第12話 狼は還らず、然れど消えず

 関東リーグが始まってから早二ヶ月――。

 2戦目からの連勝は止まらず、『龍起杯』予選3回戦も順調に突破し、いよいよ『龍起杯』出場に向けての視界はっきりと開けてきた。

 このままこのチームで戦えれば、少なくともリーグ戦昇格はほぼ間違いないだろう。

 貴文がそう思いかけていた頃、広子からとんでもない話がもたらされた――。


「監督大変です!」

「なんだ藪から棒に」

 学食でラーメンを食べていた貴文に、血相を変えた広子が話しかけてきた。陽介の母親が務めるようになって以来、中華の質が格段に上がったので、貴文も以前よりよく学食を使うようになっていた。

「先ほど学ザから新しいレギュレーションが発送されたんですが、それがとんでもないもので……とりあえず付箋が着いているところだけ見て下さい!」

 貴文は広子から紙の束を受け取り、言われたとおり付箋のついているページを繰る。

「えっと、なになに……。『3部リーグ以下の大学は、2位以内しか通過出来ないという現行ルールが厳しすぎるという声もあり、本年から1試合に限り、登録外の選手を試合に使うことが許されるというルールを、採用することとする。なお当該大学と関係の深い人間なら、在校生かも問われないものとする』……なんじゃこりゃ!?」

 貴文もこれには絶句した。

「つまりあれか? 関係者と言い張って、プロを試合に出すことも出来ると」

「そういうことです! ちなみにリーグ戦と限定されていないので、おそらく『龍起杯』予選でもこのルールが適用されるかと」

「しかしなんで突然こんなルールが……」

「おそらくアレが原因じゃないですか?」

 知らない間に現れた秋雄が、学食にあるテレビを指さす。

 それはよくある昼の情報番組で、かつて貴文も会ったことがある芸能人がどうでもいい話をしていた。


 ――いや、どうでもよくない。


「芸能人ザバル部?」

「はい。なんか若手のアイドルが大学ザバルに挑戦するって企画を作ったみたいなんです。それを大学ザバルのスポンサー局が全面的にプッシュして、その芸能人達を試合に出すために学ザが折れたんじゃないですか?」

「迷惑な話だな……。とはいえ、元プロとして金がないと何もできないのも分かるので、強く批判もできない」

「でもこれってうちにとってはチャンスじゃないですか!?」

 広子が唐突に言った言葉に、貴文は首をかしげる。

「なんでだ? うちにそんなアテなんてないぞ」

「だってこれなら監督が試合に出られるじゃないですか! 監督だったら日頃から練習に参加してるから連携もバッチリだし、チーム力アップは明皇戦でも証明されてます! 大学生相手なら監督の負担にもならないですよね!」

「いや、俺は何があっても振興の選手としては出ないよ」

 貴文は広子の提案をすぐに退けた。

「な、なんでですか!?」

「振興は俺のチームだが俺がいるチームじゃない。今チームは良い方向に進んでいるんだ。それに水を差すような真似だけはしたくない。俺がいないせいで負けたと言われても、それは受け入れられる結果だ。だが、万が一にも俺がいて負けたという負い目をお前達に背負わせたくない」

『・・・・・・』

 広子も秋雄も黙り込んだ。

 貴文の言葉には、絶対に考えを変えないという鋼鉄のような意志があった。それが教え子達には嫌と言うほど理解できた。

「ただうちはその制度を使わないと決めたが、他は分からん。これからは情報収集もしっかりしないとな。まずは次の試合だ。ここで勝てばリーグ入れ替え戦に望める」

「はい!」

「……?」

 広子は勢いよく返事をしたものの、秋雄は不思議そうな顔をする。

「どうした本宮?」

「入れ替え戦って何ですか?」


『……は?』


 貴文と広子は呆気にとられた。

「お前入れ替え戦知らないのか!?」

「はい。てっきり1位なら自動昇格するものとばかり。多分俺以外の部員も同じだと思いますよ」

「なんでだよ!?」

「あー……」

 貴文は理解出来なかったが、広子はすぐに事情を察したようだった。

「あの監督、関東リーグって1部と2部と3部は自動昇格、自動降格なんですよ。そして、2部以上の情報しか普通は入らなくて、5部なんて当事者以外存在しか知らない程度の認知度ですから……」

