔物を追い祓う手助けができるかどうかは判らないが、ベリスに魔物の正体を教えるぐらいのことはできそうだ。

 それから彼は、台所と食堂とを忙しく往復して夕食の食卓を作りあげた。

 食卓の中央にパンの籠とサラダの鉢、それに果物の木鉢。料理を取り分ける為の小皿の類も各々の前に置き、新しいティーセットと焼きあがったばかりの焼皿を運んできてから、シャドウファングも自分の席に着いた。

 ダークレギオンはすでにサラダに手を出している。

「召し上がってください、ベリス師」シャドウファングは言った。「お口に合えば良いんですけど」

「あ、はぁ……」

 呪い師は気が進まない様子で食卓を見つめている。そんな彼に、シャドウファングはなおも料理を勧めた。

「とにかく召し上がってください。岩山にいる魔物の正体は──多分、ですけど──判りましたから」

「本当に?」ベリスは手にしかけていた小鉢を取り落とし、シャドウファングにつかみかからんばかりにして尋ねた。「本当に判ったんですか? その魔物とは一体──?」

「ベリス、まず飯を食え」ダークレギオンが面白くなさそうに言った。「そいつは、相手を焦らして気を持たせるような真似ができる奴じゃない。おそらく、話が長くなるから先に食ってほしいと思ってるんだろう」

「そ、そうですか……」

 それでもなお、ベリスは迷っている様子だったが、ダークレギオンとシャドウファングが食事を始めたのを見ると、自分もフォークを手にした。

「伝書鳩が来てから、あまり食べてらっしゃらないでしょう?」言いながら、シャドウファングは呪い師にパンの籠を回した。「たくさん食べてくださいね。お代わりだって、すぐに作りますから」

「すみませんな、シャドウファングさん」脇目もふらずに焼皿を食べていたベリスは、はたと気づいて、恥ずかしげに頬を掻いた。「朝方、鳩が来てからと云うもの、村長と相談をしたり文献をあたったりと忙しくしていたもので、確かにものを食べとらんのです」

「そんなことでは、魔物に遭ったとき、ろくに相手ができんぞ」

 ダークレギオンがパンをちぎりながら言った。

「そうですな」ベリスはうなずいた。「こんなときこそ余裕を持っていないと……まさしく、ダークレギオンどののおっしゃるとおりです」

 ──何か偉そうなことを言ってるけど大丈夫かなぁ、ご主人さま。美味しいからって食べすぎなきゃいいけど。

 シャドウファングは新しいパンを籠に盛って、溜息をついた。いつもなら、ダークレギオンが食べすぎないように適当なところで皿を引いたりするのだが、客人がいる席でそんなことをするのは、ちょっと躊躇ためらわれる。

 しかし、シャドウファングの心配は杞憂に終わった。ダークレギオン自身もダルフ村を脅かしている魔物には興味を持っているらしく、そこそこのところで食事を切り上げたからだ。

 シャドウファングが食卓を片づけ、新しいハーブティーを淹れるのを待って、ベリスはあらためて話を切り出した。

「で、シャドウファングさん。ダルフ村を襲った魔物の正体が判ったとか……?」

「はい。多分、ですけど……」

「さすがは、もう一つの姿を持つシャドウファングさんだ」ベリスが感心した。「手持ちの本を調べたり、吟遊詩人たちから聞いた語りを思いだしてみたりしたのだが、『緋色の魔物』のことに触れたものはありませんでしたよ」

「俺にも想像がつかん」ダークレギオンは不機嫌さを隠そうともしなかった。「魔物のことには多少詳しいつもりでいたんだが」

「ぼくも一度、父から聞いたことがあるきりなんです」シャドウファングは言った。「『異界』から来る魔物のなかには、人間ではなく獣たちばかり狙う存在も多いんです。だから、人間よりは、ぼくらのような立場の者のほうが魔物には詳しいかもしれません」

「で?」ダークレギオンの指が苛々と食卓を叩いている。「ダルフ村の北、ここからは南の岩山にいる魔物の正体は何なのだ?」

「推測ですけど……邪竜人じゃりゅうど、だと思います」

「じゃりゅうど……?」

 ダークレギオンとベリスが顔を見合わせた。二人の知識にはない名前なのだろう。

「邪竜人、です」シャドウファングは繰りかえした。「緋く硬い肌、両手両足に長くて鋭い爪、背中には二対の羽根を持つ魔物です。この手紙から推測できる魔物っていうと、それぐらいなんですけど……」

