悩みても答えは此処にあらず


僕は愛されたいと願っていたのだ。

取るに足りない人間でありながら、浅はかにも。


気が付いてしまうと、気落ちしてしまう。

母は僕たちを残して死んでしまったし、姉も嫁に出されてしまった。

僕はひとりだ。


そして、それは此処に婿に来たとしても、きっと変わらないのだと分かってしまった。


孤独になるのは嫌だ。

寂しいのは罵倒されるより辛い。


兄さんや家族の力になりたいから、

僕が頑張ればそれで良いというのなら、もちろん僕は尽力する。


でも、それは兄の側を離れてまですることなのだろうか。

唯一僕を愛してくれる兄の側で、役に立てることが、まだあるんじゃないだろうか。


それとも兄は、役に立たない弟を他所へやってしまいたいだろうか。


肩を落として歩く僕に、シヴィーさんが話しかけてきた。


「ヤシロ様、メイ様はあぁ仰ってましたけど、慣れればお話とか雑談もできますよ。

大概、新参者は一蹴されてしまうものです。

あまり、お気になさらず。」


「あはは。なら、もう少し頑張ってみようかな。」


僕がそう言うと、シヴィーさんはニッコリと笑ってくれた。

此処にきて初めて見た、心からの笑顔だったと思う。

それが憐れみによるものでも、僕は嬉しかった。


「街をご案内しましょうか?」

「でも、シヴィーさんもお忙しいんでしょう?

どこか部屋でもあれば、大人しくしてますよ、僕。」

「そんな、せっかくいらしたのに、勿体無い。」


シヴィーさんとそんなこんなでお話をしながら歩いていると、どこからかトタトタと誰かが駆けてくる音がした。

さっきの燕尾服の女の子と同じような音だ。


曲がり角。

嫌な予感がするなぁと思った途端、それはやっぱり的中した。

僕は左側から現れた女の子に、脇腹向かって追突されたのだ。


「「わぁ!」」


僕と女の子は一緒くたになり倒れ込んだ。

女の子は僕の上に雪崩れ込むように覆い被さったため、どうやら僕ほど痛い目にはあわずに済んだらしい。


ぴょんと立ち上がると、何も言わずにまた駆けていきそうになった。

しかしそれはシヴィーさんに阻まれた。

ぐいと掴んだ腕に引っ張られ、その女の子はまた僕の上に倒れてきた。


「いてっ」

「ヤシロ様申し訳ありません。」


シヴィーさんは女の子をひょいと持ち上げ、僕の隣に立たせた。

白いワンピースを着て、髪を耳のあたりでふたつ縛りにしている、可愛らしい女の子だった。

未だバタバタとシヴィーさんの手から逃れようとしていた。


「離して!」

「いけません、ユヌ様!

お部屋に戻らないと」

「やだー!」


どうやら留まっていなければならない部屋から、抜け出してきたらしい。

シヴィーさんの掴んだ腕から逃げられないと踏むと、女の子は僕に助けを求めてきた。


「おにーさん助けてー!」

「えっ?」

「あたし、閉じ込められてるの!

外に出たいのー!」


フロア中に響くような大声で喚く女の子に、シヴィーさんはあたふたしながら、どうにかこうにか話をつけようとしているが、女の子は僕に向かって更に大声で助けを求めようとしていた。


「捕虜…じゃないですよね…?」


僕が問うと、女の子が応えた。


「ほりょ?あー!そう!捕虜なの!

あたし、捕まってるの!!

だから助けて!!」


「ユヌ様!お戯れがすぎます!

ヤシロ様、違いますからね!!

この方は」

「やだーー!!!」


耳を塞ぎたくなるような大声の後、ユヌ様と呼ばれた女の子は激しく咳き込んだ。


「大声を出されるからですよ!

お部屋に戻りましょう!」


「やだ!!」


ユヌちゃんは足掻きに足掻いて、あろうことか僕の腕を掴むことに成功した。

ぐいと引っ張られ、ついに手を離してしまったシヴィーさんから隠れるように、僕の背中側へと回った。


「お兄さん誰?

あたしの味方して!」


随分好き勝手言う子だなぁと、僕はつい笑いが漏れてしまった。

すると、女の子は僕のことを敵ではないと判断したらしく、より一層ぎゅっと捕まってきた。


「ねぇ、ここで何してるの?

シヴィーと何話してたの?

楽しいこと?

