最終話 あけましておめでとう!
日本における、あらゆる祭事でも滅多に見ない人混み。
普段から神なんてものを信じない人間ですら、鳥居を潜り、拝殿に手を合わせる。
賑やかな鈴の音も、甘酒の香りも、楽しくて仕方がない。
「さて、年明け最初の大仕事だ!」
滅多に着ない派手な装いで、天照は社の上に鎮座する。
人々の願いは、直接この耳で聞き届けたい。それが、彼の信条だから。
もちろん、願いの中には、天照の分野でないものも多々ある。が、それでも天照は、両手を広げて願い札を回収する。
集めた信仰心も、天照には愛おしい。一年に一度きりだろうと、毎日通おうと、捧げられる祈りは、等しく尊いものだろう。
***
「はぁ、はぁ……た、体力、落ちましたかねぇ………」
集めた信仰の仕分けと、今年度の予算案の制作。神殿になだれ込んでくるお神酒の運搬と、願い札の仕分け、掲示、そして神通力の大盤振る舞い。
今までこなせていた仕事が、正月というだけで普段の百倍にまで跳ね上がる。
しかも、装束だって、普段の動きやすいものとは全く違う、厳かで、伝統的で、とても思い衣装で動くのだ。
月読は自分の社の中で、書類に囲まれながら入口に溜まっていく願い札と信仰心を睨みつける。
「普段お参りもしないどころか、私のことも知らないくせに……」
近場の神社という理由で参ったわけじゃないでしょうね、なんて悪態もついて、そろばんをパチパチと鳴らす。
「電卓、買ってみましたがダメですねぇ。やっぱりそろばんの方が頑丈だ」
月読はちらと社の隅を見やる。そこには放り投げた数字版が飛び出した電卓が落ちている。
短時間に使いすぎたせいで、バネが飛び出してしまい、早々に使い物にならなくなった。
月読は慣れた手つきでそろばんを弾く。時折お神酒を水代わりに飲んで、予算案を仕上げていく。
ふと思い出して、懐中時計を開く。そういえば、昼過ぎからは新年のお祝いをしようと、集まる予定だったか。
時計はちょうど十二時を差したところだ。
月読は入口を塞ぐ札と信仰心を押しのけて、社を出た。
参拝に来た人々は、社に手を合わせ、目を閉じて、熱心に祈る。その姿を見ると、先神たちの気持ちが何となく理解出来た。
奇跡を願い、幸せを願い、平穏を望む、祈りの声がとてもとても温かくて、愛おしい。
……なんだって、叶えてあげたいと思ってしまう。
「……願いなさい。人の子よ。変わらない明日を、笑って過ごせる今を、愛し愛される人を。望みなさい。祈りなさい。そして、信じなさい。貴方がそうありたいと願うなら、そうなりたいと望むなら」
「私たちは何度だって手を貸しましょう」
自分が神である以上、自分がその力を持っている以上、八百万の神にとって人間とは、愛すべき全てなのだから。
「……はぁ〜重い。もっと軽い素材の衣装に変えてもらいましょう。織姫にでも頼んでみましょう。納品日が七月にならないと良いのですが」
月読はとん、と床を蹴り、空を舞う。
空から見る、参拝帰りの人々の顔は、真剣だったり、笑顔だったりと様々だ。叶わなかったら……なんて、泣きそうな人もいる。
月読は微笑み、「月の加護を」と竪琴を鳴らした。
***
高天原に着くと、既に道はお神酒でいっぱいで、狐や兎、鴉などの神使たちがせっせと片付けをしていた。
月読が神殿に入ると、ご馳走のいい匂いが廊下にも漂っていた。
その香りを辿っていくと、広間には天照を初め、
月読が宴を広間の端で参加すると、すぐに須佐之男が気づいた。
「月読様、何で隅っこにいるんスか」
「遅れてきたんですから。仕方ないでしょう。よく気が付きましたね」
「そりゃ、目立つ衣装着てますから」
以前からズバズバとものを言う彼だったが、打ち解けてからはより鋭い物言いをするようになった。月読と性格が似てきたのだろうか? とても不服だが。
月読は須佐之男に手を引かれ、天照と合流する。既にお神酒の樽を三つも開けている天照は、月読に赤い盃を差し出した。
「月読も来たし、そろそろ乾杯しようか」
「え、まだ乾杯してなかったんですか? 私待ち? 待たずとも良かったのに」
「いや、宴自体の乾杯は済ませた。だが三貴子揃っての乾杯はしていない」
天照は月読の盃に酒を注ぐ。須佐之男は、二人よりも少なめの酒で盃を持った。
月読は天照に「音頭を」と促す。天照はにぃと笑った。二人も、つられて笑う。
「あけましておめでとう!」
去年は、最初から最後まで色々あった。今年は一体、どんな年になるのだろう。
月読は酒揺らぐ盃を、笑みを浮かべて喉に流した。
現代神は忙しい 家宇治 克 @mamiya-Katsumi
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