2.それぞれの気遣い

 EAPと呼ばれる超能力者の存在が認識されたのが、果たしていつのことかはわかっていない。

 ただ一つ言えるのは、発現したEAP達の中に、力を悪用するものが目に見えて現れ、無能力者達は人知を越えた力を恐れるようになったということだ。

 日々増え続ける超能力犯罪に対応するため、生み出された組織が特殊警察課Tsである。

 警察にとって有用と見なされ、Tsにスカウトされる捜査官達は、未成年であることが多い。これは時が経つにつれて超能力が多様化していくことから、常日頃変化していく環境に対応するための策であった。

 これは、同時に抑止のためでもあった。警察に置いておけば、こちらの都合よく教育することが出来て、事件を起こす人間を結果として減らせるというわけである。

 Tsは、各地に拠点を作ってチームを編成している。

 内訳としては、全てを取りまとめる一名の司令官を筆頭に、所属する捜査官達をサポートするオペレーターと呼ばれる補佐役が三名いる。捜査官は必ずペアを作り、最低一〇名集められる。逆に、少なくともこれだけの人数がいなければ組織として成立出来ないとされている。

 オペレーターである寺崎(てらさき)鳴に連れられ、組織の建物に帰ってきた彼方と輪平。二人はここ、北部の一支所に所属している捜査官ペアである。この支所の構成員は全員高校生以下の少年少女達で、二人は高校二年生と組織の中では年長の方であった。

「私は車停めてくるから、二人は先に降りちゃって。というか、彼方はもう眠いでしょ?」

「お気遣い、痛み入るわ」

 促されるまま、二人は車から降りた。

「じゃ、次の任務までゆっくり休んで備えてね。彼方のこと、しっかり頼んだわよ、輪平」

「は、はい。お、送り迎えありがとうございました!」

 鳴と別れ、二人は先に建物の中へと入っていった。二人の居住スペースもここにあるため、帰宅したようなものだ。

 見慣れた施設の中を無表情の彼方と、浮かない顔の輪平が進む。そんな二人の顔を見るや否や、一人の少年が手をあげて呼び止めた。

「おっ、彼方と輪平じゃねぇか。んだよ、相変わらずオメェラ辛気臭ぇ顔してんな」

 薄っすらと髪を青色に染め、いくつかを逆立たせた少年が、馴れ馴れしく話しかけてきた。柄の悪い口調だが、悪意は感じられない。

 彼方は無視して行ってしまおうとしていた。が、声をかけられて立ち止まった輪平に気付いて、自分も足を止めた。

 青髪の少年は、腕を組んで目を細めながら、二人に歩み寄る。輪平よりも一回り背が高い。二人が対峙すると、兄弟みたいだった。

「そ、相留(そうとめ)くん……」

 名前を呼ばれた相留功樹(いさぎ)は、呆れてやれやれと首を振りながら、二人に物申した。

「今日のお前等の仕事は終わったんだろ? もっと嬉しそうにすりゃいいだろうがよ」

 急に指を差され、輪平は冷えきった鉄を押し付けられたように身体を震わせた。功樹は、輪平のビクビクする様子が気に入らないのか、ますます詰め寄った。

「あーもう、本当に辛気臭ぇな! お前等には楽しいとか、嬉しいとか、そういうポン、酢……ポン、カン……あーっ! とにかく、そういう気持ちがないのかよ!」

「そ、それを言うならポジティブ……」

「ああ、それだ。って、今俺のこと馬鹿にしなかったか!」

 間違いを正したつもりが凄まれて、輪平は冷や汗をダラダラ流して後ずさった。この手の指摘は功樹の神経を逆撫でしてしまうらしい。

「まあいい。とにかく、お前等見てると気分が暗くなるんだよ。なんとかしやがれ」

「な、なんとかしろ、って言われても……」

「特に輪平、お前はいつもビクビクしすぎだぜ。男ならもっと堂々とすりゃいいだろうが」

 と、言いながら功樹は誇らしげに胸を張った。

「ぼ、ぼぼ僕みたいなのが威張ったら、みんな嫌な気持ちになると思うし……」

「なんでそうなるんだよ。って、俺が威張ってるとでも言いてぇのか!」

 どうやらさっきの言い間違いを指摘されたのがよほど悔しかったのか、些細なことでも功樹の怒りは爆発してしまうようだ。

 タジタジになって、目を回す輪平に、功樹は容赦なく言いたいことをまくし立てていく。と言っても、要は「もっと明るく振る舞え」ということをいろいろ言い換えているだけで、内容自体はほとんど同じことの繰り返しだったが。

