人喰いの金魚様
「ギャァアアア!!!この野郎!!!」
女の子は地面に転げ落ち、金魚は腕を食った分大きさを増して男を襲う。
そして上空からは、旋回を続けていたメイさんが急降下してきた。
人の数倍はある巨大な金魚は、唖然としていた1人の男を、尾鰭で空中に放り上げた。
投げ出された男は空を転がりながら、メイさんに向かって手を伸ばした。
術師の攻撃をする前のポーズだ。
次の瞬間、その合わせた掌から炎が出現した。
火炎放射のような勢いだ。
メイさんは巧みな鰭捌きで炎をかいくぐる。
そのうちに地上で、メイさんを援護すべく、シヴィーさんがブツブツと何か唱えながら放水を始めた。
手のひらか、標的に真っ直ぐ伸ばした人差し指から、反動で身体が後ろへずり下がるほどの勢いで水が空中へ舞い始めた。
炎の勢いを掻き消しつつ、金魚にとってはやはり生命の水らしい。
水の中を
遂に炎が水に呑まれると、その男はそれまでだった。
メイさんが男の脚を捉え、僕が捕まえたと喜んでいるうちに今度は身体ごとかぶりついた。
そして表現し難い音と共に嚙み砕いた。
唇で圧迫した、という方が正確だろうが、この際どちらでも構わない。
とにかく、男の断末魔が国中に轟き、誰もが空中を見上げた。
メイさんがその男を吐き捨てると、別の金魚がその男に食らいつき、ひと飲みにしてしまった。
あっという間。
絶命の瞬間は金魚の腹の中だ。
その光景を見て、野次馬が拳を掲げて喜んでいる。
金魚様万歳。
さすが金魚様。
歓声の中、あとのふたりは目を泳がせ、戦々恐々としていた。
あまりのことに僕さえ動けなくなっていた。
しかし、僕の視界の端に、なんとか立ち上がろうともがく女の子が映った。
そうして僕は、自分が大声を出した起因を思い出す。
あの女の子を助けなければ。
正気を取り戻す為に、僕はブンブンと首を振る。
上空では2匹の金魚が、気球ほどの腹と巨人のセンスの如く巨大な尾びれ、背びれを揺らしていて、地上では歓声と怒号とが飛び交い、緊張の糸が張り詰めている。
何をどうしても、僕に成せることはないように思う。
だけれど、あの女の子ひとり、人の陰に隠れつつそっと後方に担いで行くことくらいはできるんじゃないだろうか。
僕はソッと、気配を消して彼女へ近づいていった。
炎が服の裾へ着いた時だけ、僕は大きく腕を振ったけれど、それ以外はまるで鳩のようだったと思う。
「大丈夫かい?」
僕が両手で女の子の肩を支えると、女の子は驚いたように僕を見た。
「大丈夫です!ヤシロ様、危ないですから下がってください!」
「頭を下げて!」
僕を気遣おうとする女の子の頭を抱え、僕は身を低くした。
「大丈夫。向こうへ!」
僕は女の子の手を引こうとするが、女の子は足がすくんだのか歩こうとしない。
僕がぐいと引くと女の子は体勢を崩してよろけたが、その視線は空に釘付けだった。
「金魚様がいるから、大丈夫。
すぐにやっつけてくれる。
だからほら、おいで。ここは危ないから…!」
「金魚様だって無敵じゃありません!」
女の子は怒ったように大声をあげた。
僕が女の子の顔を見上げると、視界いっぱいの炎と湯気を立ち込めさせながら泳ぐ金魚を背景に、女の子は僕をじっと睨みつけていた。
「金魚様は、私たちが守らなければ最強ではいられないんです!」
絵面はまるで噴火だった。
僕は地べたに這いつくばっていて、女の子は果敢にも空を見上げている。
僕は何もできないのに、女の子は何かしようと真剣に考えている。
「危ない!!!」
僕が女の子に見惚れていると、誰かが叫ぶ声がした。
振り返ると、足を折った侵入者が最後の悪あがきに僕と女の子に炎を噴射するカンマ3秒前だった。
僕にとっては永遠且つ恐怖以外の何物でもない時間で、女の子にとっては炎を見るカンマ3秒前でそれ以上でもそれ以下でもなかった。
つまり応戦の準備ができていた。
瞬く間に迫り来る炎を前に、女の子が左腕を伸ばすとその手の先からは突風のような豪風が飛び出した。
豪風に呑まれた炎は勢いを増しながら、唖然とする主の元へ戻っていく。
まるで竜巻のような火柱の中では、断末魔さえ掻き消され、後に残ったのは僕の絶望だけだった。
女の子は右腕も伸ばすとくるくると手首を動かす。
すると吹き出した水は跳ねた火の粉が被害を及ぼさないよう、新体操のリボンのように
炎の周りを取り囲んだ。
残酷な絵を水がぼやかしていく。
「
さおんちゃんが向こうから駆けて来る。
女の子に対して、琴音さん…?
僕はそう訝しく思い、振り向いた女の子をようく見た。
あぁ、思い出した。
この子はメイさんの2番弟子の琴音ちゃんだ。
いつもの燕尾服を着ていないから、ピンと来なかったけれど、メイさん譲りの澄まし顔にとても見覚えがある。
「大丈夫っスか??
いやまじで首絞められた時なんかどーしようかって。」
「平気。私、演技派だから。」
さおんちゃんがあははと笑うと、琴音ちゃんは少しだけ微笑んだ。
そして空を見上げて金魚様の動向を探っているようだった。
決着はついた。
しぶとい侵入者も、まるで金魚鉢に追い込まれたかのようなこの状況では、もう水に溺れて崩れていくしかない。
メイさんは空中で旋回をしていて、側近衆数名がそれを見上げている。
火傷の具合を見ているのかもしれない。
金魚になったメイさんが、もし変温動物となるのであれば、あの炎は大きな痛手になっているだろう。
最後に残った死体を片せば、彼女たちの仕事はひと段落する。
はずだった。
ユヌちゃんの病室の方で爆発音が響くまでは。
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