拾肆話 三貴子とオリンポス
神使に囲まれて神版ム○ゴロウさんになっている須佐之男。
会議が進展なしでやけ酒をしている月読。
それを眺めて仕事を進める天照。
皆が宴を続ける中で、三貴子だけ雰囲気が違う。黙々と仕事をする天照に月読が絡む。
「なんで会議をやる度に『検討します』『また別の日に』しか出ないんでしょう。政治家じゃあるまいし。そんなんだから何年も何百年も引き延ばされて終わらないんですよ!」
「はいはい、落ち着け。時間わかるか?」
月読が懐中時計を開く。
「……十二時四十八分ですね」
須佐之男が頭の鶏を降ろして寄ってきた。やる事が分かっているらしい。
月読が頬を叩いて酔いを覚ます。
「そろそろ行くぞ」
出雲大社を出て、人気のない空き地に集まる。周りにあるのは雑木林だけ。
天照は袖から笛を出す。蛇が牙を剥く笛を高らかに鳴らすと、答えるように馬のいななきが聞こえた。
空を羽ばたく馬が三頭、周りを囲むように降りてきた。
「ペガサスを迎えに寄越すとは、歓迎の方法が豪華過ぎません?」
「まあ、思うところはあるが。久々の外交だ。やる気に満ちているんだろう」
「そのやる気、悪いほうじゃないといいんスけどね」
ペガサスに跨り、空高く舞い上がる。
目指すはオリンポス。遠く遠くへ走る風を追い越して、ヨーロッパに辿り着いた。
***
アテネ──パルテノン神殿上空
ペガサスはそこで止まった。暇そうに曇天を眺めている。月読が「今日はここですか」とため息をついた。
「神器顕現──闇夜に謳え『月光の竪琴』」
月読が黙って竪琴を奏でると雲が渦巻き、雷を轟かせる。ペガサスはいななき、雷を放つ渦の中心に羽ばたく。
近づけば近づくほど雷は両腕を広げて三貴子を威圧する。地上では人間が怯えて悲鳴をあげている。月読は竪琴の音を止めた。
ペガサスが雲の中に飛び込んでいく。
「ようこそぉ!オリンポスへ!」
ようやく着いたオリンポス。
数多の女神を引き連れてゼウスが直々に出迎えてくれる。────全裸で。
「やっと話が出来ますな!」
「えぇと……ゼウス殿、お出迎え感謝するがその……」
「HAHAHA!
「服装の話っスかね……」
天照と須佐之男は目を逸らして黙る。目の前にした絶大なインパクトと最大級の歓迎にどう言うべきかもわからない。そうなると切り込みに行くのは月読だ。
袖で顔を隠しつつ、敬意を払う。
「ゼウス殿、申し訳ありませんがその身までオープンでは困ります。何でもいいので下半身は隠しましょうか」
「おや、月読命は女性だったか!それは申し訳ない。ところで麗しい顔をもっと見せて頂きたい」
「私は女ではありませんし、外交相手に少々恥じらうべき部分をお隠しになっては如何ですか?」
ゼウスは快活に笑って腰に布を巻く。やや不機嫌な月読が顔を見せてため息をついた。
「日本神は露出しないのか?」
「貞淑なんです。ギリシャ神は自分に正直すぎますよ」
ゼウスに手を引かれ、神殿へと案内される。月読と須佐之男の目が妙に怖く感じた。
***
長いテーブルを挟んでワインを飲む。ゼウスは女神を侍らせてその偉大さをアピールしている。
「申し訳ありませんな。須佐之男命は仕事とはいえ、月読命をアルテミスの狩りに付き合わせてしまって」
「構わないが、二人が不安だ。仕事で来ているならば三人で話すべきでは?」
「まあ気になさるな!トップだけで話すのも悪くは無いだろう!」
豪快に笑うゼウスに溢れんばかりのワインを盛られる。外交には慣れていないが、酒盛りしてくる時は大体──懐柔を図っている。
「……何か目的があるようだが」
疑いの目でゼウスに切り出してみる。当たったらしく、ゼウスは女神を下がらせる。
ワインを遠ざけ、ゼウスを見据えた。
「単なる友好関係目的ではないだろう。それよりも欲しい何か。その為に外交に応じたのでは?」
「……流石は天照大御神。太陽神に嘘はつけんのか」
ゼウスは席を立ち、背中を向ける。オリンポスの大自然を見つめて大きく息を吸った。
「ワインの味はどうですかな?」
……どういう意味だろうか。
「ああ、香りも味もとても良い」
「日本ではよく飲まれるか?」
「……人間は飲むな。俺らはお神酒くらい」
ゼウスが振り向いた。意味深にため息をついて、ワインを手に取った。
「そうだろう。飲み慣れた私もそう思う。このままでいい。でも新たな酒を求める欲が収まらない」
……察した。何となく察した。
「……まさか」
ゼウスが耳元で囁く。
ワインの匂いが自分より強かった。
「酒の輸出を頼みたいんだ」
「あっ、それは月読との相談だな」
席を立って帰ろうとする。だがゼウスの腕が肩を掴んで離さない。