シヴィーじゃなくて、あたしと一緒にお話しない?」


「えぇ、僕は構いませんよ。」


そう答えるとユヌちゃんは両手をあげて喜んだ。

どうやら、窮屈な生活をしているのは間違いないようだ。

僕と一緒だから、

急に親近感が湧いてしまう。


「お話ならお部屋で」

「シヴィーうるさい!

シヴィー嫌い!

シヴィーついてこないで!」


「そう言うわけにはいきません。」


「やだ!

付いて来るなら10メートル離れて!」


と、そういうわけで僕は服の裾をがっちりと掴まれ、10メートル後ろを歩くシヴィーさんに見つめられながら、この女の子が行きたい場所へと誘われた。


「あたし、ユヌ。おにーさんは?」

「僕はヤシロだよ。」

「じゃあヤッシーだね!」

「ヤッシー…?」

「うん!ヤッシーは何しに来たの?

誰かの子分なの?」


僕は、あははと笑ってしまった。

好奇心が旺盛なのだろう、それとも、何でも聞きたがる年頃なのだろうか。


「僕は兄さんの子分だよ。

お嫁さんに会いに来た。」


「お嫁さん!

おめでとう!嬉しいでしょ!」


「ありがとう。

でも、僕、お嫁さんに嫌われてるみたいなんだ。」


「えー、嫌いなのに結婚するの?」


「僕は嫌いじゃないんだけどね。

その人は嫌なんだって。」


「じゃああたしのねぇねと結婚すればいいよ!」


ユヌちゃんは嬉しそうに手を叩いた。

そして嬉々としてそのお姉さんのことを話し始めた。


「あたしのねぇね、ものすごーく綺麗なんだよ!」


僕はそれを聞いて、メイさんを思い浮かべ、ブルブルと頭を振った。

確かにメイさんは美人だけど、この子が話しているのは別の人のことだ。

妹がいるなんて、聞いたことがない。

いや、本当にメイさんも美人だけど。



「お姉さんは幾つ?」

「26!あたしの、13個上だよ!」

「随分歳が離れてるんだね。」

「うん!ママが違うの、でもパパは一緒。」

「そうなんだ。

今日はママとパパは?」

「あー、ママもパパも死んじゃった。」


ユヌちゃんは気落ちする様子もなく、ただ少し気まずそうに言った。

まずいことを聞いてしまったと思ったが、ユヌちゃんは本当に気にもとめていないらしく、好奇心一杯の顔で、僕を何処へ導こうかとあたりをキョロキョロと窺っていた。


「寂しいね。」

「ううん!ねぇねがいるもん!

ねぇねね、優しいんだよ。

あたし、怒られたことないし。

きっとヤッシーのことも大事にしてくれる。

ねぇ、あたしからねぇねにに話してあげよっか!

ねぇねね、いつもひとりぼっちだから、きっと旦那さんが出来たら嬉しいと思うの!

しかもヤッシーみたいに優しい旦那さん!

ねー、だめ?

ちょっと会ってみたら?

ちょーっと。

ねぇねも喜ぶと思うんだけどなぁ。

…だめ?」


「うーん、もう縁談はまとまりそうなんだよ。」


「好きじゃないのに、変なの。

じゃあにぃにに」


その時、突然巨大な金魚が現れた。

メナだ。

廊下を塞ぐのに十分な大きさで、顔を付き合わせるように、どこからともなくヌッと現れたのだ。


「あっ!」

ユヌちゃんはまずいと言う顔をして、シヴィーさんを振り返った。


「ユヌ様!」


僕はメナが現れたことに驚いたが、気がつくとシヴィーさんがユヌちゃんを抱き上げていることにも驚いた。

さっきまで10メートル後ろにいたはずなのに。


「もうお部屋に戻りましょう!」


しかし、ユヌちゃんは有りっ丈の力でシヴィーさんから脱しようともがいていた。

垂れた前髪を鷲掴みにし、右手はシヴィーさんの顔を相撲のごとく掌で押し付けている。


僕はその様子とメナの様子を交互に見て、どうしたものかと考えていた。

何が起こっているのだろう。


ユヌちゃんは逃げられないと知ると、真っ直ぐにメナを指差した。


「メナだめ!

メイ姉に教えちゃだめだからね!」


しかし、時既に遅しと言わんばかり。

シヴィーさんの真後ろに、メイさんが降り立つ瞬間を見た。







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