単発SS

速畑茂利の朝

 速畑茂利(はやはたしげとし)は、寝起きが悪い。

 目覚ましを三つ買って、それぞれ違う場所に置いているのだが、それでも起きない。

 どんなに嫌でも起きれるようにと一番遠くに置いた目覚ましは、枕を投げつけて止めてしまう。既に何個目覚ましを壊したかわかったものではない。

 二九歳を誕生日を迎えて間もない男とは思えない醜態だった。


 そんな彼を起こすために、心通子(こころかよこ)はちゃんと朝起きて、朝食を作る。現金なことに、この男は食べ物に関してはがめつい。

「速畑先生! ご飯ですよ!」

 小柄な身体で、通子はフライ返しとフライパンを打ち合わせて必死に起こそうとする。

 香ばしい目玉焼きとベーコンの匂いに釣られて、速畑がようやく目を覚ます。黙っていれば美男子と噂される彼も、寝起きの顔はゾンビと並べられそうなほどくたびれている。

 顔を洗って、表情だけはいつもの調子に戻った速畑は、食卓を見て目を輝かせる。

「おぉ、理想的な朝食だ! いつもありがとう通子! もう、今時こんな出来た女の子いないよ!」

「家で作ってきたものだから、ちょっと冷めちゃってますけど」

「全然! 普通に暖かい! 美味い!」

 涙を流さんばかりの勢いで、速畑は通子の食事にがっついた。

 こうして、彼の一日が始まる。



 速畑茂利は、朝が弱い。

 目覚ましを三つ買って、それぞれ違う場所に置いているのだが、それでも起きない。

 どんなに辛くても起きれるようにと一番高くに置いた目覚ましは、他の目覚ましを投げつけて落として止めてしまう。既に何個目覚ましを壊したかわかったものではない。

 二九歳を誕生日を迎えて間もない男とは思えない醜態だった。


 そんな彼を起こすために、獣虎鷹一(じゅうこたかいち)はトレーニングの終わりに彼の部屋に寄る。

 床で目覚ましと無理心中している枕と、掛け布団を抱き抱えるようにして眠る速畑が部屋の中には広がっていた。

 路上でカエルの轢死体を見たような顔をした鷹一は、台所に行って鍋に水をたくさん入れた。

 慣れた手付きで鍋を持ち、彼の寝床に戻ると、まだ夢見心地の彼に大量の水を思いっきりぶっかけた。

「ぶはぁ!」

 そして、驚いて水を防ごうと手を伸ばす速畑の手に、両手でないと持ちあげられない巨大なダンベルをもたせた。

「ふぐぅ!」

 目を剥いて苦しむ彼を尻目に、鷹一はそそくさと部屋を出て行った。

 去り際、じたばたと藻掻く速畑に振り返りながら、彼はこう告げた。

「良い朝を迎えたかったら、死ぬ気で起きろ」

「お、お前はぁぁぁぁ……!」

 抗議の声を聞くことなく、鷹一はさっさと部屋から出た。

 数十分後、速畑は油汗まみれになりながらようやくダンベルをどかし、床に仰向けになって倒れた。

 こうして、彼の一日が始まる。



 速畑を起こす当番は、鷹一と通子が当番制で行っている。

 現在、起こされる当人は、片方を解任して欲しいと、目下交渉中である。

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