兄と兄との懐疑と本音


「ようこそ、いらっしゃった。」


最上階で出迎えてくれたのは、セネさんという国の長だった。

この方も整った顔立ちをされていて、前髪の一部を残してオールバックにしているのが、とても格好の良い方だった。

右側の耳に、大きな銀のピアスをぶら下げていた。

あの猫とお揃いだ。


「申し訳ありません。

メイは忙しくて、本日は顔を出せそうになく。

明日であれば大丈夫そうなのですが。」


「その必要はありませんよ。

先程、廊下でお目にかかりましたから。」


兄さんの言い方は少しぶっきらぼうで、冷たく感じられたが、セネさんは全く気付いていないのか、ニコリと笑って応えた。


「左様ですか。」


セネさんは右手で僕たちをソファへ案内し、彼自身も兄の向かいに腰を下ろした。


「長旅でしたでしょう。」

セネさんが話し始めると、セナさんとシヴィーさんは壁に背をつけた。

薄いベージュ色の背景に立つと、存在感があるものだった。

侵入者避けだろうか。


「えぇ、まぁ。

我々の国には術師がおりませんゆえ、時間がかかりました。

道中は、腕利きの護衛もありませんでしたし。」


兄がそう言うので、僕はちらと兄を見た。

きっと、兄はこの人が嫌いなのだ。

そうでなければ、兄がこんな嫌味に言うわけがない。

しかし、セネさんは涼しい顔をして、何事もなかったかのように微笑んだ。


「うちから護衛を派遣できず、申し訳ない。

本来なら信頼できる配下を護衛に出す予定だったのですが、国長のお父君ならともかく、そのご子息だけには人員がさけぬ状況でして。

なにぶん、我が国が揺らいでいる今ですので、ご容赦を。」


兄はそれには返事をせずに、セネさんをじっと睨むように見つめながら、両方の眉をあげただけだった。


一応、政略結婚だと聞いてはいるし、仲良くしなければいけないのに、大丈夫なのだろうかと不安に思うところがあったが、僕とお嫁さんが上手くいけば良いのだろうと結論付けた。