 いよいよ輪平が倒れるかという時に、自然な動きで二人の間に割り込んでくる者が居た。

「輪平を虐めるのはやめて」

 目の前に、彼方が突然現れ、功樹は思わずたじろいだ。目の下に濃い隈を作った彼方の眼光は、鋭いを通り越して凶器に近い。

「ちょっと待て! 俺がいつ虐めたっていうんだよ! つーか、コイツがちょっと頭が良いからって、さりげなく人のこと馬鹿にするからだな!」

「ぼ、僕、そんな頭良くないよ」

「俺がもっと馬鹿だって言いてぇのか!」

 功樹の立場を慮って言った言葉が尽く裏目に出てしまい、すっかり輪平は口を噤んでしまう。しかし、そこへすかさず彼方が割り込み、功樹を睨む。

「輪平を虐めるのは、やめて」

 さっきと同じ口調で、しかしほんの少し荒い語気で、彼方は言った。無表情の中に込められた憤りをひしひしと感じ、今度は功樹が口を閉じてしまう。

 しかし、人に対して堂々としろと言っておいて、自分がここで臆すわけにはいかないと思ったのだろう。すぐに勢いを取り戻して彼方を睨み返す。

 一触即発な空気に、輪平は目が回りそうになった。止めたいところだが、輪平に二人を止める力はない。

 功樹はあの性格通り喧嘩慣れしていて、腕っ節が強い。彼方は彼方で小さい頃から肉体の鍛錬を続けているので、見かけに反して屈強な男を軽くなぎ倒すほどに強い。

 そんな二人がぶつかり合えば、どちらも只で済むまい。

 血塗れになる二人の姿が脳裏に浮かび、輪平は覚悟を決めた。こうなったら、自分が強引にでも間に割って入るしかない。少なくとも彼方は矛を収めてくれると輪平は信じたかった。深呼吸をして、改めて二人の顔を見た。

 即座に輪平の血の気が引いた。猛獣が威嚇するが如く形相になる功樹、表情は相変わらずだが目付きだけ邪悪になっていく彼方。

 今、二人の間に突っ込んだら、その瞬間に腰を抜かして気を失う自分の姿が浮かんだ。頭の中で情景が克明に描かれたが最後、もう輪平の腰は完全に引けてしまった。

 最低だ、僕は。

 輪平が、もう泣き崩れてしまおうかというほど暗い気持ちになった時、功樹の背後に一人の影が浮かんだ。影は大きく拳を振り上げると、彼の頭頂へ木槌のように容赦なく落とした。

「いっっってぇぇぇぇっ!」

 聞いている方がしかめっ面になるほど、痛々しい悲鳴が轟く。功樹は頭を抑えながら、激痛から逃げるように床を転げまわった。

 声をかけてあげたくなるくらい苦しむ功樹に拳を振り下ろした張本人は、腕を胸の前に組み、呆れを通り越して軽蔑の視線を向けていた。

「アンタはさぁ、ちょっとアタシが目を離しただけで、どうしてそう揉め事を起こそうとするの?」

 生真面目そうな少女が、ため息をつきながら吐き捨てた。少しウェーブの掛かった栗毛を肩にかからない程度に伸ばしており、ほんのりとボーイッシュな印象を受ける。

 印象に見合わず紺色がメインの学校指定制服らしきものを着ているが、そのギャップが相まって、不思議な魅力のある少女だった。

 倒れこんでいた功樹は、床に転がりながらも、歯を剥き出しながら彼女に怒鳴り返す。

「何すんだ、香実(かさね)!」

 かと思うと、功樹は飛び上がって復活し、怒りの矛先を香実なる少女に向けた。ひとまず一つの事態は収拾したが、新たな火種がいきなり火力全開で燃え上がってしまった。

「もう一発食らいたい?」

「はっ、お前の二度も同じようにこの俺がやられると思ったら痛ぇぇぇぇぇっ!」

 今度は右足を抑えながら、功樹が飛び跳ね始めた。どうやら香実に思いっきり右足を踏まれたらしい。

「わからないなら痛みで教えてやるまでよ。アンタはいい加減少しは利口になれっての!」

「く、くっそぉ、調子に乗りやがってぇ。つーか汚ぇぞチッキショー」

 威勢の良いことを言いつつ、目を涙で薄っすら濡らした功樹は、痩せ我慢して踏まれた足を大きく踏み込んで直立する。

 そして、再度威勢を取り戻して、香実に怒鳴り散らした。

「俺の何が悪いって言うんだコラァ!」

「アンタが悪くない所が一体どこにあるのよ! アンタそもそもこの中じゃ年下の一年坊の癖に、なんで偉そうな口が叩けるわけ? 輪平くん、すっごい困ってたじゃない! 少しは後輩らしくしてみたらどうなの?」

