内緒の話。


「メイさん、本当に強いんですねぇ。」


崩れたり、散らかった道を歩きながら、僕は感想文を読み上げるように呟いた。

するとシヴィーさんは少し自慢げに口の端を上げた。


「勿論です。補佐官様ですからね。」

「セネさんにも、メイさんと同じように特別な臣下がいるんですか?」

「えぇ。いらっしゃいますよ。

全部で8人いて、内1人が補佐官様です。」

「で、メイさんの下に4人、ですか。」

「いえ、6人います。」

「6人?」


驚いて、指折り頭の中で数えていく。

暮露さん、琴音ちゃん、シヴィーさん、さおんちゃん。

4人だ。

もしかして、ユヌちゃんの部屋にたまにいる人もそうなのだろうか、などと考えているとシヴィーさんは笑いながら言った。


「ヤシロ様がお会いになったのは4人だけだと思います。

遠方の領土統制にひとり、リイーナというのがおります。

あとは諸事情で国を出ている者がひとり。」


「ふーん。

暮露さんが一番弟子で、2番目がシヴィーさんです?」

「いえいえ。僕は4番目ですよ。」


えっ、と驚いて思わずシヴィーさんの顔を見つめてしまった。


「よんばんめ?」

「ふふっ。そんなに驚くことじゃありませんよ。

2番目が琴音。3番目がリイーナです。」

「琴音ちゃん?あの、ちいちゃい?」

「ちいちゃいなんて言ったら、彼女怒りますよ〜」


シヴィーさんは大きな声で笑いながら、僕の背中を優しく叩いた。

シヴィーさんって、本当に優しい人なのだと思う。


「まぁ、僕とリイーナと琴音は、厳密にいえば少し変わってきます。

力量でいうなら、リイーナ、僕、琴音だし、配下としての汎用性でいえば僕、琴音、リイーナでしょう。

リイーナは強いけれど、あれには愛想笑いがありませんから接待などは向きません。

琴音は補佐官様のそばにいる期間が長くって、僕じゃ到底敵いません。」

「え、シヴィーさんが4年って言ってましたよね?」

「よく覚えていらっしゃいますね。

そうです。

リイーナは僕より2ヶ月早くて、琴音は僕より1年くらい早いです。」

「え…?琴音ちゃんって幾つなんですか?」


どう見ても10歳くらいにしか見えないけれど、見た目だけ幼い20歳とか?

そんなことがあり得るんだろうか?

僕の混乱している様子を見て、シヴィーさんはまた笑った。

大変なことが度重なった後でも、こんなに笑えるんだから、相当タフなんだろうと思う。

じゃないと、メイさんの配下としてはやっていけないのだろうか。

シヴィーさんはそうやって笑いながら、答えを教えてくれた。


「今年で11歳ですよ。

あの子は5歳の時に拾われてきたんです。

全くの戦力外でしたが、そんな頃から面倒みてるので、信頼が厚いわけです。」

「拾ってくるんですか。あのメイさんが。」

「あれ、補佐官様のこと、すっごく冷たい人だと思ってます?」

「いや、そんな風には思ってないですけど、だって、守るべきものの優先順位は、家族、国、部下、ってこの間…。」

「あー、仰ってましたね。

でも、補佐官様はあぁ見えて、歳下には滅法甘いんです。

僕もさおんも、仕事のミスで叱られることはありますけど、怒られたこと、ないんです。」


シヴィーさんは、内緒ですけどね、と人差し指を唇に当てた。

僕は唖然としてしまって、目をパチクリさせてから、自分の年齢を思い出す。


「メイさんて、お幾つでしたっけ。」

「ヤシロ様と同い年です。」


即答したシヴィーさんは大層面白そうに、ケタケタと笑った。

逆に僕は肩を落として、納得する。

年齢を詐称しておけば良かったと思い、バレたら怖いかと思い直した。


「でも、補佐官様、ヤシロ様のこと気に入っていらっしゃるみたいだし、良かったじゃないですか。」

「え?どの辺が?」


思わず礼儀を欠いた言葉遣いになってしまったが、シヴィーさんはそれこそ全く気にしていないようだった。


「おっと、」


シヴィーさんが突然、足を止めた。

少し行き過ぎてしまってから、僕が振り返ると、小さな金魚がシヴィーさんの前でくるくると円を描いている。

僕のどの辺を気に入っているのか、或いは、どの辺を見て気に入っていると勘違いしているのか、僕としてはそちらの方が気になるのだが、シヴィーさんがお仕事向けの顔をしていたので、じっと口を閉じることにした。

シヴィーさんが、真面目な顔をして、了解ですと答えると、小さな金魚は彼のネクタイの柄の一部へと消えていった。


「そのネクタイのワンポイントって、飾りじゃなかったんですか?」

「えぇ。ほら、捕まってた琴音の服の、模様の金魚、飛び出したでしょう?

