【第4話】計りかねる情は友と愛と

届いた手紙の吉凶

手紙を書けと僕に言った桜さんは、そう言うからには手紙を書くことも読むことも好きなのだろうと思っていたが、文通を始めてみるとそれは想像以上だと知った。

実際、桜さんからは事あるごとに手紙が届いた。

それに返事をする形で、僕からも手紙を出した。

月に5通来る時もあれば、1通だけの時もあったが、僕にはそれが大変な楽しみだった。


「桜さん、本当に来なくなってしまいましたね。」


朝の挨拶に訪れたシヴィーさんが、慣れた手つきで手紙を差し出した。

僕がいつも手紙ばかりなのを惜しんでそう言ったのを、シヴィーさんはそうですねと答えただけだった。

以前は付き人のような役割を担っていたのに、シヴィーさんは実は薄情者なのか、

あるいは僕に気を遣って、昔の主人について惜しそうにしないよう努めているかのどちらかに違いなかった。

届いた手紙は薄いピンクの封筒に入っていた。

差出人の名前が書かれていないのはいつものことで、裏の端に小さく桜の絵が描いてあるのが常だった。


「来ないと言ったら来ないのがあの方です。」

「僕は何度も会いたいと手紙を送っているのに。」

「お慕いしている気持ちはきちんと届いていると思いますよ。

でなければ桜様がこんなにマメに手紙を下さる理由がありません。」

「そうでしょうか。」


僕には、桜さんの孤独がそうさせるだけだという気がしてならなかった。

きっとご自分の国に心許せる方ができれば、僕のことなど一瞬で忘れ去ってしまうのだと本気で信じていた。


「こんなことを申し上げるのは本来良くないのかもしれませんが、実は私は桜様の弟分のようなものでした。

それでもそんなに沢山のお手紙を頂いたことはありません。」

「弟分というくらいですし、手紙など出さずとも傍にいたからでは?」

「ヤシロ様が思っているほど、私と桜様は長いことお側にいたわけではないんですよ。」

「桜さんはどんな方だったんですか?」


そうですねぇ、とシヴィーさんは宙を見つめて唸った。

シヴィーさんと、桜さんは確かに長いこと一緒にはいられなかったのだろうけれど、

ふたりの様子を見れば、とても濃い時間を過ごしていたのは間違いなかった。

それはとても微笑ましいことであったし、その代わりを僕が務められるとは思えなかった。


「厳しい方でした。私はいつも怒られていて、メイ様が宥めて下さって。」


シヴィーさんは懐かしむように目を細めて笑った。

しかし僕と目が合うと、しまった、というように生真面目そうな表情に変えてしまい、

僕はそれが微笑ましくて、首を傾げて笑った。


「シヴィーさんのご両親はどちらにいらっしゃるんですか?」

「さぁ?僕、捨てられ子なんですよ。両親は余所の国で暮らしていると思います。」


そういえば桜さんが先日シヴィーさんを叱った時、拾われた頃となんら変らない等と言っていたことを思い出し、育ちが良いのだろうと浅はかにも尋ねてしまった僕は声を小さくして謝った。