「いや、実際当事者だろ」

「大石さんが色々やってくれるんで、ぶっちゃけ丸投げしてました」

「大石はお母さんか……」

「あはは……」

「とりあえず今日は改めてリーグ戦やルールの確認だな。例の特別ルールも話しておかなければならないし。これは放課後練習の後に部室でする。大石はその間できる限り次のチームの情報を集めておいてくれ」

「分かりました。あと念のためリーグ戦と『龍起杯』予選の冊子も作っておきますね。前々から準備はしてありますから、そんなに時間はかからないと思います」

「本当にお母さんだな……」

 貴文は半分感心し、半分呆れた。


 そしてその日の練習は全て終わり、部室に部員全員が集まる。

 宣言通り、広子は部員に冊子を配り、貴文による勉強会が始まった。

「本来こんな時期に話すこともでもないが、お前らの不勉強が判明し、むしろ俺の精神の安定のために改めて講義を行う。まず関東リーグは総当たり戦、『龍起杯』予選はトーナメント戦、これを知らなかった馬鹿は『とげとげ草』を一気飲みさせるから、遠慮なく言って欲しい」

 部室が静まりかえる。

 冗談で手を上げるのも許される状況ではなかった。

「よろしい。それではまず『龍起杯』予選について説明する。予選は3回戦までは5部リーグのチームだけで戦い、4回戦から4部と3部、5回戦から2部と1部のチームが加わる。そしてベスト4までが『龍起杯』の出場権を得ることが出来る。そして3部以下の大学はリーグ戦で2位以上に入らなければならない。俺達の場合、6回勝ちリーグで2位以上になれば出場確定だ。まあ優勝すれば本戦でシードになれるが、さすがにそこまでは期待するだけ無茶だろう。つまりこれからの敵は今までとレベルが違う。3回戦突破までなら、新参者でも珍しくはない。本当の勝負はここからだ!」

『はい!』

 部員達は一斉に答えた。 

「今度はリーグ戦についてだ。リーグ戦は総当たり戦で、今年は20校が参加している。5部リーグから上に上がれるのは参加大学÷10の端数切り上げで、今年は2校だ。そしてどちらも4部リーグの最下位、ブービーと入れ替え戦をして勝たなければならない。これを昨日まで知らなかった奴はどれぐらいいる?」

 今回はほぼ全員が手を上げた。ただ、そのに含まれなかったのは、意外にも沙織だった。こんなところで虚勢を張る人間に思えなかったのが、貴文は一応聞いてみた。

「なんだ近藤、どこで聞いたんだ?」

「知り合った他大のザバル部の子から。今結構良い感じなんだよね」

「ソウカガンバレヨ」

「うわー超心こもってねー……」

「どうでもいい話はこれぐらいにして、次は今日発表された新ルールについてだ。大石と本宮には話したが、端的に言うと3部以下のチームは一試合に限り誰でも試合に出られるようになった」

『・・・・・・!』

 部室が騒然とする。とはいえ、こんなこと言われて驚かない方がおかしい。このルール変更は、あまりに無茶苦茶すぎた。

「ちなみに言っておくが俺は試合に出ないからな。期待するなよ」

「ええー!?」

 予想通り、松之助が真っ先に反応した。

「なんでですか!?」

「俺が入ったら将来的にチームがおかしくなるんだよ。今上手い具合にチームが動いてるんだから、それを壊したくない。ていうかお前クエート代表の話聞いただろ」

「でも……」

「でももクソもない! これは決定事項だ。ちなみに俺がツテを頼ってプロ選手を入れるなんてこともしない。あくまでこのチームで戦う。この件に関しては以上だ!」

 反論を許さぬ態度で、貴文は話をまとめる。

 それから細かいルールに対する説明をしたが、やはり何人か勘違いしている選手がいた。今までそれでよく試合できたなと、貴文は逆に感心さえした。もちろんそのあと説教もしたが。

