肆話 閻魔(大)王?


「ああああああああああああああああ‼」


 朝から月読の悲鳴が響く高天原。

 驚いて玉座から落ちた天照が「どうした!?」と慌てて駆けつける。

 しかし声がするのは机の方ではなく近くの棚の巻物の山。

 これもまたなかなかに多く、掘っても掘っても出てくるのはどうだっていい資料だけ。

 山の頂上から月読の腕が勢いよく生える。

 その腕が天照に手招きをするので、される側としてはホラーでしかない。

 それでも引っ張り出して俯いたままの月読の服を直す。

「大丈「閻魔大王えんまだいおう殿まーたやりやがりましたよ!」

 言葉を遮られただけでなく話が見えない。

 しかも月読は腹を立てていて、どう声をかけても返事をしないで文句を言う。

「……どうし「天照!きーてくださいよ!閻魔大王殿また書類の提出期限破ったんですよぉぉぉ!」

「………いや、聞きたいのは巻物に埋もれてたこ「ああああああ全くもぉぉぉぉぉぉ!仕事が詰まる!とどこおります!」

「月読、落ちつ「行きますよ!こうなったら地獄に乗り込みます!」

「ちゃんと言わせ「予定は空いてましたね!早くしないと後が面倒です!」

 ─結局最後まで言わせてもらえなかった。


 ***


 修理中の地獄の門を通り、エレベーターで地獄へと降りる。

 真夏並みの暑さの中を歩いて裁判所へと向かう。

 入口には、腰に巾着袋を下げた見張りの鬼が立っていて、二人を見るなり金棒を振り回して威嚇する。

 月読が一歩前に出て事情を話す。

「……まあ、こんな理由で閻魔大王殿にお会いしたいのですが」

「ダメだ。閻魔大王はお忙しくて会っている暇はない」

 月読を軽く突き飛ばすが、動じない。

 もちろん、黙っている月読でもない。

 口を開きかけた天照を制止し、にっこりと笑ってみせる。

「良いんですかねぇ。私ら一応日本の神様で、貴方がたの取引先ですけれど」

「知るか。俺らが従うのは閻魔大王だ」

「頭領さんは六文銭パクったこと知っています?」

 鬼は黙って入口を避けた。


「何でわかったんだ?」

「巾着いっぱいにお金入っていたので。

 所持金ならふところ等もう少し隠してあるでしょう」

 ──納得した。

 月読の後を追って裁判所へと入り、迷路のような道を右へ左へと進んでいく。

「人に優しくない道だな」

「ええまあ、関係者入口ですから」

 ──なんと面倒な。

 ようやくゴールの大きな扉が見えてくる。

 月読がドアを押すがビクともしない。

 天照も一緒になって押してみるが全然動かない。

「引くほうなのでは」ということで引いてみたが全く開かない。

「嗚呼、力が足りないのか扉が特殊なのか」

天手力男神あめのたぢからおのかみでも呼ぶか?」

 ──彼は剛力の神である。

「まだパンツバンジーの最中です」

 ──そして横領の犯人である。

「いっそ神通力でも……」


ソレ、バッジないと開かないよ」


 後ろから幼い声がする。

 見れば中学生くらいの背の低い人間が立っていた。

 中華風の服装で頭には不釣り合いなほど大きな帽子、その真ん中には『閻魔』と書かれている。

「閻魔大王殿、未提出の書類がありますが。どういうことでしょう?」

「ああ!忘れてた!まぁでも『仏の顔も三度まで』って言うでしょ?」

「閻魔殿、俺らは神であって仏ではない」

「故に三回も笑っていることはありません」

「はいはい、冗談が通じないんだから」

 閻魔大王は胸元のバッジを扉にかざし、力いっぱい押す。

 開いた扉を通り、中の裁判室で待機する。

 一戸建てくらいの大きさの台とハリボテの閻魔像を行ったり来たりして書類を探す閻魔大王。

「……貴方も大変ですね。別に人のイメージ守る必要ないと思いますが」

「いやー、イメージ守るっていうか、威厳がなかったからこんな感じに。昔はもうちょっと小さかったんだけどね」

「拡声器を使っていたのか」

「変声機も込みだよ。『オズの魔法使い』に真似されるなんて思わなかったけど」

 閻魔大王は落ちる帽子を直しながら「あっちじゃない」「こっちでもない」と辺りを漁りまくる。

 頬を掻きながらブツブツと独り言を言い、「ちゃんとあるんだよ!」と『無くしてないし』宣言をする。

 天照は気長に待つが、月読は懐中時計を片手に少し気が立っている。


 何分待とうが何十分待とうが現れない書類。

 月読は頭を抱え、「なんで手を組んだんでしょう…」と毒を吐く。

 閻魔大王はあっけらかんとして「そっちが頼んだんでしょー」と笑った。


「そうなんですけど…」

「だって黄泉に人が溢れてごちゃごちゃだったんでしょ?

