【第2話】そして僕は婿にきた

そして僕は故郷を後に。


「ヤシロ!本音を言ってくれ!」


最近、兄さんは、そればかりを強請っている。


僕の部屋にずかずかと入ってきて、僕の座布団を占領して、机の上に拳を置いて、そして繰り返し同じことを言う。


僕は本当に本当のことを言っているのに、それを一向に信じてはくれない。


「だから、僕は本当に」

「ヤシロ!」


こうやって向かい合っていると、なんだか、尋問されているみたいだ。

兄弟なのに、ギスギスしていて、とてもきまずい。

何より、兄さんは、僕の口から『あの人と結婚したくない』と言わせたいらしい。


「いいか。

あの女は父親を殺していた。

しかもそれを黙っていたんだ。

婚約は破棄にしたって、こっちは被害も被ることはない。

むしろ賠償金を請求したっていいくらいだ。」


婚約成立の文を交わした1週間前に、僕たちはメイさんに会いに行った。

その時に、兄さんは父親暗殺について、メイさん側に問い詰めたが、犯人は明かされなかった。


しかし、婚約成立の1ヶ月後に、暗殺の犯人はメイさんだったと、どこからか情報が入ってきてしまったらしい。

それで、兄はこんなにカンカンになって、婚約破棄をメイさんたちに叩きつけたいのだ。


でも、この事については、僕にも責任がある。

何故なら、僕はメイさんが犯人だと知っていた。

そして、メイさんには、『いつか話して、兄を説得する』と、再会の日に伝えているからだ。

メイさんに非はない。


「僕は構わないって。」

「なんでお前は構わないんだ!

お前おかしいぞ!」


言ってしまってから、兄はハッとした顔をした。

僕は、その顔を見てどうしても悲しい気持ちになる。


僕も兄も何も言えなくなって、きまずい沈黙が訪れたところで、扉をノックする音が聞こえた。


「ヤシロ? いるの?」

「入っていいよ。」


僕が答えると、入ってきたのは姉だった。

一連の出来事を聞きつけて、嫁ぎ先から一時的に帰国したのだ。


姉さんは入るなり、ほとんど何もない部屋の中と、僕と兄さんをぐるりと全部見た。


「変わってないわね。」


姉さんは穏やかに言うと、僕と兄さんの横に座った。


変わってないなんてこと、ないのに。

僕は心の中でそう思って、口を尖らせた。


要らないものは全部捨てた。

例えば失敗したスケッチとか、古くなった筆とか、あんまり気に入っていなかったひざ掛けとか。

向こうでは、向こうの物を買って生活したいと思っていたから、残しておいても困るものは全部捨ててしまって、僕の部屋はより一層殺風景になっていた。

それなのに。



「聞いたよ。」


姉さんはそう言って、僕の方を見た。


聞いたって、どうせメイさんの悪口だ。

セネさんの悪口だ。

それは僕の言い分じゃない。

兄さんと父の偏った言い分に過ぎないのに。

誰も僕の言葉を最後まで聞いてくれないのに。


「聞いたって何を?」


僕が少し反抗的な聴き方をしたことに、姉さんは少なからず驚いたようだった。

目をパチパチとして、それから兄さんを見た。


「向こうのお家のこと。

あと、ヤシロは婚約を破棄したくないってこと。」


「でも僕は良いって思ってるんだよ。」


少し食い気味に言ってしまった。

姉さんを傷つけたかもしれないと思うと、胸が苦しかったけど、姉さんは気にしていない様子だった。


「どうして良いと思っているの?