 

 こうして最終確認の講義は終わり、いよいよリーグ戦の天王山に挑む。

 この試合に勝てば、2位以上が確定する。広子によれば相手大学も連勝中で、侮れない相手らしい。ただ今回の新制度を利用した形跡はなかった。

 

 なかったと言う報告だったが……。


『・・・・・・』

 試合前に全員が整列し、そして呆然とする。

 広子のスカウティングでは相手に留学生はいない。

 にもかかわらず、どう見ても黒人にしか見えないかなりベテランの選手が、その列に加わっていた。

「ええ!?」

 一番驚いたのは広子だ。

 彼女は自分の調査能力に絶対の自信を持っていた。実際そのおかげで勝てた試合もあったのだ。

「なんで!? どうして!? 前日の練習までは影も形もなかったのに!?」

「急遽入れたなアレは。ていうかアイツ見たことあるぞ。俺と大して歳変わらないじゃないか。どういう理由で学ザに申請したんだ?」

 気になった貴文は試合前に審判に確認しに言った。

 数分の問答のあと、貴文はベンチに帰ってくる。

「どうでした監督?」

「卒業生が入社した実業団チームに所属しているという理由らしい。アイツプロ辞めた後実業団入ってたのか…」

「それほぼ部外者じゃないですか!」

「まあ芸能人強引にぶっ込むとなると、これぐらいのこじつけでも通るんだろ。改めてすごいルールだな……」

 貴文は心の底から呆れた。

「あの、相手が元プロの選手となると、僕の出番もありそうですか……」

 ベンチの隆がおずおずと言った。

 しかし貴文はにやりと笑って首を振る。

「いや、むしろお前の出番はないかもしれないな。それより面白ものが見られると思うぞ。俺はアイツのことはそれなりに知ってるしな」

「え?」

 困惑する隆をよそに、貴文は珍しく『ワールド』にいる選手全員にたった一つだけ、簡単な指示を出した。

 

 そして試合開始の笛が鳴る。


 開始直後、振興大学は何も出来ずに『スターリー』の黒人選手に『ライン』を引かれた。

 このまま助っ人外国人に蹂躙される、そんな出だしだった。


 だが結果は違った。


 黒人選手が活躍できたのは最初だけで、それからはほとんどまともにプレーできない。相手大学のチームメイトも満足にフォローできず、より黒人選手は孤立する。黒人選手はいらつき、それが頂点を迎えたとき、審判の反則を告げる笛が鳴った。

 『HJはんせいじかん』だ。

 これで勝敗は完全に決した。

 黒人選手が反省している間、振興大学は怒濤の攻めを見せ、前半だけで早くもクリティカル・ゲーム寸前まで追い詰めた。

 ベンチに帰ってきた選手達は、勝っているというのに皆狐につままれた顔をしていた。

「これってどういうことなんすか? こんな一方的になるなんて、予想しなかったっす」

 翔の疑問に貴文は含み笑いしながら「試合が終わった時に話す」とだけ言い、後半に向けて選手を送り出した。


 そして後半も一方的な展開が続き、結局隆の出番は後半の少しだけで、振興大学の圧勝で終わった。


 試合終了後、部員達は今回の勝敗の理由を聞きに集まった。

「監督、一体何でこんな結果になったっすか?」

 『フラッター』で、今回はあまりプレーに絡めなかった翔がさっそく尋ねる。

「それは言うまでもなく、特別ルールで入れた選手のせいだ。悪いが彼をねじ込んだ時点で、勝敗は決まったも同然だった」

「そういえば試合始まってすぐ指示してましたけど、あれってどんな指示だったんです?」

「ああ、それは「点を取られるまで黒人選手の好きにさせろ」ってやつだ」

 広子の質問に春樹が答える。

「それって調子に乗らせるだけじゃ……」

「むしろそれが目的だ。あいつはワンマンプレーが多く、周りを信用していない。簡単に点が取れれば必ずうちを侮る事は分かっていた。そうなればプレーも独善的になり、すぐに孤立する。そして案の定試合はそういう展開になった。直前加入で満足に練習もできなかった周りの劣った選手達では、サポートもできない。そうしてチームはバラバラになり、アイツのイライラも頂点に達し、あとは――」