「強いのか?」

 ダークレギオンの問いに、シャドウファングはうなずいた。

「父が一度、闘ったことがあると」

「ブレードファングが?」ダークレギオンは、ほぉ……という表情になった。「勝ったのか?」

「そこまでは教えてくれませんでした」

 シャドウファングは苦笑した。

 ブレードファングの胸元に一筋残っている傷跡が、その闘いの名残だと知ってはいるが、それをわざわざ言うこともないだろうと思う。ダークレギオンには、ブレードファングのことを無敵のワーおおかみだ、と信じていてほしかった。

 シャドウファングはあらためて話を続けた。

「ただ、邪竜人と云うのはすごく好戦的な種族だ、ということは聞きました。常に自分たちより強い相手を探して喧嘩を売っている種族なんだそうです」

 ベリスが眉をひそめた。

「そんな魔物が何故、この『世界』に……」

「そこまでは判りません。すみません」

 シャドウファングが口唇くちびるを咬む。

「魔物の目的なぞ知れたことよ」ダークレギオンが、ふんと鼻を鳴らした。「自分よりも弱い存在を殺してよろこぶか、あるいは餌にするか……そんなところだろう」

「餌……!」ベリスが身震いする。「それはつまり、人間とか獣とかを、その……」

「食べちゃうわけじゃないと思いますよ」ベリスが言いたいことを察し、シャドウファングは言葉を挟んだ。「邪竜人ほどの高等な魔物になると、直接に血肉を食べることは滅多にないと聞いてますから」

「それじゃ、餌にする、というのは?」

 ベリスが訝しげな表情になる。うなずいたシャドウファングは説明を加えた。

「連中は血肉を食べるんじゃなくて、人間や獣の恐怖の感情とか、そういうものを食べるんだそうです。だから今は、獣たちをどんどん奪われて生活できなくなるんじゃないかって不安になっているダルフ村の人たちの怯えとか恐れとか、そういう感情を餌にしてるんじゃないでしょうか」

「感情、ですか……」

 呪い師は眉を寄せ、ゆっくりと首を左右に振った。

「しかし」ダークレギオンが人の悪い笑みを浮かべる。「そういうことならダルフ村の呪い師どもは、その邪竜人にとって良い餌になったんだろうな」

「何故ですか?」

 シャドウファングが、きょとんとなって主人を見た。

「解らんか? 呪い師どもは自信を持って魔物を倒しに行ったんだぞ」

「そうでしょうね」

 ダークレギオンの言葉にうなずいたシャドウファングだったが、それと「良い餌」との関連は、やはりよく解らない。

「強いと信じていた自分が魔物の前では無力な存在だ、と気づいたとき、連中は狼狽うろたえただろうな。凄まじい絶望感に襲われただろう。為すすべもなく、一人また一人と仲間が殺されていく……恐怖の極限だとは思わんか?」

 ごくり、とシャドウファングが息を呑んだ。

「怖い、ですね……」

「だろう?」ダークレギオンは得意そうに言った。「呪い師ひとりだけ息が残っていた、というのも、こうなると作為的だな」

「村の人たちに自分の話を聞かせて怖がらせるため、ですか?」

「おそらくな」ダークレギオンは、シャドウファングの短い頭髪が恐怖に逆立っているのを興味ぶかげに眺めている。「村人たちが怖がれば怖がるほど、奴の餌の『質』が上がるというわけだ」

「そんな……」

 呟いたシャドウファングは、ふとベリスが一言も発していないことに気づいた。脇を見やると、呪い師は真っ青になって震えている。ダークレギオンのような闇魔道士ならば、魔物の性癖や血肉の臭いにも多少は慣れているが、ベリスのように薬師くすしとさして変わらぬ仕事を生業としている呪い師には、話だけでも刺激が強すぎたようだ。

「大丈夫ですか? ベリス師」シャドウファングは慌ててハーブティーを淹れなおし、呪い師の前に置いた。「とりあえず、飲んでください。落ち着きますよ」

「す、すみませんな……」

 ベリスは熱いお茶を一口のんで、ようやく生きかえったような顔色になった。

「そんな様子では、とても魔物を倒すことなぞ、できんぞ」

 ダークレギオンは言った。

「いや、それは、しかし……」反論しかけたベリスは、残念そうにうつむいた。「たしかに私は、弱い魔物を何体か祓った経験こそあるものの、強い魔物とは遭ったこともありませんからな……こんなことでは、その邪竜人とやらから村を護ることができない。情けないかぎりです」

「ま、そう落ちこむな」ダークレギオンが胸を張った。「魔物の相手は、この俺に任せておけ」

 ──へ?