 功樹が少したじろいだが、すぐに気を取り直し、より強く言い返した。

「コイツが暗ぇのが悪ぃんだろうが! 俺はな、梅雨と同じくらい、じめじめした奴を見てるとイライラすんだ。年なんて関係ねぇ」

「そんな自分勝手な理屈、年上も年下も関係ないでしょうが!」

 今度は手刀が功樹の頭に入る。今度は絶叫こそしなかったが、声にならない悲鳴が輪平の背筋に寒気を走らせた。

「ごめんね二人とも、このポンコツ男のせいで嫌な思いしたでしょう?」

「別に気にしていないわ、皆先(みなさき)。輪平も私も、特に被害を受けたわけではないから」

 殺気が消え失せ、彼方が真の意味でいつもの様子に戻ったのを見て、輪平はホッと胸を撫で下ろす。終わってみれば、自分達が被害を被ったわけではなく、彼方の言うとおり無事だった。生憎、功樹が少し痛い思いをしたけれど、短気は損気ということで諦めてもらうしかないだろう。

 少なくとも、同僚同士のデスマッチが繰り広げられることは、なかったのだから。


 寺崎鳴がオペレーターとして担当するのは、観久地彼方と先屋輪平の他にもう一ペアいる。それが相留功樹と皆先香実ペアだ。

 捜査官全員が高校生で、功樹が一年生、他三人は二年生と年はほぼ同じだ。

 こんなやりとりをしているが、一応彼等の中は見た目より悪くない。少なくとも輪平はこの二人のことを嫌ってはいなかった。

 功樹は確かに性格は合わないが、あれでも正義感は人一倍強く、少なくとも悪人ではないし、彼なりの思いやりで二人に突っかかってくるのだ。

 相棒の香実は見ての通り真面目な常識人で、功樹に対してはいささか乱暴だが、彼以外には仲間にはとにかく優しく、パイプ役が似合うまめな性格だ。

 オペレーターを含め五人、性格も趣味趣向もバラバラで、プライベートでは積極的に絡まないが、互いに疎んでいるわけでも避けているわけでもない。

 ただ、彼方と輪平の性格が人付き合いに向いていないだけだ。

 それからしばらく、起き上がった功樹と、応じる香実による銃撃戦のような口喧嘩が続いた。ようやく収まったかと思うと、香実は功樹の首根っこを掴んだ。

「さぁ、次はアタシ達の番。輪平くんに文句言う前に、自分達の仕事をしに行くよ!」

「んなこたぁわかってんだよ! ま、お前等はせいぜい休んでおけ」

 掴まれながら功樹がふんぞり返ろうとして、物凄く滑稽な格好となる。輪平は吹き出しそうになったが、また問題が起きると大変なのでなんとか耐えた。

「そうさせてもらうわ。私はこの後ぐっすり眠る予定だから、援護には期待しないでね」

 代わりに、彼方がとても余計なことを言い放った。輪平は、小声で嘆きながら天を仰ぐしかなかった。

「はっ、出番はこねぇよ。むしろお前等こそ、そんないつもフラフラで、一体いつ俺達が呼ばれるかわかったもんじゃないぜ」

「ええ、でも二人が来てくれるなら安心ね。もし私が限界になっても、安心して気絶が出来るもの」

「けっ、いきなり何言い出しやがんだよ。冗談じゃねぇっての」

 自分では嫌味を言ったつもりが、相手から素で信頼を口にされてしまった。すっかり照れてしまった功樹は、顔を俯かせてそれを隠した。

 輪平は、それを見て少しだけ嬉しくなった。あそこまでボロクソ言うのだから、自分達は嫌われているのかと思ったが、どうやらそんなことはないらしい。

 輪平が微笑ましいという気持ちになっていると、功樹の後ろで香実が青い顔をして、自分の身体を抱くようにして身を震わせ始めた。

「何照れてるのよ、気持ち悪っ」

「どういう意味だコラァ!」

 またもや二人の口論が始まったので、うんざりしたのか彼方は何も言わず踵を返した。

 輪平は、彼方の態度を見て「今からでも死んだように眠りたいんだ」と察して、自分のせいで喧嘩する二人に悪いと思いつつ、軽く一礼してから後を追った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る