参話 暇神の会話

 光り輝く夜の高天原。

 数多ある神殿の中で、闇の中でも神々しい天照と月読の神殿。

 神聖なる玉座の間──

 絢爛豪華けんらんごうかな装飾の太陽の玉座と、落ち着いたグラデーションの月の玉座が仲良く並んでいる。

 その月の玉座に君臨くんりんする月読は静かに誰もいない空間を見つめている。

 冷たい空気の神衣をまとい、静寂の冠をかぶる月読は闇をべる者。

 天照の偉大なる姿とは真逆の存在。

 天照が『生』であるなら月読は『死』。

 記録にほとんど残らない理由も何となく分かる。

「月を読んで夜を統べよ」

 先祖が託された言葉をポツリと呟く。

 広い空間に虚しく響き、心をえぐるようにして消える。

 皆が寝静まる夜が月読の本業。重要な仕事であり、貴重な自分自身の時間。

 とはいえ暇なのは事実。誰も見ていないしと、少し背伸びして肘掛ひじかけにもたれかかる。

「嗚呼〜~。暇ひまヒマ」

 本でも持ってくれば良かったか。

 いや、終わっていない書類を持ってくるべきだったか。

『いかに時間を潰すか』を考えながら空を仰ぐ。今日は十六夜いざよいの月。星の輝きも月の明るさもいつもと同じ。月光に照らされ、ただ朝まで座っているなんて退屈だ。

「うーん……どうしましょうか」

 髪紐であやとりをしながらボーッと考える。特にいい案は出ない。ただ時間が過ぎるのを待っているだけ。

「あー、本当にどうしよう。何か暇つぶしに持ってきた方が……」

 玉座の間を覗く黒い影。


「誰ですッ!?」


 毛が逆立ち、脊髄反射的に臨戦態勢をとる。

 神器はいつでも取り出せる。

 神通力だって使える。

 しかし、現れたのは見慣れた姿。

「俺だ、俺。天照だ」

 恐る恐る近づく天照の引きつった笑顔に呆れた顔でため息をつく。

「早く寝なさい。子供は寝る時間です」

「俺は子供じゃないぞ」

「明日太陽が出なかったら困るのは皆です。それに昼が貴方の時間でしょう?」

「別に一晩眠らないわけではない。少し寝付けないから相手してもらおうかとな」

「子供じゃないですか」

 月読は玉座を降り、広い床に天照と腰を下ろす。

 話に来た天照も、何を話すかなんて考えていなかったらしく、沈黙が続く。


 何だ。いてもいなくても同じじゃないか。


 冷たい床の感触を感じながら月を仰ぐ。

 何かを思いついた天照が「しりとりするか」と提案してくる。

 何故しりとりなのか。多少疑問だがたまにはいいか。

「俺からだな。しりとりの『は』!」

「天照!?しりとりは最初『り』から始まるものですよ!?」

「ん?それはつまらないだろう。

 だって始まりが『り』では全部同じ繋がり方になるじゃないか」

「ぐぅ……一理あります。

 では『は』ですね?えーと、鳩」

「トマト」

「と、……えー、時計」

「イカ」

脚気かっけ


 天照はにやっと笑う。

 ちょっとした出来心でやってみたいことに挑戦する。

「結婚しよう「嘘です(キッパリ)」


 見事なまでの一刀両断。

 断面が綺麗な両断ぶりに天照の顎が外れそうになる。

(おかしいな。現世の動画では面白い展開になったんだが…)


 しりとりの最中に告白するという『告白しりとり』をしてみたかったが予想外だ。

 本来は男女でやるものだし、恥じらうべきなのだが、月読が相手でも困った顔や反応で楽しめるだろうと考えた。しかし困るどころか真顔で瞬殺。

 言葉に詰まる。

 しかし、意地でも困らせてみたい。


「すっ、好きだ」

「ダウトー」

「と、永遠に愛してる」

「ルンパッパ投げますよ」

「よ、喜んでいるのか?」

「カブトムシ食わせたい気分です」


 ──天照は何がしたいんだろう?