 シャドウファングは目を白黒させた。

 ──どういう風の吹き回しだろう? ご主人さまが自分から人助けを申し出るなんて。ぼく、てっきり舌先三寸で騙くらかして、ベリス師の手伝いをするようにさせなきゃ、と思ってたのに。

 何か下心があるに違いない、と疑心暗鬼になってダークレギオンを見ているシャドウファングとは違い、ベリスのほうは闇魔道士の言葉を頭から信じてしまったらしい。

「なんと嬉しいことを!」呪い師はうるうると瞳を潤ませている。「あの夜魔を祓ってくださったほどのあなたなら、邪竜人を追い祓うのも簡単なことに違いない!」

 ──夜魔と邪竜人とじゃ、だいぶ呪力に差があると思うんだけどなぁ。

 シャドウファングは、ひそかに溜息をつく。

「で、私たちは何を手伝えばよいですか?」

 ベリスがダークレギオンに尋ねた。

「いや、俺一人でやる」

 闇魔道士は不敵な笑みを浮かべて答えた。「それは危険だ!」ベリスが叫んだ。「ダークレギオンどのが優秀な魔道士だということを重々承知のうえで申しあげるが、それはあまりに危険です。ダルフ村の呪い師のことは私もよく知っておったのですが、相当の魔力の持ち主だった。魔道士にもなれようという人材だったのに、生まれ故郷の役に立ちたいからと呪い師になる道を選んだ男です」

 一人前の魔道士になるには、やはり相応の年月の修行を必要とする。そして、修行中の魔道士は、頼みごとをされても魔力を使って応えてはならないという不文律があるのだ。なまじの心得がある者が不用意に魔力を使うと、魔力の発動者をも巻きこんで悪い結果を招いてしまう場合が多いことから、光と闇、どちらの魔道を修めるにしても、この不文律は絶対の強制力を持っていた。

 一方、呪い師は魔力を使って何かをするわけではなく、薬草の知識を活かしての薬作りや神秘学を学んでの護符作成などが主な仕事になるため、比較的早く一人前と見なしてもらえる。

 ダルフ村の呪い師は、一日でも早く故郷の村のために働きたくて、修行に年月のかかる魔道士になるのを諦めたのだろう。

「だが、所詮は呪い師だ」ダークレギオンは、なおも死んだ男を讃美しようとするベリスの顔の前に指を立てて黙らせた。「あんたら呪い師のうちにも魔道士に匹敵する魔力の持ち主がいる、ということは承知している。ダルフ村の呪い師もそういう男だったんだろう。だが、いくら魔力が強くても呪い師は呪い師だ。魔力の使いかたを系統立てて心得ている魔道士と比べれば、劣る部分があって当然なんだ。まして、魔物と闘うなんぞ、どう考えても魔道士の領分だろう。呪い師には荷が重すぎる」

 歯に衣着せぬダークレギオンの言葉に、ベリスは鼻白んだ。しかし、闇魔道士の言うことにも一理あると解るだけに反論はせず、あらためて提案する。

「私が役に立たないことは承知しています。しかし、ダークレギオンどのが思うさま魔物と闘うためには、誰か雇って手助けさせたほうが良いのではないか、という気もするのですが。もちろん、そのための費用については村長が持つでしょうし」

 村長としても、まるきり金目当ての傭兵や流れの魔道士を使うよりは、村の住人であるダークレギオンが闘ってくれたほうが安心できるだろう。手助けのための出費を惜しむことはしないはずだ、とベリスは言った。

 そこまで言われてもなお、ダークレギオンは首を縦に振らなかった。あくまでも「一人で闘う」と主張するのだ。

「邪竜人がどれほどの魔物かは知らんが、今は油断しているだろう」ダークレギオンは言った。「ダルフ村の呪い師を倒したことで、自分の力を誇示できたと思っているだろうからな。すぐに次の相手が来るなどとは考えてもいないだろう」

 ──ご主人さまにしては、まともなことを言ってるなぁ。

 シャドウファングは感心した。

 ──上位の魔物になるほど自分の力を過信してるって話だし、たしかに今なら、ご主人さまでも邪竜人をねじ伏せることができるかも……って……あれ?

