コラボストーリー

速畑、白昼の邂逅

 会議を終えて時間の空いた速畑茂利(はやはたしげとし)は、最寄りの街をぶらぶらと歩いていた。

 洋風の建物が立ち並ぶ少しオシャレな街並みは、平日の昼間ということもあってか混んでいる様子はない。

 速畑は、大きな欠伸をし、重苦しそうに腰を回した。眼鏡をかけた、良く整った顔を持つ好青年で、いつも白衣を羽織っている。

 その気になれば二枚目の役者が務まりそうな外見をしているが、縁に恵まれないのはどこか冴えないせいかもしれない。

 白衣姿はやや衆目を集めているようだが、薬局の人間が歩いていると思われているだけか、訝しげな視線までは向けられていないようだ。

 彼が白衣を羽織っているのは、医者だからである。それも、この世でいつの間にか発生していた、“EAP”と呼ばれる超能力者達専門の医師である。

 その技術や知識を買われ、警察が運営している対EAP犯罪組織、通称Tsの後方支援者として招聘されている程の男だ。

 しかし、性格はあまり冴えない……というより、清々しい外見に反してお調子者で、なおかつお人好しという少し難儀な性格で、そのせいで損をすることがある。


 例えば今も、速畑は小さなトラブルと出くわした。

 今は閑散としている繁華街の路地で、EAP同士が小さな諍いをしていた。

 人間同士ならちょっとした騒動だが、超能力を持つEAPが争うと、只事ではなくなる。

 件の二人は、花火のような小さな爆発を連続させる能力と、両腕の筋肉だけで異常に盛り上がった怪力の能力をぶつけあって戦っていた。

 さながらアクション映画のワンシーンだが、一応警察関係者である彼としては、これを見過ごすわけにはいかない。速畑は小走りで現場に向かう。

 すると、筋肉腕の男が豪腕を振るい、それを間一髪でかわした花火の能力者が、一発の小さな赤い弾を放った。

 放った弾は標的を逸れて、ポリバケツのゴミ箱に命中。容器は宙を舞い、中身を全てぶちまけた。

 駆けていた速畑は、速度を落とさなかった。この程度の諍いは見慣れているし、たいした規模ではない。警察として動く案件は、下手をすれば辺りが火の海になりかねないのだ。

 早急に止めて、小さな事件を終息させようとしていた彼は、突如浮遊感を覚えた。

「え、あ、れ?」

 そして、何が起こったかわからないまま、背中から思いっきり地面に叩き付けられた。

 受け身すら取れなかった速畑は、困惑する暇もなく、意識を暗闇に沈めていく。

 ミイラ取りだった医者がミイラになるなんて笑えないな、と思っていると、宙から何かが降ってくるのが見えた。

 綺麗に剥かれた、バナナの皮だった。

「何、このギャグ、ベタ過ぎて、笑えな……」

 全てを言い切る前に、速畑は意識を失った。



「もしもし、大丈夫ですか?」

 柔らかな声を聞いて、速畑が目を覚ました。視界が判然としない。

「あぁ、目を開けたみたいだ。しっかりしてください、わかりますか?」

 医者なのに自分が無事を問われてどうすると思ったからか、速畑の意識は一気に覚醒した。 

 銀縁眼鏡の男性に、速畑は見下されていた。年は、自分の同じかそれより若い。

 女性が見たらまず放ってはおかないだろう温和で綺麗な顔立ち、という印象がとても強く、その顔を見ているだけでも速畑は無意識に安堵してしまう。

 速畑が後頭部を抱えながら頑張って起き上がると、相手の全貌が見えてきた。

 長髪なのか、銀色の髪を後ろで一つに縛っている。背はかなり高いが、速畑も同じくらいなのであまり変わらないだろう。

 緑のエプロンをしていて、物凄く家庭的な印象を受けた。喫茶店の従業員かなと思ったが、特に店名などは書いていない。

「あー、すいませんご迷惑をおかけして。あれ、あの二人は?」

「逃げるみたいに走る二人は見ましたけど、襲われていたんですか?」

「いや、別に、なんでもないです」

 速畑は、『喧嘩を止めようとしてバナナの皮を踏んで転びました』なんて流石に恥ずかしくて言えず、適当にごまかすことにする。

「一応病院に行ったほうがいいですよ、後頭部を打ったみたいですから」

「ええ、そうします。ありがとうございます」 

 相手の忠告は正しいと思ったので、速畑は最寄りの病院はどこにあったか少し思案した。 

 それにしても、と速畑は思う。目の前のこの好青年には、妙に親近感を覚えるのだ。

 いや、親近感という言葉で表せられるものではない。まるで生き別れた兄弟……と言うと言い過ぎだが、何か強い縁を感じずには居られない。

「あの、どこかでお会いしました?」

「え? いいえ、記憶にはありませんが……」

「そうですか、いやぁごめんなさい。変なことほざいちゃって」

 頭を掻いて、速畑は恐縮する。女性に運命を感じるならまだしも、美男子に運命を感じるなど、どうかしている。いくら浮いた話がないからってそんな趣味はないはずだ、と速畑は自分に言い聞かせる。

