5.寺崎班、集結

 廃品の山に埋もれた廃トラックの裏に、功樹と香実は身を潜めていた。

 功樹はシャツの左袖を破り、それで右肩を強く縛っていた。彼の足元には血にまみれた数本のダーツが落ちている。

 己が能力の反動と右肩の鈍痛に苦しみながら、功樹はなんとか息を整えようとする。鬼のような面でやせ我慢をする様はなんとも痛々しい。

 一方、ほとんど攻撃を受けていない香実は、トラックの影から相手の様子を伺おうとする。しかしスクラップの山々が視界を遮り、全てを見通すことは困難だった。それくらい廃品が散乱しているおかげで二人は逃げおおせることが出来たのだが。

「あの野郎、絶対ぇぶっ飛ばしてやる」

「はぁ、これだけやられておいて、よくそんな大きな口叩けるわね」

「ふざけんな、俺は負けてねぇ。大体、いきなりアイツが出てこなきゃ、今頃あのじめじめ野郎をふん縛って、痛ぇ……!」

 力んだせいか、功樹は涙目で右肩を強く抑えた。まだ動いたりすることは出来なさそうだ。彼の能力の反動は右肩の傷以上に大きい。

 しかし、こうして隠れているだけでは相手の動きがわからない。透視などが出来る能力者が居れば話は別だが、このままでは音や気配しか相手の情報が入ってこず、いつ奇襲をかけられるかわからない。

 香実は意を決した。功樹に絶対動かないよう厳命し、偵察に出るため走りだした。点在する車や屑鉄の山々に身を隠しながら、相手の動向を探る。

 香実が思い切って前に進むと、人の気配がを感じたため、身を低くして様子を伺う。そこには、今回のターゲットである戸形荒太が居た。

 最初に香実がこの男を見た時も思ったが、とにかく面妖という言葉が似合う格好だった。

 背はかなり高い。一九〇センチ代はあるだろう長身だが、体格はそこまで良くない。おまけに背丈の割に猫背が目立つため、不健康そうな印象すら受ける。

 それだけなら不格好な男に過ぎないが、何よりも目を引くのは、頭に被った黒いバイクのヘルメットだ。何故か表面には緑色の数字が、模様のように描かれている。バイザーに隠れて表情が見えないため、得体の知れない幽霊のような風貌だ。

 荒太は、先端に刃を付けたベルトを両手に持っていた。彼は無機物に神経を通し、筋力を付与する能力を持ち主だ。ベルトのように柔軟で融通の効くものであれば、大蛇を操るかのように操れる。これを利用した間接的な戦闘を彼は得意としている。

 普通、鞭などは振るうことで威力を発揮するが、荒太の能力は余計な動作を必要とせず、臨機応変かつ相手が予測しない角度からの攻撃を可能とする。正に自由自在かつ大蛇の牙が如く一撃は強烈である。

 チンピラ達がこの冴えない男の指示に従っているのは、この能力で全員叩き潰されたからだ。功樹とてまともに真正面から打ち合えば圧倒的に不利である。

 だからこそ二人は、香実の後方支援による撹乱から、相手の懐に飛び込み、功樹の能力を活かした馬鹿力での短期決戦を狙っていた。予想外にも兄である震一の介入により、それは失敗に終わったが。

 そういえば、兄の方は見当たらないなと香実は思った。震一は荒太より頭一つ分背が低く、ピエロのようなペイントを顔に施していた。兄弟揃って奇抜な格好をしているし、気配が目立たないはずはないのだが。

 ふと寒気を感じて香実は後ろを軽く振り返るが、特に人はいない。すぐに視線を戻すと同時に、周囲に騒がしい声が轟いた。

 見ると、二人でここに来た時、不意打ちで殴り倒した見張り役の男が、鉄パイプを杖にしながら現れた。血相を変えた様子で荒太に近づくと、必死な口調で報告する。

「やべぇぞ荒太さん、アイツラの仲間が現れやがった!」

「ナカマ……アイツラ、ヨンダノカ?」

 荒太は、自販機のアナウンスよりもぎこちない口調で答えた。人間味のない平坦な声は、その風貌の気味悪さを際立たせていた。

「急いで手を打っておかないと、みんなパクらちまう」

「…………ウン、ワカッタ」

 仲間が来てくれた、それを聞いた香実はつい気を緩めてしまう。恐らく鳴が彼方と輪平を連れて来てくれたのだ。疲れているだろう彼方には悪いとは思ったが、そんなことを言っていられる状況じゃない。

