Chapter12『だから漫画を描く』
劇画な画風と人生が完全にリンクしている、Oさん(56歳・男性)の漫画道――。
漫画家って売れっ子ばっかじゃねぇんだよ。
そりゃ当然って思うかもだけどね、
単行本出してもらえない作家とかね、
出してもらえても五千部とかのね、
そもそも原稿が買い取りだから、
印税が入ってこないとかね、
まぁ細々とやってる漫画家ってのがいるわけよ。
実はそんな人のほうが多いんじゃないかな。
若い時はいいけどよ、
40歳50歳って続けるのってほんと大変。
絵も古くなるしね、やっぱ勉強し続けないと、
話もアイデアも古くなっちゃうからね。
体もポンコツになってくるとさ、
長い間同じ姿勢を維持してるだけで、
背中つりそうになるしさ、
手も痺れちゃうしね。
若い時はもっと描けたけどなぁ……、
なんて言いながら目頭を指でギュっと押さえてんのよ。
ああ、年取ったなぁって。
それでももう漫画しかないからさ、
無い知恵絞って、色々企画考えるわけ。
話がちょっと脱線するんだけど、昔売れてた人とかはね、
リメイクとか再ブームみたいな機会があったりね、
文庫化! とか完全版! とか、
若手の頃の短編集が再録されて、
『名作集! ここに極まる!』なんて感じで、
そういう忘れた頃の臨時収入みたいなのがあるんだけどね、
俺……代表作っていう代表作が無いんだわ。
あるっていえばあるけど、
ま、たいてい『知らないです』って言われるわな。
そのぐらいのレベルの作家ってわけ。
そんな微妙な作家はね、
電子書籍にしてみませんか?
とか、聞いた事もないような出版社から連絡が入って、
ダウンロードされたら○円みたいな感じで、
安く買い叩かれるのよ。
んで、売れない。
昔もそんなに売れてないのに、
電子書籍になって、わざわざ買う人なんていないわけよ。
電子書籍の収入ってね、半年毎ぐらいにかな、
5千円以上の販売利益があれば、作家に振り込まれるの。
(注:出版社によってシステムに違いがあります。
月々のDL数で支払われる会社もあります)
まぁ多少は期待してる俺がいる。
あんがい売れちゃって、
シーズン2を描いて下さいなんてね!
まぁ……売れなかったな。
半年経って利益5千円越えないの。
1年経ってやっと7千円だか振り込まれて、
俺の漫画どんだけ売れないんだ? って思ったね。
そんなわけで細々と漫画描いてる訳よ。
こないださ、連載が終わったんだよ。
打ち切りじゃなくて、一応円満にね。
麻雀漫画なんだけどさ、
まぁそこそこ、いや、ギリギリ人気をキープしててよ。
低空飛行しながらどうにか着地したって感じな。
それまで原作ありの企画物は最後まで描いてたけど、
オリジナルはけっこう打ち切りが続いてたからよ、
俺の中ではかなり自分を褒めたい出来事だったわけ。
でも、担当は、『次回作についてはまた……後日』
なんて言って、ねぎらいの言葉も無い。
次回作について触れないってことは、
もう俺を使わないってことかよ?
そんな不安が過ぎりながらね、
北風冷たいオフィス街を歩いて、
事務所なんて名ばかりのボロアパートに戻ったわけ。
まぁ、たまには若いもん誘って、
慰労会でもしちゃおうかなってね。
そしたらばよ、
『俺、用事あるんで』
『自分の原稿ありますから』
とか言って、全員帰りやがるの!
なんだよ! ふざけんな!
一緒に漫画描いて来たんだろ!
次が無い漫画家には砂でもかけろってのかよ!
なんて怒ったらみっともないからね……、
昔だったら机の一つや二つひっくり返したけど、
そう、君達も頑張ってなんて……見送ったわけ。
寂しい……。
漫画ばっか描いてきてよ、
結婚したけど、漫画漫画で、
嫁も子供も大事にできなくてよ、
離婚しちゃってそれでも漫画描いて、
娘が成人して結婚して、
その時も漫画描いてて結婚式に行けなくて、
娘なんて嬉し涙じゃなくて、
俺が来ないから悲しくて泣いてたからね。
最低の親父だよ、俺ぁ。
でも漫画しかなかったんだよ。
漫画漫画漫画……。
でも、なんにも俺の手元には残ってない。
あるのは、売れない漫画と明日も見えないボロ事務所。
ここで売れてる作家ならよ、
なんでぇ馬鹿野郎!
お姉ちゃんのいっぱいいるお店に行っちゃうもんね!
なんてなるかもだけどよ、俺……売れてないし、お金ないし、
そもそもそんな店、ほとんど行ったことねぇし。
行く場所なんて別にないのよ。
友達もあんまね……こんな性格だしね。
コンビにで酒買って、おでん買って、
スープ多めにしてねって店員に言ったら、
高校生のバイトに舌打ちされたりね。
スープぐらい! って思ったけど、
怒って喧嘩になって、売れない漫画家おでんのスープで激怒!
なんて感じでWEBニュースのネタになんてなりたくないしね、
あ、もう少し入れてね。おっちゃんスープ好きなの。
なんて愛想笑いしてやんの……。
んで……帰ったわけよ。
誰もいない家に。
昔は嫁がいて、娘がいて、
時々はね、ほんと時々はね、
クリスマスパーティなんかしてね。
ケンタッキー食ってね、安いケーキ食ってね、
美味しいねなんて笑ってね。
幸せ噛み締めてたけど、
俺が全部台無しにしちまったんだなぁ。
でも漫画しかなかったからなぁ。
愚痴のネタも尽きたわ、
酒飲んでコタツでごろ寝じゃ!
と思って、家の鍵を開けたら、
クラッカーが一斉に鳴ったわけ!
電気がついてさ、担当と、
スタッフがニヤニヤ笑ってるんよ!
『連載! 無事に終了おめでとう!』
なんて垂れ幕まで用意されててね。
余計なお世話だ馬鹿野郎!
『次の企画も決まってるから、
椅子にしがみついてでも描け。
あんたもう漫画しかないんだから!』
なんて担当が顔を赤くして俺の肩を叩くんよ、
うっせぇ、そんなのここに帰ってくるまで、
ずっと考えてたわ!
『先生、俺! 先生の所で勉強させてもらったお陰で、
やっとデビューできることが決まりました!』
馬鹿! そんなのお前の実力だ!
でもおめでとうな!
言いたいことは沢山あったけど、
もう鼻水グズグズで涙で何やら滲んで、
気がついたらコンビニで買ったおでん零しちゃって、
そんな中もう『ありがとう、俺うれしい』なんて、
オッサンの俺、号泣。
漫画で色々失ったけどよ、
きっと漫画で色々得たものもある。
そんな風に、ちょっとぐらい感じてもいいだろ?
俺はね、そう思うんだよ。
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