【第3話】初めての〇〇。

閃きは突然に。


先日、夕食の席にいなかったことで、またシヴィーさんが叱られたらしい。

忙しくて、つい自分の夕食を忘れてしまった為に僕への声かけも一緒に忘れてしまったのだとか。


「寝食を疎かにしなければいけないほど忙しいのに、シヴィーさんが怒られるなんておかしいですよ!」


そう憤慨してみたものの、シヴィーさんお得意のいつもの笑顔でやり過ごされてしまった。


「職務は忘れちゃだめです。

僕のミスですよ。」と。


そんなこんながあった3日後、遂にシヴィーさんが来なくなってしまった。

本当に嫌われてしまったのだとかなり落ち込んだのだが、なんてことはない。

シヴィーさんは休暇らしい。


「休暇なんてあるんですか。」


代わりに世話係に任命された紗遠さおんちゃんが、朝食の席に向かう為、僕の隣を歩いている。

シヴィーさんがいない為、自由な服が着れると嬉々としているのかと思いきや、

驚くべきことに、普段であれば目がチカチカしそうな装飾品をまとっている彼女が、今日は喪服のような黒一色のパンツルックだった。

しかし、彼女はそれが当たり前であるかのように振る舞うので、僕は未だにその理由を聞けず、しげしげと眺めている。

紗遠ちゃんは呆れたように僕の方を見て答えた。


「そりゃ、あるッスよ。

ウチらも365日働いてるんじゃないッスもん。」


何言ってんだこいつ、くらいの言葉尻に、僕は少し笑った。

やっぱり、シヴィーさんとは正反対だ。

シヴィーさんなら、こんな時、法律の話をするだろうと思った。

労働基準法は術師の国にはあるのだろうか、と考える。

うちの国には、ない、のだが。

どちらにせよ。なんにせよ。

紗遠ちゃんも全く嫌いではないし、たまには新鮮で良いものだ。


「月にどれくらい休むんですか?」

「月とかじゃないッス。

申請しないときは年中無休だし、申請したら1ヶ月休暇もありみたいッスね。」

「え?不定期なんですか?」

「えぇ、まぁ。仕事は掃いて捨てるほどあるんで、忙しいッスから、休める時とか休みたい時に休んでるんスよ。」

「それって負担なんじゃ…。」

「いやぁ、別に?

だってウチらって好きでメイ様の下で働いてるんスもん。

申請すりゃ余程のことがない限り、好きなだけ休ませて貰えるし、不満はないッスね。

まぁ、そんな休むこともないんスけど。

シヴィーさんなんか、珍しくて天地がひっくり返ったのかと思ったッスね。」


紗遠ちゃんは自分で言ったことにケタケタ笑いながら、僕の方を伺ったりもせず、歩を進めていく。

シヴィーさんなら、謙虚に見えて実はものすごく自慢気な顔だったりするのだけれど、なるほど、紗遠ちゃんは本当に、『メイ様の下であくせく働いている』ということをなんとも思っていないらしい。


