獣虎鷹一と精密機器

 誰にでも大抵は苦手なものがある。


 幼くして両親を失くした獣虎鷹一(じゅうこたかいち)は、己を磨き鍛えてきたので、基本的に苦手なものはない。

 脳味噌に筋肉が出来初めているのでは? とからかわれるくらい鍛え続けた彼は、下手な大人より力がある。

 そんな言われ方をする割に、勉学もそつなくこなしている。

 一〇年間、へこたれず心身を鍛えてきた精神力は伊達ではない。これまで、苦手なものに出くわしても、努力して克服してきた。

 そんな彼でも、唯一肌に合わないものがある。文明の利器たる精密機器だ。



 鷹一が、廊下で呆然と立ち尽くしていた。手には新しく速畑(はやはた)から買い与えられた、もとい押し付けられたスマートフォンがある。

 無表情で、しかし額には玉のような汗を滲ませながら、彼はおっかなびっくり画面をタッチしていく。画面が動く度に小さく呻く様は、滑稽だった。

 思わず鷹一は目を瞑り、眉間を強く揉んだ。これは自分一人では手に負えない。

 そういえば、携帯電話を初めてもらった時も、両手でがっちり携帯電話を掴みながら操作して、「壊れる」と周囲から止められたものだ。



 誰かに操作方法を聞きたいところだが、相棒の通子(かよこ)にこの程度のことで弱みを見せたくないので聞けない。

 買い与えた本人である速畑にすがろうとすると、喜び勇んで気味の悪いテンションで鷹一に絡んできそうなので候補から排除。

 そして最後に先輩のTs捜査官を数人思い浮かべたが、そんなくだらないことで頼るのは情けない気持ちになって気が引けた。

 やはり自分でやるしかないと、おっかなびっくり説明書を読みながら彼は設定していく。

「よっ、たかちー。なんか珍しく縮こまってるね」

「うるさい、消えろ」

 そこへ、同じ孤児院出身の幼馴染の源翔(げんしょう)が現れた。

 自ら定住先を見つけることを拒み、日本中を旅している放浪人の彼は、スマートフォンはおろか、携帯電話も持っていない。

「おーっ、スマホじゃん。見せて見せて」

 こんな男には見せる価値もないと思っていると、不意の隙を突かれて鷹一はスマートフォンを奪われてしまった。

 触るだけ無駄だからやめろと言おうとすると、源翔は怪訝な顔をし始める。

「何これ、初期設定も出来てないじゃん。オイラやっちゃうよ」

 と言うや否や、彼は片手でスマートフォンを操作し始めて、設定を全て終わらせてしまった。

 唖然とする鷹一に、源翔は意地の悪い笑顔を向けながら言った。

「もしかしてたかちー、相変わらず機械オンチ? 持ってないオイラより普段使ってるはずだよね? ア、アハハハハハ!」

「……そうか、貴様、この薄っぺらい機械と同じくらいにぶっ潰されたいようだな!」

 殺気を漲らせて、鷹一は源翔を追いかけ始めるが、源翔は馬鹿笑いしながらそれを全てかわしていた。



 その後、一ヶ月もしないうちに鷹一は普通の携帯へと戻した。

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