番外編(過去編)
源翔の止まり木(小学6年生編)
1.あの日の源翔
幼い少女が、廊下をトボトボと歩いていた。
薄汚れた猫のぬいぐるみをギュッと抱きしめ、目には少し涙を浮かべている。誰かを探している様子だった少女は、何か散りばめる物音が聞いて、台所へと早足で向かう。
台所には化粧っ気のない中年の女性がいた。年は三〇代後半くらいか。しかし非常に目立つシワとやせ細った体躯から、もっと老けているようにも見える。実際、気難しそうな顔立ちと、少し物憂げな表情が、人生にくたびれたような雰囲気を醸し出していた。
彼女は食卓の椅子に座って袋からお菓子を取り出し、皿に適当に散りばめている。大勢が適当につまめるように用意しているらしい。少しして一息ついた女性は、ふいに自分を覗いてる少女に気づいた。
「……ん? どうしたの。おやつはもう少し待ちなさい」
「せんせー、また源翔(げんしょう)くんが怖いビデオ見てる」
「……またなの?」
少女は、ゆっくりと頷いた。
先生と呼ばれた女性は、短く揃えた白髪混じりの髪を荒く掻き回しながら、重たい足取りで台所を出た。彼女の頭の中には、一人の少年の顔が浮かんでいた。
少女の案内で行ってみると、廊下の途中で重たい銃声野太い悲鳴が聞こえてきた。先生はそれには一切動じず、短く息を吐いた。
どうやら音は手前の部屋から聞こえてくるようだ。先生は頭を抱えつつ、その物騒な音をまき散らしている部屋に顔を出す。
「こら」
「げっ、先生だ」
そこは人を集めるために用意されたような、広い部屋だった。壁際に大きなテレビが一台置いてあって、周囲には可愛らしいおもちゃが散乱している。
部屋には、たくさんの子供達がいた。やせ我慢しながらテレビを引きつった顔で見ている男児が数人いる以外は、みんな身体を震わせて身を寄せ合っている。
その中で一人、テレビの真ん前に陣取っていた少年が、臆すことなく先生を睨んできた。彼女が睨み返すと、少年は冷や汗を流しながら少し首を竦める。
テレビから流れていたのは、血みどろの殺し合いの映像だった。黒光りする拳銃を撃ち合い、真っ赤に染まった日本刀を振り回し、男達が命懸けの闘争を繰り広げている。
子供が集まる空間には到底見合わない、任侠映画の上映会が、何故か行われていたのだ。
『俺の兄弟に手をかけたオトシマエをつけてやる。覚悟決めろやこの野郎!』
『やってみぃやコラァ! その兄弟の墓に、テメェの首捧げたるわボケェ!』
強面の俳優達が背後で闘争を繰り広げる中、主人公らしき青年とその敵役が対峙している。映画の中で一番見所となるシーンであろうことは、途中から見た先生にも理解出来た。しかし納得などしない。よく聞こえるように深いため息をつきながら、先生はテレビのコンセントを迷いなく引っこ抜いた。
「あっ! 何すんだよせんせ……」
「アホたれ」
少年に、静かな拳骨が打ち落とされた。見かけによらずダメージは大きかったようで、もろに食らった少年は、涙目になりながら床を転げまわる。
「何度言ったらわかるのさ、源翔。こういうビデオは大きくなって独り立ちしてから見なさい」
先生は、ビデオの取り出し口を取り出し、その中身を抜いた。タイトルには『極道の海』と記されていた。それを見た源翔は、彼女からビデオを取り返そうと、必死に飛び跳ねてみせる。
「返してよ先生! 今良い所だったじゃんか!」
「また隣のお爺さんの所から持ってきたのね、また謝らなきゃ」
ビデオテープを肩に抱えるような仕草で持ち上げた先生は、子供達に背を向けて部屋から立ち去ろうとする。怯える子供達へのフォローは特になかったが、周囲の子供はみんなほっと胸をなでおろしていた。
「おいっ、返さねぇならケジメをつけろやこのボケェ! オラァ、エンコつめ……いってぇぇぇ!」
生意気に抗弁する少年に対し、先生はまた拳骨をもう一発浴びせた。
「アイツ、源翔のことを見ておけって言ったのに……」
そして先生は、もう一人の子供の行方を追って、部屋を出た。
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