 シャドウファングは嫌な予感をおぼえ、横目でダークレギオンを見た。闇魔道士はベリスに向かい、滔々と一人で闘うことのメリットを説いている。

 いわく、油断しているところを奇襲するなら人数は少ないほうがいい。

 いわく、気心の知れない者に背中は預けられない。

「仕方ないですな」ベリスも、ついには折れた。「ダークレギオンどのに一任するということで、村長には私から話しておきます」

「我儘を言って、すまんな」

 ダークレギオンの言葉に、シャドウファングの予感はいよいよその「嫌さ加減」を増してきた。普段なら、たとえ社交辞令であっても「すまん」などと言うことはないダークレギオンなのだ。

 では村長に報告しますので、とベリスは席を立った。シャドウファングが勝手口まで見送りに出る。

「ベリス師、お送りしましょう」シャドウファングは申し出た。「今はダルフ村のほうに目を向けているかもしれませんが、この村も岩山から離れてるわけじゃありません。もしも魔物が来たりしたら──」

「ありがとう、シャドウファングさん」ベリスは微笑した。「だが、それは結構です。相手は、ダルフ村の呪い師を倒したほどの魔物なのですから……私は彼をよく知っていた。あの優秀な若者さえも倒されたのですから、私など、いくら用心しても無駄なこと。かえって、シャドウファングさんを巻きこむことになってしまいかねません」

 ベリスの痛々しげな笑顔を見て、シャドウファングも胸が痛くなった。

「駄目ですよ、ベリス師。そんなことをおっしゃっちゃ」シャドウファングは呪い師を見つめて言った。「ベリス師がいなくなったら、村の人たち、困っちゃいますよ」

「シャドウファングさん」ベリスの微笑が、いっそう寂しげなものになる。「そうでしょうか……私のように、魔物に対抗するだけの魔力を持たない頼りない呪い師でも、いなくなれば村の人たちは困るんでしょうか……」

「あたりまえですよ!」シャドウファングは本気で叫んでいた。「ベリス師がいらっしゃればこそ、村の皆は安心して暮らしてゆけるんですからね!」

 シャドウファングは台所の棚から何種類かのハーブを取り出すと、あり合わせの布に包んだ。レシピをメモ書きし、それと一緒にベリスに渡す。

「これは?」呪い師は布包みの匂いをかいだ。「いい香りですね」

「ぼくらの間で『魔除けになる』と云われてる香りです」シャドウファングが応えた。「そんなものでも、ないよりはマシだと思います。レシピを書いておきましたから、これと同じ物をたくさん作って、村の皆に持たせてあげてください。少しは効き目があるかもしれません」

「ありがとう、シャドウファングさん」

 ベリスは深々と頭を下げた。

 ダークレギオンどののようには行かなくても少しは村の役に立てそうです、と笑顔で帰っていく呪い師の後ろ姿を見送ったシャドウファングは、くるりと身をひるがえすと食堂に駆けこんだ。

「ご主人さま!」

「なんだ?」ダークレギオンが、じろりとシャドウファングを見た。「今日、書いた手紙をここへ置いておくからな。実家へ送るように手配しておけ」

 ──本当にマメなんだから……。

 食卓の上に束ねられた何通もの分厚い手紙を見て、シャドウファングは「やれやれ」と首を振った。ダークレギオンは、そんなシャドウファングの様子にはお構いなく、席を立とうとする。

「待ってください、ご主人さま」

「何だ、いったい」ダークレギオンは不機嫌そうに座りなおした。「用があるんなら早く言え」

「ご主人さま、邪竜人と一人で闘う本当の理由は何なんです? もしかして、相手を倒すんじゃなくて下僕にしてやろう、なんて都合のいい計画を立ててるんじゃないですか?」

 シャドウファングが抱いた『嫌な予感』というのは、それだった。ダークレギオンが下心なしで動くはずはないと確信していたのだ。

 シャドウファングの予感は図星だったらしい。ダークレギオンが視線を逸らした。

「どうだっていいだろう、そんなこと」

「よくありませんよ!」

 シャドウファングは、ばんと食卓を叩いた。普段おとなしい若者の激情的な態度に、ダークレギオンの目が丸くなる。

「ベリス師は、ご主人さまが魔物を倒してくださると信じて『一任する』と言ってくださったんですよ。その信頼を裏切るおつもりなんですか?」

 ダークレギオンの眉が、ぴくりと動いた。

「偉そうな口を叩くな!」魔道士が怒鳴りかえす。「倒そうが下僕にしようが、俺の勝手だろう! 要は、その邪竜人が悪さをしないようにすれば文句はないだろうが!」

「そりゃそうですけど、ご主人さま、相手が悪すぎます」いつもならばダークレギオンの一喝で引っ込んでしまうシャドウファングだが、今夜は黙っていなかった。「邪竜人ってのは、相手を倒すことに自らの存在意義を見出す種族なんですよ? おとなしく下僕におさまってくれるような奴じゃありません!」

