拾参話 出雲集会、開会

 参拝客で賑わう出雲大社。

 写真を撮ったり熱心に祈願したりと様々だが、毎年この時期は一段と人が多い。


 ──そう、神無月だ。


「空から来て正解ですね。最寄りの神社から行ったら神殿にたどり着けない」

「そうだな。しかし、これだけ人が集まるというのは嬉しいものだ」

「あぁーまた縁結びやらされるんスか……。しんどい やりたくない めんどくさいぃ…」


 神無月とは、神が出雲に集まり報告会をすることであらゆる神社から神がいなくなることからついた。しかし、神が集まる出雲では『神有月かみありづき』と呼ぶ。


 だが、会議は十一月。十一月に会議をするのは旧暦の十月に合わせているからである。

 それを知ってか、またはた広まったのかは分からないが、十一月の参拝客が増えたような気がする。月読はうーんと首を傾げた。


 ──信仰が集まるのは良いのですが、こうも多いと問題がありますねぇ……。


 ***


「三貴子がいらっしゃったぞー!」


 盛大な歓声に迎えられ、上座に座る。須佐之男は一人、天照や月読よりも低い位置に胡座あぐらをかいた。こうべを垂れる神々の前で、天照は堂々としている。


 ──なのに。


「どうして宴となった途端に逃げ出すんです?」

 神殿の裏で草笛を作る天照に仁王立ちで尋ねる。天照は目を泳がせて笑う。耐えきれなくなったのか、困ったように頭をかいた。

「ほら、俺も人間にとっては十分いい大人だろう?」

「いや分かりませんよ。神と人じゃ物差しが違いますので」

「そうなると色々困ったことになるんだ。その……なんと言うか」

「困っているなら周りの方に助力を願ってはいかがですか」


「結婚を迫られて困ってるからここに居る」

 ……そういう事か。

 確かにいい大人。

 神にとっても女の一人や二人、いてもおかしくはない。だが権力者天照の場合は別だ。

 高天原を統べる最高神、身内贔屓なしにイケメンだ。たかる女は大勢いる。

「分かりました。なら少し散歩でもどうですか?この辺の視察は出来ませんでしたし」

「そうだな。……すまない」


「あれ〜?光平君に冷夜君、どうしたの?」


 逃げようとした矢先に声をかけられた。

 和洋折衷の神衣を纏うチャラ男風の神。若草色の瞳がキラッと輝いた。


 大国主命おおくにぬしのみことの二代目──大国遊真おおくにゆうまだ。


「酒宴は始まったばっかだよ?サボり?」

「無礼な、天照は数多の神を束ねるお方。気疲れするお立場にあられるのです」

「ふーん。ねぇねぇ、早くおいでよ!涼助君が『縁結びチャレンジ』するってさ。昨年はいなかったけど、面白いんでしょ?」

「話を聞いていましたか?大国主殿」

「遊真って呼んでくれる?堅いの嫌なんだよね〜。ほら行くよー」

「引っ張らないでください!聞いてるんですか!?天照はっ!疲れてるんです!」

 大国主に腕を引かれ、天照と共に神殿に戻される。必死に抵抗してみるが、なかなかに力が強い。努力は虚しく、酒に酔った神々の中に投げ込まれてしまった。


 ***


 酒を片手に宴を見渡す。

 八百万もいるだけあって、神殿内は完全に無法地帯。

 暴れる神、噂話をする神、大国主のようにハーレムをつくる神もいれば、須佐之男のようにただ黙々と作業する機械に成り果てる神もいる。

 これを今まで束ねていた先神はどういう方法を取っていたのだろうか。現代神には分からない。


「あ゙ーもー飽きた!帰っていいっスかね」

 縁結びチャレンジ記録大幅更新した須佐之男が疲れ顔で戻ってくる。

 さかずきに酒を注いで飲み干し、深淵のため息をついた。

「これだから嫌なんスよ。いっつも縁結びばっかりで」

「落ち着け。後で厄祓いの仕事を探そう」

「外に出れば腐るほどありますよ。あ、天照様お酌します」

 三貴子で酒を飲んでいると寄ってくるのは大国主。両手に女神を抱いたまま天照の向かいに座る。

「光平君、お酒足りる?持ってこよっか?」

「結構です。あまりに他人を連れてこないでください。変に気を使うので」

「三貴子ってコミュ障?女神を魅了するのはパパの遺伝だよ。なんせ沢山子どもいるし」

「つーか俺もコミュ障にすんな」

 大国主が須佐之男をじっと見つめる。須佐之男も視線に気づいた。

「涼助君とは初めましてだったかな〜って」

「ああ、大国主の息子だろ?昨年から交代したって聞いてた。親父譲りのチャラさだな」

「そう?聞いてたよりも逞しいけどね、涼助君は」


 遠くが騒がしい。天宇受売命アメノウズメノミコトが踊り始めたようだ。笛や太鼓の音が響き、より一層賑やかになる。

 それに比べて大国主は大人しい。女神を下げて天照にお酌する。

「大国主殿、何か話でもあるようですが」

 大国主は微笑む。

「うん、実はねぇ……」


「日本の統治権を国つ神僕らに返して欲しいんだよね」


 無垢な笑顔とは裏腹に冷たい言葉。

 須佐之男が間髪入れずに睨みつけ、短刀を喉に突き立てた。

「天照様に何てことを……」