皆んなはね、ヤシロを親殺しの人の所へやって、ヤシロが毎日怯えながら暮らすんじゃないかって、心配してるのよ。」


「だって、メイさんは安易に人を殺したりするような人じゃない。」


「お前は何にも分かってない。」


兄さんが口を挟んだ。


「あの国自体が殺戮によって成り立っているんだ。

キャラバンで成り上がった一族じゃない。

術師の国だ。」


「あら、術師が皆んな人殺しなんて、偏見も甚だしいわ。

秋臣あきおみさんは術師だけど、とっても優しい方よ。」


姉さんがムキになるのも少し分かる。

一度自分と関係を持つと、なんとなく庇いたくなるものだ。

秋臣さんというのは、姉さんの旦那さんで、優しくて頼もしいと、いつも話しているから。


「姉さんが知らないだけで、術師は国を守るために人を殺すこともあるんだよ。」

「ミツシロ。

貴方はここでしか暮らしたことがないでしょう。

他所で暮らしたこともない人が、他所のことを決めつけるのは良くないわよ。」


「姉さんは何も知らないだけだ!」

「いいえ。知らないのは貴方よ、ミツシロ。

そんなに偏った見方の人が国を治めるなんて心配になるくらい。」


「もう止してよ!」


つい、僕は大声を出してしまった。

ぼくは机の一点をじっと見つめた。


僕は喧嘩が1番苦手だ。

内輪揉めが特別嫌いだ。


「兄さんも、お嫁さんを貰えばわかるよ。

他所の国や人を暮らしもしないで決めつけるのは、馬鹿馬鹿しいって。」


「ヤシロ…!」


「メイさんが殺ったって、僕は知ってた。

彼女から直接聞いた。

でも、彼女が悪いんじゃないと思う。

殺人を擁護するわけじゃないけど、でも、彼女は善人だよ。

僕は、とても素敵な人だと思う。」


僕がそう言い切ると、ふたりとも唖然とした様子だった。

少し、喋りすぎたかもしれない。

だって、どうせ僕の意見なんて尊重されないんだから、言うだけ馬鹿なんだと知っていたから。


けれど、少しの沈黙が過ぎた後、姉さんは言った。


「いいんじゃない?

ヤシロが拘るなんて珍しいもの。

向こうにしばらく住んでみればいい。

それでダメなら帰って来ればいいし、

それでいいなら結婚すればいいよ。」


「ちょっと姉さん!」

黙っていた兄さんが口を挟んだ。


兄さんは、姉さんなら結婚に反対するだろうと思っていたに違いない。

僕を説得するために帰国したのだと信じていたらしい。


けれど、姉さんは違った。

多分、政略結婚で、家を出される人の気持ちが分かるから、本人の気持ちを尊重したいとか、そんなところだろう。


だって姉さんは政略結婚で幸せになった。

好きでもない人と結婚をして、結婚してから旦那さんを好きになった。

それが例え視野狭窄だと言われても、例え自由を知らないだけだと言われても、姉さんはそれで幸せなんだ。


兄さんや世間が、『可哀想な姉』と呼んでも、姉さんは聞かなかったふりを続けていた。


「さち、いるか?」

扉の外で野太い男の声がした。

確か、秋臣さんの声だ。


「えぇ、ここにいるわよ、どうぞ。」


姉さんは何事もなかったかのように、旦那さんを招き入れた。

兄さんが嫌な顔をするのを、気にしない様子で。


「父君と話し終わったき。幸の国を案内してくれんか。」

「えぇ、いいわよ。少しだけ待ってくれる?」


秋臣さんは無言で頷くと僕と兄さんにほんの僅かに一礼して、そして静かに部屋を出て行った。


「貫禄のある方だね。」

僕がそう言うと、姉さんは嬉しそうに笑って答えた。


「素敵な形なのよ。」


姉さんもにっこりと笑った。

玄関から出て、秋臣さんと合流する姉さんを見つめながら、兄さんは言った。


「あんなの、幸せごっこだよ。」



僕は反論もせずに、ただ沈黙していた。


それからも全てのことに沈黙を通して、成り行きに任せた結果、僕は故郷を後にすることになった。


父は親殺しに息子をやることなんて、少しも気にしていない様子だった。


兄さんは門まで見送ってくれたけれど、結局、父とはさよならも交わさなかった。

こっちに越してからも、手紙のやり取りすら1度もない。


別にいいんだけれど。

だって、たかだかそれだけのことで、心が通っているとは思えない。

心が通うというのは、もっと_____________




「そこで何をしておられる?」


と、その声に振り向くとメイさんがいた。

メイさんと、3人の部下がその後ろに直立している。

2階の廊下を通るなんて、少し珍しい。

こと、話しかけてくるなんて尚更。


「花を見ています。

メイさん、今日もお綺麗ですね。」


僕は窓から外の花壇を指差してから、メイさんに向き合い、できるだけにっこり微笑んで答える。


「左様か。」


メイさんはそれだけ言って、強面の部下を連れて、消えてしまった。

ニコリともしなかった。


僕は笑顔の名残を花に向けたけれど、窓ガラスに映った自分の顔が見えて、少し目を伏せた。


メイさんはまだ、僕のことを信用していないのだろう。

だから、僕に心を開いてくれない。

けれど、それを偽ったり、隠したりはしない。


兄とは違う。

兄は、僕のことを"想っているふり"をしているような時があった。

それが垣間見える時が、僕は1番悲しかった。


しかし、メイさんはといえば、僕のことを訝しんでいることを、隠すつもりはないらしい。

真偽や真意を図る必要がないというのは、なんて、心地が良いんだろう。


僕は僕のままでいいと、そう言われている気がした。

別に偉大になんかならなくても。

わざわざ媚を売らなくても。

メイさんは、それを"僕"だと認知してくれている気がした。


善意の無理な気遣い。

愛想笑い。

建前。

メイさんにそんなものはない。



僕はぐいと伸びをして思う。



あぁ、なんて幸せな暮らしなんだろう。


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