単発SS
追跡者
視線をずっと感じていたのは、勘違いなどではなかった。
夕方、彼女は塾へ向かう途中だった。
しかし、途中から誰かに見られている気がしてならなくなった。塾は地元の小さな商店街の中にあるので、人の目はたくさんあるから当然という気がしないでもないが、明らかに身の危険を感じるものがあった。
彼女はずっと背後を気にしていた。薄気味悪い雰囲気はどこまで行っても消えなかった。が、やがて塾に通じる狭い道まで着くと、気配が嘘のように消えたのを感じる。
何事もなく、最後には気配も消えたので、やっぱり気のせいだったのだろうと思った矢先のこと。
突然目の前に、海草のような頭をした少年が、俯き加減で現れた。思わず声が出そうになるが、喉が動かなかった。
少年の様子は明らかに異常だ。俯いたまま身体を小さく揺らし、静かに笑みを浮かべている。これが恐怖を感じずにいられるだろうか?
だが彼女は、声が出せないばかりか、金縛りにあったかのように身動きが取れなくなってきた。
そんな少女に、少年はクスクスと笑いながら語りかける。
「盗んでもいい? その心を……」
答える余地は与えられなかった。なんせ口が言うことを聞いてくれないのだから。
不気味な少年は、引き笑いをしながらゆっくりと歩み寄ってくる。
蜘蛛の巣に引っかかった蝶とは、このような気分なのだろうか。抵抗できない恐怖で、少女の歯がガチガチと音を立てる。
少年が顔をあげ、彼と目が合う。胡乱な目付きをしていた。悲鳴をあげたいが、やはり喉はビクともしない。
もう駄目だと思った時、少女の両肩が後ろから叩かれた。
刹那、金縛りが解け、バランスを失った彼女は思わずたたらを踏む。
背後に振り返ると、ゆったりとした服装の少女が一人立っていた。背丈といい、顔付きといい、自分と同じ中学生ぐらいの年頃だろう。
まったく相手に見覚えはないが、彼女は屈託のない笑顔を向けながら、とても親しげに話しかけてきた。
「塾、遅れちゃいますよ、早く行きましょう」
ウインクしながら、彼女は震える少女の背中を押した。慣れてないのか、ウインクはとてもぎこちない。
蚊帳の外だった不気味な少年は、我に返って二人を捕まえようとした。が、その間にどこから現れたのか、黒いコートを着た少年が割り込んできた。
顔付きは幼いが、表情はそれに不相応なくらい固く、愛想がなかった。だが、逆にそれに頼もしさを感じるところもあった。
少女は、何が起きているかわからないまま、塾の教室へと押し込まれる。
*
「なんだお前、邪魔するなよぉっ」
震えた声で、不気味な少年は抗議するが、黒コートの少年は睨み続けたまま微動だにしない。
抗議に応じない相手にしびれを切らして、不気味な少年がブツブツと何かをつぶやき始める。が、それを待っていたかのように、少年が急に歩き始める。
ひっ、と小さな悲鳴をあげる不気味な少年の口を乱暴に掴むと、黒コートの少年は懐から何かを取り出した。
見ればそれは黒い手帳だった。しかも中を見ると、警察という文字が記されている。名前は獣虎鷹一(じゅうこたかいち)と言うらしい。
こんな明らかに未成年といった少年が警察などと、何かの冗談かと思って笑い飛ばそうとした。
だが、不気味な少年の顔は一気に青ざめた。彼が何者か、見当がついたからだ。
超能力者『EAP』の犯罪に対抗するため、警察が作った組織、特殊警察課Ts。
組織は、有用であれば性別や年齢を始めあらゆるものを問わず人材を集めると言う。
未成年の警察官は、今この世の中では全く不思議ではないのである。
「音を使った催眠能力者と聞いていたからな、何か言いたげなようだが、今の俺には何も聞こえないから無駄だ」
そう言って、鷹一なる捜査官は耳の穴に詰めた何かを叩いた。密閉性の高そうなイヤホンだった。
「たまには人に薄気味悪い夢を見せるのはやめて、良い夢を見たらどうだ?」
それに答える前に、鷹一の拳が炸裂した。
*
「良かったです、あの娘が無事で」
鷹一の相棒で、同じくTs捜査官の心通子(こころかよこ)が言った。被害者は今、何事もなかったかのように授業を受けていることだろう。
嬉しそうに話す通子に、鷹一はさして興味がなさそうに相槌を打った。
あの催眠能力者は、意識してもなかなか聞こえないような音を口から発して相手を操る能力者だった。
しかし、タネが分かればたいした相手ではない。こちらが能力を使うまでもなく、一発で解決することが出来た。
既に呼んであった巡査に、意識を失ったままの身柄を引き渡したので、二人の仕事は終わっている。
「さあ、早く行きましょう。先生が電話で言ってましたよ。早く終わらせないとせっかく頼んだラーメンが伸びちゃうって」
「別に俺は食べたいとは言っていないがな」
「もう、せっかく奢ってくれたんですから、素直に喜びましょうよ」
「ドクターの施しなど、どんなことだろうが受けたくはない」
と言って歩きだそうとした二人の前に、悲鳴が聞こえてきた。
声の方を見ると、壁を蹴りながらどこかへと逃げていく男の姿が見えた。その脇には高そうな鞄が抱えられている。
明らかに人間技ではないそれを見た二人は顔を見合わせ、頷きあった。
「ラーメンはまだ伸びるな」
「連絡しなきゃ、ですね」
二人は呑気なことを言いながら、ビルの合間に消えた男を追って走り出した。
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