奴隷の彼女。
「リニス!!」
一触即発の間に現れたのはミヤギくんだった。
濃紺の和装に、銀の髪飾りがきらりと光る。
「ミヤギ様、貴方からも言ってくださいませんか?」
シヴィーさんが寄っていくと、簡単に状況を説明したようだ。
ミヤギ君は迷ったように、リニスちゃんにジリジリと歩み寄った。
リニスちゃんは、少しばかり驚いたような表情をしていたが、しばらくすると嬉しそうな顔をした。
「ミヤギ、やっと会えたね。」
そう言って、リニスちゃんは微笑んだ。
ユヌちゃんに向けていた笑みとは違い、安心させる為の笑みでは全くなく、本当に嬉しいようだった。
「2ヶ月ぶりだな。」
ミヤギ君も少しだけ微笑んだ。
どういう関係なのだろうと思いながら、シヴィーさんを見たが、彼もまたどう対処するか考えあぐねているようだった。
「あのぅ、」
僕は遠慮がちにシヴィーさんに話しかけた。
シヴィーさんは2度見するような形で、それでも最終的には僕の方を振り返ってくれた。
「リニスちゃんとミヤギ君の関係って…?」
シヴィーさんはまず、えぇっと、と言った。
そしてリニスちゃんたちと暮露さんと、最後にメイさんを見て、ようやく答えてくれた。
「機密事項等の都合がありますので、全部はお教えできないのですが、簡単に言うと、彼らは幼馴染です。
ですが、十数年前に彼女の国は壊滅。
御國という犯罪集団に拾われ、その奴隷になりました。
時間と主人の許しがあると、こうして時々、ミヤギ様に会いに来ます。」
「なるほど。」
流石、簡潔で分かりやすい。
緊迫した表情の暮露さんを余所に、リニスちゃんはミヤギ君と話をしている。
内容はともあれ、本当に嬉しそうだ。
「暮露さん、止めなくて大丈夫ですか?」
僕がそう問うと、シヴィーさんは彼女の方を見た。
「必要ないでしょう。
リニス本人が言う通り、暮露では到底敵う相手じゃありませんし。」
「でも、暮露さんって強いんじゃ…?」
「強いですよ。メイ様の一番弟子ですから。
でも、手も足もでない程、リニスの方が強いんです。」
シヴィーさんがそこまで話したところで、ミヤギ君が暮露さんの方へ歩を進めた。
なにやら交渉が進んでいるようだ。
猛反発する暮露さんを見て、ミヤギ君は肩を落とした。
ミヤギ君と暮露さんは立場として、どちらが優位なのだろうかと思って見ていたが、どうやら暮露さんらしい。
メイさんの信頼の厚さで決まるのだろうか。
眉を下げたミヤギ君が再び口を開こうとした時、リニスちゃんが鋭い声で意見し始めた。
「あんたたち、ユウヨウのトップを処理したいって、随分前から言ってたじゃない。
入国も許して、街中でドンチャン騒ぎ。
挙げ句の果てには、後生大事にしてる妹ちゃんまで連れ去られる始末。
収拾つけてあげたんだから、感謝してほしいわね。
ユヌちゃんは守ったし、首切りにも手を貸した。
良い働きに対して、それなりの対価があってもいいんじゃないの?」
「誰もお前に頼んでない…!
守りは万全だった…!」
暮露さんがミヤギ君を押しのけて、そう言い返す。
場の決定権は暮露さんが握っているようだ。
民衆があちこちから覗いていて、メイさんが指示を出せないからだろう。
「あら、失礼だけど、裏の門番たちはもれなくお休みなさいしてるわよ。
万全だなんて、笑っちゃう。」
リニスちゃんの不敵な笑みに、暮露さんは一歩踏み出そうとしたが、ミヤギ君が立ちはだかった。
「提案させてください!補佐官様!
ユウヨウの始末は我が国の成果とする代わり、奴隷ふたりは解放、但し御國の手下に引き入れない!