 青年に別れを告げて、速畑が振り返る。

 すると背後に、何の前触れもなく、鎧武者が立っていた。

「のわぁっ! ど、どちら様?」

 全身黒色の鎧を纏った謎の男は、紫色のオーラを纏って、こちらを睨んでいる。

 見覚えがないどころか、こんな戦国時代グッズ集めが趣味の知り合いは一人としていない。

 鎧武者は、無言で日本刀を叩き付けてきた。尋常ではない力で振るわれたそれは、地面を抉ってあちこちに亀裂を走らせた。

「くっ、小物の次はなんだってこんな大物が」

 速畑は、相手をEAPだと断定した。

 しかし、不可解だった。コスプレ趣味のEAPなど、彼は見たことがない。

 動物のDNAを持ち、身体の一部、または全身を動物に似せて変身する事例はいくつかある。が、こんな重たいものをわざわざ着用しながら戦おうなんて酔狂な奴はいない。

 携帯を取り出した速畑は、急ぎ自分が担当している捜査官を呼びつけようとする。

 そして同時に一旦逃げようと後ろを振り返ると、銀髪の青年が同じく携帯を取り出しているのが見えた。

「うん、異次元モンスターが現れた! そう、近くに人もいるんだ」

「……ふぇ?」

 思わず、速畑は携帯を手から取りこぼした。銀髪の青年は、まるで全てを理解したような顔で、目の前の異常な光景に対応しようとしている。

「あなたも早く逃げてください!」

「えーっと、これはどういう」

「急いで!」

 と声で急かされて速畑が飛び出すように走りだすと、丁度彼の立っていた場所に日本刀が振り下ろされた。

 顔を青白くしながらも、速畑は走りだした。銀髪の青年は、携帯を片手に何かずっと話している。

 電話口から「はやたさん」と聞こえて、速畑は思わず反応する。恐らく空耳だろうが、この状況では心臓に悪い。

 しかし、いくら走っても鎧武者は無駄のない動きで追いかけてくる。そして、業を煮やしたのか、鎧武者は日本刀を上段に構えて跳躍し、落下の衝撃とともに振り下ろしてきた。

「危ない逃げて!」

「んなこと言われてもおおおおお!」

 刀が振り下ろされた場所が、まるで爆発したかのように抉られ、速畑はそれに巻き込まれて大きく浮き上がった。

 今まで感じたことがない浮遊感にじたばたするが、どうしよう出来ない。眼下では、銀髪の青年がこちらに何か呼びかけている。

 そして、重力が速畑の身体を地に引き込んでいく。これは死ぬかもな、と呑気なことを思った。

 諦めつつ、ふいに首を上げてみて、速畑は絶句する。

 頭上に見えたのは、何故かぽっかりと空いたマンホールだった。しかも、この落下コースで行くと、綺麗に身体が入りそうな様子だ。

「ちょちょちょストーップ! なんで? なんで空いてんの? やめてぇ! 下水で死ぬなんて絶対に嫌だってぇぇぇぇ!」

 速畑の叫びも、銀髪の青年の悲痛な呼びかけも虚しく、速畑の身体はマンホールへと吸い込まれて行った。



「がはっ!」

 目を覚ますと、世界が逆さまになっていた。朝露に濡れ、天地が逆転した早朝の風景が見える。

 そうか、夢だったのかと速畑は胸を撫で下ろす。いくらEAPでも、あんなモンスターのような奴は初めてだった。本当に争っていたら所属している支部の仲間達総出でも危なかったかもしれない。

 何はともあれ、夢オチで良かったと思いながらうーんと身体を伸ばす。だが、何故か頭や肩が地に付いている感覚がない。

 まるでまだ夢と同じように浮いているみたいだ、そう思いながら、速畑は夢と同じように頭上を見上げる。

 視界には、二階ほどの高さの地面が広がっていた。

「えええええっ! どんな寝相してんだ僕は!」

「お目覚めか」

 聞き覚えのある声が聞こえて、速畑は声の方を腹筋に力を入れながら見る。

 そこには、見るからに機嫌の悪そうな少年、速畑が担当している捜査官、鷹一(たかいち)がいた。

 鷹一は、ただでさえ無愛想な顔を、極限まで感情を怒りで満たしたかのような形相で、睨んでいる。

 右手だけで、中学三年生がアラサーの長身男性の身体を持ち上げている。

 あまりの状況の危うさに、早畑は乾いた笑いを浮かべた。

「明日は会議だから朝が早い。悪いけど起こしてくれるかと言ったのは、どこの寝坊助だった?」

「あ、た、鷹一。待って、落ち着こう? 僕を殺して、なんて頼んでないよね?」

「俺に起こすのを頼んだ時点で、死は覚悟しているものだと思ったが、覚悟が足りなかった自分を恨め」

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいお助けくださーーーい!」

 早朝の近所迷惑を省みず、速畑は精一杯の悲鳴をあげた。

 渾身の悲鳴を聞いた鷹一の相棒・通子が「大変! や、やめてください鷹一くん!」と止めに入らなかったら、今頃爽やかな早朝が血に染まっていた。

 それを思うと、速畑は今でも背筋が凍りつくという。

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