「やってみなければ判らんだろうが、そんなことは!」

 言うやダークレギオンは椅子を蹴って立ちあがり、足音も荒く自室へと戻ってしまった。

「ご主人さま!」

 シャドウファングの呼びかけは、荒々しく扉を閉める音で空しく断ち切られてしまう。

 冷めたハーブティーを口に運び、シャドウファングは大きな溜息をついた。

 ──まずいなぁ……ぼくも邪竜人については詳しくないけど、人間の魔道士の言うなりになるような、生易しい魔物だとは思えないんだ。

 しばらく考えこんでいたシャドウファングは、やがて「よし!」とうなずいた。台所に入り、夕食の後片づけをして翌朝のパンの仕込みをしてから、火の始末をする。

 それから、二階のダークレギオンの様子をうかがった。階上は、しん……と静まりかえっており、シャドウファングの鋭敏な耳にも物音ひとつ聞こえてこない。

 ──ご主人さま、寝ちゃったのかな……だったら好都合なんだけど。

 シャドウファングは、それでもなお、しばらくの間、じっと階段の下に立ちつくしていた。ダークレギオンの部屋が静かなままであることを確認してから、そっと勝手口をすべり出る。

 ──二本足で行ったんじゃ、時間がかかり過ぎるな。

 空を仰いで、ほとんど線のようにしか見えない月の位置を確認したシャドウファングは、大きく伸びをして、ぶるぶるっと全身を震わせた。茶色いもやが湧いたかと思うと、たぬきの姿が現われる。

 ──四本足で走っていけば、朝までに戻れるよね。

 シャドウファングは、森の「長老」のところへ、邪竜人についてきに行こうと思いたったのだった。たぬきの姿でいることを選んだ仲間たちのほうが、ワーとして暮らしている自分や父親よりは魔物たちに詳しいはずだ、と思ったのである。

 ──ご主人さまも、それなりに強いだろうとは思うけど、邪竜人にはかなわないよ、きっと。何かあってからじゃ遅い。とにかく敵のことを知って、ご主人さまを思いとどまらせるなり何なり、しなくっちゃ!

 シャドウファングは走りだした。月明かりもほとんどない闇夜だが、たぬきの姿であれば、どうということはない。

 森へと急ぐ彼は、ダークレギオンが今夜のうちに行動を起こしてしまうとは夢にも思っていなかった。


 ダークレギオンは自室へ引きとってから、邪竜人を下僕にするための準備を着々と進めていた。護符や貴石などの魔力を増すための道具のほかに、痺れ薬や火油の類まで、あらゆる品物をまとめて革袋に入れる。

 それから、階下の様子をうかがって物音ひとつ聞こえないことを確かめた。このとき、すでにシャドウファングは出かけていたのだが、ダークレギオンはそれを知らない。

「静かだな……どうやら寝たらしい、シャドウファングの奴」

 革袋を背負い、足音を忍ばせて階段を下りたダークレギオンは、勝手口からするりと外へ出た。目が闇の暗さに馴れるまで、しばらく立ちつくす。

 ──この程度の月なら新月も同じだな。

 細い月を見あげ、ダークレギオンは一人うなずいた。

 ──これなら、俺の魔力も十二分に発揮できるだろう。見ていろ、シャドウファング。今夜こそ貴様をお払い箱にしてくれる!

 ダークレギオンは勇躍、村の南の岩山に向かった。当の邪竜人がこの村へ向かってきているとも知らずに。


 シャドウファング=ポムスは森の暗がりへと駆けこんでいった。たぬきたちだけが知っている獣道を走り、彼らが集まって住んでいる場所へと向かう。

「ポムス!」いきなり声がかかった。「ポムスじゃないか?」

「ラクス!」ポムスは足を止めて声の主を見た。「ラクス、長老に会いたいんだ」

「じーさんに?」

 茂みをかき分け、ラクスと呼ばれたたぬきが姿を見せた。ポムスよりも一回り大きな体格と鋭い目つきから、彼が一族のなかでも有数の戦士であることが判る。ラクスはパメラの兄で、もう少しすれば一族を率いる立場になるであろうことを誰もが認めている若者だった。

「うん。もう遅いから駄目かなぁ」

「ボケたこと言ってんじゃねーよ」ラクスは苦笑した。「俺たちは、そもそも夜のほうが元気になるんだぜ。ワーの格好で暮らしてるうちに忘れちまったのか?」

「あ、そうか」

 ポムスはホッと息をついた。それなら何とか長老に会えそうだ、と安心したのだ。

「じーさんに何の用かは知らねぇけど、急ぎみてぇだな」ラクスはポムスの表情を見て言った。「ついて来い」

 ラクスは先に立って走りだした。ポムスも急いで後を追う。

「おまえ、今日、パメラに逢ったろ?」

 走りながらラクスが尋ねてきた。

「うん、泉のところで」

 ポムスは悪びれずに答える。

「それでか?」ラクスがにやりと笑った。「じーさんに再挑戦する気になったのか?」

 ラクスは、ポムスとパメラが一緒になることに反対してはいない。一族の長老でもある、兄妹の祖父は、ポムスがワーとしての生活を基盤にしていることを快く思っていなかったが、ラクスは若いだけあって、そのへんを割り切って考えている。どんな立場の者であろうとも、妹のパメラを幸せにしてくれさえすれば、それで良いと考えているのだ。