シヴィーさんは笑いながら両手の手のひらを見せて、いいんですよ、と言った。


「別に僕、捨てられた事を不幸だとか思ってないですから。

メイ様に拾ってもらえて、桜様に色々教えてもらって、こうしてヤシロ様のお側にいられるので、幸せなんですよ。」


シヴィーさんは、ニコニコと笑って手紙を開けてはどうかと提案してきた。

僕の失態に気を遣っているのは明らかで、僕はそれがとても申し訳なく思えた為、

今度はシヴィーさんの言う通りに手紙を開けることに奮闘した。

ピンクの便箋に桜さんの達筆な字が並んでいて、中身を読まなくてもハッとさせられる。

「拝啓」から始まる手紙はいつも1枚きりだ。

しかし今回の1枚はとびきりのものだった。


ただ一言だけ発声して既にほぼ無音で部屋から退室していたシヴィーさんを大声で呼び戻した僕は、

慌てた様子で駆け戻って来て何がありましたかと尋ねるシヴィーさんに、

驚きと絶望が興奮と合わさって冷めきらない声で言った。


「桜さんがご結婚なさるそうです。」


差し出した手紙を、シヴィーさんは驚いた様子で受け取り、

泳いだ視線を隠すように手紙にやった。


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


拝啓 ヤシロ殿


朝夕冷える頃となったが、みな変わりないだろうか。

近頃絵を嗜み始めたと聞いたので、我が国の筆を同封する。

気に入れば使ってやってくれ。


さて、今日は報告があって文を出すことにした。

かねてより連絡を受けていた娘との婚約が内定した。

近々挨拶に行くことになる。

妻になる娘の名前は小結こゆいという。


お前たちに会えるのは楽しみだ。

日程はおさを通して連絡する。

また。


                         草々


~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「何か聞いていましたか?」


読み終わりまた冒頭に戻っていくシヴィーさんの視線を追って、

思わず食い気味に尋ねたが、シヴィーさんは首を横に振るだけで未だ声が出ないようだった。


「これは…、おめでたいのでしょうか。」


誰にどう挨拶したものかと尋ねると、シヴィーさんも首を傾げた。

右手で唇を触り、忘れていた呼吸を深く二度繰り返した。


「それは桜様に会ってみないと、なんとも…。」


シヴィーさんは報告しなければならないと部屋を飛び出して行き、

残された僕は手紙の返事を書く為、便箋を買いに街に出た。

9月も半ばとなると本来は紅葉の季節に差し掛かるが、そもそも砂漠の真ん中であるが為、見て楽しむくらいなら食べて楽しむべしと紅葉する植物などこの国には植えられていないらしかった。

未だ青々と茂る木々を見上げて、僕は同じ薄緑の便箋を買った。


曖昧な言葉しか書けず、結局、ご結婚おめでとうございます、会えるのが楽しみですとほとんどそれくらいの意味しかない手紙を送り返すことになった。

夕食の席でも、ユヌちゃんの部屋でも、その後桜さんの話題は一切あがらず、

シヴィーさんだけがいない、いつも通りの日を繰り返した。


「シヴィーさんはお仕事ですか?」


夕食の冷奴を食べながら尋ねると、ネイルの調子を気にしていた紗遠ちゃんが顔を上げ、さぁと答えた。


「なんか慌てて出て行ったっすね。」

「そっか。桜さんがいらっしゃる準備で忙しいのかも。」


僕がそう呟くと、紗遠ちゃんはエッと苦々しい声をあげた。

顔を見上げると眉をひそめた苦い顔をしていて思わず笑ってしまった。


「桜って人、また来るんすか。」

「結婚の挨拶にみえるみたいです。紗遠ちゃんは桜さんが苦手ですか?」

「別に苦手ってことはないっすよ。ただ向こうさんがウチのこと嫌いっぽいんで。」


僕はおよそ半年前の茶屋での出来事を思い出し、苦笑いをした。

桜さんの憤怒も今となっては懐かしい。

あの時は本当に桜さんとはあれきりだと思ったものだった。


「シヴィーさんもよく叱られていたって聞きましたよ。

それでもあんなに仲良くしているんですから、大丈夫ですよ。」

「ヤシロ様は嫌じゃないんすか?」

「何がです?」

「シヴィーさんのことっすよ。

今はヤシロ様の世話係のはずなのに、あの方がいらっしゃる毎にあっちにとられちゃってるじゃないっすか。」

「あぁ。」


とられてしまっている、と思ったことはなかったが、言われてみれば確かにそうだと思った。

桜さんのことで何かがあると、メイさんは必ずシヴィーさんを遣いにやる。


「特別嫌ってわけでもないですね。

桜さんとシヴィーさんが並んで歩いているのを見るとなんだか微笑ましいです。」


それは半分事実で、半分嘘だったが、紗遠ちゃんは興味なさげな返事をしただけだった。

微笑ましいというのは、嘘ではない。

それでも、シヴィーさんが嬉々として桜さんの付き添いをしているのを見ると、心が痛むのは事実だった。

心の内ではそれを「寂しい」と表現していたが、どうやら僕はただ羨んでいただけのようだ。

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