だってそれで全て解決だから。


「お父上がご殉職されたと聞きました。

心からお悔やみ申し上げます。」


ぴくりと、セネさんの表情が引き攣ったように感じた。

しかし彼はやはり仕方なさそうに笑った。


「ご心配ありがとうございます。」


兄はその様子を、笑顔を返すことなく見つめてから、唐突に次の言葉を口にした。


「ですが、変な噂を耳にしましてね。」


嫌なことを言うなと、予想ができた。

兄とセネさんはそれこそ何度も会合で顔を合わせているはずなのに、どうして突然、こんなにこの人を嫌うようになってしまったんだろう。

ヒエラルキーの頂点に立ちたがる父とは違い、兄は温厚な性格で争いごとを何より嫌うはずなのに。


「へぇ、一体どんな?」


セネさんがそう尋ねると、兄はようやく応えた。


「お父君を暗殺した犯人を未だ処刑しておらぬと聞き及んでおります。」


セネさんはその言葉の意味を理解するのに時間を要する方ではないのに、返事をするまでにしばらく時間がかかった。

その背後ではセナさんとシヴィーさんが目配せをしていた。


「犯人は特定しております。」

「処刑は?」

「罰は科しました。」

「その罰とは?」

「そちらにそれをお伝えする理由がありますか?」

「私は弟を婿にやるのですから、父君を暗殺できるほどの実力派の犯罪者がいることを危惧しても、なんら不思議ではないと思いますが。」


「もう止しなよ、兄さん。

セネさんはちゃんと罰したって仰ってるじゃないか。」


思わず僕は止めに入るようなことを言った。

思い返せば、兄さんはリェシアの前国長暗殺の件をしきりに気にしていた。

縁談の際にも、父に何度もこの話をして反対だと意見していた。

しかし、国としてそのような大罪人を放置しておくわけがない。

暗殺されたのが現国長の父君というなら尚更、厳しく罰していても不思議ではない。


「これはお前にも関係してくることなんだ。」


兄さんが僕に向かってそう言うと、セネさんは厳しい顔になり、兄に尋ねた。


「何が言いたいのです?」


セネさんは言葉こそ丁寧だったが、苛立ちを感じさせる言葉尻だった。


「私は身内に共謀者がいると踏んでいる。」

「私のことを疑っておいでか?」

「里長に成り上がるために暗殺を企てる者は数多くいる。」

「左様ですか。

ならば、そう思って頂いていても結構です。」

「私は、弟を人殺しの身内にくれてやるつもりない。」

「失礼だが、私も妹を不幸にしたくはない。」


「兄さん、もう止しなって。

身内に犯人がいるなんて、そんなわけないだろう?」


「お前は嫌じゃないのか!?

毎日命の危険に晒されて暮らすようになるんだぞ!?」


兄さんは突然大声で僕に言った。

しかし僕はキョトンとしてしまって、ようやくその意味に気付いた。

兄さんは僕の心配をしているのだ。

この国や、セネさんを嫌いになったわけじゃない。

そう気付いてしまえば、僕はようやく安心して言った。


「別に僕は構わないよ。

だってセネさんが犯人は処罰したって仰ってるし、何より、自分の父親を暗殺するなんて馬鹿げてる。

僕はセネさんのことを信じるよ。」


僕は改めてセネさんに向かうと、申し訳なさそうに頭を下げた。


「兄は僕のこと心配してるだけなんです。

昔から心配性で。

疑ったりして、申し訳ありません。」


セネさんは仕方ないという風に、話題をビジネスの話に変えた。

メイさんはセネさんの妹だから、僕の兄が僕を心配する気持ちを汲んでくれたのだろう。



して、僕はビジネスの話はよく分からないので、部屋を出ることにした。

シヴィーさんが付いてくることになって、僕は部屋を出るとすぐに聞いてみた。


「メイさんはどちらに?」


シヴィーさんは目をパチパチとしてから、ひとつ下の階になりますと答えてくれた。


「少しお話がしたいのですが。」


そう言うと、シヴィーさんは困ったように首を傾げてた。


「メイ様、今お忙しいからなぁ。

ご機嫌、悪いかもしれないですよ?」


「悪いと話はできないんですか?」


「出来なくはないですが、うーん。

仕事中はあまり雑談はされない方だからなぁ。」


悩めるシヴィーさんに、僕はちょっとだけ、部屋の前に行くだけとせがんでみた。

するとようやくシヴィーさんは折れて、案内してくれた。


「良いですか。

メイ様はお忙しいので、手短にお願いしますよ。」


そう言うシヴィーさんは、何度か同じことを言っていることに、もしかしたら気付いていないのかもしれない。

部屋の前に辿り着くと、シヴィーさんは青色のネクタイをきちんと締め直した。

ダイヤ型の白い刺繍が入った中に、赤い金魚がいるネクタイだった。


部屋の前にはひとり女性がいらして、簡素な椅子に片足を乗せ、膝に両手を、両手に顎を乗せていた。


「メイ様いる?」

「いらっしゃいますよー。

誰っすかその人。」


派手な帽子のツバをくいとあげ、女性はひどく退屈そうに応えた。


「ヤシロと申します。」

「ヤシロさんって誰っすか?」

「キャティシティの者でして、メイさんの婿候補です。」

「えっ!」


赤いメガネの奥で目を丸くする女性を、シヴィーさんは軽く叩いて、まるで教師のように彼女を叱った。


「言葉遣い!椅子に足乗せない!

警護もろくにできないでどうする!」


「だって退屈なんスもん。

ねぇ、マジ、じゃなくて本当なんスか?

メイ様の婿候補って?」


「まだ決まったわけじゃないからな。騒ぐなよ。」

「…はーい。」


無念そうに応えた女性は僕のことを物凄く見つめてきたが、シヴィーさんに扉の方を指差され、僕はそちらに集中することにした。

とんとんとんとノックを3つ。


「シヴィーです。少し宜しいでしょうか?」


その声に少しも待たず返事があった。


「入れ。」


その声は先ほどのメイさんの声だった。

冷たく鋭いが、凛として美しい声なのが扉越しにも伝わってきた。



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