 「ボン!」と、手で爆発する様子を表現して貴文は言った。

「これが力の抜けた選手を入れるということの怖さだ。場合によっては特効薬になる時もあるが、基本的には毒だ。お前らもこれで、今のチームに俺は必要ないって言った理由が分かっただろ」

「それとこれとは話が……」

「わ・かっ・た・だ・ろ?」

『はい!』

 松之助の反論は完全に無視され、全員強制的な返事をした。

「よろしい。さて、これで入れ替え戦出場と『龍起杯』出場の最低条件は達成した。入れ替え戦までの残りのリーグ戦ははっきり言って消化試合だから、勝敗度外視で色々試していくぞ。お前らもそのつもりでいろ」

『はい!』

 今度の返事は強制ではなく心からのものだった。


 それからの消化試合は本当に練習試合の延長のような内容だった。

 ほとんどの部員がサブポジションで出場し、戦術も博打的なものをわざと選んで試したりもした。その結果負ける試合もあったが、勝敗は言うまでもなく二の次だ。

 ただ、『龍起杯』予選の前の試合だけは、全員が正しいポジションで挑み、予行練習とした。

 

 そして予選4回戦が始まる。

 相手大学は組合わせの不運で、4部リーグの大学ではなく3部リーグの中堅大学だった。学生スポーツである『龍起杯』は当然賭の対象になどなっていないが、もしオッズをつけるとしたら、相手大学が圧倒的に低いだろう。振興大学は誰がどう見ても大穴だ。

 だがそうと分かっていても、元日本代表内田貴文が率いているチームという枕詞には、人を引きつける大きな魅力があった……。


「今日は人多いですね」

「まだ4回戦なんだけどな」

 広子の呟きに、貴文は欠伸混じりに答える。

 いつもの荒川河川敷、まだ正式な競技場ではないのに、今日は観客がそこそこ集まっていた。早朝の試合であることも考えると、かなりの人数と言えるだろう。

「やっぱり監督の力ですよ!」

 松之助が目を輝かせ、見えない尻尾を振りながら言った。

「いや、俺が理由なら今までの試合でも人いただろ。なんで今日に限って」

「これが原因ですよ」

「ってなんでお前が……」

 声のした方向を振り向けば、そこには強豪大学の監督兼パシリが。

「いや、この雑誌を見たらいてもたってもいられなくって」

 明皇大学監督野中精二は、先輩というよりご主人様である貴文に恭しくそれを渡す。

「なになに……『伝説の日本代表内田貴文、指導者として奇跡の復活!』……いつの間に」

 渡された雑誌はザバル専門誌で、大見出しで結構なページが割かれていた。ただそのほとんどは福原学長のインタビューで、貴文のものは一切ない。

 当たり前だ、貴文自身インタビューを受けた記憶が一切ないのだから。

 その変わり、選手個人のインタビュー、特に松之助の気持ち悪いほど細かすぎる話がかなり載っていた。

「……ナニコレ?」

「あれ、監督知らなかったんですか。雑誌の取材が何回かあったんですよ。練習外とか休みの日に受けました」

「紙面の構成みるかぎり、俺じゃなくて学長のインタビューみたいだけどな」

「すごいっすね。本人が全く知らないところでインタビュー記事が組まれるなんて。さすが先輩っす!」

 何故か松之助と精二が自分の手柄のような顔をする。

 この2人は本当によく似ている。

 無駄に。

「まあ早い内から注目が集まった方が、これからのいい訓練にもなるか。それじゃあお前ら、気合い入れていくぞ!」

『はい!』


 全員が声をあげ、試合は始まった。


 今日は、翔、松之助、春樹、秋雄、沙織、グリーン、陽介の奇をてらわないスタンダードなスタメンだった。広子のスカウティングによると、奇策をするような相手でもないし、明らかな弱点らしきものもないという。さりとてこれといった強みもない、とにかく平均的なチームだった。それは自分達の実力を試す意味で丁度良い相手でもある。

