陸話 三貴子と神器
須佐之男と月読が睨み合うことはいつもの事だが、言い争うのは珍しい。
玉座の下で、大声で口論する二人を天照は胃が痛む思いで見ていた。
最初はまだ些細な事での口論だったが、それは段々熱を帯びて激しくなってくる。
天照は傍観を決め込んでいるが、この後の予想はつく。
どちらかが神器を取り出し、戦になるか。
もしくは月読あたりが自分を巻き込むか。
──どっちにしろ、巻き込まれるのか。
「やめろやめろ!何を言い争っている!」
諦めて玉座を降りると月読が眉間に
「須佐之男が!神器見せろと言っても拒否してくるんです!」
「だって嫌なんスもん!」
──子供か。
***
二人が落ち着いたところで床に座ってじっくりと話す。
「で?月読はなぜ神器を見たがる?」
月読はまだムスッとしているようで、ぶっきらぼうに答えた。
「別に、ただの好奇心ですよ。
須佐之男は神器を使い分けますから」
「ああ、確かにそうだな。
須佐之男はなぜ嫌がるんだ?」
須佐之男は青い顔で首を横に振る。
「だって、『何かムカつく』って理由で折られたら嫌ですよ」
「折りませんよ失礼な!
そもそも私そこまで力ありませんよ!」
「天手力男神の神殿粉々にしておいてか?」
「えっ粉々!? 月読様そんなことしたんスか」
「うるさい!うるさいっ!」
月読は赤くなった顔を袖で隠す。
「あの時は高天原予算をとられて怒ってたんです」とか何とか言い訳をするが、須佐之男の「だからパン
地に伏して悶える月読。
悶絶するくらいならやらなければ良かったのではないだろうか。
「まぁ、見せれば満足するのだから、見せてやればいいだろう」
「うっ……天照様が言うのであれば………」
須佐之男は心底嫌そうな顔をしつつも神器を取り出し目の前に並べる。
短刀、脇差、打刀、太刀、大太刀の五振り。
月読は面白そうに見ていたが、だんだん顔が暗くなる。
「何かムカつきます」
「ほら来たっ!絶対折る気でしょ!
だからヤなんスよ!」
「まだ折るとも言ってません!」
「まだって!これから言うんスか!? 」
「言いませんよ!」
再びギャーギャーと騒ぐ二人を
案外早くおさまったが、月読はまだ頬を膨らませて須佐之男を睨んでいた。
「しかし、全て刀なのか」
目の前に並んでいるのは日本刀。
ゲームにもなっているほど人間にとってはメジャーだが、神には中世ヨーロッパ等で使われているような剣の方が一般的だ。
「それは俺が風の神の他に、冶金の神だからだと思いますよ」
須佐之男命といえば風を操る暴れ神や、
実は製鉄の神でもある。
それは金属を熱する際に、「ふいご」を使うからだとか……
「いろんな所から依頼来ますよ。
刀を作ってくれとか、研いでくれとか」
「嗚呼、須佐之男の刀はよく切れますから」
「包丁とかフライパンも作りますし」
「あのたこ焼き器は?」
「現世の既製品ッスね」
須佐之男は黙々と神器をしまうと、じーっと月読を見つめた。
月読は視線に気づくと何かを察したように目をそらす。
「月読様、俺の神器見せたんで月読の神器見せてくださいよ」
「嗚呼やっぱり。こうなるんですねぇ」
月読は観念して神器を並べた。
矛と竪琴、二つだけだ。
須佐之男は矛を手に取り、まじまじと見つめる。
持ちやすさ、振りやすさ、刃の状態を確認するのはやはり職人なのだろう。
月読は眉間に皺を寄せたまま見守り続け、気が気でないのか袖で口元を隠してため息をつく。
「……凄いッスね。
かなり丁寧に手入れされてますし、持ち手の長さと刃の重さのバランスが完璧」
「な、何か貴方に褒められると胸がザワザワして気持ち悪いです」
「ただちょっと刃こぼれしてるのが気になるんスけど、
やっぱ手入れこそ繊細にやってるんでしょうが扱い方が野蛮なんスかねぇ」
「嗚呼しっくりきた。表出なさい須佐之男」
「頼むから喧嘩しないでくれ」
いがみ合う二人を引き離し、切に頼む。
「何でそんなに仲がわるいんだ…」
「それは……」
月読は目をそらした。
須佐之男も目をそらした。
天照は二人から目を離さない。
「須佐之男が天照に何かやらかしそうで不安なんですよ。先祖が先祖ですから」
「ああ、確かに俺の先祖は高天原荒らしまくりましたけど、俺はそんなことしませんよ」
頬杖をつき、ため息をつく須佐之男。
「俺らは天照様に逆らわないという誓いをたててるんです。それは絶対なんで」
「いや、でも不安です」
須佐之男は苛立っているようにも諦めているようにも聞こえる「あっそう」を置いて