「てゆーか、メイ様が365日公務に従事されてますからねー。

ウチらは5人で仕事回してるんで、楽なもんっスよ。」


サラッと紗遠ちゃんがそう言った。

メイさん、働き者だとは思ってたけれど、本当にすごい人なのだと改めて思う。

365日散歩に専念している僕とは大違いだ。

感心しながら廊下を歩いていくと、すれ違いざまに頭を下げていく人もいるのだが、紗遠ちゃんはほとんど気にも止めていない様子で通り過ぎた。


そのうち、彼らが僕に対して挨拶をしているのだと気づき、僕は慌てて挨拶を返した。

世間話等をして立ち止まった時には、紗遠ちゃんは、少し先で指先のネイルを気にしながら壁に背中をつけて立ち止まっていた。

駆け寄ると何事もなかったかのように歩きだし、待つことに慣れているのだろうと思った。


そのあと、紗遠ちゃんに見守られながら朝ご飯を食べ終わり、ユヌちゃんに会いに行くかと考えた。

ずっと立ったまま、僕が食べ終わるのを待たせていたにも拘らず、紗遠ちゃんは二言返事でOKを出したくれたので、早速、新しい部屋に向かおうと案内してもらった。

廊下を歩いていると、メイさんに出会った。

若さ全開で僕の前を歩いていた紗遠ちゃんが、突然ぴしっと足を揃えて挨拶したので、僕が驚いたくらいだった。


「お疲れ様です!」


今日も見上げるメイさんは、一瞬、あれと思う素朴さが見受けられた。

いつもは柄がたんまりと入った豪華絢爛な赤い着物なのだが、今日は全くの無地だ。

帯もいつもの黄色ではなく、黒色だった。

黒帯かな? とは口が滑っても言えないけれど。


「ご苦労。」

そう答えるメイさんは、心なし疲れが見えるようだった。


「おはようございます。メイさん。

今日も綺麗なお召しもので、とてもお似合いです。」

僕が挨拶をすると、メイさんはいつも通り、静かに眼を閉じながら頷くように会釈を返した。


「どこへ?」

メイさんが紗遠ちゃんの方に視線をやりながら尋ねた。


「はい。ユヌ様のところへ、朝のご挨拶に伺うところです。」

「左様か。あまりユヌに近づきすぎぬよう、お前は特に気をつけるように。」

「はい。承知しました。」


去って行く背中を見送りながら、僕はようやく黒服の正体に気がついた。


「お父様のご命日か。」


僕の独り言にメイさんに向けて頭を下げ続けていた紗遠ちゃんが顔をあげた。


「今頃ッスか。」

「でも、もう少し先だったよね?」

「2週間後ッス。1回忌ですし、1ヶ月間喪に服すんスよ。」


僕は頷きながらそれを聴き、自分の服装を見て、我ながらがっかりした。

いつもと全く同じ服装で、何の配慮もない。

気の利いたことをするのは、やはり難しい。


「やっちゃったなぁ。お悔やみの言葉もかけなかった。」

「お悔やみは要らないッスけどね。」

「え?」

「だって、嫌みッスか。お父様を暗殺されたの、メイ様ッスよ?」


あぁ、そうだ、と漸く僕も自分の過ちに気がついた。

露骨に不快を露わにする紗遠ちゃんに謝って、僕たちはまたすぐに歩き始めた。

新しい病室で、ユヌちゃんは居心地がとても良さそうにしていた。

先ほどのもやもやが消えきらないうちだった為に、僕はなんだか煮え切らない表情をしていたらしく、ユヌちゃんにパッとしない顔だと笑われてしまった。

ユヌちゃんは、今日は大人しく編み物をしていた。


「ヤッシー、メイ姉に怒られでもしたの?」

「今日はまだ話しかけられてもらえてもいないよ。」

「一回チャレンジはしたんだ。」


ユヌちゃんはキャッキャと笑って、眺めていた編み物の本を放った。


「メイ姉の服見た?黒くて、格好良かったねぇ。」

「みんな喪服を着ているね。」

「そうだね。紗遠が黒一色だとなんか可笑しいよね。」

「珍しいからね。」


この会話は扉の外で待っている紗遠ちゃんにも聞こえているのだろうかと思いながら、僕は少し声のトーンを落としたが、ユヌちゃんはやはりお構いなしだった。


「楽しくないよね。去年はさ、この時期お祭りがあったんだよ。

それが喪に服すとか言って、無くなっちゃってさ。」

「そうなんだ。でも、国長だったお父様が亡くなられたわけだからねぇ。

ユヌちゃんも悲しいだろう?」

「別に。メイ姉とセネ兄がいればいいもん。

暮露とか皆もさ、くらーい顔してパパが死んだこと悲しんでるフリしてさ。

メイ姉が悪いことしたみたいであたしは嫌。」

「メイさん、お父様のこと嫌いだったのかなぁ。」

「知らない。けど、パパはメイ姉だけは可愛がってたんだよ。

あたしとか、セネ兄のことは不出来だからって嫌ってたのに、メイ姉だけ。

だから、あたし不思議なんだよね。

パパのこと殺すなら、セネ兄だと思ってた。」


そう、言ってユヌちゃんは編み終えた分の裏表を目視で確認をした。

淡々と事故の考察を述べるようにユヌちゃんが話すのも、なんだか不思議だった。

今日は朝から色々ありすぎて、もう既に脳はパンクしそうだ。


「だからさ、ヤッシーはそのままでいてよ。」

「え?」

「だから、喪服、やめて。あたしも絶対着ないから。」


ユヌちゃんはそう言って、そう宣言して、再び棒針をとった。

どうやらマフラーを編んでいるらしかった。

話題を変えようと、僕は窓の外を指さしながら言った。


「桜が咲き始めたね。」

「うん。あの桜、メイ姉が埋めたんだよ。」

「そうなの?」

「うん。メイ姉の部屋からも、桜見えるの。」

「好きなのかなぁ。」

「うん、まぁ、桜の木が好きというか、まぁ色々思うところがあるんじゃない?」

「思うところ?」


うん、とか、そう、とか口ごもるユヌちゃんは、何か話すべきか迷っているようだったが、結局強引に口を閉じ、話を終わらせてしまった。

気にはなったが、追求するのはよくないと思い、僕は今度はユヌちゃんの手元を指さした。


「桜の季節になってきたのに、マフラーを編んでいるの?」

「うん。メイ姉、今度視察で寒いところに行くんだって。

この季節じゃ、買うにも買えないし、丁度いいから。」

「丁度良いって何に?」

「あれ、もしかしてヤッシー知らない?」


あちゃーというようにユヌちゃんは、サイドテーブルに置いてあったカレンダーをとり、一枚捲りながら僕に向かって突き出した。


「5月16日!メイ姉の誕生日!」

メイの名の、由来を知った時だった。


ユヌちゃんの部屋を後にながら、僕はぼんやりと考えた。

誕生日というなら何か差し上げたい気はするが、生憎、差し上げられるような代物は持ち合わせていない。

国に帰ればそれなりの金銭があるが、今すぐ帰国というのも勘ぐられかねない。

考える時間ならごまんとあるのだが、一から物を作る時間はない。

草木や花をあげようにも、なんだかプレゼントらしくない。

プレゼントなら、例えばアクセサリーや、和装なのだから帯や帯締めでも良いだろう。


部屋に戻り、財布の中身を確認したが、和装一式揃うほどの金銭は持っていた。

しかし、それで良いのだろうかと思う。

これはこのリェシアから滞在費として頂いているお金だ。

貰ったお金で物を買うのはなんだか馬鹿らしい。

ユヌちゃんだって自分のお金ではないから、せめて編むという作業を加えているのではないか。

ううん、とベッドの片隅で思案して、塾考して、1度寝てからもう一度思案し、漸く僕は閃く。


そうか。

と、目を開け、起き上がり、伸びをして、鏡の前で宣言をする。


働こう。



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