 初めて体験する3部リーグチームの力に、貴文の肌は粟立った。

 開始直後――。

 どちらも様子を見に終始し、積極的な動きは見せない。

 今日の試合に関しては貴文も、「自分達の一番やりやすい戦い方をしろ」とだけ伝え、具体的な指示は出していなかった。


「動きがありませんね~」

 精二が貴文の後ろから呟く。

 前半も終わり頃に入り、まだ点が入らない試合展開に、そろそろ両軍も焦れ始めていた。

「ていうか、なんでお前がまだいるんだよ」

「うちは予選ありませんから今日はオフなんです」

「自慢ならとりあえず殺すが?」

「いやいやいや、なんでそうなるんですか!? でもそれより動かなくていいんですか?」

「気は長い方だ」

 貴文は試合をじっと見つめる。

 遠くの相手ベンチで、監督らしき人物が指示を出しているのが分かった。相手にしてみれば、2人も監督――しかも一人は完全部外者がいるというこちらのベンチは、奇異に見えただろう。実際には協力者どころではなく、ただの邪魔者だが。

 指示のあと、すぐに相手チームが動き出した。今まで守備寄りだった陣形を攻撃寄りに変え、選手達も前面に出るようになった。

 そしてついに拮抗は崩れ、振興大学が失点をする。

 選手達は一斉にベンチを見たが、それでも貴文は動かなかった。


 自分達でどうにかしろ――。


 目が雄弁に語っていた。

 仕方なく、選手達は自分で考え試合を進める。

 だが、逆転するどころか何度もピンチを迎え、結局劣勢のまま前半は終わった。

「先輩は『ワールド』のいるときはガンガン指示出すのに、ベンチにいると静かなんっすね。俺は試合中犬のように走り回されてた側っすけど、ベンチにいると喉が枯れるまで指示出すっすよ」

「内弁慶だなお前」

「ふふ、もうそれぐらいじゃなんとも思わないっス!」

「じゃあ死ね」

「うぐぅ! ダイレクトはきついっす……」

「あの監督……」

 元日本代表同士でくだらない漫才をしていると、皆を代表して松之助が話しかけてきた。

「後半はどう戦えば……」

「前半と同じだ。お前らの戦いやすいように戦えばいい」

「いやでも……」

「なあ尾崎」

 貴文は真剣な表情で言った。

「俺はお前らの戦いやすい戦い方をしろと言った。そもそも、それをお前らは前半忠実に守ったのか?」

「え……」

「相手の出方を見てのカウンター狙いがやりやすいならそれで良い。だがお前らそんな練習今までしてきたか? 俺がそういう戦い方を教えたか?」

「それは……」

「相手が今までと違って強豪で、観客の注目が集まっているのは分かる。だが、予選は先に進めば、相手もプレッシャーも今日とは比較にならないほど強くなる。それなのに様子見様子見で縮こまってどうするつもりだ!」