 仏教の『地獄』の概念が必要だから仏教ボクらと取引したんじゃない」

「確かにそれで助かってますが、ここまで閻魔大王殿がズボラとは思いませんでしたもので」

「裁判はちゃんとやってるもん!」


 元々神道には『天国・地獄』の仕組みはなく、『黄泉よみ』として死後の世界があっただけだ。

 しかし時代が移り、人が増えていく度に黄泉にも人が溢れていた。

 当時の神々はしょっちゅう人を転生させてどうにか黄泉を保っていたが、減ることのない人間と悪事の行った人間同士のいくさに悩まされ、仏教の仕組みに目をつけた。

 仏は協力する代わりに信教を広めることを条件としたため、神々は受け入れたものの目立たなくなってしまった。


「仏もちゃっかりしてましたね…」

「無償って考えはあの時無かったからねー。あ!あったよ!」

 閻魔大王はしわくちゃの紙を持って戻ってきた。

 少々見づらいが確かに月読の書類だ。ハンコも押してある。

 でもやはり汚い。

「閻魔大王殿、小学生じゃあるまいしもう少し丁寧に扱って頂けませんか」

「裁判の資料で机がいっぱいになるからムリだよ。ムリッ!」

「はぁ……でも確かに受け取りました」

 月読は苦笑いして会釈する。

 閻魔大王は帰ろうとする二人を呼び止め、小さなブローチを渡した。

 翡翠のブローチだ。

 中に漂う白いリボンが印象深い。

 もちろんなぜ渡したのか検討はつかない。

 閻魔大王は疲れたようなため息をついた。

「地獄って大変なんだよ?

 定期的に特別台帳の亡者がやって来て、

 不定期に妖怪化した幽霊が落ちてくるんだもん。

 その妖怪が持っていた物なんだけど、遺族探して返しておいてくれないかな?

 ボクここから出られないからさ」

「?自分で返しに行けないのか?」

「お仕置き中なんだよ。

 現世出禁食らっちゃって」

 そう言った閻魔大王は月読に視線を泳がせる。

 月読はジロっと目を返し、「自業自得です」と素っ気なく返す。

「閻魔帳にない方を裁いたんです。

 あの方には謝罪の手紙を送りましたよ」

 天照は納得して手を叩いた。

 月読はブローチを眺めながら、扉を開けて出ていった。

 その後ろをついて行こうとすると、閻魔大王はつまらなさそうな声を出す。

「もう行っちゃうの?少し遊んでこーよー」

 天照は笑って閻魔大王の頭を撫でる。

 また今度な、と言うと閻魔大王は頬を赤く膨らませて手を払い、裁判台へと走っていってしまった。


 * * *


 高天原

 月読はシワだらけの書類をどうにか綺麗に伸ばそうと悪戦苦闘していた。

 側でそれを眺めながら自分の仕事をテキパキとこなす。

 机に頭を打ちつけ唸る月読。

 どうやら出来なかったらしく、諦めて棚の方へと向かった。

「全く、閻魔大王殿はどうして物の管理がガサツなんでしょうか……」

「絶え間なく裁判が続くんだ。忙しくて片付ける暇もないんだろう」

「はぁ、天照は閻魔大王殿に甘いですね」

 ケッ、と笑って月読はしわくちゃの書類を見つめる。

 しばらく見つめた後、突然月読が

「あああああああああああああああああ‼」と叫んだ。

 驚いてインクをこぼし、書類一つがダメになってしまった。

 怒り顔で振り返った月読は「地獄へ行きますよ!」と天照の手を引いた。

「何だ何だ!今度はどうした!」

書類コレ一昨年のヤツです!

 ああああもう!結局仕事がつっかえる!」

 怒り心頭の月読に引きずられ、再び地獄へと足を運ぶ。

 閻魔大王に収納ケースでも送ろうかと考える天照だった。


 ───続く───

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