Chapter10『漫画が繋ぐ空よ』

鳥山 明先生に憧れてバトル漫画を描き続ける、Eさん(38歳・男性)の漫画道――。


近所にフィリピン人のお母さんと子供がいたんだよ。

子供は俺と同い年でね、同じ学校の

違うクラスに転校して来たんよ。

ちょっと癖っ毛で、目がびっくりするぐらいに綺麗な子でね。


『愛人』『囲われてる』『ヤクザの女』とかね、

近所のオバサン達がちょっと分からない話をしていて、不思議だった。

大人になった今は、もちろん分かるんだけどね。


まぁ、俺の住んでた地域が、

ちょっと近所付き合いにうるさい町でさ、

そのフィリピン人の親子はハブられてたわけよ。


でもうちの母ちゃんと父ちゃんは、

そういう人を排斥するようなことが嫌いでね、

遊んでやれ、家に呼んでやれとかいうわけよ。


遊ぶと俺も小学校で色々言われるのによぉ。

なんて思いながらも、まぁ声かけたわけ。


声をかけたら仕事は終わり。

とっとと三角ベースに参加しようって思ってたの。

そしたらその子、ドラゴンボール読んでるわけよ。

最新刊。


まだ読んでなかったから、読みたくてさ。

というか『読みてー!』って言っちゃったね。


そしたらさ『読む? 僕はもう読んだから』ってその子がね。

綺麗な日本語だったなぁ。

勝手にね日本語無理だろうなんて思ってたの。

子供なんて馬鹿だからね、一回話しちゃえばもう仲良し。

ヤムチャの魅力について熱く語っちゃったね。


それからは一緒に遊ぶ毎日でさ、

その子の家に行っては漫画を一緒に読んだなぁ。

お母さんが綺麗でさ、一緒に食べたフィリピンのお菓子、

ナッツをキャラメルで包んだみたいなやつ、美味しかったなぁ。


すっかり気を許してさ、

『俺、将来、鳥山明になる!』

なんてビッグマウスを披露してね。

『じゃあ、僕も!』

なんてその子と漫画家になる宣言。


一緒に遊んでたら楽しくてさ、

その子がからかわれたら、俺が真っ先に飛んで行って、

『こいつは俺の友達だ!』ってイジメてたやつをぶん殴ったね。

そしたらその子が

『ヤムチャみたいに強かったよ』なんて言ってくれてさ、

もう最高に嬉しかった。


だけどね、その子がまた転校する事になったのよ。

違う学校、それはフィリピンのね。


近所のオバサンとかはまた、

『旦那が逮捕』『麻薬が』『拳銃も家から』

みたいな良く分からないことを話してたんだけど、

まぁ良くないことが起きたんだとは分かったよ。


お別れの日にさ、いつもニコニコしてたそいつが、

ドラゴンボールの漫画が入ったダンボールを

家に届けてくれたんだよ。

全部は持っていけないから、大切にしてねって。

綺麗な目に涙を浮かべてさ……。


『元気で』『またね』

そうは言うものの、もう二度と会えない。

そんな気がしてならなかったね。

だって俺はまだ小学生で、その子はフィリピンだもんね。


大人になった今もね、本棚にあるよ。ドラゴンボール。

何度も読んで擦り切れたのがね。


ドラゴンボールの背表紙を見るだけで、

白い歯を見せた無垢な笑顔を思い出すよ。


『鳥山明になってやる』

そんなビッグマウスを吐き続けて、

気がつけば俺も漫画家になっててさ、

まぁぜんぜん足元にも及ばないレベルに嘆く毎日なんだけどさ、

少し前にさ、一通の手紙が編集部に届いたんだよ。


背中に衝撃が走ったね。

大人になったあの子からだった。


内容はこんな感じだったなぁ。

『僕は今、フランスで漫画の翻訳をしてます。

今度翻訳する漫画のリストに、

君の名前を見つけて驚きました。


僕達はまた漫画で繋がったね』


手紙を読んで、俺は顔をクシャクシャにして泣いたね。

そうだ、俺達はまた漫画で繋がったんだ。

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