「再挑戦もしなきゃいけないとは思ってるんだけど」ポムスは言った。「でも、今夜はパメラのことで来たんじゃないんだ。長老にお尋きしたいことがあって」

「ひょっとして、例の魔物のことか?」ラクスの表情が険しくなる。「南の岩山の」

「うん」ポムスがうなずく。「どうやら、邪竜人らしいんだよ」

「邪竜人、だと?」ラクスの足が速くなった。「相手が悪いな、それは。俺でも聞いたことがある。魔物のなかでも上位で、性質たちの悪い奴らだろう?」

「ぼくも、よくは知らないんだ」ポムスは正直に言った。「でも、長老なら詳しいことを御存知じゃないかと思って。ご主人さまが、奴を下僕にしようと目論んでるみたいで……でも、ぼく、そんなこと、絶対に無理だと思うんだ」

「ご主人さま、か」ラクスは鼻をうごめかした。「俺が言うのも何だが、あの人間はちょっと歪んでるぞ、性格が」

 ──やっぱり、そう見えるのかなぁ。

 ポムスは「うーん」と唸ってしまった。

 長老が、自分とパメラとのことを許してくれない理由のひとつが、

「あんな間抜けな人間に仕えているなど、褒められたことではない」

 であることは、よく承知している。

 しかし、傍から見れば、すること為すこと裏目に出ているダークレギオンだが、そのほとんどが真っ直ぐすぎる性格ゆえだということを、ポムスはよく知っている。

 ──今さら見捨てられないよなぁ。

 ポムスがダークレギオンの顔を思い浮かべたとき、ラクスが先に立って緩やかな斜面に面した小さな空き地に出た。斜面に空いた幾つかの横穴を、何匹ものたぬきたちが忙しげに出入りしている。

「ポムス!」空き地の隅に集まっていた群れの中からパメラが抜けてきた。「どうしたの? ポムス。こんな時間に」

「じーさんに会いたいんだと」ラクスがポムスに代わって答えた。「何処にいる?」

「おじいさまなら家よ」パメラが兄を見あげる。「今夜はまだ出てらしてないから」

「連れてってやれ」ラクスは顎をしゃくった。「俺は見回りの途中だったから戻る」

「ありがとう、ラクス」

 ポムスは、すでに空き地を出かかっているラクスに向かってぱたぱたと尻尾を振った。

 人間と一緒に暮らしていて、この一族とはあまり親しいとは云えないポムスのために、わざわざ同道してくれたラクスの気持ちがポムスにはありがたかった。ラクスと一緒でなければ、この空き地に出るまでに何度も誰何すいかされ、足止めされていたに違いない。たぬきは警戒心が強いのだ。獣道の周囲を見回っているのもラクス一人ではないはずで、ポムス一人だったら、そうした見回りの者たちに呼び止められるのは必至だった。

「ポムス、こっちよ」

 パメラが、いちばん大きな横穴の入り口に立って呼んでいる。

「ありがとう、パメラ」

 ポムスはパメラの先導で穴の奥へと進んでいった。二匹が進んでいく道はあちこちで枝分かれしているので、知らない者はすぐに迷ってしまうだろう。外敵に襲われたとき、どの穴からでも逃げられるように、すべての穴が、こうした細い枝道でつながっているのだ。

 枝道の多い、くねくねと曲がった通路を進んで行った二匹は、やがて、掘り広げられた大きな部屋に出た。壁に光り苔が植えられているので、部屋全体がほんのりと明るい。

 部屋の中央に一段高くなった場所があり、そこにはふかふかした落ち葉が敷きつめられていた。落ち葉の寝台の上で丸くなっているのが、パメラの祖父であり、この森のたぬきたちの長老でもある老狸だった。

「おじいさま」パメラが呼びかける。「ポムスが話があるんですって」

 孫娘の声に、丸くなっていた長老は、ひょいと目を開けた。全身の毛に白いものが混じりはじめ、顔のあたりなど、心なしか皺が寄っているようにさえ見える老狸だが、流石にその眼光は鋭い。

