7.彼方と輪平

 翌日、輪平はTsの研究施設で検査を行った。ここは候補生の訓練場も兼ねているため、支部とは違うフレッシュな雰囲気が漂っている。

 施設にやってきたのは、輪平に発現した能力の詳細を探るためである。新しい能力が開花して万々歳、というわけには当然いかない。

 検査と担当した医師の空原(あけはら)は、不安げに肩を竦める輪平に、笑顔で結果を伝えた。

「これは元の能力の一つが発展したものだと思われるわね。物体を埋め込むのが基本的なあなたの力だけど、地面に自分の意識を地面に埋め込むことが出来るようになった、とでも言うべきかしら。飛んでいる対象は識別出来なかったし」

 空原は曖昧な検査結果を伝えた。EAPの研究は相当時間をかけて行われているが、ほとんどが解明されていない。生物の生態すら謎が多いというのに、人知を越えた者を全て把握しろというのも無理があるのだが。

 特にEAPの能力は人によって本当に全てが異なる。同じ能力に見えても比べると似て非なる構造であることもしょっちゅうだ。むしろ、系統立てることが出来るのは極一部の相似したものに過ぎない。

 中には、二つの能力を持つ特殊なEAPや、身体そのものを変異させる、最早EAPと呼んでいいのか疑問すら生まれる能力も存在する。これらの特徴を持つEAPは実際彼方達の同僚にもいるのだから驚きだ。

 だから、この能力が別物か従来のものの発展なのかを明かせるだけでも、研究の上では相当大きなことだし、以前よりもある程度正確性は上がっているということだ。

「健康的にも今の所大きな問題はなし。まだ不安定さがあるから慣れは必要だし、慎重に経過を見ていくべきだけれど、使いこなせるようになればきっと任務の遂行上役立てることが出来るはずよ」

 一番の不安だったデメリットも今のところは見られなかったことが、輪平にとっては一番安堵すべき結果だった。

 全てを終えて診察室を出ると、マネキンのようにベンチでじっと座っている彼方がいた。今日は目の下の隈も控えめだが、やはり全て消失することはない。

 待ってくれていた彼女に結果を伝えると、「そう」と聞き慣れた返事がくる。

「僕、この力を頑張って使いこなしてみるよ。もっと彼方のために、みんなのために、役に立ちたいから」

「自信、ありげね」

「い、いや、そんな自信満々なわけじゃないよ。で、でも」

 彼もまたいつも通りの気弱な答えを返そうとするが、それより前に彼方が席を立った。

「輪平なら、出来るわ」

 そう言うと、彼方は施設の出口へと足を向けた。輪平もそれに少し遅れてついていく。

「今日、暇だわ」

「そ、そうだね」

 一日で相当酷使された二人は、特別に今日を含めてニ日の休暇を与えられた。人手不足の状況で、功樹も負傷して少しの間使い物にならない中、これは破格の配慮だった。鳴が、支部の司令官に掛けあってくれたおかげである。

 事件の後、彼方は車に乗るとすぐ輪平の膝の上で熟睡を始めるくらい消耗していたし、いずれにせよ休息は必要だったが、相当配慮してくれたようだ。

「でも、帰って休んだ方がいいよ。疲れてるでしょ?」

「寝るのにも体力が居るわ。どうせなら今日ぐっすり眠るために、少し歩いておきたいわね」

 施設を出て、青く広がる空を見上げながら、彼方はつぶやいた。

「で、でも、出かけるとしてどこに行くの? この辺、何もないよ?」

「別にどこでもいいわ。輪平が一緒なら楽しいもの」

 その一言に、輪平は顔を真っ赤にして驚き、飛び退いた。あまりに大袈裟に驚くので、彼方は首を傾げながら聞く。

「ごめんなさい、嫌だったかしら」

「そ、そそそそそんなことありません! 喜んでご一緒させて頂きます!」

「そう、良かった」

 と言うと、彼方は動揺してあたふたしている輪平の手を取った。

「せっかくの休み、時間を無駄にしたくないわ」

「え、あ、う、あ、う……ん」

 手を繋いでこちらを見る彼方は、久方振りに朗らかな笑顔を見せていた。

 心臓に釘でも打たれたかと言うくらい動揺した輪平は、脳味噌が溶けるかと思うくらいに赤面し、顔を俯けた。

 数時間後、熱中症のように体調を崩した輪平は、昨日のお返しと彼方に膝枕をしてもらった。

 それから輪平は、すぐに意識を失った。

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