それでどうか手を打ちませんか!?」
ミヤギ君は空を見上げ、メイさんの意見を聞こうというようだった。
答えられはしないのだが、何かしらの意思疎通ができるのだろうか。
「それって、提案としてどうなんですか?
シヴィーさん?」
「難しいですね。
確かに、ユウヨウの排除はこの国目下の課題でありましたし、彼女がいなければ被害は拡大していたと思われます。
けれど、ユウヨウの奴隷は本当に危険なんです。
精神的束縛が大きい為に従順でしたが、それがなくなったとなると、どうなるか…。」
誰もが打算を働かせているのか、急に静かになった。
と、そこに現れたのがセネさんだった。
7人の臣下を連れて、突然現れたのだからとても驚く。
暮露さんが駆け寄り、頭を下げて話を始めた。
かくかくしかじかと聞こえてきそうな中、リニスちゃんはミヤギ君に何か話しかけていた。
くすりと笑うのを見て、あの子も事情があるだけで、きっと良い子なのだろうと思う。
「話は分かった。」
セネさんがそう言った。
リニスちゃんとミヤギ君はそちらを向き、結論を待つ。
シヴィーさんは、さおんちゃんに小声で話をして、さおんちゃんは頷いてから消えていった。
「お前の要求を呑む条件だ。
1、奴隷を御國に引き入れない
2、以後、その奴隷による被害があった場合はお前の首で贖うこととする
3、即刻立ち去れ。」
セネさんがそう言い終えるか終えないか、ジャッジが難しい程のその瞬間に、セネさんの背後にいた臣下たちがリニスちゃんたちを囲った。
奴隷のふたりは震えるように縮こまり、地面に顔を向けていた。
「異論なし。」
リニスちゃんは両手をあげて、まるでお遊びの如くひらひらと振った。
「あなた達はそれで良い?
私と来る?それともここで死ぬ?」
リニスちゃんは、足元に膝をついて震えているふたりを少しだけ見下ろしながら尋ねた。
「…俺たちは…、」
「あなた達の主人が他にもいるなら、もれなく私が殺してあげる。
故郷があるなら帰ってもいいし、行く場所がないなら知り合いを紹介してあげる。
あなた達は自由よ。」
「…貴女に、着いて行きます。」
リニスちゃんはその答えに微笑み、指を鳴らした。
「交渉成立。
蜘蛛神様、助けてくれてありがとう。
その毛玉をおろして、代わりに私たちを乗せてくれないかしら?」
『なんじゃあ、もう終わりかぁ?
祭りじゃなんやと言いよるけぇ、揚々と出てきたっちゅうに。』
「ごめんなさいね。
お楽しみはまた今度としましょう。
ミヤギ、また会おうね。」
そう言い、リニスちゃんは巨大蜘蛛の背中に乗り、ふたりの少年に手を差し伸べた。
「不敬な。」
セネさんが吐き捨てるように言った意味がわからなかったので、あとでシヴィーさんに聞こうと思った。
そしてユヌちゃんが包められた毛糸玉は切り落とされ、こもった悲鳴はセネさんによって助け出された。
蜘蛛はぴょんと跳ねると国の防護壁を軽々と越え、そして消えていった。
静まり返った街の片隅で、かごめのお遊戯の如く術師に囲まれたユヌちゃんは、まるでゲームに興じていたかのようにニコニコとしていて、その前を歩くセネさんに何かしきりに話しかけていた。
メイさんは兄に場を任せるように早々に立ち去り、それぞれの配下はそれぞれの指示を聞いて離散していった。
部屋に戻るかと思い、僕はシヴィーさんに声をかけた。
「僕、部屋に戻ります。
シヴィーさんはどうするんですか?」
「お部屋までお送りします。
見届けたら、補佐官様のところへ参上するとします。」
「メイさんの指示を待たなくていいんですか?」
「補佐官様は自主性を重んじますので。」
そう言って、シヴィーさんは進行方向へ右手を差し出した。
進めということなのだろうと、僕は歩を進めた。
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