「何ぢゃ? 人間の手下が何をしに来た?」

「おじいさまったら、またそんな言いかたをして……」

 パメラが眉をひそめるのを「まぁまぁ」となだめておいて、ポムスは前へ出た。

「長老、ぼく、お尋ねしたいことがあって来たんです」

 ポムスの声に只ならぬ緊迫感を感じ取ったのだろう。いつもなら、彼が一度や二度、声をかけたぐらいでは髭の一本さえ動かさない長老が、いきなりむっくりと身を起こして二匹を見た。

「尋ねたいこと、ぢゃと?」

「はい」ポムスがうなずく。「邪竜人のことを長老が御存知でしたら、どんなことでも構わないので教えていただきたいんです」

「ふむ」長老が難しい表情になった。「さては、あの南の岩山に住みついた魔物……」

「はい」ポムスは、ダルフ村から届いた伝書鳩の手紙のことを話し、自分の想像をも併せて告げた。「緋い肌と長くて鋭い爪、二対の羽根まで備えている魔物と云うと、邪竜人ぐらいしか思いつかなかったんですが……」

「そいつは、おまえさんの想像通りぢゃろうて」長老はうなずいた。「その、村人を怯えさせるようなやりくちも、陰険な邪竜人ならではの仕業ぢゃな。それで、おぬしが住んでいる村には、まだ被害がないのか?」

「えぇ、さいわいなことに」ポムスは首を縦に振った。「でも、災いの芽は早いうちに摘み取ったほうがいいからって、うちのご主人さまが邪竜人と対決することになって」

「おぬしのところの間抜けな闇魔道士か」長老は、やれやれと首を回した。「あの男に何ができると云うんかの。邪竜人の相手をするには、ちと器が小さいのではないか?」

「おじいさま、そんな失礼なこと──」

 パメラが言いかけるのを、ポムスは微笑わらって抑えた。長老の言葉が腑に落ちるだけに、情けないことだが反論しかねる。

「邪竜人というのはな」長老は、もそもそと居ずまいを正した。「様々な種族に喧嘩を売り、相手を完膚なきまでに叩きのめすことで満足する、という凶暴で好戦的な種族ぢゃ。できることなら関わり合いになりたくない相手ぢゃな」

「でも、その相手をですね……」ポムスはちょっと口ごもったが、すぐに言葉を続けた。「その相手を下僕にするつもりでいるんですよ、ご主人さまは」

 長老の目が真ん丸くなった。パメラは目をぱちくりさせている。二匹とも「言葉がない」という顔つきだ。

 だがやがて、長老が「ふぅむ」と唸った。

「それは……もし、成功したとしたら、それに勝る対処方法はないかもしれんぞ」

「まさか! 相手は異界でも上位の魔物なんですよ。こう言っちゃ何ですけど、うちのご主人さまにどうこうできる相手じゃ──」まくし立てていたポムスが、ふと言葉を途切れさせた。「あれ? 長老、今なんて……」

「うむ」長老が得意そうにうなずく。「それに勝る対処方法はない、と言うた」

「どういうこと? おじいさま」

 絶句してしまったポムスに代わってパメラが尋ねた。

 長老は可愛がっている孫娘に真剣なまなざしで見つめられ、嬉しそうに表情を和ませる。

「岩山に住みついた邪竜人は一体だけぢゃ」

「今のところ、そうみたいね」

 パメラが相づちを打った。

「そいつは、ここいらの生き物に手を出して楽しんでいるには違いないが、それ以外にも目的を持っておるのではないかな」

「目的、ですか?」ポムスは目をぱちぱちさせた。「どんな目的です?」

「あくまでも推測なんぢゃが……」長老は前脚で髭を撫でつけながら答える。「自分たちが闘うに足る種族が、この『世界』にいるかどうかを調べに来た、とか」

「そんな……!」ポムスの全身の毛が一気に逆立った。「邪竜人って一人だけでも相当に強いんでしょう? そんなのが束になって、かかってきたりしたら……」

「そこなんぢゃがな」長老は興奮しているポムスの鼻先を、ぺし、と抑えるようにして言った。「邪竜人は、本当に強い奴だけを種族同士の喧嘩の相手として選ぶのぢゃ。一人の邪竜人で簡単に倒せる程度の者しかいないような種族は最初から相手にしない。そんな一族は餌にするぐらいしか価値がない、と思うておるのぢゃろうて。逆に、一人の邪竜人が苦戦するほどの相手がいる種族ならば、一族あげて悦んで闘いを挑んでくるぢゃろう」

「それって、ご主人さまが邪竜人に倒されちゃったら、ほかの人間やワーたちは餌になっちゃって、ご主人さまが勝ったら、邪竜人が皆して異界からやって来るって意味じゃないですか?」