「頼む!日本のお神酒飲んでみたいんだ!洗練された味って聞くが本当か!?」
「それしか飲んだことがないから分からん。でも多分洗練されている。輸出は出来ない」
「言い値で買おう!言い値で買うから一滴だけでも!」
「いや、これは俺の管轄ではない。商談はそういう神とやってくれ」
「
「アルコール度数が高すぎて西洋神でも無理だ。それにあいつは気に入った者にしか酒を分けたりしない」
「その口ぶりは飲んだことが……?」
「…………一度だけある」
「なら天照大御神から頼んでくれ!」
「ムッリッだってば!」
しがみつくゼウスと言い合っていると、呆れた視線を感じ取った。予想通り後ろに立っていたのは月読。神器を片手に柱に寄りかかって見物している。
「月読っ!手を貸してくれ!」
「はぁ、何でこんなことになったんです?」
二人がかりでゼウスをはがし、月読が着席を促す。事情の説明を聞いて月読はうんうんと頷くと顎に指を添える。
「つまり、お神酒の輸出の妥協点が見当たらない……と、いうことでいいですか?」
これには月読も唸る。
そもそもお神酒とは人々の信仰心の表れの一つであり、神器を清めたり神威を高めたりと、我々八百万の神が民に与える祝福に必要不可欠な物なのだ。それを他国の神に譲ってしまっては与えられる加護は減り、神力だって失いかねない。
「そうですね。申し訳ありませんがお神酒の輸出は不可能です」
「そんな……我、神ぞ?全知全能の神ぞ?」
「存じておりますが。それでも駄目なんですよ。我々も今ピンチなんで」
肩を落とすゼウス。どんよりとした空気に口が重くなる。
──というか、何でそんなにも酒に固執するんだ?
疑問をワインで流し、妥協案を模索する。月読が「お神酒じゃないですけど」と、小さく手を挙げた。
「酒呑童子の酒でもいいと仰ったのなら、それならなんとかなると思いますよ」
「それは本当か?月読命」
「ええ、心当たりのある方が一人いるので外交が終わり次第聞いてみます」
──居たか?そんな奴。
酒呑童子は今現世にいるし、鬼神とはいえ
しかしゼウスは上機嫌。月読と連絡先を交換するとまた女神を呼び寄せ、宴を始める。
他の神様も集まってどんちゃん騒ぎになってしまった。その騒ぎに乗じて月読にこっそりと聞いた。
「なあ、俺らの中に酒呑童子の知り合いが居たか?」
月読はフッと笑って「違う違う」と手を振った。
「地獄の頭領さんが酒呑童子と古い付き合いで、毎年お酒を送ってもらっているそうなんです。その方に頼めばおそらく分けていただけるかと」
「そうか。そうだったのか。しかし、その頭領に会ったことは?」
「実はないんですよね。一度も拝顔したことなくて……そこが問題なんですよ」
確かにどんな人か分からないとどうしようもない。今まで会ったこともないため、交渉の方法も未知だ。
月読は交渉方法を書き出しながら果物をつまむ。天照はどこに行っても皆同じなのだ、と身に染みて学んだ。
***
「酒臭いっスね」
パルテノン神殿──上空
合流した須佐之男の開口一番のセリフだった。月読は口をへの字にして文句を言いたげだったが、無視を決め込む。ペガサスの腹を蹴ってさっさと帰ろうとする背中に須佐之男は訝しげな視線を送る。
「うるさいですよ」
「何も言ってないっスけど」
「視線がうるさいんです」
「理不尽極まりない!」
「喧嘩するなよ二人共……」
何でいつも仲が悪いのか。進展しない会議よりもこの事を早く解決したい。
日本につく頃には夜になっていた。
温かい街明かりに出迎えられて心が和らぐ。やはり自国に勝るものはない。
参拝客も居なくなった夜の出雲大社は威厳たっぷりの佇みを保つ。
中に入ろうとしたが、ふと邪気を感じた。胸を突くような強い邪気だった。
須佐之男も感じ取ったのか、天照の体を後ろに下げた。
「お下がりください。ここ、何か居ますよ」
「厄祓いの力はないのでイマイチ感覚が分かりませんが、低級なんかではないことは確かですね」
「そうだ。閻魔殿でも来たかと思ったが、あれほど禍々しくはない」
須佐之男がそっと手を伸ばす。扉に触れるか触れないか、ギリギリのところで中から声がした。
「さっさと入れよ。お前らの空間だろ」
ひとりでに扉が開く。音を立てて壊れた扉の奥に月光が差し込む。
……ひどい荒れようだった。
穴が開き、柱は折れ、ボロボロになった社に血を流して動かない八百万の神。天井にまで飛び散った血は滴り落ちて水溜まりを作る。
それこそ地獄絵図。
鉄くさい空間のど真ん中では寝っ転がって酒壺を空にする──赤い髪の鬼。
「よぉ。遅かったな」
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