「侵略してきたのは天つ神君らでしょ?正確に言えばご先祖さまだけどさ。

 豊かになった土地が欲しくてパパを脅したんじゃない」

 交渉したとはいえ、最終的には武力行使。事実だ。ぐうの音も出ない。

「パパが言ってたんだよね〜。『いつか必ず、国つ神として再び日本を統治する』ってさ。でも亡くなっちゃったし、僕が叶えてあげたいんだ。親孝行大事だもんね」

「しかし今の国があるのは天照様の国土安泰の神通力があってこそ。手を離してはどうなるか分かんねぇぞ」

「それに現代はかつてと違い、とても不安定でいつ危険が迫ってもおかしくありません。

 そんな状態で、権利譲渡はいささか問題があるかと」


「そんなこと言ってさ〜。君らは『天照大御神』の威厳を守りたいだけでしょ?この国じゃなくて」


 月読を睨みつけて笑う大国主。短刀を振り上げる須佐之男を止めたのは天照だった。


「大国主の言うことは一理ある。だが、二人の言い分も正しい。そこでどうだろう。

 勝負で決着をつけないか?」


 予想外の展開に大国主の眉間が微かに動く。すぐにニッコリと笑って「いいよ」と頷いた。天照が勝負を仕掛けるなんて珍しい。

 勝てるならいいが───


「じゃあさ、酒飲み対決なんてどう?」


 ……駄目じゃないか。


「では私がお相手しましょう」

「待って下さい。俺で十分でしょう」

「いや、勝負を持ちかけたのは俺だから俺が相手する」

「天照は見ているだけで結構です」

「そうっスよ。どうぞ座っててください」

「三人がかりでもいいよ?負けないし」

「そういう問題じゃないんで。天照、貴方は不参加で。審判をやって下さい」

「対決は俺らだけで勝てますから」

「三人がかりでもいいと言っていた。なら俺もやりたい」

「うっ……月読様、俺じゃ止められません」

「やりたいと言うのなら……まぁ、仕方ありませんね」


 天照が楽しそうにしている。それ見ると止めるのも可哀想だ。

 大国主にルールを提示する。


 1,一番長く飲んでいられた者で勝敗を決めること。

 2,三対一なのでハンデとして三貴子が飲み始めてから三十分後に大国主が飲み始めること。

 3,一本勝負として、どちらが勝っても異論を唱えないこと。


 大国主は了承。意地悪く笑って天照を指さした。

「二人の慌てっぷりからして、光平君お酒弱いのかな?じゃあ真っ先に潰してあげるよ。 奉納されたお酒た〜っぷり貯めてるもん。いくら飲んでも構わないよ」

 やる気に満ちる大国主。若いとはいいものだが、如何せん無鉄砲過ぎる。喧嘩を売る相手を間違えたな。

 そのやる気が叩きのめされないことを祈りながら咳払いをした。


「そうですか。では──

 そのお神酒全て持ってきて貰えますか?」

「──え?」


 ***


 無残に積み重なる酒の残骸。

 次々と運ばれる大量のお神酒。

 いつの間にか、周りの注目を集めているこの対決。

 唖然とする大国主の前で、酒を全て飲み干すのは──天照だ。

「天照、あまり飲み過ぎない方が……」

「ん?まだ序の口だぞ?」

 そう言った天照の後ろには天井に届くほどに重なった酒の樽、横には一升瓶やパックの山が出来ている。

「う、嘘……これが序の口?ありえないよ」

 ──言うと思った。

 ほとんどの神に知られていないが、天照は底なしの酒豪。こういう勝負で負けたことは無い。

 中盤から勝負を降りた須佐之男は、おつまみ係として見守っているが、酒の減りの早さに閉口している。

「ここまで飲む方でしたっけ?俺ん家で飲んだ時あまり飲まなかったような…」

「加減してたんですよ。酔い潰すとなったら世界中の酒が必要です。喧嘩売る相手を間違えましたね」

「トマトのおつまみ美味いな。酒が進む。次の樽をくれ!」

「次が最後ですよ。数年貯めた酒を数時間で空にするとは驚きです」

 かなり酔いが回って顔が赤い大国主は目をグルグルと回して仰向けに倒れた。


「降参……こぉさーん!もう無理っ!」


 大国主の惨敗で勝負は終了。

 最後の樽を飲み干した天照は「少し水」と言ってその場を離れた。

「あんなに強いなんて……。聞いてないよ」

「ホントに全部酒だ。酒豪なんて初めて知りましたよ」

「あれは人を驚かせますからね。あまり言わないようにしてるんです。

 大国主殿、決着はつきました。今までと同じく、統治権は天照に」

「うん。約束だもんね」

 水を持って戻ってきた天照は大国主に手渡して残ったおつまみを食べ続ける。

「これでようやく長年の苦悩が終わる」

「あー、パパ毎年詰め寄ってたもんね」

「あの手この手で天照を懐柔しようとしてましたから」

 盛り上がる神々を眺め、須佐之男は厨房に消えた。月読が指示をするまでもない。

 明日は会議の日だ。どうなるかくらい分かっている。


 神衣から人間の服に着替える。

 察した天照も着替えてついてきた。

 月読たちは賑わう人の群れをかき分けて、


 ウコンを買いに行く──

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