『・・・・・・・!』

 全員がはっとした顔をする。

 できれば試合中に自分達で気付いて欲しかった。ただ貴文としても負ければ元も子もないので、ここまで来て分からなかったら言うしかない。

「向こうさんには悪いが、自分達の戦い方を貫き通して負けるようなら『龍起杯』なんて夢のまた夢だ。小さくまとまってないで思いっきりやれ!」

『はい!』

 そし手後半開始の笛が鳴る。

 選手達を一喝した貴文は、息を吐きながらゆっくりとベンチに座った。そんな貴文を元後輩と『ホスト』が感激した様子で見る。

「さすが先輩! そこまで考えていたなんて感動っす! てっきり選手達があまりに下手で匙を投げたのかと思っていました!」

「先の先まで見ていたんですね! てっきり八方塞がりで手の出しようがないと思ってました!」

「お前らなあ……」

「あはは……」

 貴文はため息を吐き、隆は愛想笑いを浮かべた。

「さあこれから逆転――」

 ――と広子が言いかけたそばから、いきなり失点する。

 広子を初め、ベンチのメンバーは魂が抜けたような顔をしたが、貴文は全く動じていなかった。

 そしてそれは精二も同じだった。

「なかなかいい顔してますね」

「ああ。あれならまあ問題ないだろ」

「どういうことですか?」

「今の失点は事故みたいなもんだ。それで意気消沈しているようじゃ負けるが、奴らの顔には明らかな怒りがある。アレがあるならこれから面白いことになるさ」

「はあ……」

 広子にはそれが理解出来なかった。

 だがすぐに目に見える結果となって表れる。

 失点した直後、陽介が今までの鬱憤を晴らすかのように強引に攻め、すぐに失点を取り返す。それに触発されるかのように、他の選手の動きも活発になっていった。

 今までの停滞ぶりが嘘のように動き出す。振興大学は開始数分で逆転に成功するも、また失点し、一進一退のシーソーゲームが続いた。

「そろそろ締めに入るか……」

 貴文は陽介をベンチに下がらせ、聡美を入れる。

 そして試合が始まってから初めての指示――全員で聡美をサポートするように言った。聡美が入れば皆強引に攻めることはできない。放っておくと何をするか分からない『スターリー』だからだ。

 聡美の加入で振興大学の沸騰した空気が一気に冷却される。その一方で相手大学はエンジンをフルでかけ続けたため、最終盤になると明らかに息が上がり、全体の動きも鈍くなった。

 そして最後はほとんど失点せず、聡美の一人舞台が続いたまま試合は終わった。


「勝ったー!!!!」

 『実得点』で僅差の負け、『芸術点』で逆転した試合結果を受け、広子は喜びを爆発させる。

 一方貴文は冷静なままだった。

 それは選手達も同様で、あまり喜びを感じさせない表情で戻ってくる。

「あー、皆思うところは色々あるだろうが、今日は勝ったことをよしとしよう。課題は言わなくても分かっているだろうから、それは自分で考えて欲しい」

「あの~」

 選手ではなく、精二がおずおずと手を上げる。

「なんだ部外者」

「何言ってんっすか! 自分はもう内田ファミリーの一員じゃないっすか! ファミリーの一員として……というより明皇大学監督として選手に言いたいことがあるんっすよ」

「なんだそれキモいな。死ね。だがまあ監督としてはお前の方が実力も経験も上だ。それではこれから野中監督が話すことを心して聞くように」

「あー、まずは結論から話す。お話にならないなお前ら」

『・・・・・・!』

 たとえ自分達で理解していたも、それを他人からはっきり言われると皆平然とはしていられない。しかもその他人は、大学日本一の監督という肩書きを持っていた。

「試合を観て実力は多少分かった。それを出し切って負けるなら問題ない。だがその出し方を知らずに、言われてようやく動き出すようじゃ先もしれてる」

『・・・・・・』

 貴文に対してはパシリでも、現役大学生にとっては雲の上の指導者だ。振興大学部員たちには、その言葉に反論できるだけの実力も実績もない。

「これがお前達だけの問題なら俺も口は出さない。だがお前達はあの内田貴文の教え子だ。世間はお前達の試合ではなく、内田貴文の試合と見る。お前らが無様に負ければ、それは内田貴文が今まで築き上げてきた名声を、地に落とすことになるんだ」

「そ――」

 すぐに松之助は反論しようとした。

 だがその前に精二は言葉を重ねる。

「違うとお前らが言ったとしても、世間はそれを言わせたととらえる。先輩が引退した今、その功績は全てお前達教え子が作ることになる。これからの試合、それを胸に刻むんだ」

『・・・・・・』

 部員達はうつむき、一気に空気が重くなる。

 貴文はため息を吐きながら、精二に「別に俺自身そこまで気にしてないんだがな」と囁いた。

 しかし精二も、今回ばかりは真面目な表情のまま答えた。


「たとえ先輩がそうでも、あの時同じ『ワールド』に立っていて、何も出来なかった俺達が許せないんです」


 こうして『龍起杯』4回戦は振興大学の勝利で幕を閉じた。


 しかし、それを素直に喜ぶ者は誰もいなかった……。

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