須佐之男の肩に手を置いたが、全く反応なし。苦笑い以外に何も出来ない。
「シナトベや大雷神の神器はどうなんだろうな。風神と雷神だからそれっぽいのか?」
空気を変えようと月読には話を振る。
月読は首を縦に振って笑う。
「シナトベは大きな袋の神器ですし、大雷神は太鼓の神器です。
何でも、『イメージを壊したくはない』んだとか……」
ふと、視線を感じる。
視線の先には月読がいる。
真っ直ぐ天照を見つめている。
嫌な予感がした。
「……何だ?」
「いえ、考えたら天照の神器を見たことがないな、と」
「あ、それ俺も思いました。
一度も見たことないんスよ」
ああ、やはりな。
月読は首を傾げ、不思議そうな顔をする。
「高天原七不思議なんですよね、天照の神器は。誰も見たことがないって
噂では眩い光に包まれていて見ることが出来ないそうですが」
「え、俺は『見たヤツ全員灰になる』って聞いてんスけど」
──どんな噂だ。
「俺は神器をあまり好まん。故に使わない。
それに見たって灰になることは無い」
「そうなんですか?ちょっと残念です」
「ギリシャのメデューサみたいでカッコイイと思うんスけど……」
「嗚呼そうだ。今度挨拶に行かないといけないんでした。グッジョブ須佐之男」
「うっす」
互いに親指を立てる。
こいつらさっきまで喧嘩してなかったか?とか思いつつも、仲が良くなっているなら良いだろうと納得する。
『喧嘩するほど仲がいい』というやつだ。
「つーか、月読様って何で『海上安全』のご利益あるんすか?確か治めていたのは夜でしたよね?」
須佐之男の質問だ。
ただの質問だ。
しかし、月読には癇に障る質問だった。
「貴方の先祖のせいですよ。
大海原を放棄したおかげで私らが治めるハメになったんですよ。
夜と海を行ったり来たり…何で放棄したんですか!」
「俺に言わないで下さいよ!
最高神の位にありながら、格下の仕事押し付けられた先祖の気持ちが相当だったんでしょ!? 」
「今は
「天照は天照でご利益の『国土安泰』って誰が願うんですか!政治家ですか!」
「政教分離あるんで参拝出来ないんじゃないスか?」
「自分でも無駄なご利益とは思う」
「いやそんなことないと思いますけど。
天照様がそういう立場なんでしゃーないですし、人間を思えば悪くないと思うんスよ」
すかさずフォローに入る須佐之男に少し元気をもらい、謎の握手を交わす。
「それに俺も『縁結び』の要らないご利益あるんで」
今思えば、須佐之男にとって言わなければ良かった一言だった。
月読の目が、須佐之男を捉えた。
背筋が凍る須佐之男の表情は『やらかしちゃった』一色。
月読の顔が須佐之男に近づく。
須佐之男の耳元で囁かれた言葉は鉛よりも重い。
「貴方、去年の神無月の出雲集会サボりましたよね?」
旧暦の十月、現在だと十一月あたりに八百万の神は出雲に集まり報告会を行う。
報告だけでなく、願いを叶えに行ったり現世視察に行ったりするのだが、縁結びは毎年恒例の一大行事なのだ。
「縁結びご利益のある貴方がなぜ来ない!
そしてなぜサボったんですか!」
「仕事が片付かなかったんスよ!
それに行ったらずっと黙々と縁結びさせられるの飽きたんで!」
「それがあなたの仕事でしょ!」
月読の凄まじい剣幕に耐えかねた須佐之男は苦々しい顔をした。
…と、思えば突然消えた。
過ぎ去る風が髪を撫でる。
残された天照も月読も、一瞬何が起きたのか分かっていない。
月読が須佐之男の名を叫びながら玉座の間を飛び出したことでようやく気づく『須佐之男の脱走』。
──ああ、やはり逃げたか。
須佐之男の賢明な判断に感心する天照の耳に届いた
「神器顕現!『月下の矛』!」
と叫ぶ月読の声。
・・・今、『神器顕現』と言ったか?
いやいや、聞き間違いだろう。
外から聞こえる悲鳴も必死で善意に解釈し、冷や汗を抑えようとする。
まあ、その努力も泡となってしまった。
「神器顕現!『疾風の打刀』!」
「応戦したな須佐之男ぉぉぉぉぉ!」
半ば反射的に駆け出し仲裁に向かう。
玉座を離れ、外に飛び出してみれば神器を片手にいがみ合う二人。
野次馬に囲まれ、歓声に包まれ、話し合いで収まるような雰囲気ではなくなっている。
野次馬に割って入り、二人を止めるが聞く耳を持たず決闘が始まってしまい、天照の悲痛な声が虚空を漂う。
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