 なんとか合流して態勢を立て直さなければ、あの兄弟を逃がしてしまう。そうなれば、Ts側は敗北したのと同じである。特に兄の震一に関しては、次いつ接触の機会がくるかわからない。

 香実は、タイミングを見計らって移動するチャンスを伺った。荒太と手下がどう動くのかはしっかりと把握しておきたい。そう思ってじっと彼の動向を見定める。

 そして二人は動き出した。荒太が北に向かって逃げ出し、手下はその後を追う。

 そして手下は、自分の持っていた鉄パイプを両手で掲げると、自分に背中を向けた荒太に対し、思い切り振り下ろした。



 手下は歯を食い縛りながら、鉄パイプを振り下ろした先を睨みつけた。

 確かに手応えはあったが、狙ったはずの荒太は、驚いて地面に蹲っていたが、無傷だった。

 よく見ると、荒太の身体から人間が生えていた。ピエロのようなペイントを顔に施し、無邪気な笑みを浮かべる一人の男が。

「危なかったなぁ、なんとなく嫌ぁな予感したからさぁ、ギリギリまで隠れておいて正解だったよぉ」

 生えてきたピエロフェイスの男は、両手で振り下ろされた鉄パイプをがっちりと掴んでいた。紛れも無くそれは、戸形震一の姿だ。

「そういうことだったの。道理で消息が掴めないわけだわ」

 手下は突如、抑揚の薄い口調へと変貌した。

 ピエロフェイスの男はただでさえニヤついていた口元をさらに釣り上げて、両手に力を入れ。すると、彼が掴んでいた鉄パイプは、彼の右腕に取り込まれてしまった。

 不利を悟った手下は後ろに飛び退く。同時に、腕と同化した鉄パイプが鋭く空を切った。

「なるほど、なんとなくあなたの能力が見えてきたわ」

「あははは! そっちは単なる洗脳とは違うみたいだねぇ。本体は他に居るってことかなぁ?」

 震一は、荒太の身体から離れると、一切の容赦なく鉄パイプを振るいながら突っ込んできた。目の前にいる手下が敵の支配下にあるということを承知で、殺意を込めた攻撃を次々に繰り出してくる。

 震一の猛攻を避けようとした所に、続いて荒太がベルトによる刃物攻撃を仕掛けてきた。

 手下の身体が引き裂かれようとしたその時、横合いから何かが飛んで来るのを感じて、荒太は慌てて飛び退いた。

 見ると、落ちてきたのは人間だった。目の下に黒い隈を作ったスレンダーな少女、観久地彼が、荒太のことを振り返りながら睨んでいた。

「ダ、ダレダ、オマエ」

「少なくとも、あなた達の味方ではないわ」

 答えながら彼方は駆け出し、追い詰められていた手下の腕を引き寄せて兄弟から距離を取った。

 そして、その両手を取って彼の目を見ると、一瞬ふらついた要素を見せてからすぐに手下に向けて手刀を振るおうと手を振り上げる。

「あれ、なんで? ここどこ? って、ふぎゃぁっ!」

 せっかく自意識を取り戻したのにも関わらず、正気に戻った手下はすぐ昏倒させられてしまった。何が起こったのか理解する間もなかった。

「運が無かったわね」

 今まで利用してきた相手にあっさりとした言葉をかけた後、再び彼方は戸形兄弟と対峙した。

 二対二から二対一へ、彼方が置かれている状況はかなり不利だ。



 香実が目まぐるしく変わる状況にキョトンとしていると、横から自分の名前を呼ぶ声がした。振り返ると、同僚である輪平が息を切らせながらこっちに走ってきた。

「よ、良かった、無事で……」

「はぁ、いろんな意味でビックリしたわ。でも、大丈夫なの? 彼方一人で」

 輪平はバツの悪そうな顔をしながら答える。

「正直体調は万全じゃないし、心配だけど、きっと大丈夫。鳴さんはすぐ近くまで来てるから、急いで手当てをして」

「わかった。出来る限り早く戻るわ。輪平くんは?」

「役に立つかはわからないけど、僕は彼方の相棒だから、側に居るよ!」

 輪平は一瞬自信なさげに身を竦ませたが、弱気を振り切るように彼方の方に向かって駆け出した。

「この数時間で一体何があったんだか」

 少しだけ男らしくなった輪平を見ながら、香実は素直な感想を口にする。

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