 一度は落ち着きかけたポムスの毛が再びわさわさと逆立った。緋い肌をした凶悪な魔物が次々に押し寄せてくるさまを想像しただけで、全身に震えが走る。

「そこぢゃよ」長老は、ほっほっほ、と笑い声を上げた。「おぬしは、もう一つの可能性を忘れておる。それが、あの間抜けな闇魔道士が岩山にいる邪竜人を下僕にした場合、ということになるのぢゃよ」

「ご主人さまが邪竜人を下僕に……」

 鸚鵡返しに繰りかえし、ポムスは首を傾げた。さっぱり想像がつかない。

「解らんかのぉ」長老は得意そうに鼻をうごめかしている。「『敵を知り己を知れば百戦危うからず』ということわざもある。どれほど多くの邪竜人が攻めてこようとも、敵の手のうちを読める者をこちらの味方に引き入れてしまえば勝てる可能性はある、ということぢゃ。機会があれば、他の種族に喧嘩を売ることを生き甲斐としている邪竜人一族が、一人でこの『世界』へ赴くことを認めたほどの奴なら、一族のうちでもそこそこの強さを誇る奴に違いない」

「それじゃ、ご主人さまが、岩山にいる邪竜人を下僕にして、連中の情報を得ることができれば、ひょっとして──」

「そういうことぢゃ」ポムスの言葉に長老は笑顔でうなずいた。「あの間抜けな闇魔道士が、今こちらに来ている邪竜人を下僕にできれば、戦況は人間たちに有利になるぢゃろうて。闘わずに済めば、それに越したことはないのぢゃろうが……すでに先発の邪竜人が来てしまっておるのでは、奴らがこのあたりへ来ることを止めることはできまいて」

「……ありがとうございます、長老!」

 ポムスは老いたたぬきに抱きつかんばかりの勢いで礼を述べた。

「それで、邪竜人を下僕にする方法はあるの? おじいさま」

 話を聞いていたパメラが尋ねる。長老は黙って目を閉じ、首を左右に振りかけたが、ふとその動きが止まった。

「……おじいさま?」

「長老?」

 急に動かなくなってしまった老狸を案じて、パメラとポムスが彼の顔を覗きこむ。その瞬間、老狸はカッと目を見開いた。

「うわぁ!」

 ポムスは驚いて飛び退すさる。パメラは祖父のこうした態度に馴れているだけあって、一瞬ぴくりとなったものの、すぐに立ちなおって相手を睨みつけた。

「驚かさないで、おじいさま」

「いや、すまんすまん」長老は頭を掻いた。「急に憶いだしたことがあってな」

 長老の視線が、のこのこと目の前に戻ってきたポムスに当てられる。

「あの……何か?」

「ふむ。ポムス、おまえの村は──」

「クライス村です、長老」

「ならば、やはり間違いない」長老は大きくうなずいた。「クライス村の長の家には、強力な呪物が伝わっておるはずぢゃ。それを使えば、あの間抜けな闇魔道士にもあるいは勝機があるやもしれん」

「呪物って何ですか?」

 ポムスが素朴な質問を発した。長老は眉をひそめて若狸を睨む。

「儂とても、そこまでは知らん」

 ポムスとパメラが、かくっとずっこける。

「それじゃ、役に立つ物かどうかも判らないんじゃ……?」

 パメラの問いに、長老は「そんなことはない」と首を振った。

「ずっと以前──そう、儂よりもずっと前の長老の時代に、やはり強力な魔物が異界から現われたが、クライス村の娘が呪物を使って追い祓ったという話を聞いたことがあるのぢゃ。そして、その呪物は代々村長の家に受け継がれている、とも」

「解りました」ポムスは長老に向かって、ぺこりと頭を下げた。「いろいろ教えてくださって、ありがとうございます。ぼく、すぐに戻って村長と相談してみますから」

「話をするなら、間抜けな闇魔道士も交えてするべきぢゃろうな」長老は大きな欠伸あくびをしつつ言った。「あれは少しでも話の輪から外されると、とことん根に持つ性格と観た」

 ──ご主人さまのことを的確に判断してるなぁ。

 ポムスは感心して何度もうなずいた。

 ──いちいち「間抜けな闇魔道士」っておっしゃるのが引っかからなくもないけど……ぼくのこと、少しは気にかけてくださってるってことなのかな。

 パメラもポムスと同じ感想を抱いたらしい。祖父とポムスを交互に見やって、嬉しそうに、にこにこしている。

「それじゃ、また来ます」

 出口へ向かおうとするポムスの背に長老の声がかかった。

「何かあったら森へ来い。儂らにできることなら手伝ってやる」

「ありがとうございます!」

 ポムスはもう一度、頭を下げて礼を言うと、急いで長い横穴を抜けていった──。

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