「すごく照れてるんだな。そんなとこも可愛い」

「一応病院いってはいかがです?」

「少しも悪いところはない!ただお前が好きなんだ」

「だめだ。手遅れのようですね」

「ねえ、婚姻届にサインするだけでいいんだぞ」

「ゾウにでも踏ませますか」


 しりとりが収拾つかなくなってきた。

 天照が月読を困らせてみようとしているのは最初の時点で分かったが、婚姻届をゾウに踏ませた後でどうするんだか。

 意地になっている天照を笑いをこらえて見守る。


「可哀想だろ!」


 何がだ。


「ろくでなしと結婚なんて嫌ですよ。他を当たりなさい」

「嫌だ、お前がいい」

「嫌なのは私ですよ」

「よく考えろ。俺は最高神だぞ」

「雑巾にでもしますか」

「かなり酷いな」

「何てったって私も最高神ですし」


 天照は「あーもう!降参だ降参!」と床に大の字になった。

 ──私の勝ちです。


「フフッ…私を困らせてみようなんて十年早いですよ」

「全く昔から負けてばかりだ」

「そんなことないですよ。私の方が少しだけ頭の回転が早いんです」

 拗ねる天照の髪を優しく撫でる。

 天照はフンッと鼻を鳴らして起き上がった。

「歳は同じはずなんだがな」

「しかし、私と天照は全く別の存在です。歳が同じでも他はほとんど違うでしょう」

「……それもそうか」

 再び訪れる沈黙。

 互いに話すこともなく、ただ目の前にあるものを凝視する。

 静かな空間で、呼吸音がよく通り抜ける。


 暇だ。

 天照が隣にいても暇だ。


「先祖の神は何故俺らを残し始めたんだろうな」


 天照の疑問。

 少し重い疑問に月読も首を傾げる。

 あまり考えたことがなかった。

 自分たちがここにいることが普通で、

 こうして仕事をしていることが当たり前で、

 仲間の神々と過ごしている日常を異常だと思ったことがない。

「そうですねぇ……」

 顎に手を当て考える。

 神の歴史書を読んだことがあった。

「大昔、国生みを終えた神々がいたのは知ってらっしゃるでしょう」

「ああ、歴史書か。読んだことがある。その後なぜ『自分』の子孫を作り始めたんだ?」

「……国づくりをしていた天照大御神が、高天原にいらっしゃいました。

 地上に降りたニニギノミコトの子孫が、人間になったからでしょう」

「人間に……?」

「その当時は、神々が地上に数多のやしろを作っていたそうです。その神々が人間になってしまうことを恐れたのでしょうね」

「全員なるとは限らんぞ」

「ならないとも限らないでしょう。ですから自身の権限で人との交わりを制限し、役目の後継者として自分の名を持つ子を作ったそうです」

「それが後々に皆そうするようになったのか」

「私はそう聞いています」

 天照は「ふーん…」と小さな返事を呟いて空を仰ぐ。

 月読も空を仰ぎ、瞬く星の流れるさまを目で追っていた。

 月が空高く登り、月光の輝きが増す。


「……そろそろですね」


 月読は玉座に戻り、下に置いた少し大きめのオルゴールを持ってきた。

 箱はけずれ、金具はび、誰もが使えないと思うようなオルゴール。

「天照、そろそろとこにお戻りください。月読の仕事、ここからが本番です」

 天照は微笑んで月読の髪をわしゃわしゃと撫で、「おやすみ」と寝室に戻った。

 悪い気はしないが、髪を乱されると少し困る。せっかくの揃いの髪型が台無しだ。

 乱れた髪を直し、錆だらけのオルゴールを開けた。


 中身は案外綺麗なもので、星を散りばめたような装飾で、光沢のある山吹色の機械からくり。それの中央には三日月の形のくぼみがある。

 まずは機械からくりに付いているネジを三回ひねり、五つほどあるカセットのうち一つを選んでセットする。

 次に首に下げた三日月のペンダントをくぼみにはめて月の真下に置く。

 ネジを引くとオルゴールは静かに鳴り始めた。


 子を寝かしつける母のような優しい音色にうっとりする。

 何度聞いても飽きない音色にそっと耳を傾ける。どこからか歌声も聞こえてきた。

 誰が歌っているから知らないがとても良い声で、オルゴールの音色とハーモニーを奏でる。

 天照には内緒だが、月読がさっさと寝かせてしまいたがるのはこの声を聞いていたいからだ。

 微笑んで沈みゆく月を見送る。

 皆が寝静まる夜に、月読は歌声を独り占めして朝を待っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る