あれと同じです。

補佐官様の目となり、耳となる金魚様です。」

「え、それって、」

「あはは、勿論、プライベートは保証されてますよ。

補佐官様からお呼び出しです。」


シヴィーさんは何でもないように付け足して、向こうの建物を指差した。

壊れてしまった建物の方向で、さっき行き過ぎた方だ。


くるりと方角を変えて、僕はシヴィーさんに駆け寄る。


「あの、メイさん、どの辺が気に入ってるって…?」

「あー、直接言葉で聞いたわけじゃないですよ?

でも、ほら、この間とか、補佐官様から話しかけられてたじゃないですか。」


いつの事だろうと真剣に記憶を探っていると、ほら、窓から花を見てるって仰ってたじゃないですか、とシヴィーさんが助け舟を出してくれた。

すっごく笑いながら。


「確かに。そんなこともありましたけど、でも、あの時だって、僕が花を見てるって答えたら、左様か、ってそれだけでぷいってされちゃいました。」

「いえいえ、補佐官様から話しかけられたという事実が重要です。

自慢ではないですが、補佐官様が話しかけるのは血縁者と僕たち側近衆だけですから。」

「それって、僕が血縁者って認められたってことですか!?!」

「そういうわけではないです。」


パアァっと輝いたのが惜しくなるくらいに、シヴィーさんは速攻で否定した。

悲しい。


「話しかけたくない人なら、僕たち側近衆に話をさせますから。

そこまで敬遠されていないってところです。

進歩ですよ!これは!」


シヴィーさんは僕を励ますように、拳を作ってそう言った。

なんだか虚しい気もする励ましだけれど、シヴィーさんは本当に良い人だ。

僕の世話係という名の、監視役を押し付けられても嫌な顔ひとつしない。

それどころか、メイさんと僕の関係をじっと見て、いつも何かのアドバイスをくれるのだ。


お話をするのは、勿論2人きりの時に限るけれど、シヴィーさんは僕のそばにいるのも仕事のうちなのだから、仕方がないだろう。

仲良くしてくれるのも、仕事だから、なのだろうか。

そうだったら寂しいと思いつつ、シヴィーさんがケタケタと笑うのを見つめる。


「シヴィーさんて、良い人ですよね。」


思わずそう呟くと、シヴィーさんは急に照れたような顔で僕を見た。


「どうしたんですか、急に。」

「だって、すごい人だなって思ったんです。

強くて、自分で判断できて、誰かに信頼されてるって自信を持って言えて、僕みたいな弱者にも優しくしてくれる。

凄いですよ、シヴィーさんて。」


シヴィーさんは僕の言葉を聞くごとにぱちくりとしていたが、また照れたように髪を触りながら笑った。


「あはは。照れちゃいます。

でも、僕はすごくなんかないですよ。

補佐官様ほど強いわけでもないし、側近衆なら誰でも自己判断を下せます。

暮露や琴音ほど信頼が厚いわけではないし、ヤシロ様と仲良くさせて頂いているのは、僕の方です。

どれも1番にはなれない、不器用な男です。」


「そんなことないです。

シヴィーさんは、カッコ良いですよ。

シヴィーさんみたいに出来た人だったら、僕もメイさんに認められたんじゃないかって思います。」



「誰にお認めになられると?」


廊下の角を曲がったところで、突然、鋭い女性の声がした。

間違えようもなく、メイさんだった。

シヴィーさんが二歩以内で両足を揃え、頭を下げた。

物凄い反射神経だと、これもまた褒めてあげたくなる。


「お父様に、でございます。メイ様。」


シヴィーさんが顔をあげるついでのように、嘘を吐くので、僕は度肝を抜かれてしまった。


「今日のヤシロ様の勇気ある行動を見れば、ヤシロ様のお父様も、ヤシロ様をお認め下さるのではないかと、話しておりました。」


メイさんは例のごとく、キセルを左手に持ち、佇んでいた。

嘘を見抜くかのような瞳で、メイさんは、左様か、と答えた。


「遅いぞ、シヴィー。」

「申し訳ございません。」


シヴィーさんは再び頭を下げた。

メイさんはぷいと向こうを向くと、高下駄をカテンカテンといわせて、お部屋に入ってしまわれた。


「シヴィーさんも、嘘つくんですね…。」


メイさんに聞こえないだろう小声で、僕はシヴィーさんに言った。

すると、シヴィーさんはあっけらかんとして、ホワイトライだけですと答えた。


「というか、嘘、バレバレですから。

先程の会話が、あの距離でメイ様に聞こえなかったわけがありません。

でも、メイ様にですよと言っても、メイ様、返事に困られるでしょう?

お父様に、ってとりあえず言った方が、メイ様も何も言わずに済むし、良いかなって。」


自己判断です。とシヴィーさんは付け足して、手招きして部屋への入室を促した。

シヴィーさんて、やっぱり器用なんだと思った。

他人のことまで考えて、まるっと優しさだ。


メイさん、機嫌悪そうだったなぁと思いながら、僕は手招きされるがまま、部屋の中に入った。



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